投稿日 2012/03/03

アフリカで人々の生活を変えた電子マネーイノベーション:M-PESA

「仕送り」という行為があります。例えば出稼ぎ労働者の場合は、自分の収入を故郷に残した家族に仕送りをします。学生の時に私も親から仕送りをもらっていました。仕送りなどでお金を誰かに送るには、送り先相手の銀行口座に振り込むのが便利です。口座間の振り込みや、直接相手の口座への振り込みもできます。

そう考えると、もし送り先相手が口座を持っていなかった場合、あるいは郵送などのインフラが整っていない環境では遠く離れた家族などにお金を渡すには手軽にではなくなってしまいます。直接自分が行って手で渡す、または誰かにお願いして家族にお金を渡してもらう、くらいでしょうか。

アフリカのケニアでは、まさにこの状況が起こっていました。出稼ぎで都市に働く人は遠く離れた故郷に住む家族へ仕送りをするためには、毎週のように自分がお金を持って渡しに帰ったり、信頼できるバスドライバーに仕送りのお金を預けて家族に渡してもらっていました(参考)。背景にはケニアでは多くの人が、私たちにとって当たり前のように持っている銀行口座を保有していないという現実があります。

■M-PESAという電子マネーのイノベーション

この問題を解決したのが、携帯電話を使った送金サービスの「M-PESA」。サービスの使い方イメージは、
  • プリペイドで携帯にお金をチャージする
  • 送金相手に送りたい金額を明記してメールを送る
  • メール受信者はM-PESA契約店舗で身分証明し、メールを提示すればメール内の金額を現金化
という感じで、仕送りをするのに銀行口座は不要で携帯電話があれば簡単にできます。ちなみにPESAとはスワヒリ語で「お金」を表す言葉、MはモバイルなのでM-PESAとはモバイルマネーという意味。M-PESAはアフリカの携帯キャリアであるSafaricomが提供するサービスで、利用者はケニアで1500万人、Safaricom利用者の80%が使っているそうです(参考:Learning from Kenya: Mobile money transfer and co-working spaces|thenextweb.com)。ちなみにSafaricomのケニアでのシェアは75%とのこと。

この参考記事では、Waceke Mbugua氏(director of marketing and communication at Sararicom)の説明として、M-PESAでの送金金額はケニアGNPの25%分に相当し、また、1回あたりの送金金額は50セント以下であるとしています。ケニアのGNPがどれくらいかや物価水準は詳しく調べていないのですが、M-PESAでは多くの人が少額での送金のやりとりをしていることがうかがえます。日本のように銀行やATMが整備されていないケニアでは、M-PESAは人々の生活支える重要なインフラになっているのです。

引用:Learning from Kenya: Mobile money transfer and co-working spaces|thenextweb.com

■覚えておきたいモバイルの3つの特性

M-PESAの事例を考えた時に、このサービスが成り立つのはモバイルの3つの特徴がうまく活かされているからだと思っています。すなわち、本人性、携帯性、ネットワーク性。本人性とは、携帯電話は基本的には1人1台の保有なので、所有者を特定できることになります。M-PESAの例で言うとお金を渡される相手(仕送り先)とメール受信者が同一人物である必要があり、それが携帯電話を使うことで成立しています。

携帯性とは文字通り、携帯電話を「いつでも」「どこでも」持ち歩くという特性。常に手元にあるのでお金がM-PESAのメールで送られてくることもわかるし、買い物へ行く時にも常時持っているので、支払いや換金が携帯電話を使ってその場でできてしまう利便性があります。3つ目のネットワーク性とは、携帯電話がメールやネットを通して他の携帯電話、つまり他の人とつながっていることで、M-PESAのケースではネットワーク性が存在することで、簡単に仕送りができてしまいます。このように、携帯電話の持つ3つの特性である本人性、携帯性、ネットワーク性が、かつては遠く離れた家族に直接渡しに行ったり、誰かにお金を預けて渡すしかなかった状況にイノベーションを起こしたのです。

■モバイルの可能性

携帯電話は私たちの生活にとって必需品です。興味深いのは先進国だけではなく、アフリカのケニアのような国にとっても欠かせない存在になっていることです。世界人口は70億人を突破しましたが、いずれはモバイル端末利用者が世界人口とほぼ同等の水準に普及するはずです。

利用者が増えるということは、マーケットがしばらくは拡大し続けるので、いろんなプレイヤーがモバイル事業に参入してきます。M-PESAを提供するSafaricomのようなキャリア、アップルやサムスンなどのハード端末提供プレイヤー、Androidを無償提供するGoogleやWindowsなどのOS、FacebookやZynga、GREEなどのプラットフォーム、アプリや動画・ゲーム等のコンテンツプロバイダーなど、いろんな層で動きが活発になり利用者の獲得が激しくなります。

各プレイヤーが最終的に何で/いつ/どうやって収益を稼ぐのか。直接利用者から収益を得るのか、広告により間接的に利用者から売上を上げるのか。利用者から直接収益を上げるにしても、有料アプリやゲーム内の有料アイテムへの課金、あるいはモバイルから物を買うことで手数料で稼ぐのか、提供サービスを月額で提供するのか、など単発的に収入を得るか継続的に稼ぐかでもビジネスモデルが違ってきます。Facebookがモバイル用アプリ内にもついに広告を表示させるという話ですが、モバイル広告は今後も有用なのか、投資対効果があるのかも気になるところです。

以上はモノ・サービスの提供者側の視点ですが、一方のユーザーにとってはモバイルでどういう「価値」がもたらされるのか。アフリカでのM-PESAのように人々の生活に欠かせない価値は、色々な領域ででてきそうですし、そうなることを期待しています。


※参考情報

Learning from Kenya: Mobile money transfer and co-working spaces|thenextweb.com
M-PESA|Safaricom
M-Pesa|Wikipedia

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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。