2013/12/08

プロセスのほうで「やりがい」をつくってみる

そうありたい言葉の1つに「仕事が楽しいのではなく、楽しく仕事をする人がいるだけ」というものがあります。

同じ仕事でも、その仕事に対してどう考えるかで楽しくもなるし、その逆もあります。

では、どういう時に仕事が楽しいと感じるのか?自分の経験から考えると、何か使命感のようなものがあったり、やりがいを感じている時です。

「やりがい」とはよく考えると不思議なものです。どういう状態になれば人はやりがいを感じるのでしょうか?

堀江貴文氏の著書「ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく」で印象的な記述がありました。
やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」ものだ。そして、どんな仕事であっても、そこにやりがいを見出すことはできるのだ。

(中略)

マニュアル(前例)どおりにこなすのではなく、もっとうまくできる方法はないかと自分の頭で考える。仮説を立て、実践し、試行錯誤をくり返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「つくり出す仕事」に変わっていくのだ。

(中略)

やりがいとは、業種や職種によって規定されるものではない。そして「仕事をつくる」とは、なにも新規事業を起ち上げることだけを指すのではない。能動的に取り組むプロセス自体が「仕事をつくる」ことなのだ。すべては仕事に対する取り組み方の問題であり、やりがいをつくるのも自分なら、やりがいを見失うのも自分だ。どんな仕事も楽しくできるのである。

仕事にはプロセスと結果の2つがあります(これは仕事に限らずですが)。

ここ最近感じているのは、やりがいを「結果」に対して求めるよりも「プロセス」の中のほうがいいのかなということ。

もちろん結果に対してやりがいを感じることもあるし、それを否定するわけではありません。例えば、成果が出た時やお客さんに「ありがとう」と言われると、それまで大変だったとしても全て報われたと感じます。

ただ、結果にやりがいを見出そうとすると、満足できる結果が出ればいいのですが、失敗したり必ずしも満足のいく結果ではない場合もあり、やりがいを感じるかどうかが結果に左右されてしまいます。

それよりも、自分でコントロールできる余地の大きいプロセスのほう。前向きに、能動的に取り組み、仕事に対してそれも目の前のことにハマるような感覚が生まれる時にやりがいを感じます。個人的にはここ数週間くらいがまさにそうでした。

やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」もの。前者は何かすでに存在し or 与えられているという前提です。そうではなく、自分がつくっていくもの。こう捉え直してみると、違った見方ができるかもしれません。




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