2012/06/30

Whyからはじまるゴールデンサークル:シンプルかつ応用度の高い思考アイデア

好きな動画コンテンツに TED があります。

TED は動画が公開されていてよく見るのですが、今まで見た中で間違いなくベスト5に入ると思っているのが、Simon Sinek の「優れたリーダーはどうやって行動を促すか(How great leaders inspire action)」です(リンク先は日本語字幕付き TED 動画)。



TED を見ていておもしろいと思う評価基準として、

  • アイデアがすばらしい
  • 伝え方がうまい(プレゼンの仕方、パフォーマンス、情熱を持って語っている)
  • アイデアが自分にも役に立つ

2つ目まではどの動画も当てはまります。3つ目の「アイデアが自分にもすぐに役立つか」は多くはありません。

「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」というアイデアは、タイトル通りリーダーシップにも使え、それ以外にも幅広い応用ができると思っています。

仕事でもプライベートでも。本当に役に立つ考え方で、非常にシンプルです。

■ 優れたリーダーはどうやって行動を促すか

内容は実際の TED を見ていただくのがいいと思いますが、簡単に書いておきます。

紹介されているアイデアを一言で表現すると、「人は『何を(What)』ではなく『なぜ(Why)』に動かされる」というものです。

「なぜ」というのは、自分の動機やビジョン・理念とも言えますが、自分が信じていることを語ることで、共感が生まれれば人々を惹きつけるという考え方です。

プレゼンの中でゴールデンサークルというフレームが紹介されています。

Why、How、Whatの3つの円があり、「人は『何を(What)』ではなく『なぜ(Why)』に動かされる」ことを説明するシンプルなものです。有用度も高いです。



プレゼンテーターのサイモンによると、普通はゴールデンサークルの外側から内側に向けて考えると言います。What → How → Why の順番です。

しかし優れたリーダーは逆で、Why → How → Whatの順で考え、伝えます。

具体例として取り上げている1つがアップルでした。もしアップルが iPhone、Mac を What から入った伝え方をすると、次のような流れになります。

  • 我々のコンピュータは素晴らしく、美しいデザインで簡単に使え、親しみやすい商品です
  • ひとつ買いませんか?

これを逆に Why → How → What で語ると次のようになります。

  • 我々のすることはすべて 世界を変えるという信念で行っています。違う考え方(Think Different)に価値があると信じています
  • 私たちが世界を変える手段は、美しくデザインされ簡単に使え、親しみやすい製品です
  • こうして素晴らしいコンピュータができあがりました

はじめにアップルの Why であるビジョンを伝えています。人々はこれに共感するからこそ、アップルの商品を手に取ります。これがWhyからはじまるストーリーなのです。

ゴールデンサークルについては、Simon Sinek 本人が書いた本に詳しく書かれています。



■ Why からはじまるゴールデンサークルの応用

ゴールデンサークルのアイデアはリーダーだけのものではないと思っています。

仕事にも役に立つし、考えを整理する時にも使えます。普段の会話などの日常でも使える道具です。

例えば考えを整理するために使ってみます

以前に「絶対赤字」の非常識に挑んだクロネコヤマトの競争戦略」というエントリーを書きました。

ヤマト運輸がクロネコヤマトという宅配便ビジネスに参入した際の戦略を取り上げています。ここ最近では最もアクセス数が多かったのですが、実はこのエントリーでも Why ⇒ How ⇒ Whatの特に、Why と How について考えてみて書いたつもりです。

具体的には、

  • Why:なぜヤマトは個人向け宅配市場に参入したのかの2つの理由
  • How:参入するためのクロネコヤマトの競争戦略(SP と OC)
  • What:クロネコヤマトの宅急便という便利なサービス

詳細は割愛しますがこのように考えることでシンプルになり、実際に書きやすかったです。

ゴールデンサークルの考え方は仕事でも役に立っています。

例としては上司から仕事を頼まれた時、大抵の場合は What だけを言われると思います。「これやってくれない?」という指示です。

What に相当する部分で、もちろんこれだけで依頼されたことを自分で進められますが、この時に Why を考えると違ってきます。

「なぜやるのか」を考えることで、依頼内容の背景や目的、その仕事の前後関係もわかり全体像を把握できます。

何より、Why が見えてくることでモチベーションにも影響します。

また、依頼された時にその仕事をどう進めるか(How)も同時に考えると、この情報・データが必要とか、他のチームにお願いしないといけない、など ToDo も洗い出されていきます。

会議でも使えます。会議を設計する時に議題(What)だけではなく、会議目的(Why)や会議の進め方(How)を考えておくのです。

これは自分が会議オーナーの時も、出席者として参加する場合も自分の中で考えておくといいとです。

自分が招集した会議で、Why や How がクリアになっていないと会議の成果が期待通りにならないこともあって、Why ⇒ How ⇒ What は大事です。仕事でも Why から始めるゴールデンサークルは重宝しています。

お客さんやクライアントに話を聞く場合でも What だけではなく、How、Why も併せて深掘りすると思わぬ情報が得られることがあります。

インタビューや質問で注意したいのは、(ゴールデンサークルの順番と逆ですが)いきなり Why から聞くと相手が過剰に身構えることもあることです。あえて What(何を)、How(どのように)を聞いていき、最終的には Why まで聞けると、その人の動機や目的、やろうとしていること、ビジョンなどが見えてきます。これは日常の会話でも使えるテクニックです。

Why からはじめ、Why ⇒ How ⇒ What と考えるゴールデンサークル。リーダーだけのアイデアにしておくのはもったいないアイデアです。


サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか|TED




動画を見る時間がない、という方はこちらがおすすめです。プレゼン内容が文字で読めます。
サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか|読むTED

※参考情報
サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか|TED
サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか|読むTED
今週のイチ押し書籍:WHYから始めよ!|日経まナビ!
「絶対赤字」の非常識に挑んだクロネコヤマトの競争戦略|思考の整理日記


2012/06/26

わずか3問:NBAファイナルで見た秀逸な質問力

世界最高峰のバスケを魅せてくれるNBA。11-12年の今シーズンは、マイアミヒートの6年ぶり2度目の優勝で幕を閉じました。何気にNBAフリークだったりするので普段から結構見ていて、特にプレイオフはカンファレンスファイナル(東西リーグ優勝決定戦)、ファイナルの全試合をばっちり見ました。連日のNBA三昧で楽しい日々でした。

マイアミヒートは”3 Kings”と呼ばれるレブロン・ジェームス、ウェイド、ボッシュという3人のスーパースターを擁す強豪です。昨年はファイナルで惜しくも敗れましたが、今年は3人以外のチームメイトのいぶし銀の活躍もあり、ファイナルは初戦で西リーグチャンピオンのオクラホマシティサンダーに負けたものの、その後は破竹の4連勝。事前の予想に反しての圧勝でした。

■秀逸だったMVPレブロンへのインタビュー

ヒートの優勝が決まった第5戦の試合終了後、大歓声を送る地元ファンの前で優勝セレモニーに移りました。チームに優勝トロフィーが授与され、その後にファイナルの最優秀選手(MVP)を受賞したのは「3キングス」の1人であるレブロンでした。

引用:LeBron James - 2012 - NBA Finals MVPs|SI.com

MVPトロフィーを受け取った後、檀上でそのままレブロンへのインタビューが始まったのですが、その内容が考えさせられました。それまではあまり考えずに見ていたのですが、インタビュアーとレブロンの対話が深く、それを引き出したのがインタビュアーの質問でした。

日本だと、試合直後に活躍した選手に来てもらって、「放送席、放送席。それでは○○選手へのインタビューです」と続く質問とその返答は、ありきたりな内容がほとんどです。もちろんたくさん答える選手もいれば、誠実に対応する選手、考えて自分の言葉で話す選手もいますが、個人的に思うのはそもそもインタビューの質問に工夫が感じられない点。

それが、この時のインタビューはおもしろかった。思わずボリュームを上げてしまうほど。以下のYouTubeの動画が実際の試合直後のMVP授賞式のもので、インタビューは1:10あたりから始まります。


LeBron James, The 2012 NBA Finals MVP - Trophy Presentation!|YouTube

以下、レブロンへのインタビューの抄訳。
インタビュアー(I):MVPに相応しい大活躍でした。試合終了の瞬間の気持ちは?
レブロン(L):やっとこの時が来たという思いでした。
I:(優勝を逃した)昨年のファイナルの後はいろいろな批判がありました。その中で一番気になった批判は何でしたか?
L:自分勝手だという批判です。それだけが心に引っ掛かりました。優れたチームプレイヤーになるために自分は何でもやってきた。しかし、その一方で、その批判をモチベーションとして優勝に貢献できた。本当にうれしいです。
I:昨年は、「自分を証明しようとしすぎた」と言っていました。それを今年はどのように気持ちをきり変え、どう対応したのですか?
L:基本に戻りました。全てを捧げ貢献するという気持ちです。2シーズン前までは試合に集中し、自分を証明するという気持ちはありませんでした。しかし、昨年は自分らしくなくつらい気持ちを抱えながらのプレーでした。そして今年はバスケットボールを愛し、情熱を持ち、自分の基本に立ち返りました。
I:試合終了時、ベンチで大喜びしていましたね。どのような気持ちでしたか?
L:人生で一番幸せです。チームメイトやファンとこの瞬間を分かち合いたいと思います。皆さん、応援ありがとうございます。夢が叶いました。

インタビュー自体は4問で、時間にして2分ちょっとでした。優勝を決めた直後という状況でなかなか深い会話だと思います。印象的だったのが2問目の質問。自身初の優勝を決め、ファイナルMVPという気分が最高潮の時、いきなり昨シーズン終了後に浴びせられたレブロン自身への批判について質問したのです。「あなたは数多くの批判を受けましたが、その中で最もつらかったものは?」と。

それに対してレブロンも誠実に答えています。自分勝手なプレーと言われたこと、自分はチームプレイヤーとしてあらゆることをやってきたこと。同時にその批判に向き合い乗り越えたからこそ優勝につながったこと。

続く3問目もおもしろいやりとりです。昨年にレブロンが「自分を証明しようとしすぎた」と言っていたことを引用し、それをどう変えたのかを聞き出す質問。レブロンの答えは「自分の原点に戻る」というシンプルなものでしたが、一昨年・昨年・今年と比較しながらのわかりやすい回答になっています。

ちょっとだけレブロンとこのインタビューの背景を解説しておくと、レブロンという選手はNBAの中でも超がつくほど一流選手です。高校の頃からマイケル・ジョーダンの再来と言われ、これまでの経歴は、03-04年シーズンに新人王、オールスターMVPを2回、シーズンMVPを3回、そして今回のファイナルMVPと悲願だったチャンピオンズリングの獲得。輝かしい実績です。NBAキャリアは地元チームのクリーブランドキャバリアーズに入団。順調に活躍を見せますが、昨シーズン(10-11年)前に今のチームであるヒートに移籍しました。

この移籍イメージが良くなく結果的にその後のレブロンはヒール(悪者)扱いされることも少なくありませんでした。そしてチームのエース故にファイナルで敗れたことへのバッシング。これが2問目の「あなたは数多くの批判を受けましたが、その中で最もつらかったものは?」と、3問目の「(ヒートに移籍した)昨年は『自分を証明しようとしすぎた』と言っていたが今年はどう変わったか?」の背景です。

■レブロンへのインタビューに学ぶ「具体的&本質的」な質問力

質問って、何を聞くかでその後の会話は全然違ってきます。良い質問が投げかけるとそれにより相手の経験や考えが引き出される。良い質問とは、具体的かつ核心をついたものだと思っています。核心をつくとは、本質的な質問、あるいは相手が話したいと思っていることに触れる(&自分が聞きたいこと)、という理解です。

もう1つの条件である具体的に聞くこと。これも答える側としては大事なことで、抽象的な質問だとえてして話の流れが発散してしまいます。例えばもしレブロンへのインタビューで「あなたにとってバスケは何ですか?」という質問だったら、聞く内容は本質的なのですが抽象的すぎます。抽象的に聞くと話していることのレベルが合わなくなる。議論や交渉ではあえて論点のレベルをずらすこともありますが、会話やインタビューでこれが起こるとかみ合わなくなります。

上記インタビューでは4問のうち、2問目と3問目が具体的かつ本質的な質問でした。インタビュアーの質問の意図は、レブロンのこの1年間での成長についてコメントを促していること。何に苦しみ、どう乗り越え、自分はどう変わったか。これをたった2問の質問で引き出している。もっと言えば、これが優勝後の落ち着いた記者会見だったり、雑誌の取材、TV等の出演ならわかりますが、優勝直後のMVP受賞場面で行なわれたのです。

レブロンへのMVPインタビューで学べる質問力とは、「本質的なことを具体的に問うこと」だと思います。例えば、複数の中から最も印象の強いことを1つ聞くこと、過去と現在の比較からどう成長したのか、何が自分を変えたのかを深掘りする、過去のその人の発言を引用して質問をする、等でしょう。

今年のNBAファイナルは対戦内容だけを見るとヒートの強さと、対戦チーム・サンダーの若さゆえの精神的な弱さが印象的で、もう少し拮抗するかと思っていました。少なくとも4勝1敗で決着するとは予想してませんでした。もう少しファイナルの試合を楽しみたくそこは期待を下回ってしまいましたが、一方で最後のセレモニーで見たインタビューはあらためて考えさせられる質問力でした。


※参考情報

LeBron plays just well enough to lead Heat to NBA Championship|Scrape TV
NBA final: LeBron James leads Miami Heat to title over Oklahoma City Thunder|thestar.com
NBA=ファイナルMVPのジェームズ、「最高の気分」|Reuters
ヒートが制覇!“キング・ジェイムズ”が開いた新たな扉=NBAファイナル|スポーツナビ
LeBron James - 2012 - NBA Finals MVPs|SI.com
LeBron James, The 2012 NBA Finals MVP - Trophy Presentation!|YouTube

2012/06/23

今一番欲しいSPIDERから考える「TVの次の50年」

少なくとも現在の家電メーカーがつくるテレビの方向性は、高画質化と3D対応だと思っています。これはイシューとしては、「よりきれいな(高画質)、よりリアルな(3D)映像をユーザーに提供するか」であり、(認識があるかどうかは別にして)テレビの画面はまだきれい/リアルではないという問題を解決しようとするものです。

■現在のTVの方向性はイシューがずれている

果たしてこのイシューの立て方は正しいのでしょうか?ユーザーは現在のテレビ画面の美しさに不満を持っているのかという問いですが、少なくとも私自身はさらにきれいになるテレビ画面にはもはや魅力を感じません。課題設定がずれていると思っています。

例えばYouTubeやTEDなどの動画は画面のきれいさだけをTVと比べると、勝負にならないくらいTVの圧勝です。それでもTEDは見ていていておもしろいし、英語やプレゼンの勉強にもなります。YouTubeのバスケやサッカーのゴールシーンを集めたもの、音楽やプロモーションビデオ、海外のCMなども見ていて楽しいもの。つまり、魅力なのは映像の中身であって、画質ではない。だからこれからのテレビのイシューとしては、「いかにおもしろい映像/番組に出会えるユーザー体験を提供するか」だと思います。

■今一番欲しいモノかもしれないSPIDER

このイシューに挑戦しているのが、ベンチャー企業であるPTPが開発しているSPIDERという商品。SPIDERは一言で言えば全録ができるハードディスクレコーダーで、特徴をごく簡単に挙げると、
  • 最新の1週間の番組を全て自動録画。放送後の見たかった番組も後から自由に見られる
  • 検索機能が充実。おもしろい番組をシェアできるソーシャル性にも注力
  • 使い勝手のよいリモコンなど、ユーザーインターフェイスを重視

スパイダーは法人向けと個人向けの2つがあり(上の画像は法人向けのSPIDER PRO)、地デジ対応版はまだ法人のみしか出していません。個人向けが発売されたら買いたいと思っていたのですが、待ちきれず結局は他社のレコーダーを買いました。もし今後、個人向けのスパイダーが出たらおそらく今のやつから買い替えをするはず。今最も欲しいものがスパイダーと言ってもいいくらい魅力を感じています。なぜかと言うとスパイダーには他のレコーダーにはなく、そもそものテレビ視聴体験を大きく変える可能性が期待できるからです。

■SPIDERの本質

SPIDERを放送された番組を全て録画する「全録レコーダー」としか見ないと、SPIDERが持つ可能性、そして本質を見誤ると思っています。ではスパイダーの本質は何か。それは番組/CMのインデックス化と、検索やソーシャル機能による新たな発見です。

後者について書いてみます(前者は主に検索のための番組情報データ整理で、ネットの世界でグーグルがやっていることをテレビでもやろうとするもの。これはこれですごいことをやろうとしているのですが、詳細は長くなるので割愛。詳しくはこちらの記事にあります)。

スパイダーを開発しているPTP社長の有吉氏によれば、単に全録機能だけを提供しても結局見るのは普段視聴している番組しか見ないそうです。これは同社が2年間に渡って一般家庭モニターで行なった実験結果データからで、放送された番組を全て保存しておく全録でも、結局は知っているものしか見ない「予約録画」とあまり変わらない。

だからスパイダーが目指すのは使いやすい検索機能と、ソーシャルによる自分が知らなかった番組の提供です。根底には「TVがつまらない」ではなく、「おもしろいTV番組/CMに出会っていないだけ」という考え方がある。

全録って、たくさんハードディスクを積んで、たくさんチューナーを積めば、家電メーカーであればできてしまうコンセプトです。前出の有吉氏は、「全録」に懸けているのは5%くらいで、残り95%はどうやって番組やCMを楽しく見ようか、どうやって面白いものに出会おうか、どうやったら友達や著名人のおすすめ番組を見ることができるかの実現を重視していると言います。新しい発見や埋もれている番組・CMとどうマッチさせていくか、そこばかり考えているそうです。

SPIDERの目標は「テレビの次の50年をつくる」とのこと。このビジョンがすばらしいと思います。当ブログでも何回か書いていますが、テレビが世の中に出て、その後にユーザー体験を大きく変えたのはビデオの登場だと思っています。番組を録画し自分の見たいタイミングで自由に見られる。これって結構大きなことです。

テレビ番組やCMは基本テレビ局の都合で番組表が組まれ、その通りに流すだけという構図なので、視聴者はその時間に合わせてテレビをつける必要があります。この仕組みは今も基本的には変わらない。よく考えるとユーザー視点とは逆のあり方で、見たいならその時間にテレビつけてねという発想で、無理なら自分で録画してよという考え方。だからビデオの登場はユーザー体験を変えたと思います。

ビデオ登場後、DVDだったりブルーレイや、地デジによる高画質なデジタル映像、3Dテレビの登場もありますが、どれも過去の延長線でしかありません。ビデオ以来のイノベーションを期待するとしたら、「いかにおもしろい映像/番組に出会えるユーザー体験を提供するか」というイシューなのです。

■本当の意味での「通信と放送の融合」「テレビのネット化」とは

ここまでスパイダーの魅力を書いてきましたが、スパイダーが現在やろうとしていることも、本来のあるべき姿から逆算するとちょっとまだ違う点もあったりすると思っています。

スパイダーの仕組みは、1週間くらいの全放送番組を自動で保存しておき(全録)、それを使い勝手に優れた検索やリモコン、ソーシャルサービスで「新たな番組との出会い」を提供しようとするもの。ただ、例えば1000人がスパイダーを使うとすると、1週間の放送データが1000人分それぞれのスパイダー内に記録されることにます。全体で見ると無駄が発生しているように見えます。つまり全員が全録することでデータの重複が生まれる。

もし、これが中央に1つの全データがあって、それを各自が読みに行くという構図であれば、もっとシンプルになるように思っています。発想はクラウドコンピューティングと同じで、各端末のローカル内にデータを置いておくのではなく、中央のクラウドにつなげるというもの。これがテレビでもできれば理想ではないでしょうか。そうすれば、1週間という限られた期間ではなく、過去全ての番組が用意されており、それを検索やソーシャルからフィルターされ、自分が見たい番組、知らなかった新しいコンテンツの発見につながる。TV番組放映開始から50年以上の全ての番組/CMが中央にあり、それを自由に見られる。これがあるべき姿で、今のスパイダーとは違っている点。

このへんは素人の発想なので、現実的にそれをやろうとするといくつもの技術的・コスト・政治的なハードルがあるのでしょう。ただ、ネットの世界ではこのあるべき姿がすでに実現しています。100%完璧ではないですが、それでもネットが便利なのはこの点にある。同じことがテレビの世界でもできる時、本当の意味での「通信と放送の融合」「テレビのネット化」が実現すると思っています。


※参考情報

テレビが進化する可能性を追う!日本の閉鎖的な放送業界を揺り動かす「SPIDER」のさらなるチャレンジ|現代ビジネス
便利になるテレビへの想い-「全録ブーム」からの離脱宣言- 株式会社PTP 代表取締役 有吉昌康|株式会社PTP
2011年、SPIDERが変えるテレビの「未来」と「可能性」|現代ビジネス
「ソーシャル」こそが再びテレビを甦らせる|現代ビジネス
これからのテレビは多様な視聴スタイルになってほしい |思考の整理日記


2012/06/16

テレビでターゲティング広告は実現できるのか:理想と現実のギャップ

ネット広告の世界では人によって見せる広告の内容を変えるターゲティング広告は当たり前のように使われています。具体的には、そのユーザーが過去にどのウェブページを見たか、何の広告が表示されたかや実際にクリックしたか、どんな検索をしたか等の、行動データから機械的にその人に最も適切であろう広告を表示させています。広告を見せる人を絞り、より広告の効果を高めるやり方。

つい最近見た記事でもフェイスブックのターゲティング広告の話題があり、このへんの話は日進月歩という感じです。このフェイスブックの広告システムはクッキーを使ってユーザーの行動履歴を取っているとのこと。
Facebook Tests Real-Time Ad Targeting Based on Web Browsing Activity|HubSpot Blog

■ターゲティングが弱いマスメディアの広告

一方、それに比べてテレビなどのマスメディアでは広告のターゲティングはできていないのが現状です。ネットでは同じウェブページを見ていても、見る人により表示させる広告が違いますが、テレビは見る人によってCMが異なることはありません。今、日テレで流れているCMは視聴者全員が同じものを見ているのです。

視聴者全員に同じものを見せるというのはメリット/デメリットがあって、メリットとしては一度に多くの人に広告を見せることができます。専門的にはリーチ率と言いますが、テレビでは一般的に視聴率1%で100万人が見ているとされているので、単純計算では視聴率10%の全国ネットの番組にCMを流せば1000万人にCMを見せることができる。(もちろん、CMは流れていても見ていない、トイレとかで離れていることもあったり、そもそも視聴率1%は普通は世帯ベースなので、100万人という人ベースに置き換える計算も正確ではないのですが)

デメリットは、全員に見せるということは、広告のターゲットができていないということなので興味のある人にもない人にも一様に見せるので、どうしても無駄が発生します。TVCMを放映するのに大きなお金をつぎ込みますが、無駄があるほど費用対効果が悪くなります。

■ターゲティング広告配信機能を持つインテルのTVセットトップボックス

Mashableの記事によればインテルがテレビCMのターゲティングを可能にするセットトップボックスを開発したとのことです。
Intel Set-Top Box Uses Face Recognition to Target Ads to You [VIDEO]|Mashable

機能としては、インテルのセットトップボックスに搭載された顔認識技術により、TVを見ている人の性別や大人/子どもを判定し、そこからより適切なテレビ広告を表示させるようです。記事によれば認識するのは性別とか大人か子供かくらいのレベルで、個人までは特定しないとあります。おそらく技術的には事前のユーザー登録と顔認識技術でもっと詳細に個人を特定できる気はします。例えばセットトップボックスに性別・年齢・趣味・興味のあるジャンル(美容/ダイエットとか)、などに加えて顔写真を登録するイメージ。が、あえてそこまでしないのでしょう。

インテルのセットトップボックスのメリットとして、広告主には広告のターゲティングができること、視聴者にはセットトップボックスを買って使ってもらうことで、テレビや番組視聴の料金が下がるようです(なお、アメリカでは日本と違いケーブルテレビが主なので有料でテレビを見るという感覚が強いです)。

記事の最後の方に少しだけ触れていたのが、このインテルのセットトップボックスはニールセンの視聴率調査とも何かしらの連携があるようで、アメリカではニールセンのテレビ視聴率調査は日本でいるビデオリサーチのような存在なので、個人的にはこちらも気になる動きです。

■テレビでターゲティング広告をするには

顔認識で広告を出しわけるセットトップボックスは色々と興味深いのですが、出しわけが性別と大人or子供というのは切り口としてはまだまだ不十分です。これだけだと2×2マトリクスの4象限しかないので、絞っていると言ってもターゲティングとしては粗い。どこまで効果的な広告を表示できるか。

方向性としては、テレビもネットの世界と同じように今後はターゲティング広告に進んでいくはずです。テレビでもターゲット広告を実現するにはどうすればよいか。ちょっと考えてみると、

1つはインテルの顔認識のようなテクノロジーで見ている人を識別すること。前述のようにもっと細かく「その人が誰か」を判別できるようになれば、その条件に合う広告表示も可能になってくるかもしれません。ただし、これ系の技術は高度なテクノロジーを使うほどコストもそれだけ上がるので費用対効果の制約が大きくなるように思います。研究やアカデミックには色々とできるのですが、ビジネスとしてやる場合はコスト感が全然合わないという状況です。

2つ目、ネットで行動履歴データから表示広告を出しわけることをテレビでも応用する。実際にこうした技術があるのかあまり詳しくないのですが、過去に見た番組からその人の嗜好性を判定し、より興味のありそうな広告を表示させることです。いずれテレビもパソコンなどと同じように将来的にはネットにつながるのが普通になると思うので、テレビの過去視聴情報だけではなく、ネットの過去履歴も色々と統合すると、ターゲティング精度はもっと上がるかもしれません。よく「つづきはWebで」というテレビ-ネットを連動させるクロスメディアで広告を出す例がありますが、実際にテレビとネットがつながることでシームレスな広告展開ができるようになるのかもです。

3つ目、テレビにフェイスブックやツイッター、その他SNSの情報を統合して、その人に刺さるような広告を表示する。これをやる場合は2つ目同様にプライバシー/個人データ利用とかでハードルは高そうですが、SNSからその人の興味関心を導き出したり、友人おすすめ商品を広告として表示させる。おそらく上記2つ目も同時に実現される気もするので、今よりもターゲティング精度は上がります。

これら以外にも、テレビと手元のスマホを連動させて、スマホサイドでターゲティング広告を出すというダブルスクリーンを活用することも考えられます。個人的にはこちらも興味があるのですが、ちょっと長くなりそうなので割愛。

■あらためて広告について少し

テレビCMについて色々と書いてきましたが、個人的な問題意識としてはTVCMに無駄が発生している点です。ムダというのは、興味のある人にもそうでない人にも一律に見せることでせっかく広告投資をしてもどうしても捨て金が発生すること。視聴者にとっても興味のない広告を見せられるほどつまらないものはないので、結果どうなるかというとCM中はチャンネルを変えたり、録画視聴であればCMスキップされてしまう。

広告をつくること、広告枠を買うこと、広告を流すこと、それぞれにお金がかかっていて、これらの広告コストはめぐりめぐって商品/サービス価格に反映されます。つまり、広告コストは結局は消費者が負担する構図。考えてみれば、普段の生活で朝のスマホから始まり出かける前のテレビ、移動中の電車内の広告、該当広告、PCで見るネット広告・・、とそれこそ1日中、私たちは広告に接触しています。それだけ見た広告の中で印象に残る広告はどれだけ少ないことかがよくわかります。これだけ広告があるのに、ほとんどがスルーされている状況は社会全体で見た場合にそれだけ無駄が発生しているのではないでしょうか。

TVコマーシャルでも、いくつかは見ていておもしろいCMがあると思っています。広告自体がおもしろいクリエイティブに優れたもの、思わず興味が湧くCM、買ってみてもよいかなと思わせるCM、店頭でそのCMを思い出して手に取ってみる、以前に買ったもののCMを見るともう1回買ってもいいかなと思ったり。

理想論の世界ですが、自分の見るCMが興味関心があるものばかりで、TV番組と同じくらい見ていておもしろい状況が本来あるべき姿なのかなと思っています。



※参考情報
Facebook Tests Real-Time Ad Targeting Based on Web Browsing Activity|HubSpot Blog
Intel Set-Top Box Uses Face Recognition to Target Ads to You [VIDEO]|Mashable
Insight: Intel's plans for virtual TV come into focus|Reuters
日テレ、TV番組の盛り上がり表示できるスマホアプリ-Twitter連携「wiz tv」。過去番組や他局対応も|AV Watch

2012/06/09

行動科学マネジメント:夢をかなえるガネーシャの教えを実践するために

本棚を整理してたら出てきたのが「夢をかなえるゾウ」でした。読んだ方も多いかもしれませんが、08年くらいのベストセラーの1つです(そういえば当時は「ホームレス中学生」とかも流行っていました)。

■ ガネーシャの教え:行動を起こし実行すること

「夢をかなえるゾウ」で言いたかったことは至ってシンプルです。自分を変えるには行動に移して実行すること、知るだけではなく自らで体験し継続させることです。

本書では主人公に1日ずつ与えられるガネーシャの課題が29個あります。1つ1つはどれもすぐにできそうなものが並んでいます。例えば、1つ目の「靴をみがく」や、他には、コンビニでお釣りを募金する、食事を腹八分におさえる、一日何かをやめてみる、毎日感謝する、です。

行動を起こし、それを継続させることで自分を変える。大事なのは「夢をかなえる」ためには、その行動の先に自分のゴールがないといけないことです。


引用:石田淳の行動科学マネジメント講座|株式会社日立ソリューションズ

一方で思うのは当時この本を読んだ人は少なくとも100万人以上いて、そのうち、どれだけの人が書かれていたことを実行し、さらに、今も続けているのか、ということです。一見どれも簡単にできそうな課題。でもそれを実行に移すことのハードル、継続することの難しさです。「自分を変えるためには何かを実行するしかない」というのはその通りだと思うけど、でもいつの間にか楽なほうに流れているのも現実なのではないでしょうか。

■ 行動を起こすためにオススメな「IS 行動科学マネジメント」

行動に焦点を当てたマネジメントに「IS 行動科学マネジメント」というものがあります。これは書籍「リーダーのためのとっておきのスキル」に書かれていたマネジメント手法です。組織をマネジメントするための方法ですが、自分の行動を変えることにも応用できます。

IS 行動科学マネジメントは大きく5つのステップがあります。

  1. 行動を分解し「行動のレパートリー」を与える:やることが漠然としていたり、大きすぎると何から始めてよいかわからくなるケースがありますが、まずは行動をしやすくするために組織や部下が何をすればよいかを分解するのが1つ目のステップ。ポイントは、あいまいなレベルではなく具体的になるまで徹底的に細かくしていくこと。分解して具体的にしハードルを低くすることで、行動を起こしやすくするのが目的です。
  2. 行動の核を見つける:次に、分解した行動一覧の中からボトルネックを探します。行動の核とは、経験の浅い人がつまずきやすい行動のことで自然にはできないこと。反復して取り組まないとなかなか身に付かないもの。行動の核については相手のレベルによってさらに分解することも必要になってきます。
  3. チェックリストを作る:分解した一連の行動をチェックリストにします。目的は、チェックリストで見える化することで行動するハードルを下げること、もう1つは分解した行動のうちできた/できないを把握すること。
  4. 行動することを「快」につなげる:これ、結構重要なポイントですが、行動したことに対して労いや褒めるなどの「快」を与えることと、それを仕組み化することです。ここをうまくやると、人は自発的に行動するようになる。Have to(~しなければいけない)ではなく、Want to(~したい)。行動する⇒快⇒次の行動、というサイクルがまわり、自ら進んで行動するようになると人は成長していきます。
  5. 理念をインストールする:チームや組織、会社の理念に共感してもらう。理念を強制させるのではなく、共感してもらうこと、腹に落ちていることが大事。

■ 行動科学マネジメントを早起きに応用してみると

IS 行動科学マネジメントの考え方は自分自身が行動を起こす、変えるのにも役立ちます。自分の場合は仕事のタスクで使っていることが多いのですが、仕事以外だと、今年になって朝起きる時間をそれまでよりも早くしたのにも使いました。

去年までは平日は6時前くらいの起床でしたが、ここ数か月は4時ぐらいに起きられるようになり、平日/土日に関係なく習慣化できました。平日でも朝起きてから出社までにまとまった時間が作れたことは思ってた以上に大きかったです。

早起きができるようになったのは、IS 行動科学マネジメントのうち、行動の分解、行動のボトルネックを見つける、行動に快を与える、の3つでした。

行動の分解:朝早く起きる、だけでは漠然としすぎてこれだけでは不十分でした。なので分解したのですが、ポイントと思うのが早起きという一連の行動を前日の夜寝る前の行動も含めて具体化したこと。

早起きの準備がいかにできるかで、これ結構重要。具体的には、寝る前に食べ過ぎないこと(食べても腹6分目くらいに抑える。帰宅が遅い時はヨーグルト程度に止めるなど)、寝る前にネットやスマホを見ないこと。いかにすぐに睡眠状態に入れ、かつ自分の身体が寝ることに集中できるかで、この2つだけでも効果ありました。

行動の分解は起きた後も分解するのも効果ありで、起きた後に具体的に何をするかを明確にしておきました。このように単に起きるだけではなく、寝る前と起きた後も含めどれだけ分解し具体的できるかが大事と思っています。

行動のボトルネックを見つける:早起きのボトルネックは、ベッドから起き上がることでした。目覚ましを鳴らせば目は覚めるのですが、そこから二度寝に向かわずに起きて布団から立ち上がること。これが超ボトルネック。

ボトルネックはさらに分解し行動できるにようにすることがポイントだったので、どうやったらベッドから立ち上がれるかを工夫し、身体を起こす動作だったり起きた後に何をするかもより細かくしてみました。

行動に快を与える:朝早く起きるようになると、その分自分の時間が確保できます。これだけでも気持ちのよいもので、さらに頭が冴えているので物事が普段以上に進みます。また、4時くらいだと今の6月でもまだ日の出前なので、起きた後に日が昇ってきます。なんとなく太陽より早く朝を迎えるのも気分がよかったり。

早く起きるということは、嫌々ではなく主体的に行動できていることが実感でき、それ自体が快なのです。いつの間にか習慣になっていました。

■ 最後に

「夢をかなえるゾウ」で出てくる変な神様:ガネーシャの言葉で、印象的だった言葉を引用しておきます。

本気で変わろ思たら、意識を変えようとしたらあかん。意識やのうて『具体的な何か』を変えなあかん。具体的な、何かをな

人間ちゅうのは不思議な生き物では。自分にとってどうでもええ人には気い遣いよるくせに、一番お世話になった人や一番自分を好きでいてくれる人、つまり、自分にとって一番大事な人を一番ぞんざいに扱うんや。例えば・・・・・・親や。


※参考情報

ガネーシャの課題 by 夢をかなえるゾウ|check*pad.jp
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2012/06/02

「絶対赤字」の非常識に挑んだクロネコヤマトの競争戦略

昨夜仕事から帰ると、マンションの宅配ボックスにアマゾンで注文した本が届いていました。

いつものようにクロネコヤマトの宅急便です。ヤマト以外に佐川急便や日本郵便だったりする時もありますが、多くはヤマトで送られてきます。

ヤマト運輸の宅急便がサービス開始されたのは1975年です。

今では当たり前のような個人向けの宅配サービスですが、その当時は民間業者はどこも宅配事業はやっていませんでした。

理由は2つです。当時の個人向け宅配マーケットは官である郵便小包が独占していたこと、そして、小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わないことです。

「絶対に赤字になる」というのが業界の常識だったのです。

このような状況に果敢に挑んだヤマト運輸でした。宅配便という民間業者が誰もやっていなかった、家庭への宅配サービスへの挑戦です。

新規事業開発、サービスイン、その後の拡大が詳しく書かれていたのが、クロネコヤマトの宅急便の生みの親である故・小倉昌男の著書「経営学」でした。なるほど、という箇所がいくつもあったので、ご紹介します。

■ なぜヤマトは個人向け宅配市場に参入したのか(1)

それまでは「絶対赤字になる」「事業として成り立たない」と言われた小口宅配事業でした。なぜヤマト運輸はあえて非常識なことをやろうとしたのでしょうか。

1つには何か新しい事業に挑戦せざるを得なかったヤマト自身の問題がありました。宅急便30年のあゆみには次のような説明があります。

60年代半ば以降、高速道路が次々に完成し他社は長距離輸送にどんどん参入していきました。

しかし、ヤマト運輸は市場の変化を見逃し、出遅れてしまったのです。気付いた時にはすでに手遅れで、荷主さんは先発業者を利用していました。

そんな時、73年にオイルショックが発生。繁栄の道から一転し、経営危機がささやかれる会社になってしまったのです。

つまり、自分たちが何か新しいことに挑戦し変わらなければいずれは潰れてしまう、そんながけっぷちの状況が当時のヤマト運輸だったのです。

■ なぜヤマトは個人向け宅配市場に参入したのか(2)

とはいえ、個人向け宅配市場は、参入する選択肢にすらならなかったのが常識でした。事実、小倉社長の個人向け宅配事業の参入提案に対して、当時の役員は全員が赤字間違いなしと反対したそうです。

確かに、個人向けの宅配サービスと商業貨物の輸送サービスでは一見すると事業の安定性がまるで違います。

個人向けの宅配とは、どの家庭からいつ荷物を送る注文が出るかはわからないし、送り先も家庭ごとにばらばらです。配達も、宅配業者は直接一軒一軒に訪問し、時には受取主が不在ということもあり得ます。

それに比べ、製品の工場から小売への出荷は、出荷時期もある程度見えており、運ぶルートもわかっている大量の輸送量です。

つまり整理すると、

商業貨物の輸送サービス:

  • 反復的:毎日/毎月決まって出荷
  • 定型的:荷主によりルート決まっている
  • 大量的:輸送ロットは中または大口

個人向け宅配サービス:

  • 偶発的:どこの家庭から出荷されるかわからない
  • 非定型:どこに行くかも決まっていない
  • 少量的:1口からのサービス

だから、「小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わない。小さな荷物を何度も運ぶより、大口の荷物を一度に運ぶ方が合理的で得」というのが常識でした。

しかし、小倉の見方は違いました。この常識をあえて疑い、逆にどうすれば個人宅配市場で効率良く集配作業ができるかを考えたと言います。既成概念や先入観にとらわれずにです。

個人向け宅配は各家庭が荷主になり、送り先も家庭です。偶発的・非定型・少量的です。小倉の視点が鋭かったと思ったのは、思考をここでやめずに小口荷物の流れをもう少し大きな視点で考えたことでした。

小倉の仮説は次のようなものでした。

例えば東京 ⇒ 大阪という大きなブロックで見た場合は1日あたり・1ヶ月あたりの配送量にばらつきは少ないのではないか。そこからもう少しブロックを分解していって、OO 区や XX 町の単位で見て、単位あたりの取り扱い量を増やしていけば、どこかで損益分岐点を超える、つまり事業として成り立つのではないか。

取り扱う荷物の総量をいかに増やすか、すなわち配達ネットワークをどう構築するか、トラック一台当たりの集配個数をいかに増やすかにかかっている。このように自分の頭で考え抜き、「個人からの荷物の宅配は絶対儲かる」との確信に至ります。

小倉の精力的な社内説得もあり、ヤマト運輸は個人向け宅配サービスである「宅急便」の開発に着手します。

新規事業開発をする上で基本的な考え方になったのが、以下の宅急便開発要綱でした。

  • 不特定多数の荷主または貨物を対象とする
  • 需要者の立場になってものを考える
  • 他より優れ、かつ均一的なサービスを保つ
  • 永続的・発展的システムとして捉える
  • 徹底した合理化を図る

■ 宅急便の競争戦略:SP と OC

宅急便開発の話でおもしろかったのが、宅急便で利益を出すための競争戦略でした。

まず業界の競争戦略ですが、ヤマトが参集した当時、競合は市場を独占していた郵便小包のみでした。構図としては官である郵便小包に民である宅急便の挑戦です。

宅急便の戦略を考える上で参考になるフレームは、書籍「ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件」で紹介されている SP と OC です。


引用:書籍「ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件」

  • SP (Strategic Positioning):SP はポジショニングの戦略です。つまり他社と違うところに自社を位置づけること。SP は、何をやり/何をやらないかという意思決定や活動の選択です
  • OC (Organization Capability):OC は組織能力による差別化であり、他社には簡単に真似できない組織や仕組みとしての強みのこと。表面的には真似することができても、実際の組織内での実行レベルでは中々真似できないものであり、かつ時間とともに常に進化していくものです

SP が他社と違ったことをするに対して、OC は他社と違ったものを持つこと。SP は短期的な戦略的意思決定で、OC は中長期での競争優位性となるものです。

わかりやすい例えが、レストランの SP と OC です。

SP はどんなメニューを提供するかで、例えば日本食なのか中華なのかイタリアンか、さらには日本食でも高級/庶民的、あるいは伝統的な料理か新しい料理かの、他店との違い・ポジショニングです。

一方の OC は腕前のよい料理人やシェフを雇い、どんな厨房や、料理の注文・調理・提供する仕組みを持つか、あるいは仕入先やどんな素材を持っておくかです。

SP と OC で見た時に、ヤマトが宅急便で取った戦略は、

  • SP (ポジショニング):サービスの差別化とサービスの平準化。差別化は競合である郵便小包に対して、翌日配達という利便性、定額というわかりやすい価格体系でした。翌日配達について、当時の郵便小包みは到着が早くて3日後、普通は4,5日かかることも珍しくなかったそうなので、ヤマトの送った次の日には荷物が着くというスピード感です。うまく差別化がされています。
  • サービスの平準化とは、日本全国のあらゆる場所の利用者に同一サービスを提供することです。ちなみに、宅急便は1997年に小笠原諸島(父島・母島)での取り扱いを開始し宅急便の全国ネットワークが完成したとのこと。

  • OC (組織能力):全国規模の配達ネットワークの構築と、セールスドライバー制度や独自トラック開発、情報システム導入などがヤマトの OC です。配達ネットワークは宅配事業を行なう上での肝になるところで、荷物の密度をどれだけ濃くできるか、取り扱い荷物の総量をいかに増やすかで、突き詰めるとトラック一台あたりの集配個数をいかに増やすかです。
  • 配達ネットワークのためにヤマトが構築したのは、ベース - センター - ハブという3種類の拠点をエリアごとに築き、配達ネットワークを充実していったのです。日本各地に網の目を張るような状態です。

■ サービスは先、利益は後

小倉の考え方でおもしろかったのが「サービスは先、利益は後」でした。

個人配達のような事業は先に述べたように配達ネットワークの充実がカギです。まずは利用者を増やし、取扱荷物を増やす必要があります。

そのためのサービスの差別化例が翌日配達でした。サービス提供を優先順位の1番にし、利益は2番目。明確に割りきった決断に覚悟がありました。

思ったのはサービスが先で利益は後という考え方は、現在でも Google や Facebook、ツイッターなども同じだということです。

Facebook は上場を果たしたので、今後はこれまでより短期スパンでの収益性が厳しく問われるようになると思いますが、フェイスブック、特に CEO のザッカーバーグが立上げ期から一貫して利用者のユーザー体験を重視してきたのは有名です。2012年の現時点で未だにモバイルアプリには広告表示はありません (上場後の株価下落はこれに対するネガティブな見方も一因のようです) 。

戦略とは持続的な利益のために他といかに違いをつくることだと理解しています。

「サービスが先、利益が後」という考え方は一見すると矛盾しますが、長期スパンで考えると損益分岐点を超えた後は利益がもたらされる、そのためにどうすればいいかを徹底的に考えたのが小倉でした。

1975年の宅急便のサービス開始当時、初年度のヤマトの実績は170万個でした。一方の郵便小包は1億7880万でした。

今では宅急便は年間10億個を超える取り扱い規模です。クロネコヤマトの名で親しまれるそのサービスは、今日も日本全国でセールスドライバーがトラックを走らせて利用者に届けているのです。


※参考情報
宅急便30年のあゆみ|ヤマト運輸


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