2012/05/26

何のために働くか?-「働き方革命」を自分ごと化してみる

今の会社の人事評価に MBO という仕組みがあります。これは Management by Objective の略で、日本語では目標管理制度と呼ばれるものです。

具体的には一定期間(半年や四半期ごと)に個人が目標を設定し、期が終了した後に各目標に対する達成度から評価します。評価は難易度×達成度で考慮されます。MBO は成果を重視する評価システムです。

MBO の設定は結構時間を使うもので、作成だけでも、ドラフトを 作成 ⇒ 上司と面談1 ⇒ 各メンバーの MBO を管理職会議で確認/精査 ⇒ 精査後に上司から各自にフィードバック(上司と面談2)⇒ 過不足を修正し人事に提出、と少なくない工数が発生します。

個人的には MBO は大切にしています。会社が進む方向性と所属組織の役割/目標から自分のテーマを設定、そこからやるべきタスクに落としていきます。

各タスクについて、具体的かつ定量的に、成果(ゴール)をイメージし、その達成目標期日を書いていきます。プロジェクトのスケジュールや進捗も見ながらの作成になり、それなりの時間を使います。

今年から新しい組織に所属していますが、今年の自分の部長はこの MBO をとても重視している方という印象です。MBO について、部長からは以下のようなコメントがありました。

  • 定量的に測定可能かどうかはとても大事。その仕事の中で、何を自分が寄与するのか(自分は何をやるのか)を明確に。ここがはっきりしないということであれば、半年間自分がやる仕事をどこを到達点にして進めるのかが不明なまま時間だけが過ぎる
  • MBO = 目標 によるマネジメントシステムは会社と社員の間の契約。より具体的な契約を結ぶことが大事
  • MBO に魂がこもっていると嬉しい。淡々と項目で書くだけでなく、自分が何を達成するかを宣言したもらいたい

特に、MBO は社員と会社の契約である、という考え方はそうだなと思っています。

MBO を通じて自分がこれから何をするのか、具体的には何を/いつまでに達成するか、つまり、自分が働くことでどんな成果を出すかの宣言です。

■ 働き方革命:働くことは傍(はた)を楽(らく)にすること

以前に読んだ本で、「働くこと」について考えさせれたのが「働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法」した。

タイトルの働き方革命とは、個人や企業が働き方を変え生産性を上げ、そして従業員が仕事と生活を両立できることとしています。これだけ聞くと、単なるワークライフバランスにも見えますが、本書を読むと、もっと深い考え方だとわかります。

著者が長時間労働という働き方に疑問を持つようになったきっかけは、友人が鬱になったことでした。明るく優秀な友人が、まさか鬱になるとは思っていなかったそうです。

友人を苦しめた原因は職場での稚拙なマネジメントでした。業務量が膨大になったにも関わらず、上司からは何の解決策も提示されません。友人は押しつぶされてしまったのでした。

もう一つ、著者が働き方を見直すきっかけになったのは、自分が代表をつとめる NPO 法人フローレンスに所属する優秀だった女性社員が「仕事が忙しくなり、家事の時間が減ったことで夫に怒られた」と辞めていったことでした。

夫は仕事だけをし、妻は仕事と家事を行う。できなければ、妻の方が仕事を辞める。こうした馬鹿げた日本の職場環境を変えたいという思いです。

著者である駒崎さんの問題意識です。例えばがむしゃらに働き族やパートナーとの時間を犠牲にする、肉体的にも精神的にも自分の健康を犠牲にする、それは本当に正しいことなのかという問題意識です。

著者の考え方は No です。働き方を変えることは、自分のことだけではなく、家族やパートナー、友人などの大切な人たちにもつながる話です。

働くことは、傍(はた)を楽(らく)にすること、妻・子・家族・友・社会を全ての他者を楽にさせることが働くである。これが著者の考え方のベースです。

働くほど他者への貢献が増え、ひいては世の中が楽になる方向へシフトさせたい。働くほど、自分やまわりを犠牲にすることとは逆の考え方です。

会社で働きつつ、自分も含めた社会のために働く。働くことを他者と自分のために価値を生み出すことと捉え、それが、職場でも地域でも価値を生み出していくことにつながるという考え方。そのためには働くを単に会社で仕事をするだけではなくプライベートにも拡張し、自分のライフビジョンの追求そのものとすることです。

働くを「仕事もプライベートも統合し一つのプロジェクトとして捉える」という考え方が印象的でした。

■「何のために働くか?」

「何のために働くか?」。本書はこの問いに対する視野が広げてくれるものでした。

働くとは突き詰めて考えると、世の中の課題解決のためです。世の中にはありとあらゆる問題があって、それは1人で解決できるものもあれば、多くは組織で解決していくことが必要のものもあります。それを解決するために働くイメージです。

問題解決と同じくらい、時にはそれよりも重要なのが問題発見です。

イシューの立て方で、ここを見誤ると問題解決の方法も間違った方向にいってしまいます。だから思うのは、自分が働く上では問題発見から考えるような仕事をしたいということです。

課題を自分で設定し、それを解決していく。そのプロセスや成果で自分も含めた他者を楽にする、社会を良くする。これが「何のために働くか?」の今の自分の答えです。



そのためには、会社での働くことのゴール、プライベートでのゴール、つまり自分の時間をどう使うか、人生をどう生きるかをあらためて考えることが大事です。

本書「働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法」は働くを考える上で示唆に富むものでした。

エントリーでは具体的な方法には触れませんでしたが、働き方革命.netにも紹介されていますので、興味のある方はこちらも参考になると思います。


働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
駒崎 弘樹
筑摩書房
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2012/05/19

Withings Body Scale:かっこいいクラウド体重計の3つの価値

ここ最近はあまりモノを買わなくなったのですが、そんな中で久々に満足したのが先月買った新しい体重計です。



「Withings Body scale」という名前の、Wi-Fi機能を内蔵しているクラウド型体重計。体重や体脂肪量が測れるだけではなく、体重計からWi-Fi経由で測定データが自動的にアップロードされ、グラフ化、数字やグラフをiPhoneやPCブラウザで見られる点がユニークです。

2012/05/12

おばあちゃんをとびっきりの笑顔にする「葉っぱビジネス」から学んだ3つのこと

そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生いつか読もうと思ってずいぶん時間がたっていましたが、ようやく読めました:「そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生」

TVや新聞・雑誌などマスコミでもよく取り上げられているのでご存知の方も多いかと思いますが、ある田舎町で興した「葉っぱビジネス」についてその仕掛け人である横石知二氏が書かれた本です。

少子高齢化や過疎が進み一時はどん底であった愛媛県上勝町。本書ではそこからいかに葉っぱビジネスが始まり、ビジネスとなり、町を再生していったかが紹介されています。読んだ感想として、学べることがたくさんあり、かつ感動できる本でした。普段からよく本を読むほうですが、この2つを共に満たす本ってなかなかないんですよね。


葉っぱビジネスとは

まずは「葉っぱビジネス」について簡単に。料亭とか寿司屋さんでの料理には葉や花が添えられていますが、季節を彩る葉や花があることで日本料理を美しく見せてくれます。この葉や花を販売する農業ビジネスのことです。添えられる葉や花は妻物(つまもの)と言うそうですが、料理が主役であくまで葉っぱは主役を引き立たせるものという位置づけ。

引用:株式会社いろどり

上勝町での葉っぱビジネスの特徴は、担い手の中心が地元のおばあちゃんということ。70代とか80代、中には90才を超える方もいるとのことですが、そんなおばあちゃんたちによって葉っぱが育てられ、採集し、市場に出荷される。本書によると、上勝町での葉っぱビジネスは年商2億6000万円。年収1000万円を超えるおばあちゃんもいるとか。たかが葉っぱではなく、それだけの価値を持っているのです。

ゼロからのスタート

葉っぱビジネスの何がすごいかって、全くのゼロからスタートした点にあります。今でこそ上勝町だけでも2.6億円の売上高をあげますが、当初はマーケットすらありませんでした。妻物として葉や花は使われていましたが、葉っぱビジネスが存在する前は料理人の人が自分で山とかに探しに行って葉っぱを取ってきていたそうです。つまり、葉っぱを売る/買うという発想がそもそもなかった。そこにマーケットチャンスを見出し、実現させたのが著者である横石さんでした。

「葉っぱがビジネスになる」と横石さんがひらめいたのは、大阪の難波に立ち寄ったがんこ寿司でのことでした。たまたま横石さんの席の近くに座っていた女子大生3人が料理についていた赤いモミジの葉を手に取り、「これ、かわいい」と大喜びしたそうです。そして、女の子は自分のハンカチで丁寧に葉っぱを包み持って帰ろうとしたその光景を見て、横石さんはひらめきます。「葉っぱを売ろう」。

横石さんは葉っぱがビジネスになることを確信しますが、実際に売れるまでには紆余曲折がありました。横石さんが早速、葉っぱビジネスを一緒にやろうと上勝町の人々に紹介しても誰も賛同しない。「そんなもん、売れるわけないよ」と。あきらめなかった横石さんはその後なんとか賛同者を募って、上勝町で採れた葉っぱを市場に売りに行ってもさっぱり売れない。上勝町での葉っぱビジネスはこんな状態でのゼロからのスタートだったのです。

1.全てはビションから

横石さんは葉っぱビジネスを思いついた当初から、確固たるビジョンがありました。上勝町の人たちに自分の住んでいる町のことを誇りに思うようになってほしい。

横石さんが上勝町の農協に営農指導員としてやってきた当時、上勝町の人たちの様子を見て「これではいけない」と強い危機感を抱いたそうです。男は朝から酒を飲み、女の人は他人の悪口ばかり言うだけで何もしていない。また、女の人の仕事がないことも葉っぱビジネスを思いついたきっかけでもあります。葉っぱなら女の人でもおばあちゃんでも扱えることができるから。

本書の最後の方に書かれていましたが、横石さんは「みんなが働ける社会をつくりたい」という思いを持っています。単に、葉っぱが売れそうとか一儲けしたいという動機ではなく、社会を豊かにするというビジョンがあったのが印象的でした。本書はリーダーシップという視点でも読むとおもしろくて、リーダーとは未来のあるべき姿を実現するため、ビジョンを語り、まわりの人を導いていく。そして実現する。これこそ本物のリーダーだと思いました。

2.マーケティング:強みを活かして差異化し価値を届ける

本書の面白い点は、マーケティングの視点で読んでもなかなか興味深い事例だということ。葉っぱビジネスはゼロからのスタートだったので前例や参考となるものはなく、自分たちで試行錯誤するしかありませんでした。「葉っぱが売れる」という確信があっても、当初はさっぱり売れなかった。なぜか。横石さんは葉っぱが実際に料亭でどう使われるかを知らないことに気づきます。

横石さんのすごいところは現場主義を徹底されていることだと思いました。妻物の使用シーンを自分が知らないと思うと、勉強するために料亭に2年以上も自腹で通ったそうです。そこで葉や花がどう使われているか、季節ごとの違い、どういう葉っぱだと料理人やお店に喜ばれるのか。自分たちが売ろうとしている葉っぱの「価値」を直接現場に足を運び、学び続けたのです。

現場を見て歩いたことで、横石さんはあることに気づきます。それは、妻物の葉は山に生えている自然のままが必ずしもいいわけではないこと。葉にしみや虫食い穴が少しでもあると、妻物としては使えない。妻物はあくまで料理を引き立てるので、器や料理とのバランスがあり、それぞれ適切な色合いや大きさ、季節感というタイミングもある。だから季節を少し早めて葉っぱを取れるような栽培をしたり、料理人が使いやすいように大・中・小とサイズを分けてきっちりとそろえてパッケージしたりなど、現場での知識や経験から少しずつ葉を価値化していきます。

ここに、おばあちゃんたち農家の知恵と技術が活きました。実際の季節よりも先に花をほころばせるとか、狙った時期に小ぶりな葉っぱを採取するなどのノウハウを持っていたのです。おばあちゃんたちの根気強さ、丁寧さ、仕事への意欲もまた、上勝町の葉っぱビジネスに大きく貢献します。

戦略の本質は、強みを活かして差異化することだと思っています。「強みを活かす」と「差異化する」の2つが両方満たさせることがポイントだと思っていて、例えば差別化できたとしても、そこに自分たちの強みに基づいていないと、すぐに競合に真似されたりと中長期で継続的に勝ち続けることが難しくなる。強みを活かして差別化し、お客さんに価値・ベネフィットを実感してもらう。時代が変わろうともこのマーケティングの考え方は変わらないと理解しています。

横石さんや上勝町の人たちの努力によって、葉っぱビジネスは拡大していきました。マスコミにも取り上げられるようになり、今では人口が2000人ほどの町に年間にその2倍もの人が視察に訪れるような町になりました。株式会社いろどりという会社ができました。「葉っぱが売れたら、逆立ちして歩いたるわ」とまで言われた葉っぱがそれだけの価値を生んだのです。

3.当事者意識が人々と町を変える

本書を読むと葉っぱビジネスを通じて、上勝町の人たち、そして町自体が変わっていったことがよくわかります。雨の日は朝から役場に集まり酒を飲むだけだった人たち、近所の悪口をしゃべってばかりだった人たちも、「彩(いろどり)」という自分たちの葉っぱビジネスを担うことでそんな暇がなくなりました。

何よりも「住民みんなが町のことを自分たちの問題として考えられるようなった」といいます。見聞きしたことを自分ごと化できていて、自分の商品のことだけではなく、葉っぱ事業全体のこととして捉えているそうです。「彩」という自分たちの葉っぱブランドを守るためのごみゼロ運動、そして自分の住んでいる町のことを誇りに思っている。誇りに思っているから町を環境を守ろうとするし、葉っぱビジネスにもやりがいを感じる。こうした当事者意識は素晴らしいの一言だと感じました。

あるおばあちゃんが横石さんにこんなことを言ったそうです。「世界中探したって、こんな楽しい仕事はないでよ」。葉っぱを売るという生きがいがあり、自分の取った葉っぱがお店でどう使われているかという自分がやっていることの価値を実感している。女の人もお年寄りもみんなが働いている社会。「ここに生まれて、本当によかった」と笑顔で言うおばあちゃん。自分が住んでいる町を誇りに思っている。実現されたのは横石さんのビジョンそのままです。


※参考情報
株式会社いろどり


そうだ、葉っぱを売ろう! 過疎の町、どん底からの再生
横石 知二
ソフトバンククリエイティブ
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2012/05/06

ケータイ⇒スマホの進化から「あるべきスマートTV」が見えてくる

モバイルについて、今から10年後とか20年後に歴史を振り返った時に、2007年がターニングポイントの1つだったと言われると思っています。

07年はiPhoneが登場した年。ターニングポイントとは、iPhoneがスマートフォンというそれまでの携帯電話にはなかった新しいモバイルを定義付けたということです。

■iPhoneと携帯電話のユーザーインターフェイス

iPhoneが変えたこと、それは画面に直接触れて操作するタッチパネル、ビジネスから遊びまで多種多様なコンテンツが揃うアプリ、インターネットやクラウドを活用したネットワークなど、それまでの携帯電話にはなかった利便性をもたらしてくれました。

初めてiPhoneを手にした時の感動は今でも覚えています。デモ映像とか店頭で使ったことはあったのでイメージは持っていましたが、それでもiPhoneの使い易さはついさっきまで使っていた携帯電話とは全くの別物。久々にワクワクする体験でした。iPhoneでいつでもどこでもネット閲覧/検索、アマゾンやネット通販での注文、アプリも有料版をダウンロードすることもいつの間にか普通になっていました。

ただよくよく考えてみると、こうしたiPhoneでできることの多くはそれまでの携帯電話でもできたことに気づきます。ネットもあったし、ケータイから買いものもできるようになっていた。アプリもiPhone用ほどではないにしろ提供されていた。それでも携帯では全くと言っていいほどこれらは利用していませんでした。

なぜか。当時の携帯電話とiPhoneを比べるとあらためて思うのが、携帯は使いにくかったということ。できることは知ってて一回くらいは試したけどあまり便利とは思いませんでした。ネットにつないでもクリックしたいところに行くには十字キーボタンの↓を何回も押さないといけないし、コンテンツやアプリも十分ではなく、スマホとPCがクラウド経由でシームレスにつながっているようなこともなく携帯だけで独立した存在だった。もちろんこれらの「使い勝手の悪さ」は、携帯しか持っていなかった頃はそこまで不満には思っておらず、iPhoneと比べたからこそわかることです。

■テレビとケータイの類似性

テレビについても、ここまで述べたケータイ⇒スマホへの進化と同じことが起こると思っています。去年くらいから「スマートTV」という表現がよく出てくるようになってきて、実際にGoogle TVなどがアメリカでは売られるようになっています。

でも今現在のスマートテレビは、モバイルで言うとiPhone登場前のブラックベリーあたりの段階なんだと思っています。で、現在主流の薄型テレビはケータイに当たります。ケータイとテレビを比較するととても似ている状況にあることがわかります。

例えばテレビのリモコン。下図はうちにあるテレビリモコンとほぼ同じですが、こんなに機能があるのかと思うほどの多くのボタンがついています。ここには載っていませんが、手元にあるリモコンはフタがパカっと開いて、その下にもさらにボタンがある。ボタンの多くは普段はほとんど使わないし、中には何のためかもよくわかっていないボタンもあったりします。


テレビ画面上に番組表(EPG)が表示され、予約録画は番組表から撮りたい番組を選ぶやり方は便利といえば便利ですが、目的の番組まで移動させるにはリモコンの十字キーボタンを押さないといけません。大抵の場合、何回も押すことに。

最近のデジタル対応のテレビには「アクトビラ」というネット接続サービスがほぼ標準で付いていると思います。アクトビラはソニーやパナソニック、シャープなどの主要メーカー間で統一されたテレビからのネット接続ポータルで、利用するためにはテレビにLANケーブルをつないで簡単な設定をするだけだったりします。つまり、今の多くのテレビにはすでにネットへの接続機能がついています。でも、アクトビラは使ったことがありません。アクトビラの認知率や利用率を正確に把握しているわけではありませんが、多くの人が同じ状況でしょう。なぜ使わないかというと、アクトビラで提供されるコンテンツが少ないのと、リモコン操作が前提の使いにくさがあると思います。スマホとかタブレットでの操作性に慣れてしまうと、リモコンでの操作は一世代前という感じです。

■あるべきスマートTVとは

こうした状況が、今のテレビの状況はiPhone登場前のケータイにそっくりだと思った理由です。この話をGWで会った家族にしてみましたが、リモコンや番組表操作などの使い勝手を「使いにくい」とは特に思っていなく、iPadのテレビ番組表を指でさくさく動かせるタッチパネル操作と比較して、初めて気づいていました。iPhoneでなくてもスマホの操作性と、テレビのリモコンやデータ画面の操作性を比較すると、大きく違うことがイメージできると思います。

だから期待したいのは、テレビにおける「iPhone」の登場です。大量に並んでほとんど使われないボタンばかりのリモコンではなくユーザーインターフェイスが優れ、見たい映像が「いつでも/どこでも」見られる環境、ネットやクラウドとも連携したテレビ。こうした圧倒的に使いやすいテレビです。これら全てが実現できて初めて、「スマート」という言葉が付くに相応しいテレビになると思います。iPhoneの登場後、多くのメーカーがiPhoneのような全く新しいモバイルをリリースし、スマートフォンという言葉が一般的となったような流れです。

真にスマートTVと呼べるプロダクトを出せる最有力候補は、やはりアップルだと思います。リモコンは今のApple TVのような超シンプルなものにしてくる、もしくはSiriを搭載した音声でテレビをコントロールする方式かもしれません。iTunesには様々なジャンルの映像が用意され、iPhoneやiPadとも連携する。iCloudが中心となったネットワーク。

アップルではなくてもいいのですが、本当にスマートテレビと呼べるテレビは今のテレビの延長上にはないことだけは確かだと思います。スマートフォンがケータイとは別物だったように。操作性、コンテンツ、ネットワーク、これらがスマートテレビのキーワードだと思っています。

思えば、日本でテレビのリモコンが本格的に登場したのが1970年代、VHSの録画が1980年代です。この2つはテレビのユーザー体験を大きく変えました。その後、確かに画面はデジタル放送に切り替わったことできれいにはなりましたが、リモコンや録画ほどのインパクトではないと思っています。テレビもそろそろ次のステージに移ってもいい頃ではないかと期待しています。




※参考情報
アクトビラ
Apple TV

2012/05/04

絶対不可能を覆した「奇跡のリンゴ」というイノベーション

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録ふらっと立ち寄ったブックオフで手にとったのが 奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録 という本でした。

この本は NHK のプロフェッショナル仕事の流儀で2006年に放送され大反響を呼んだ、りんご農家・木村秋則さんの話を書籍にしたものです。

サブタイトルに「絶対不可能を覆した」とあります。不可能と言われたリンゴの無農薬・無肥料での栽培を実現したストーリーが書かれています。

無農薬無肥料栽培という非常識を打ち破り、世の中に新しい価値を生んだというイノベーションの話で、おもしろく一気に読めました。

■ リンゴ栽培に農薬を使わないという「非常識」への挑戦

木村さんは子どものころはおもちゃを分解するのが好きで、真空管からコンピューターをつくろうとしたことがあるくらいだったそうです。もともと自分は効率人間だったと言います。

大規模農業をやりたくて当時は珍しかったトラクターの知識を得るため、本屋さんでトラクターの本を取ろうとした時に、一緒に落ちてきた1冊の本が木村さんの人生を変えました。

表紙には「自然農法」とあり、本の最初に書かれていた「農業も肥料も何も使わない農業」でした。農薬を使うことは当たり前すぎるくらい当然と思っていた木村さんに1つの問いが生まれます。「本当に農薬は必要なのだろうか?」。

この全くの偶然が「無農薬無肥料でリンゴを栽培する」というコンセプトをつくりました。

実はもう1つ、農薬を使わないと決意した理由がありました。それは木村さんの奥さんである美千子さんでした。農薬に弱い体質で、農薬を畑にまくと1週間は寝込んでしまうこともあったそうです。

■ 無農薬・無肥料でのリンゴ栽培は絶対不可能

木村さんは無農薬でのリンゴ栽培に挑戦するも、全く成功しませんでした。そもそも、現代のリンゴは農薬や肥料の使用を前提にした品種改良の結果だからです。無農薬・無肥料でのリンゴ栽培はその前提を覆すもので、絶対不可能と言われる所以です。

試行錯誤を続け、誰よりもリンゴ畑の手入れをするものの、農薬を使わないからリンゴの木は害虫にやられ、すぐに病気になりました。木村さんの畑にあった800本のリンゴの木は全て枯れたとそうです。

リンゴ栽培で生計を立てる木村家が無収入になるのにはそう時間はかかりませんでいた。無農薬栽培に挑戦したころは暖かく見守ってくれた周囲も、次第に木村さんを見る目が変わっていきます。

いつの頃からか木村さんのことは「カマドケシ」と呼ぶようになります。カマドケシとは「かまど」「消し」です。一家の生活の中心にある「かまど」を消すとは、家をつぶし家族を路頭に迷わせるという意味だそうです。最低の侮辱表現でした。

何をやってもうまくいかず、蓄えも底をつき極貧生活を極めました。

木村さんは肉体的にも精神的にも追い詰められていきます。木村さんだけではなく、家庭も壊れていきました。「自分は一体何をしているのか、何のためにこんなことを続けているのか」。

木村さんはついには絶望し、死ぬことを決意します。ある晩、首をつるために手にしたロープを持ち山へ向かったのです。

死ぬ場所を見つけ、首をつるためのロープを木にひっかけようとするも木村さんは失敗してしまいます。これがターニングポイントでした。木にひっかけるのを失敗したロープを取りに行った木村さんの目に、ある光景が開けます。

■ 無農薬リンゴ栽培へのパラダイムシフト

この後のストーリーが本書のハイライトでした。ロープを取りに行った木村さんの目に映ったのは月明かりの下に輝く1本の木でした。人の手が全く入っていない場所で立つ木です。木村さんはそれをリンゴの木と見間違えます(本当はドングリの木だった)。

何年もの間探し続けた答えが目の前にあったのです。そこでは、自然の植物が農薬の助けを借りずに育っていました。

何が違うのか。決定的に違ったのは土の状態だったそうです。「こんなに柔らかい土に触れたのは初めて」。木村さんは無我夢中で土を掘っていました。柔らかくてほのかに温かい土でした。「この土をつくればいい」。

木村さんは今までリンゴの木の見える部分だけを考えていたと言います。土のこと、地下のこと、リンゴの木の根っこのことを考えていませんでした。自然の全体を捉えていなかったのです。

自分がやっていたのは、農薬をまかないだけで虫や病気を殺してくれる物質を探していたにすぎない。因果関係が逆でした。病気や虫が原因で木が弱ってしまったのではない、虫や病気はむしろ結果だったのです。つまり、虫や病気が発生したのはリンゴの木が弱ってしまったからで、自然本来の強さを失っていたためです。

自分のなすべきことは自然を取り戻してやることだと気づきました。

自分にはもう何もできないと思って絶望し、自殺を図ろうとしました。

木村さんは、何もできないと思っていたのは何も見ていなかったからと言います。目に見える部分ばかり気を取られ、全体を見ていませんでした。

雑草を抜くのではなく自然の中では雑草にも役割があります。リンゴの木の下にある土の大切さです。害虫と呼ぶのは人間の勝手で、自然の中では害虫も意味があります。本来、害虫も益虫もないのです。

木村さんは自分の役割は自然という生態系とリンゴの木を調和させることだと言っています。特に印象的だった部分を以下に引用しておきます。

自然の中に、孤立して生きている命はないのだと思った。ここではすべての命が、他の命と関わり合い、支え合って生きていた。そんなことわかっていたはずなのに、リンゴを守ろうとするあまり、そのいちばん大切なことを忘れていた。(p.126)

この部分は、無農薬無肥料でのリンゴ栽培という、常識を破るためのパラダイムシフトです。

リンゴの木だけではなく、自然という生態系全体を見ること、自然の手伝いをしてその恵みを分けてもらうのが農業の本当の姿であり、無農薬リンゴは自然の中でつくります。害虫や病気は原因ではなく結果と捉えます。これが木村さんが長い年月をかけて得た農業でした。


引用:木村興農社【木村秋則オフィシャルホームページ】

付け加えると、自然という生態系の中で育てる無農薬・無肥料でのリンゴ栽培といっても、リンゴ畑を放置して何も世話をしないというわけではありません。むしろ農薬散布するよりも手間暇はかかります。

例えば、土壌に窒素が不足していると思ったら豆をまく。秋に1度だけ雑草を取る。病気の発生を見極めて酢を散布する。虫が増え始めたら発酵リンゴの汁を入れたバケツを木にぶら下げる。リンゴの葉を見て、随時、リンゴの木を剪定する。こうしたことを丁寧にやる必要があります。

■ ビジネス化という次のハードル。そして木村さんの夢

無農薬でのりンゴ栽培がようやく実現できても、次のハードルがありました。ビジネスとして成り立たせることです。売って生活成り立たなければ絵に描いた餅なのです。(農薬を使った)一般的な栽培でできたリンゴに比べて、見た目も悪く大きさも小さい木村さんのリンゴです。せっかく作っても当初は全く売れなかったそうです。

ここでも苦労の結果、売れるようになり、その後は注文の FAX がひっきりなしに送られるほどの人気になります。

木村さんのすごいところは、無農薬りんご栽培方法を確立しただけではなく、それをマネタイズしたことです。そして今では講演活動や農業指導を国内外で行なっているとのことです。(蛇足ですが、無農薬リンゴ栽培ができるようになった後の話は本書ではあまり詳しく書かれていないように思いました。良いプロダクトをつくってもそれが売れ収益を上げるようになるストーリーはもっと詳しく知りたかったです)

そんな木村さんの夢は、無農薬りんごを「普通の価格」で売ることです。農薬や肥料を与えてつくったリンゴと同価格で売ることです。

手間暇のかかる木村さんの無農薬・無肥料のりんごはどうしても収穫量が少なくなります。単純に考えればそれだけ1個あたりコストが高いので値段も高くなります。無農薬りんごはぜいたく品のままで、多くの人に食べてもらえません。

1人でも多くの人に食べてもらうためには、木村さんは頼まれればどこへでも出かけ話をするし、栽培ノウハウを専売特許とはしないそうです。普通の農家にも無農薬無肥料でつくれる世の中にしたいという木村さんの考え方は、松下幸之助の「水道哲学」に似ています。

■ 最後に

本書を読むだけでも木村さんの人生は波乱万丈だということがわかります。

偶然、本棚から落としてしまった「自然農法」という本の出会い。リンゴ栽培に当たり前のように使われている農薬への疑問。自殺することを決意しまさに死のうとした時に現れた1本のドングリの木。生からヒントを得た無農薬・無肥料リンゴの栽培方法。その後も試行錯誤が続き、ついには追いつかないほどの木村さんのリンゴへの注文。

どれか一つでも欠けていれば木村さんのリンゴはこの世には存在せず、もっと言うと木村さんはいなかったかもしれません。人間の運命を考えさせられます。

最後に、本書で書かれていた木村さんの言葉を引用しておきます。

リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているのではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。(p.131)


※参考情報
木村興農社【木村秋則オフィシャルホームページ】


奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
石川 拓治
幻冬舎
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