2013/09/29

生後1ヶ月くらいの子育て方針はこんな感じ

娘がそろそろ生後1ヶ月です。

ここ最近は身体つきもしっかりしてきて、手足の動きも活発になってきました。話しかけたりすると笑ったりだとか、表情も豊かになりつつあります。

自分の子どもに対して1つ持っているのは、主体的に考える/行動できる子になってほしいこと。自分でできる範囲のことは、言われてではなく自らやってほしいなと思っています。

生後1ヶ月くらいの今の段階で娘にやってほしい思っているのが、
  • しっかり泣く
  • 母乳を飲む
  • 寝る
の3つです。それ以外のことは親が対応するから、まずはこの3つをがんばれと。

1. しっかり泣く

赤ちゃんはよく泣きます。泣いてでしか自分の欲求を表現できない存在なので、よく見ているといろんな泣き方をします。お腹が減った時の泣き方、オムツを変えて欲しい時、眠い時、抱っこしてほしい時、その他(1度母乳を飲んだ後に咳き込み息がうまくできず激しく泣きました)。

赤ちゃんに慣れないうちは、泣くと「なんとかして泣き止ませないと」と思っていました。「泣く=よくないこと」でした。

ある時に自分の母親から教えてもらったのが、赤ちゃんは泣くのが仕事みたいなもの、という考え方でした。泣いて自分の欲求を表現することを肯定的に捉える。それと、泣くこと自体が赤ちゃんにとっては運動になるようです。泣くことで肺や筋肉が鍛えられるとのこと。

それを聞いて以来、泣いている状態に変に焦るというか必要以上に不安に思わなくなりました。もちろん泣いているのを放ったらかすことはしませんが、自分の子どもが泣くことを受け入れられたというか。むしろ、泣く時はしっかり泣けと思うようになりました。

そうなると不思議なもので、泣き止まないことに不安に思っていると親の気持ちが伝わるのかずっと泣いていたのが、こちらが「しっかり泣くのはOK」と思うと、赤ちゃんは必要以上に泣かないように感じています。

2. 母乳を飲む

これも新しく知ったことなのですが、母乳を飲むこと自体が赤ちゃんにとっては結構ハードなことみたいです。

母乳を飲むためにはおっぱいを吸うのですが、これがかなり力がいるのです。粉ミルクを哺乳瓶から与えるのと比べると、哺乳瓶では力強く吸わなくても飲めますが、母乳はそうはいかない。それが証拠に、母乳を飲んでいる時は顔を真っ赤にし、時には汗ばみ、体温も上がりながら飲んでいます。飲み終わった後はぐったりしています。それくらいハードな運動というわけです。

母乳は栄養素の面から良いものだと思っていましたが、プラスして赤ちゃんにとってはハードな運動になるということで、ここ最近は完全母乳という粉ミルクは使わずでいけています。母乳の飲む量が増えると、その分母親の中で母乳が作られるようで、母子間で良いサイクルになっているようです。

3. 寝る

泣いて飲んで、寝る。これを基本に考えています。寝ることも赤ちゃんにとっては大事な要素なので、寝るためには抱っこも積極的にしようと思っています。

抱っこしていて寝てくれてもベッドに寝かした途端に起きてしまい泣く、というパターンもあり、抱っこして寝始めてもしばらくはそのまま抱っこを続けています。

抱っこしている時間が30分を超えて1時間近くになると、さすがに腕がしびれてきます。親の工夫としては、赤ちゃんの頭が右でも左側でもどちらでも抱けるようにしておくのと、あとは腕がきつくなるのは筋トレだと思うことくらいかな。これから体重が増えてくるとそうも言っていられないような気はしますが、親としてできるだけのことはやりたいと思っています。

★  ★  ★

しっかり泣いて、がんばって飲んで、あとは眠る。この3つが生後1ヶ月くらいの赤ちゃんができること。逆に言うと、主体的に自らできるのはまだこれくらいしかありません。他のこと、例えばオムツ替え、着替え、沐浴(お風呂)、肌を清潔にする、爪切り、などは赤ちゃんは自分ではできないことなので親の出番。

主体的な子になって欲しい方針が1番上にあり、泣く/飲む/寝るの3つは赤ちゃんにしっかりとやってもらう、それ以外は親として役割を果たす。これが今のところの生後1ヶ月くらい段階の子育て方針です。


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2013/09/28

その分野の本質を知らない人間は大成できない

最近読んだ本で、これもおもしろかったのが、「凡人を達人に変える77の心得」。著者は野村克也氏。野村氏が監督をつとめていた時、ミーティングで選手によく話していたことがまとめられています。

書かれていることは野球のことが中心ですが、随所にビジネスマンの場合にはこう当てはまるといった視点も多く、色々と考えさせられることが多い本でした。文章量は決して多くないのですが、書かれていることが深いんですよね。野村氏の哲学や生き方が入っていて、読み応えがありました。

■その分野の本質を知らない人間は大成できない

「77の心得」の1つが『本質を知れば、「自分を正しい方向へ」導ける』でした。以下、本書からの引用です。本質を知ることの重要性を説いています。

「プロの世界で成功する人間と、そうでない人間の差は何か?」

このような質問をインタビューで時々受けるが、答えは一つではない。努力の差もあるし、いい環境や運もあるだろう。人に恵まれるというのも大事な要素だ。

しかし、経験則から、絶対的に言えることもある。それは、「その分野の本質を知らない人間は大成できない」ということである。

(中略)

本質がわかっていない人間は、間違った方向に努力をし続けてしまう。

本質がわかっている人間は、自分を正しい方向に導くことができる。

この「本質をわかっている」というたった一点が、プロの世界で成功する人間と、そうでない人間を生む決定的な差になるのだ。

引用:「凡人を達人に変える77の心得」

ここでは、野球のピッチャーを例に取り上げています。野村氏はこれまで、甲子園でスターだったピッチャーがプロ野球選手になり伸び悩むケースを多く見たと言います。その原因はピッチャーの本質を見誤っていることにあると。彼らは自身のことを「本格派のピッチャー」と認識しているが、甲子園では本格派と言われたストレート(速球)はプロの世界では武器になるとは限らない。

では武器になるのは何か?それはコントロールしかないと野村氏は断言します。コントロールさえよければ必ずしも150km/hの速球はいらない。つまり、「ピッチングの本質はコントロール」であると。ここを理解しているかどうかが、ピッチャーとして成功の分かれ目となると書かれていました。

上記の引用で「本質がわかっていない人間は、間違った方向に努力をし続けてしまう。本質がわかっている人間は、自分を正しい方向に導くことができる。」とあります。ピッチャーでは、ストレートの速度を早くする努力の方向性よりも、どれだけコントロールを磨けるかというのが正しい方向ということなのでしょう。

■自分が生きる世界での本質は何か

この話は示唆を与えてくれます。自分の仕事に当てはめてみると、「仕事のスピードよりも正確性を重視せよ」となります。もちろん、ある程度の仕事スピードは求められるでしょうが。

思い出すのが、自分が社会人1年目の頃です。当時は、自分の仕事をいかに早く終わらせるかを重視していました。例えば頼まれた集計業務では、いかに効率よくできるか、期待されたよりもどれだけ早く上げられるかを意識していたのです。

その結果、確かに「できました」と持っていくのはそれなりに早かったのですが、その分、ミスも多かったです。修正をすることで、結局は仕上がるのが遅くなる。よく怒られました。(このあたりは以前のエントリーに書きました:毎日のように怒られながら学んだ「あたりまえのことをちゃんとやり続ける」ことの大切さ|思考の整理日記)

今考えると、正しいやり方は正確な仕事のやり方を重視して、その上でスピードを上げるという順番がよかったと思っています。急がばまわれの発想です。

これは、仕事を振る側に立つとよく理解できました。自分が頼んだ仕事/業務を早くやってくれるのはもちろんありがたいですが、こちらでチェックした際に間違いがあると、それもミスが繰り返されると、「またか」という思いを抱いてしまいます。それよりも、正確にきっちりと上げてくれるほうが信頼感も増します。

「自分の仕事をきっちりとやり遂げる」。

言葉にすると当たり前に聞こえますが、「当たり前」を継続し実行することで自分を成長させられると思います。

自分自身が生きる世界での本質は何か。仕事とは何か?なぜこの仕事をしているのか?ここはあらためて考えたいと思っています。


※関連記事
毎日のように怒られながら学んだ「あたりまえのことをちゃんとやり続ける」ことの大切さ




2013/09/23

「失敗と書いて、せいちょう(成長)と読む」

「失敗」について、たまたま別の2冊の本に書いてあったことが心に響いたのでご紹介します。

■ 失敗を成長につなげるためには

1冊目はこちら、「凡人を達人に変える77の心得」。著者は野村克也氏。野村氏が監督をつとめていた時、ミーティングで選手によく話していたことをまとめたもの。随所にビジネスマンの場合にはこう当てはまるといった野球→一般的なビジネスの視点の切り替えが多く、日々の仕事にも考えさせられることが多い本でした。

77の心得の一つに、「言い訳をする人間」が伸び悩む理由、とあり、失敗について次のように書かれていました。

失敗をした時、なぜ人は言い訳をしたがるのか。これは、失敗と正面から向き合いたくないからである。失敗から逃げ出しているのだ。

2013/09/22

「統計学が最強の学問である」を読んで

「統計学が最強の学問である」に書かれていたことで、その通りと思ったものがあります。
ビッグデータ時代と呼ばれる考え方に逆行するが、私は誰からデータ分析の相談を受けても「まず正しい判断に必要な最小十分のデータを扱うこと」を推奨している。

何かを分析する際に必要なデータを集める場合、全数調査とサンプリング調査の2つがあります。

全数調査とは字のごとく、全てのデータを集めて集計/分析をするケースです。イメージとしては、20代の日本人男性の睡眠時間を調べるために、20代男性全員に睡眠時間を聞くというもの。人数にしておそらくは700万人くらいの規模かと思いますが、一人残らず睡眠時間をヒアリングするのが全数調査。サンプリング調査とは、700万人にいちいち聞いていられないということで、20代男性の700人に聞いておけばいいんじゃないか、という感じ。

サンプリング調査で注意すべきは、この700人をどうやって選んだかです。仕事で忙しいような人ばかりでは睡眠時間が短い人が多そうなので、その結果は全数調査と比べて睡眠時間は短いという結果が出てしまうでしょう。これでは意味のあるデータにはなりません。そうならないために、700人が日本の20代男性全員を反映しているような均質な集団にする。

よくサンプリング調査の例えで使われるのは料理の味見です。料理の塩加減を知る正確な方法はその料理を全部食べてしまうことです。これが全数調査のイメージ。サンプリング調査とは、作った料理を全部食べずにちょっとだけ味見をして塩加減を確認すること。味見で注意すべきは、その前にちゃんとかき混ぜてからだと思いますが、これがさっきの「700人が日本の20代男性全員を反映しているような均質な集団にする」という作業です。

もちろん、全数調査のほうがサンプリング調査よりもデータ精度は高いです。全員に聞くので、誤差が発生しようもない。ただし、往々にして全数調査は現実的な手段ではありません。料理の味を確認するのに全部食べることはあり得ないように。だから大事なのは、サンプリング調査によってどの程度精度が低下するのか。判断や意思決定に影響しないような精度の向上はもはや意味がないのです。そのために費やす時間やコストは無駄です。

データ分析で重要だと思うのは、集計/分析は目的のための「手段」であること。分析結果を活かして何をするのか、どんな価値を得られるかの目的によって、手段は異なります。

「統計学が最強の学問である」という本で繰り返し述べられていたのは、そのデータや分析結果から得られたことが意味のある結果なのかを自分で判断できること、それが統計学の考え方では重要であると。

データ分析をするとは、何か知りたいことがあるといことです。真に知りたい値に対して、その結果はどこまで正しいのか。つまり、誤差はどの程度なのか。その誤差を考慮に入れたうえでも意味のある結果なのかということです。

誤差を見る上で大切なのは2つ。誤差の大きさと、その誤差の発生確率。後者はp値と呼ばれ、実際には何の差もないのに誤差や偶然によってたまたまデータのような差が生じる確率です。通常はp値は5%以下であれば、「この結果は偶然得られたとは考えにくい」と判断します。

最後に、もう1つ。大切にしたいと思っている指摘があったので引用しておきます。
データ分析においては重要なのは、「果たしてその解析はかけたコスト以上の利益を自社にもたらすような判断につながるのだろうか?」という視点だ。


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2013/09/21

子どもが生まれて変わったこと

9/1に子どもが生まれ、ちょうどそれから20日たちました。

生まれて1週間は入院をして、家に来てからは2週間くらい。今までの生活と大きく変わった2週間でした。

■生活リズムが大きく変わる

何が変わったかというと、大きくは3つあって、1つは生活リズムです。子どもが生まれ3人での生活になってからは、平日のうち2日間は自宅で仕事するように決めました。これは何よりも、会社/上司/同僚の理解があり、とてもありがたいと思っています。

自宅からも会社にいる時と同じように仕事ができるのも便利です。会議はビデオ会議(VC)でパソコンから参加すればよく、クライアントとの打ち合わせもVCでできるものはやってしまいます。多少の慣れは必要だと思うものの、今のところは週2日の自宅ワークは大きな問題はなさそうだと感じています。(とはいえ、9月に入ったあたりから仕事量が増えてきているので、時間や仕事に制約がある中、結構これはがんばらないとと思っています)

生活リズムの変化でもう1つあるのは、睡眠時間です。夜も2-3時間に一度、短い時で30分-1時間くらいで、授乳やおむつ替えをしてほしいと泣くので、睡眠サイクルも赤ちゃんがいる/いないとでは変わります。強制的に起こされるので、睡眠サイクルが崩れます。

私自身は寝付きがいいほうで、夜布団に入り3分くらいで寝てそのまま朝まで起きないのが普通なのですが、それが変わったことでボディブローのように効いてきます。これまでは起床時間が一定だったのが変わったり、起きた時にすっきり目覚められないケースもあります。

■自分の時間が減る

変わったこと2つ目。「自分の時間」が少なくなったことです。一人で自由に使える時間が減りました。そもそもとしては、子どもの対応や妻のサポートをすることになるので、その分だけ自分の時間はなくなります。これまでやっていた家事に加え、新しい役割としては、
  • おむつ替え
  • 沐浴(お風呂に入れる)
  • 泣いた時に抱っこしてあやす/寝かせる
  • ミルクづくり、哺乳瓶の洗浄と消毒
あとは、いろいろな雑務。母乳を与える以外はやっています。やることが増えたことで他の時間がなくなるのは予想していたのですが、想定できていなかったのがこれらを対応する時が読めないということ。

おむつを替えるタイミングや泣き出すのが、頻繁だったり時間があいたりと、事前にスケジュールが組めないんですよね。あらかじめ、何時にやると目処がついていればそこから逆算して予定が組めるのですが、いつ発生するか日によってランダムです。子どもの対応と妻の対応の両方において、発生タイミングが自分でコントロールできない状態。仕事に集中しだした時に中断せざるを得なかったりというのが結構な頻度で起こります。

「自分の時間が減った」と感じる要因は、子どものことをする時間が読めないことが大きいと思います。

仕事と家庭を優先している結果、インプットの時間が減っています。読書だったりネットなどからニュース等を見る時間が減りました。本を読む量が少なくなったのは顕著です。

とはいえ、今のこの状況を変えて、無理やりに自分の時間を作るのは現実的ではないです。なので考えるべきは現状を前提に、どう時間をマネジメントするか。やらないこと/やることを明確にし、やることにも優先順位と時間の区切りをつけるなどのメリハリをもっとつけたいと思っています。例えば読書については、これまでは興味のあるものは次々に読み漁る感じでしたが、しばらくは読む本をちゃんと選び、インプットに対して得られるもの/アウトプットを多くすることを意識したいなと。

■小さくて大きな存在に

最後に変わったことの3つ目。なんだかんだで、自分の子どもというのはこれまでになかった存在感があります。単純にかわいいとかではなく、自分にとってこの世の唯一の存在としての価値というか。

加えて、日に日に成長している感じが、観察していておもしろいです。1日として同じではないくらい。見せる表情や動きの種類が増えたり、自己主張をするようになったり、機嫌のいい時は一人でも手足を動かして遊んでたり。まだまだ小さな存在ですが、自分への影響はとても大きな存在です。


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2013/09/16

書評:意思決定のための「分析の技術」

意思決定のための「分析の技術」―最大の経営成果をあげる問題発見・解決の思考法という本がおもしろかったのでご紹介。

著者は元マッキンゼーの後正武氏、分析技術の理論と具体例を体系的に説明した一冊です。初版は1998年。その間、ビジネスや分析環境は大きく変わっていますが、内容に全く古さは感じず本質的なものでした。

本書では、分析とは「物事の実態・本質を正しく理解するための作業」の総称としています。

そして「何のために分析をするのか」。それは「正しい認識・判断」により「正しい対応」をするため。分析の目的を、正しい対応をするという次のアクションを明確にする姿勢を強調しています。

本書では分析の基本は4つあるといいます。

  • 大きさを考える
  • 分けて考える
  • 比較して考える
  • 時系列を考える

1. 大きさを考える

分析の最初のステップでは、これから分析する対象がどの程度の大きさなのかをまず把握すべきと言います。大きさを捉えることで全体での意味合いをつかみます。

分析ロジックの緻密さ等を論ずる前に、全体として大きさの程度・施策の利きの程度をおおまかに把握する。そして、大きさにより重要度を判別し、優先順位に従って、あるいは大きいものだけ着手する、という考え方です。

「大きさを考える」とは別の表現をすれば「全体像を把握する」ことでもあると理解しました。分析をする際には全体を頭の隅にでも置いておかないと、ついつい小さいところに入り込んでしまいます。木の幹ではなく枝葉ばかりに目がいってしまい、ふと気づくと全体にあまり影響しないことに注力してしまった、なんてケースです。

まず大きさを考えることで全体像を理解し、その中でどの部分が重要なのかを判断する。スルーしないようにしたい分析の第一ステップです。

2. 分けて考える

分析の中にある「分」という字は、八(左右に分ける意味がある)と刀が組み合わさっています。1つのものを2つ以上に分け、別々にすることを表した字だそうです。

分析で必ず行なうのが、総体ではなく要素に分けてみること。分けることは分析の定石です。だからこそ、「何のために、どのように分けるのか」の工夫が分析という作業にはとても大事。

分けることに唯一の正解はなくて、あるとすれば、何のためにという目的があって初めて分解できるもの。その際に注意したいのが、単なる知的興味からの思いつきによる分解をしないこと。常に目的、つまり、何がわかれば意味のある結論を出せるのか、そのためにどういう分け方の工夫が必要なのかを考えることです。いくらきれいにMECEに分けられたとしても、その結果が有効な打ち手につながらなかったとしたら、それは「分け方がよくない」のです。

分けることは、分析の重要な手段であるがゆえに、分け方が正しいか否かによって、その後の作業に要するエネルギーと成果とに大きく影響します。

3. 比較して考える

何かと何かを比較することも分析では必ず行ないます。比較をする際にまず考えないといけないのは、「それは意味ある比較ができるか」。よくAppe to Appleと表現しますが、そもそも比較をしてよいものなのか、同じリンゴ同士を比較しようとしているかを考えます。

比較においても、何のために比べるのかの目的をクリアにする必要があります。比較をすれば何かしらの違いが出てきます。その差が分析において意味のある差なのかどうか。2つのリンゴを比べれば、大きさ/色/形/味などを対等な条件で比較でき、意味のある比較です。しかし、比較がリンゴとミカンであれば、そもそも比較条件の前提が違うので比べた結果からわかることに意味が無いのです。

比較をする際には、

  • できるだけ同じものを比較すること
  • 異なるものを比較するときは、意味がありかつ比較できる指標を探すこと
  • 似たもの同士を比較する場合も、同じ要素と異なる要素を正しく見分け、異なる部分の影響を勘案しつつ合理的な比較を心がける

何の目的で比較するかという明確な自覚を持つこと。差異を全体としての漠然と見るのではなく、要素に分けて比較し検討するという姿勢が求められます。

4. 変化/時系列を考える

比較の指標としてよく用いられるものに、前年比や前月比があります。これは過去と現在を比較することでどう変化しているかを理解しようとするものです。時系列分析の目的は、今の姿を過去という歴史に照らして把握し、将来に備えること。分析で明らかになるのは現在と過去の違いですが、そこから未来はどうなるのかを考えるかです。

時系列分析のポイントとして本書にかかれていたのは、これまでの傾向/全体の流れを追いつつも、そこにどのような変化が起こりつつあるかを敏感に読み取る工夫/努力をすること。絶対量と変化に注目する、変化の意味を考える・要因を説明する習慣をつけておくことが大切。

★  ★  ★

本書には分析の理論とともに、多くの事例が書かれています。具体例は筆者がコンサルティングで扱ったケースを基にしているので、コンサルの分析手法が学べるのも本書の特徴です。

一読で終わらすにはもったいないと思った本でした。


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2013/09/15

「選んだ選択肢を正しくする」という考え方

書籍「不格好経営―チームDeNAの挑戦」は、DeNA創業者である南場智子氏が書いた、創業〜現在に至るまで同社の歴史です。

印象に残ったのが、選択をする時の考え方でした。以下、本書からの引用です。
事業リーダーにとって、「正しい選択肢を選ぶ」ことは当然重要だが、それと同等以上に「選んだ選択肢を正しくする」ことが重要。決めるときも、実行するときも、リーダーに求められるのは胆力ではないだろうか。

引用:書籍「不格好経営―チームDeNAの挑戦」

リーダーなどの意思決定者にとって、何かを判断し決めるのは重要な仕事です。リーダーにしかできないこと。選択肢にAとBがあって、甲乙が付け難い場合、決定事項の影響が大きい場合、その分だけ迷いが生じます。

それでも最終的にはリーダーは自分が決めないといけないので、決断をする。一度決めれば、その意思決定を信じて前に進むしかないと、どこまで腹をくくれるかです。

決断も重要だが、その後の実行も同等かそれ以上に大切である、というのが南場氏の指摘です。実行を通じて、決めたことを成功させる、結果的に選択した方向を正しくさせる。選択肢が正しかったか/間違っていたかを決めるのは他でもない自分たちだという気概です。

A or Bの選択肢において、明らかにどちらかが劣っていない場合、よく自分自身が考えるようにするのは、AもBもどちらが正しくて、どちらが誤っているかではないということです。

AとBどちらを選んでも、その先にはAにはAの成功があり失敗もついてくる。一方のBもAとは違った成功/失敗がある。

今年、転職をしましたが、最後に自分の中で決める時によく考えていたことでした。「今の会社に残る」か「新しい会社にいく」の2つの選択肢。前職の仕事には大きな不満があるわけでもなく、むしろ恵まれた環境でした。それを手放し、全く新しい世界に入ることは自分にとって正しいことなのか。

その時にふと思ったのが、転職をする/しないの2つの選択には、選ぶ前には正しいも誤りもなくて、自分が選択をした後に正しかったものにする行動ができるかどうかだけ、ということでした。自分次第で選択結果を良かったものにも、そうでない状況にもできる。そう考えると目の前が晴れたように感じました。そして、「どうせやるなら難しいほうを選んでみよう」と思い、転職を決意しました。

これからも決めることは大小さまざまあると思います。その時にも活かしたい経験です。


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2013/09/14

初めて知った親の教育方針

今月、長女が生まれました。自分の子の存在で、少しずつ親としての実感/責任も出てきているように感じています。

そんな状況なので、自分の親があるアンケートに書いていた内容が印象に残りました。以下はそのアンケートの質問と両親の回答です。
Q. 教育関与の具体的内容:お子様への教育関与があった時期において、具体的などのようなかかわり方をされましたか?また、どのようなことを期待して(お子様にどうなって欲しくて)、そのようなかかわり方をしましたか?(自由記入)
A. 親からすぐに答えを出さない。自分で考えるようになってほしいという期待。
Q. 習得技能:これまでお子様が行った習い事や習得した技能(各種スポーツ、ピアノ、バレエ、語学等)、一番役だったと思うものはなんですか?そして、それはどういう効果がありましたか?(自由記入)
A. 語学。視野や活動範囲が広くなった。
Q. しつけ:お子様に対する全般的なしつけとして、これまで特に気をつけてきたことはどのようなことですか?(自由記入)
A. 人間としてのけじめ。社会のルールを守る。

親が記入した回答を読んで、あらためて自分への教育について「そういうふうに考えていてくれたのか」と思いました。

親の教育方針って、よく考えるとちゃんと話す機会はあるようでなかったんですよね。具体的にどういう教育をされていたのかは身をもって体験していますが、その上にどういう方針があったかは今になるまで知らなかった。

両親の教育方針をあらためて文字で読むと、なるほどと、実際に受けた教育と方針がつながりました。上記1つ目のアンケート質問である「教育関与」。進学/進路を考える時期によく言われていたのが「自分がやりたいことは何か」「やりたいことは自分で考えないといけない」ということでした。

中学生くらいの時はそうは言われても、はっきりとこれがやりたいと言えるものはまだなく、いつも答えに窮していた記憶があります。考えるほど自分の中の答えは色々出てくるけど、結局「これ」という1つになりませんでした。今振り返ると、「自分がやりたいことは何か」がいつもいつも明確ではなかった分、ターニングポイントでは常に考えるクセがついたのだと思います。

両親がアンケートで書いた「親からすぐに答えを出さない」。思い返すと、「これをやりなさい」というような「答え」を言われた記憶はなく、やってみるかどうかは自分の判断でした。

一部とはいえ、アンケートからわかった親の教育方針は、生まれてきた子に自分がこれからどう関わっていくかの考え方とも近い考え方です。

1つには、子どもには自分の頭で考え、自分で判断し決めるようになってほしいと思っています。小さい時に全て自分で考えて決めることは難しいかもしれませんが、なるべくは最終的には自分で決めてほしいなと。考える判断材料や決めるためのアドバイスを伝えるところまではやりますが、決めるのは本人というスタンスです。

そのためには、まずは自分の頭で考えること。時間がかかってもいいし、時にはミスジャッジをするかもしれない。それでも最終的に自分で決めることを続けてほしい。たとえミスをしてもそこから学べばいい。

時には親としての考えと子どもの考えが異なるケースも出てきます。自分の考えを頭ごなしに子に伝えるのではなく、お互いになぜそう思うかを話せる関係でありたいです。その上で子どもの考えに理解できるのであれば、たとえ自分とは考え方が違っても尊重し、自分の考え/判断にそってあとは子に任せきることができるのが理想です。子どもにはその子の人生があるので、自分の人生は自分で決めるような子になってほしいなと思っています。


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2013/09/08

書評:「それ、根拠あるの?」と言わせない データ・統計分析ができる本

ビッグデータやデータサイエンティストという言葉もわりと普通に使われるようになり、「統計学が最強の学問である」という本がベストセラーになったりなど、データへの関心が大きくなっています。

一方で、データの使い方、統計の知識/技術をどう使うか、特に統計学は理論を知っていてもそれを実際にどう使えばいいかはハードルがあるように思います。平均値くらいはビジネスでも抵抗なく使っているものの、中央値や標準偏差、さらには相関分析や回帰分析になると、使用頻度は低いのが現状ではないでしょうか。

私自身、相関や回帰分析を知った時は考え方・理論がおもしろいと思ったものの、机上の知識を超えるまでは時間がかかり、日常や仕事でどう使うかがすぐにはイメージできなかった記憶があります。

統計の基本的な知識は知っているけど、実践でどう使っていいかよくわからないと思っている方におすすめなのが、「それ、根拠あるの?」と言わせない データ・統計分析ができる本

本書は、「海外マーケット進出という事業計画書を作成する」といったストーリーに沿って、データや統計分析をどう扱えばいいかがわかりやすく平易に書かれています。データ分析の目的、発想の仕方、データの集め方、標準偏差などのビジネスでの活用を解説してくれます。

扱っている統計学の範囲は、相関分析と単回帰分析までですが、統計は身近なツールとして具体的にイメージするにはむしろこれくらいでいいんですよね。本書を読んでもっと知りたくなった方は、Next Stepとしてさらに高度な統計に入っていけばいいと思うので。

■標準偏差

標準偏差は、そのデータがどれくらいのバラツキを持っているかを数字で把握できる指標です。平均が50で標準偏差が15というデータがあれば、その意味はデータ全体の2/3は平均50±15の範囲(35~65)にあるということ。同じ平均で標準偏差が5であれば、全体の2/3が45~55の範囲に入ります。

標準偏差5に比べて15のほうが、それだけ広い範囲に広がったデータ(バラツキがある)ということがわかります。ここまでが統計学の知識で、これを実務でどう活用するかが具体的なストーリーで体感できるのが本書の特徴です。

標準偏差の例で言うと、新規参入しようとしている市場規模は50億円がわかっているとして、この見通しはどの程度の下振れ/上振れがあるのかがリスクです。このリスクを定量的に評価するのが標準偏差。

50億に対して標準偏差が5億であれば、リスクを45億~55億円の±10%とみなせます(45~55の範囲はデータ全体の2/3なので確率は約67%)。50億市場と推定したけど、実は45億だったというのがリスクとして想定する下限。これがどういう意味かというと、例えばその市場での自社売上金額シェアが10%の場合、50億市場では売上は5億ですが、45億市場では売上4.5億と、5000万円低いケースがリスクとしてあり得ますよ、ということ。標準偏差はバラツキを表すという統計の知識が、事業計画のリスク分析に使えるという実践例です。

■相関分析と単回帰分析

本書では、相関分析と単回帰分析もビジネスにどう使えるかが説明されています。

相関分析については、新規参入市場で計画の売上・利益を達成するための「施策」と「売上」の相関を分析しています。チラシ配布、TVコマーシャル、店頭でのディスカウントの各施策と売上の相関係数を比較することで、どの施策が筋がいいかが数字で比較できます。ストーリーはかなり単純に設定されていますが、相関をどうビジネスに使うかのイメージとしてはわかりやすいです。

施策と売上の相関が高いということは、その施策をすれば高い確率で売上増に貢献できます。相関が高くなければ、施策が売上に貢献する場合もあれば、そうでない時もあり、ビジネスとしてはGoを出しにくいと考えられます。

単回帰分析では、先に相関分析で得られた効果がありそうな施策について、どの程度の売上が期待できるかのシュミレーション例として紹介されています。単回帰分析のモデルはシンプルで、施策にかけたコストに対して、どの程度の売上が見込めるか。コスト:説明変数、売上:目的変数です。

単回帰分析からわかるのは、コストに対する費用対効果と、目標売上を達成するために必要なコスト。さっきの相関分析と合わせて考えると、売上につながる施策が実際にどの程度ビジネスに貢献できるのかが見えてきます。施策&売上の相関が高く、かつ売上への寄与が高い施策は迷わずOKが出ると思います。相関が高くないが売上寄与は大きい施策と、相関は高いが売上寄与は小さい施策がある場合、どちらを優先するかは意思決定が必要です。前者は当たれば大きい博打系、後者は確実だがインパクトは小さい着実系で、どちらが良いかはケースバイケースです。

単回帰分析なので単純化されていますが、それでも過去のデータから単回帰という将来へのシュミレーションをつくり、そのシュミレーション結果から経営の意思決定に使える事業計画見通しの数字を出しているのです。

★  ★  ★

本書ではあえて統計の範囲を最低限に絞り、それだけでも実務にはこんな活用があることがイメージできる内容です。標準偏差、相関分析、単回帰分析などについて、Excelでどう計算できるかも図表を交えて説明があります。

統計学はおもしろい学問ですが、実際のビジネスでどう使えばいいかがイメージしづらいものだというのが多くの人の認識ではないかなと。知識と実践がうまく橋渡しができていないケースが多いように思います。

本書の著者は、日産自動車で事業戦略や人材育成計画などをデータを活用されている方です。図表も多く、表現も平易で、ビジネスパーソンにとって実践的で分かりやすい内容になっていました。


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2013/09/07

出産に立ち会っての雑感

2013年9月1日の日曜早朝、長女が生まれました。

その2日前の金曜夜に妻が入院し、陣痛が本格的に始まった*のが土曜の15時くらい。いよいよかと思ったら、誕生まで13時間くらいかかった出産でした。
*10分間隔くらいの定期的なサイクルで来る陣痛

出産直後の心境は、とにかくほっとしたことが一番大きかったです。生まれた感動もありましたが、それよりも安堵感のほうが強かったです。

出産のタイミングが土曜〜日曜朝にかけてだったので、妻に付きそうこともでき、出産も立会いました。自分にとって貴重な経験でした。

■陣痛

いよいよ出産という段階を専門的には分娩第一期と呼びます。10分間隔の陣痛が始まり子宮口が全開する(約10cm)までのフェーズ。初めての出産である初産婦であれば10-12時間くらい、2人目以降の経産婦であれば4-5時間だそうです。分娩にはフェーズは3段階あって、分娩第二期が赤ちゃんの誕生、分娩第三期で胎盤が出てきます。(このページが詳しいです:みるコム。プレママ(妊娠期); お産の進行)

傍らで妻の出産プロセスを付き添った感想は、分娩第一期が精神的にも肉体的にもハードでした。もちろん妻のほうが自分と比べようがないくらい過酷な状況だったとは思います。

分娩第一期の状況を簡単に書いておくと、
  • これまでは不規則な陣痛が10分おきくらいに定期的に感じるようになる。痛みの感じは生理痛のひどい時とのこと。痛みは30秒前後くらい続く。痛みを感じる背中をさするとやわらぐようなので、10分毎にさする
  • 陣痛の間隔が徐々に短くなる。同時に痛みもひどくなる。痛む位置も腰からお尻へと下がってくる。さするくらいでは効かなくなってくるので、痛い場所のマッサージ/圧迫に切り替える。あとは深呼吸を一緒にやる。痛みがひどくなると呼吸もうまくできないくらいになるので、「吸って、吐いて」「ゆっくり」を言い続け、妻の呼吸をリードする。陣痛が来るタイミングをスマホのストップウォッチで測っていて、10分→8分→5分→3分。ここまでで7時間
  • 陣痛間隔が10分を切るようになると、強い痛みで妻はほとんど何も動けなくなる。1回の痛みも1分〜90秒と長くなる。自分ができることは、痛む場所のケアと呼吸リード、「大丈夫」「もう少し」みたいな言葉をかけ続ける、あとはトイレの入口までの付き添いと水を汲んでくることくらい
  • 痛む場所のケアは、陣痛間隔が3分を切るくらいになると全力で押すくらいじゃないと効かなくなる。有効だったのはゴルフボールを使ってお尻の痛む位置を押すこと。それもマックスのパワーで。この時の時間帯が20時〜朝3時くらいだったので、ここが精神的/肉体的にもきつかったです(正直最後のほうはフラフラでした)

分娩第一期の最後3時間くらいは、妻の痛みは本当につらそうでした。見るに堪えないというか。苦しむ姿を間近で見ていて、泣きそうになりました。子どもを生むのにこんな大変な目にあわないといけないのかと。

こんな状況が、12時間くらい続きました。もし奥さんの出産に付きそう/立ち会う場合は、分娩第一期でどれだけサポートができるかが大事だなと思いました。病院の助産師さんなどのスタッフもやってくれますが、精神的なサポートはやっぱり家族がやる/やらないで、奥さんが言うには違うそうです。

サポートはシンプルに、①痛む場所のケア(圧迫など)、②深呼吸のリード、③「大丈夫」などの声をかける、をひたすらやればOK。初産婦の場合は12時間くらいやり続けるイメージを持っておけばいいかなと思います。あとは終わりや先が見えなくても「いつか終わりがくる」と希望を持ち続ける。実際に私は自分にも言い聞かせていました。

■出産

分娩第一期が終わると、つまり子宮口が最大になると(約10cm)、ようやく分娩台がある出産用の部屋に移動します。いよいよ出産フェーズのクライマックス。ここがいわゆる立会い出産です。妻の場合は、分娩台に乗り点滴を指したりの準備の時の痛みが最も強かったです。私のほうは割と冷静だったので、その分、見ていて耐えられなくなりそうでした。

分娩室でもこちらのやることは基本的に同じで、深呼吸のリードと応援の声がけ。声をかける時は、なるべく笑顔で、妻が少しでもリラックスできるようにしていました。痛みへの圧迫対処は助産師さんがやってくれました。それと、医師/助産師と妻の間に入る通訳。先生の指示を妻に繰り返し伝えつつ、妻の状況や言っていることを先生にフィードバック。

分娩台に乗った後のプロセスでは、お医者さんや助産師、自分も含めて、妻が赤ちゃんを生むのをみんなでサポートする感じです。ちょっとした一体感がチームにできてきます。手前味噌ながら自分も助産師の一人くらいの気持ちでした。

赤ちゃんが出てくるように、妻が2回いきむ→30秒〜1分ほどブレイクタイムを10回くらい繰り返し、ようやく出産。赤ちゃんの頭から生まれてくるのですが、感想としては「生まれた」というよりも「出てきた」という表現のほうがしっくりきます。

まず赤ちゃんの頭のてっぺんが出てきて、後頭部→肩→背中→お尻→足と、時間にしては一瞬ですが、本当に人が出てくる。出てきて数秒後くらいに産声を上げます。たぶんここが一番感動するポイント。

なんですが、この時に思ったのは、生まれた感動よりも、妻に対してよくがんばったという感謝+ねぎらいと、産声を聞いて何より一安心という感じでした。あとは先生や助産師さんへの感謝。生まれたことへの感動で泣くのかなと思ってたのですが、そんなことはなく。感動よりも達成感のほうが大きかったです。

★  ★  ★

あらためて振り返ると、出産とはこうもおもしろいプロセスでした。興味深いというか、妊娠期間も合わせると、出産までは母親のお腹の中にもう1人の人間が存在していて、出産ではお腹から赤ちゃんが人の形でそのまま出てくる。貴重な体験でした。

今回の立会い出産で認識が変わったのは、出産というのは新しい命が生まれるというよりも、赤ちゃんが外の世界に「出てくる」ということ。「生まれる」のは、赤ちゃんが出てくる出産時ではなく時間的にはもっと遡って受精したタイミング。ここが新しい命が誕生した時。

なので、「誕生日」という表現もちょっと違うような気がしています。すでに生まれていた赤ん坊が、母親の胎内から新しい世界に「出てきた日」(だからと言って誕生日という言葉を使わない/表現を変える、というわけではないですが)。

今日、妻と赤ちゃんが退院なので、新しい生活がいよいよ始まります。


※関連記事
父として子に何を語るか
父親になるということ


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