2013/12/30

「大切な人」を大切にする

新幹線の待合室での話。

客用のコンセントがある椅子に座っていたのですが、横の席で、ある夫婦が(軽い)言い合いをしていました。

今、コンセントでスマホを充電するかどうかの喧嘩のようで、やる/やらないの言い合いになっていました。夫がコンセントにプラグを入れたと思ったら、すぐに妻は「もういいから」と抜く。そんなやりとりの繰り返しでした。

傍から見るとどっちでもいいように感じますが、当人たちにとっては譲れないことだったのかもしれません。それ以上、他人の会話を聞くのも良くないなと思い、イヤホンの音楽ボリュームを上げました。

こうした風景は特に珍しいものではありません。今回のケースでは夫婦(中年)でしたが、親子や恋人同士でも普通に起こることです。例えば、近所のスーパーに行くと、親子がお菓子を買う/買わないで喧嘩していたり、商品選びに迷っている夫に妻が「はやくしてよ」と強いトーンで怒っていたりします。

一歩引いて考えると、これってどうなんだろうなと。ふと。

夫にとっての妻、親にとっての子というのは、大切な人であるはずです。この世の中でベスト5には入るくらい大切な存在。世界には70億人を超える人がいて、その上位5人に入るというのは超がつくほど貴重な人です。

大切な人同士なのに、言い争いからお互いが不機嫌になり、2人の間には重い空気が流れる。大切な人との貴重な時間なのに、楽しくなさそうな時間になってしまっています。

自分にとって「大切な人」を本当に、文字通りに大切に扱っているか。

親しい間柄だからこそ、自分の意見や感情をストレートにぶつけられます。その結果として、冒頭のような言い争いに発展する。親しい間柄という証拠かもしれません。一方で、喧嘩をしつつも、どこか頭の隅には相手のことを大切に扱う意識を持っておきたいもの。

「大切な人」をその通りに大切にする。

文章にすると、これはど簡単なことはなさそうですが、実際にいつもそうするのは難しいかもしれません。だからこそ、日頃から意識しておきたいと思っています。





2013/12/27

転職して変わった「結果を出してなんぼ」と「イシューからはじめる」

今年、転職をして大きく変わったことが、仕事では「結果を出してなんぼ」という考え方です。転職前も認識としては持っていましたが、転職をしてより強く感じるようになりました。

プロセスも大事ですが、評価としては結果を出しているかどうかが問われます。さらに言うと、単に結果を出しているのではなく、その結果がどれだけ価値があるか。自分の中の考え方として、いかに価値のある結果を生み出すかを強く意識するようになりました。

価値のある結果とは何か?

「イシューからはじめよ」という本には、イシュー度が高い&解の質が高い、の2つの軸があると書かれています。つまり、①課題設定として適切であり、②問題解決した際のインパクトが大きい、の2つです。

この本で強調されているのが、この2つを考える時に優先すべきはイシューのほう。本当に答えを出すべきことなのか、を徹底的に掘り下げて考えること。当時、この本を読んだ時に目から鱗だったのが、タイトルにもあるように「イシューから考える」こと。

イシューとして適切なのは、本当に答えを出すべきもの&答えが出せる、の2つ。忘れがちなのは後者で、この問題を解決できれば価値は高いが、そもそも答えを出せそうだ(方法がある)という見込みは必要です。答えが出せないということは、仕事は結果を出してなんぼという考え方に立てば、いくら努力してもそのプロセスは評価できません(答えを出せなかったという失敗を通じて学習できるなど、得られるものはゼロではないですが)。

自分の主な仕事の1つはデータ分析で、「イシューからはじめよ」という本に書かれていることは実践できているかは今も(そしてこれからも)考えます。イシューから入るというのはそれくらい重要だし、かつ、気づけばできてない状況に陥ってたりします。

データ分析において心がけていることとしては、
  • いきなり分析に入ったり、こんな比較をするとおもしろそうではなく、まずは課題設定をする。自分はどんな問題を解決するために取り組むのか、それはなぜ解く必要があるのか、解決することで誰にとってどう役に立つか
  • 分析に使うデータはイシューのためのデータであるか。イシューがあってのデータで、その逆ではない。目的と手段を混同しないようにする
  • イシューをさらに分解していく、各サブイシューに対して仮説を立てる。サブイシュー / 仮説に対しては言葉にする。言語化することで自分の理解/考え方がはっきりする(言葉に落とし込めない時は考えが浅い)
  • サブイシューと仮説に対して、アウトプットイメージを考える。どんなグラフや見せ方をすれば適切に説明ができるか。わかりやすいか
  • アウトプットイメージを並べてストーリーをつくる。サブイシューと仮説をどんな順番で並べると、課題解決として伝わりやすくなるか

ここまでやって、はじめてデータの集計/分析に入ること。これが「イシューからはじめよ」という本から学んだことです。

考え方として持っておきたいと思っているのは、データ分析においてはその前後で分析の価値が決まるということです。前後というのは、前はイシューと仮説をどれだけ磨けるか。後は出せた結果をいかに使ってもらえるか。分析結果から得られたインサイトが意思決定に使え、ひいては収益に貢献できるか。

仕事において価値のある結果を出し続けられるかどうか。そのためにイシューからはじめる。来年もこの初心を忘れずにいたいと思っています。






2013/12/23

2013年末の投資信託→ETFのリレー投資方針

今回のエントリーは資産運用の話です。

この間、少し検討したのは投資信託→ETFへスイッチをするかどうかでした。海外株式への投資として位置づけているのは、今は2つの投資信託です。毎月の自動積立をしています。

このうち、先進国への投資対象としている1つ目の外国株式インデックスeが、この間の世界的な株高もあり値上がり益も合わせると保有額が100万円くらいになりました。一定額に達したということで、次のステップで考えているのはETFへの乗り換えです。もしくはよりコストの安い投資信託へのスイッチ。

候補先は今のところは2つで、

結論から言うと、「外国株式インデックスe」の現在保有額分を2つ目の「MAXIS 海外株式 (MSCIコクサイ) 上場投信」に移し、今後の毎月自動積立を「EXE-i 先進国株式ファンド」でしようと思っています。

投資信託とETFの自分の位置づけは、毎月少しずつ増やすのが投資信託で、一定額になればその分をETFへという感じです。投資信託がフロー、ETFがストックとして使うイメージです。

やり方として、はじめからETF 1本だけを使う方法も考えました。でもそうしないと考えたのは、なるべく運用を自動化したいと思ったのが大きかったです。それと購入コスト。ETFは自動積立設定ができないので、手動で買うことになります。これだと買うタイミングを見極めたくなり、(それはそれでおもしろそうですが)そこまでは今はしたくないと思った次第。

購入コストについては、投資信託であるEXE-i 先進国株式ファンドは保有中に発生する信託報酬のみ(実質年0.35%)で、購入手数料コストはゼロ。解約時に発生する信託財産留保額もゼロ。少ない額で毎月買うのに適したコスト構造です。ちなみに外国株式インデックスeのコストは信託報酬0.53%で、あとはEXE-iと同じです。

一方、ETFのMAXIS海外株式のコストは、信託報酬0.26%が保有中にかかり、購入時の手数料(証券会社によりますが500−600円くらい)、将来の売却時に手数料(購入手数料と同程度想定)と信託財産留保額が基準価額x0.1%です。10年単位とかの長い目で見ると、ETFコストのほうが投資信託よりも安くなります。

残りあと決める必要があるのが、ETFであるMAXIS海外株式をいつ買うか。自分の中では100万という規模はそれなりの額なので、タイミングと、1度で100万なのか、50万ずつ2回に分けるのかの一括 or 分割するかです。実は結構悩ましいところ。

分割しすぎると購入手数料が増えてしまうので、分けたとしても2回までかなと考えています。ここはあまり焦っても仕方ないので、年内に「外国株式インデックスe」を売却し、年明け以降のどこかのタイミングでETFを買おうかなと思っています。


2013/12/22

P&Gの事例から考えるマーケティングリサーチャーとしての自分の役割

Harvard Business Review に、P&G が全社的にどのようにデータを活用しているかが紹介されていました。How P&G Presents Data to Decision-Makers - Harvard Business Review

■ What だけではなく Why と How までいけるか

記事のポイントとしては、グローバルで統一されたデータの閲覧システム「Decision Cockpit」を共有しており、P&G 社内からはどこからでもアクセスができるようになっていること。データから「今の状況」をより早くつかみ、意思決定と次のアクションを決めることに集中していることが書かれていました。

記事の中で印象深かったのが、以下でした。
The real goal is to help them understand quickly what’s going on in the business, and to decide what to do about it. P&G’s CIO Filippo Passerini calls it “getting beyond the what to the why and the how.” If decision-makers have to spend too much time with the data figuring out what has happened in an important area of operations, they may never get to why it happened, or how to address the issue.
特に、「getting beyond the what to the why and the how」の部分。つまり、“What” (何が起きたか) だけではなく、その先の ”Why”, “How” までいくこと。

データを集計し現状などの事実を読み取れると、自分でもよく陥りがちなのは、ここまでで分析プロセスが完了したように感じてしまうことです。上記の P&G の話で言うと、この段階では What でしかないんですよね。

大事なのはその先。

データから読み取った事実からインサイトとして何を得るか、そして、そのインサイトは課題に対して意思決定をサポートするものでなければいけません。

理想はインサイトが意思決定の先の実行までつながること。インサイトという Why / How が机上の空論ではなく、意思決定とアクションに結びついて初めてデータ集計に意味があると思っています。

■マーケティングリサーチの位置づけと自分の役割

自分の仕事にも当てはまります。今の私のポジションは Marketing Research Manager なので、自分の責任の1つはマーケティング課題を解決するような情報やインサイトを出すことです。

あらためて考えると、マーケティングとマーケティングリサーチの関係は、まずマーケティン目的があり、その目的を達成するには超えなければいけないマーケ課題があります。その課題を解決するために、データからわかる事実とインサイトを得ることがマーケティングリサーチの目的です。

マーケティング目的 → マーケティング課題 = マーケティングリサーチ目的

例としてこんなケース。あるサービスには1度は登録したけど、その後は使っていないという「休眠ユーザー」が一定数いるとします。

マーケティング目的を「サービスを使ってくれるユーザーを増やす、特に休眠ユーザーにまた戻ってきてもらうこと」とした場合、マーケティング課題は、休眠ユーザーはどういう人で、なぜ休眠状態になったのかを把握し、それを基に再びサービス利用者になってもらうよう休眠ユーザーにどんなマーケティングアクションをするかになります。

このマーケ課題を解決することがマーケティングリサーチ目的となり、①休眠ユーザーの理解、②なぜ休眠ユーザーは休眠状態になったのか、③休眠ユーザーに何をすればよいかの提言、の3つをリサーチから明らかにすることです。①②でファクトを突き止め、③で意思決定/アクションへのインサイトを出す。

リサーチはあくまでマーケ目的とマーケ課題があり、それに対する意思決定とアクションへの貢献ができるかどうか。Harvard Business Review の記事は、あらためて自分の役割を見つめる機会になりました。


2013/12/21

子どもが泣いた時こそ親の果たす役割がある

娘が9月に生まれたので、今は生後4ヶ月くらいになります。

娘の感情表現に注目すると、以前はしなかったことをちゃんと表現するようになってきました。例えば、話しかけたりこちらが微笑みかけると、娘も笑顔になったります。感情表現とその理由にバリエーションが増えてきました。

ただ、相変わらず、よく泣きます。

泣くことは赤ちゃんにとっては仕事みたいなものだと思ってるので、泣くことは当たり前として受け止めています。が、家で仕事をしている横で泣いて中断しなければいけなかったり、抱っこしている中でずっと泣かれると、泣き止んでよと思ってしまいます。

赤ちゃんが泣くことについて、勉強になったなと思った本がこちら。「ちゃんと泣ける子に育てよう 親には子どもの感情を育てる義務がある」

内容を一言で言うと、子どもが泣くことに親としてどう向け合えばよいかが書かれていた本でした。タイトルが「ちゃんと泣ける子に育てよう」、サブタイトルが「親には子どもの感情を育てる義務がある」。この2つがまさに著者が言いたいことです。

そもそも、子ども、特に赤ちゃんはなぜ泣くのか?赤ちゃんは自分の感情そのままに表現します。多くの場合、それは泣くことで表します。まわりや親の気持ちなど気にせずに。

お腹が減ったり、眠かったり、オムツを替えてほしかったり、親に抱っこしてほしい、このあたりが赤ちゃんの欲求です。自分の生命や環境を守るために、泣くことで知らせているのです。

本書で「確かにそうだな」と思ったのは、泣いている子どもの感情をそのまま親として受け止めることが大事ということでした。

感情を受け止めるというのは、抱っこをしてあげたり、もう少し子どもが大きくなれば、子どもが泣いている元になった感情を親が言葉にして返してあげる。「さみしかったね」「くやしかったね」というこれらの言葉を、泣いている自分の子に親が言葉をかけられるかどうかです。

これだけで子どもにとっては安心感が得られるとのこと。自分が感じたままに泣けることが許されている感、これが大切。

自分の中に(特にネガティブな)感情が生まれ、それが一定のエネルギーに達すると子どもは泣きます。親が正面からその感情を受けとめ共有することで、子どもは自分の感情がわかる。このプロセスを通じて親は子どもの感情を育てることになるそうです。

本書では、ちゃんと泣ける子に育てるために、親としての覚悟が繰り返し述べられています。子どもが泣いた時には「自分の感情」ではなく「子どもの感情」を優先すること。

自分の感情を優先すると、親は泣いている子に対して「泣いてはだめ」と言ってしまいます。自分にとっては今泣いてほしくない気持ちがあるので、そういう反応を子どもにします。一方、子どもの感情を優先すれば、「悲しかったね」と子供が泣いている感情を言葉にできます。

子どもが泣いた時に自分の感情ではなく、子の感情を優先する。実際にこれをやろうとすると、行うは難しだと感じます。自分は親としてまだまだ。




2013/12/15

いつの間にか自分の感覚がスマホ標準になっていた

使うメディアが変わると、いつの間にか使い方/感じ方もそのメディア中心になるんだなとあらためて考えさせられた記事でした。シェアするのに、URLのリンクである必要はない気がしてきた - nanapi社長日記 @kensuu
僕はインターネットに慣れすぎていて、何かのサイトとかページを教えるときに

「そのページのURLを教える」

というのが一番あたまに浮かびがちなのでした。なので、普通に、URLをシェアするような仕組みがあったほうがいいよなー、と思っていたりしたんです。

しかし、最終的には、URLでシェアしないようになったのです。

なぜか。

それは、URLがあって、それをシェアすると、誰しもそのページを見れる、という考え方自体が、かなり今までのPC中心のWebの考え方なので、スマホでのコミュニケーション中心のサービスとはマッチしないのではないかと思ったのです。

nanapi社長日記の別の記事で、これに関連すると思うのがこちら。「暇つぶし」の意味が変わっている? - 細切れの暇な時間を埋めるサービス - nanapi社長日記 @kensuu
昔、僕が暇だと思う瞬間は、予定のない30分、1時間、2時間とかそういう単位のことを指していたんですよね。

そういう暇を潰そうと思えば、映画を見たり本を読んだりしていたものです。しかし、今はちょっと違う時に暇だと感じるんですよね。

それがどういう時かというと、電車に乗っている3分の時間、信号待ちの15秒、エレベーターを待つ時の10秒、みたいな時間に「暇だなー」と思ってしまうわけです。

なんか昔はこういう時間が暇だと感じることはあまりなかった記憶があります。しかし、ケータイで時間が潰せるようになり、すぐに暇つぶしができるようになってから、逆に暇を潰していないと暇と感じてしまうのではないかな、と思い始めました。

1つ目の「シェアするのにURLリンクは必ずしも必要ない」、2つ目の「暇と感じる細切れ時間の感覚が短くなった」も、根っこは同じかなと。

スマホが利用メディアの中心になってくると、これまでのメディア、例えばテレビ・新聞/雑誌・パソコンでは当たり前だったことがそうではなくなると思っています。

スマホを使うシーンをあらためて考えると、他のメディアに比べてちょっとした時間で、調べたりニュースを見たりです。1回あたりの使用時間が短く、頻度が多い。トータルの使用時間は同じでも、使用時間 × 頻度で分解すると特徴があります。

なぜかと考えると、いつでもどこでも使えるモバイル性と、画面の小ささ、次の情報への移行スピードにあると思います。

1つ目のモバイル性は、常に持ち歩いていることと、鞄やポケットから取り出せてすぐに使えるので、スマホはさっと使えるのに便利。一方で、2つ目のテレビ・新聞/雑誌・パソコン等に比べると画面(or 1ページ)が小さいためにメディアとして1回分で表示させる情報量が少ない。かつ、3つ目の次のページを読み込む間の時間がスマホだと長く感じます。

だから、スマホでは、そこに自分にとって必要な情報があってほしい。ページスクロール量が多かったり、何度もリンクをたどったりというパソコンでは普通だったことがスマホではわずらわしく感じます。

例えば、スマホで何かを検索している時。検索をして次に画面に表示されるのは、知りたいと思っている情報があるであろうページへのリンクです。検索→リンクをクリック→知りたい情報、という3つのステップが面倒に感じてしまう。これが1回目のリンク先ページで探している情報がないともう1回同じプロセスが発生しなおさらです。パソコンではこれは普通だったので、感じなかったわずらわしさがスマホでは特に感じます。スマホでは、検索してすぐに知りたい情報があってほしいんですよね(クリックしてページ遷移することなく)。

Yahoo!をはじめ、スマホファーストという言葉を聞くようになりました。これが実現されてくると、いろんなことが結構変わるのではないかなと思っています。


2013/12/14

Davos Experience in Tokyo (vol.10: Big Data) に参加してきました

慶応の石倉洋子氏が主催しているDavos Experience in Tokyoに参加してきました(正式な参加ではなく、会場設営などのボランティアとしてお手伝い)。

Davos Experience in Tokyoは、「ダボス会議の経験を東京で」というコンセプトで、世界的な課題について英語で議論を交わし自身の洞察を深めることを目的とし、月1回開催されています。基本的に英語でのやりとり。

今回のテーマは「How to create Value from Big Data?」(ビッグデータから価値をどうつくるか)。

会場準備などのボランティアとして参加だったのですが、小グループでのディスカッションに参加させていただくことに。異業種のいろんな方と英語での議論ということで、色々と考えるきっかけをもらえました。

■そもそも Value とは何か?

How to create Value from Big Data? を議論するにあたりまず考えたのが、ここで言う「Value」とは何かということ。

自分の考えとしては、Valueとは課題解決をするもので、Valueの前に本来はIssueがあると思っています。Issueという課題設定があって、それを解決するValueに意味があるのか、価値があるのかどうかが初めて見えてきます。

データ分析においては、いきなり分析に入るのではなく、目の前のデータを使ってどんな課題を解くのか。得られそうな結果は、意思決定に使えたりビジネスに貢献できそうか。やみくもにデータ分析をするのではなく、問題をまずは見つけそれをイシューにする。そうして初めてデータ分析に入る。

■「How to create Value from Big Data?」をデータ分析のプロセス視点で考える

How to create Value from Big Data? を議論した時に、自分の頭にあったのは、Big data からValue までにはいくつかプロセスがあるということでした。ビッグデータさえあれば一足飛びにValue ができあがるのではなく、そこに至るために必要なステップがある。

(本来は手に入れるところからですが)すでにビッグデータがあるという前提で考えると、
  1. 課題設定
  2. データ集計/分析
  3. その結果から何がわかったのか(インサイト)
  4. インサイトを何に使うのか(意思決定など)
  5. 課題解決に貢献(= Value)。
これが今回のテーマである「How to create Value from Big Data?」をデータ分析のプロセス視点で考えた時の流れです。このプロセスはビッグデータであろうがそうではないデータであろうが、共通だと思っています。

なんとなく受ける世の中のビッグデータに対する期待として、データがビッグデータになれば課題解決ができるような印象を私は持っています。もちろんビッグデータを活用することで、これまでのデータではわからなかったことが見えることもあります。結果としてこれまでにないValueが生まれる。

ただ、忘れないようにしたいのは、(ビッグ)データは道具にすぎず、何のためにその道具を使い、どう活用するのか、データから何の知識を得て、どんな価値を生み出すのかを行なうのは人間です。データそれ自体は使われるツールにすぎない。

「How to create Value from Big Data?」を議論したことで、あらためて考えたことです。


2013/12/08

プロセスのほうで「やりがい」をつくってみる

そうありたい言葉の1つに「仕事が楽しいのではなく、楽しく仕事をする人がいるだけ」というものがあります。

同じ仕事でも、その仕事に対してどう考えるかで楽しくもなるし、その逆もあります。

では、どういう時に仕事が楽しいと感じるのか?自分の経験から考えると、何か使命感のようなものがあったり、やりがいを感じている時です。

「やりがい」とはよく考えると不思議なものです。どういう状態になれば人はやりがいを感じるのでしょうか?

堀江貴文氏の著書「ゼロ―なにもない自分に小さなイチを足していく」で印象的な記述がありました。
やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」ものだ。そして、どんな仕事であっても、そこにやりがいを見出すことはできるのだ。

(中略)

マニュアル(前例)どおりにこなすのではなく、もっとうまくできる方法はないかと自分の頭で考える。仮説を立て、実践し、試行錯誤をくり返す。そんな能動的なプロセスの中で、与えられた仕事は「つくり出す仕事」に変わっていくのだ。

(中略)

やりがいとは、業種や職種によって規定されるものではない。そして「仕事をつくる」とは、なにも新規事業を起ち上げることだけを指すのではない。能動的に取り組むプロセス自体が「仕事をつくる」ことなのだ。すべては仕事に対する取り組み方の問題であり、やりがいをつくるのも自分なら、やりがいを見失うのも自分だ。どんな仕事も楽しくできるのである。

仕事にはプロセスと結果の2つがあります(これは仕事に限らずですが)。

ここ最近感じているのは、やりがいを「結果」に対して求めるよりも「プロセス」の中のほうがいいのかなということ。

もちろん結果に対してやりがいを感じることもあるし、それを否定するわけではありません。例えば、成果が出た時やお客さんに「ありがとう」と言われると、それまで大変だったとしても全て報われたと感じます。

ただ、結果にやりがいを見出そうとすると、満足できる結果が出ればいいのですが、失敗したり必ずしも満足のいく結果ではない場合もあり、やりがいを感じるかどうかが結果に左右されてしまいます。

それよりも、自分でコントロールできる余地の大きいプロセスのほう。前向きに、能動的に取り組み、仕事に対してそれも目の前のことにハマるような感覚が生まれる時にやりがいを感じます。個人的にはここ数週間くらいがまさにそうでした。

やりがいとは「見つける」ものではなく、自らの手で「つくる」もの。前者は何かすでに存在し or 与えられているという前提です。そうではなく、自分がつくっていくもの。こう捉え直してみると、違った見方ができるかもしれません。




2013/12/07

自分の仕事をコンピュータに奪われると悲観するか、新たに価値を出すために前向きに捉えるか

仕事をしていてふと考えることがあるのが、自分がやっていることは他の人にもできるのだろうか、ということです。「他の人」というのは、人間だけではなくコンピュータなどの自動化も含めてです。

自分がやっていることがすぐに機械に置き換わるわけではないですが、やろうと思えばできそうなこと、近い将来には取って代わるだろうなと思うと、なんとなく自分の中で危機感を覚えます。

私の今の仕事内容の1つをすごく簡単に言うと、①データ分析をするための課題/仮説を設定、②その目的に応じたデータ分析をする、③分析結果からインサイト/結論を出してマーケティングや営業等のビジネスに貢献する、となります。

この3つのうち、機械化が最も適用できそうなのは②の部分です。すでに今でも集計の大部分は機械(コンピューターの中)でされていて、結果が数表やグラフとして出てきます。人間の役割は、どういうグラフを作るとデータ分析目的を達成できるか、そのためにどう集計するかを考えることです。それを実際に作るのはパソコンだったり、外部ベンダーの方に集計をしてもらう。

で、考えるのが、②の全部もそのうちに人間ではなく機械がやれてしまう状況が来るのではないかなということです。例えば、「こういう分析をしてほしい」とざっくりとでも機械に命令すれば、あとはコンピュータが勝手にやってくれる世界です。

これは2つの見方ができて、1つはコンピュータがやってくれる分、自分は別のことができます。②を任せられるので、自分(人間)は①や③に注力できる。

もう1つの見方は、自分の仕事が機械に奪われるということ。仮に自分の役割が①〜③ではなく②だけで、ここが機械が全部やるようになると、極端なことを言えば自分がいなくてもいいわけです。

これが、①〜③の全てをコンピュータがやれるようになるとどうでしょうか?自分の今のメインの仕事が全部、機械がやってくれるので、何か他で自分の価値を出さないと存在意義が問われます。

自分自身の感覚として、①データ分析をするための課題/仮説を設定と、③分析結果からインサイト/結論を出してマーケティングや営業等のビジネスに貢献する、の部分はしばらく(数年〜10年くらい)は、人間がまだ優位な領域だとは思っています。しかし、将来はテクノロジーの進化が①③までもコンピュータのほうが優れた成果を上げることも普通に有り得そうです。その時までに自分のどの部分を他の人だけではなく機械に対しても強みと言えるのか、そうなるために何をしておくのかは、これからも折を見て考えていきたいと思っています。

自分の仕事をコンピュータに奪われると悲観するか、新たに価値を出すために前向きに捉えるか。

2013/12/01

ようやく確定拠出年金が自分事に

2014年から日本版ISAであるNISAが開始されます。

個人的にNISAよりも今関心があるのが、日本版401kとも呼ばれる確定拠出年金。なんとなく制度は知っているものの、実際に活用するかどうかまでの検討ができていませんでした。

確定拠出年金は大きくは企業型と個人型に分かれます。企業型は会社が導入して社員のために運用されます。個人型は個人が自分で積立金を出します。

これまで個人型確定拠出年金はなんとなく後回しで来てしまったのですが、「年利15%でふやす資産運用術」という本を読んで考えが少し変わりました。本書の説明はわかりやすかったです。

■個人型確定拠出年金とは

そもそも個人型確定拠出年金とは何か?
  • 制度:加入者個人が毎月掛け金を支払い、預金や保険、投資信託などで運用する制度。運用先は自分で選べる。運用次第で受け取る金額が変わる。年金としての受給開始は60-70歳の間で選択
  • 加入できる人:勤務先に企業年金制度(確定給付企業年金/厚生年金基金など)・企業型確定拠出年金のない会社員、自営業やフリーランスなどの第一号被保険者
  • 掛け金の額:会社員は月額5000円〜2万3000円まで。自営業者は月額5000円〜6万8000円まで
  • 留意点:60歳まで引き出せない。商品の中には元本割れする可能性があるものもある

私の場合は今は会社員なので、以下の2つの条件を満たしている場合のみ、個人型を使うことができます。①勤務先の会社に企業年金制度がない、②勤務先の会社が「企業型」確定拠出年金を導入していない、の両方を満たすこと。

個人型確定拠出年金のコストは、初回加入時のものと、運用中に継続で発生するものに分かれます。
  • 加入時の手数料:口座の開設手数料(2700円)
  • 掛け金収納手数料(100円/月)
  • 財産の管理/保全(信託報酬など)
  • 届出書受理や資料提供の手数料。これは各金融機関で大きく違うそう

■個人型確定拠出年金のメリット

個人型確定拠出年金のメリットは税制優遇にあります。3つあって、
  • 毎月の掛け金が全額所得控除される。その分、所得税/住民税の支払額が減る
  • 運用中に得られる利息/値上がり益が非課税となる
  • 将来の受け取る際には、退職所属控除/公的年金等控除の対象になる。税負担が軽くなり手取り金額が大きくなる

1点目は具体的な例で言うと、課税所得が年600万円の人は、本来は所得税率20%と住民税10%がかかります。合わせて180万円の税金。

これを毎月1万円を個人型確定拠出年金として支払うと、年間12万円が課税所得600万から控除されるので課税所得は588万円。支払う所得税+住民税は30%分の176万4000円。さっきの180万と比較すると、年間で3万6000円だけ納める税金が安くなるということ。

所得が多い人ほど、月々の確定拠出年金への掛け金が多い人ほど所得税+住民税の軽減効果は大きくなります。

■個人型確定拠出年金を扱っているSBI証券を見てみると…

これは実は知らなかったのですが、金融機関の全てが個人型確定拠出年金を扱っているわけではないようです。国民年金基金連合会のサイトに一覧があります。

また、扱っている投資信託などの金融商品も違っています。個人型確定拠出年金をするなら、馴染みもあるSBI証券かなと思っています。本書でもコストが低いことで推奨金融機関の1つでした。

で、SBI証券の個人型確定拠出年金の金融商品一覧を見ていて気付いたのが、「EXE-i先進国株式ファンド」などのEXE-iシリーズが対象になっていること。これがあるSBI証券は魅力。コストが低く抑えられており、60歳まで引き出しをしない長期運用として相性が良いと思います。

現時点では、個人型確定拠出年金がかなり自分事化したので、SBI証券に先ほど資料請求をしました。

実際に個人型確定拠出年金に加入するかは、自分の今の会社に、①企業年金制度がない、②「企業型」確定拠出年金を導入していない、をもう1回ちゃんと確認しないといけないと思っています。

★  ★  ★

最後に蛇足ですが少し。

個人型確定拠出年金のメリットが税制優遇、要は支払う税金が少なくなることにあります。自分でそう書いた一方、税金を支払うことは国民の三大義務の1つなんですよね(あと2つは勤労と子どもに教育を受けさせること)。

納税は三大義務と高く位置づけられているのに、いかに支払う税金を少なくするか、を考えることに違和感は残るのが正直なところです。

税金が国民一人ひとりから支払われ、国や地域の運営に適切に使われる。政治とはそもそもは集めた税金をいかに活用して日本という国を豊かにするか。自分が支払った税金が効果的に使われ、それを国民が実感できる社会が本来あるべき姿のはず。

でも、税制優遇に魅力を感じる時点で(いかに支払わないかを考える時点で)、現実はそうはなっていないと思います。来年4月からの消費増税も併せて、税金についてはもっと意識しないと、とあらためて。





雑誌Numberの90年代スポーツ特集がおもしろかった

スポーツ雑誌のNumber2013/4/4号は、1990年代のスポーツ特集でした。

特集タイトルは「追憶の90’s 〜あの頃、誰もがスポーツに熱かった」。各スポーツの90年代名シーンがまとめられており、思わず手に取って懐かしく読めました。

■90年代のスポーツハイライト

野球:90年代のハイライトの1つは野茂英雄のメジャーリーグでの活躍。野茂が果たしたパイオニアとしての存在は大きく、その後、イチロー・松井秀喜・松坂大輔・ダルビッシュと続いていった。独特のトルネード投法で大リーグの強打者相手に真っ向勝負をし、三振の山を築く。両リーグでのノーヒットノーランを成し遂げメジャー史上4人目の快挙達成も。

サッカー:1993年のJリーグ開幕。悲願のW杯出場が目の前に見えていたのに叶わなかった同年10月の「ドーハの悲劇」。その後の90年代日本サッカーのハイライトは、アトランタ五輪では28年ぶりに出場した男子サッカーでサッカー王国のブラジルを破る大金星。1998年に初のW杯出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」とフランスW杯出場。中田英寿のセリエA移籍。

バスケットボール:1990年代のNBAにはマイケル・ジョーダンがいました。90年代の10年間で、2度の3連覇を果たす。2回目の3連覇をかけた1998年のNBAファイナル第6戦、試合時間残り6秒でジョーダンが放った「The last shot」(写真)。日本ではスラムダンクの連載もあってバスケブーム。高校バスケでは秋田・能代高校の田臥勇太が活躍。




大相撲:1991年の5月場所初日。昭和の大横綱・千代の富士の取り組み相手は、貴花田。当時18才最年少幕内力士を相手に黒星、その場所で千代の富士は引退。その3年後に貴乃花は横綱昇進。兄である若乃花との若貴ブーム、小錦/曙/武蔵丸のハワイ勢、怪力力士である魁皇や武双山、小兵の舞の海など、個性豊な力士も多かった。

長野五輪:1998年の長野冬季オリンピック。吹雪の中で大ジャンプを見せてくれた「日の丸飛行隊」(岡部孝信・斉藤浩哉・原田雅彦・船木和喜)。女子モーグルの里谷多英と上村愛子の金メダルと銅メダル。スピードスケートで優勝した清水宏保。

テニス:伊達公子が当時女子世界ランク1位だった女王グラフを破る。

F1:1994年5月のサンマリノGP。アイルトン・セナがレース中の事故で帰らぬ人に。

などなど、他には、ボクシングの辰吉丈一郎vs薬師寺保栄、競馬のオグリキャップ、野球では94年の巨人vs中日の優勝決定戦(巨人のメークミラクル)、等々、懐かしいシーンばかりでした。

■1998年の日本スポーツ界は横浜 Year

これもおもしろい特集記事で、1998年は横浜の年だったと。

お正月の箱根駅伝では神奈川大学が総合優勝。高校野球では松坂大輔要する横浜高校が春夏甲子園連覇。プロ野球では、マシンガン打線の横浜ベイスターズが38年ぶりの日本一に。

サッカーは横浜フリューゲルス。スポンサーの問題からチームの消滅が決定的になり、最後の試合として臨んだ天皇杯では優勝。日本一になったチームが解散するというドラマでした。

■とにかく考え、自分の考えを持つ

Numberの90年代特集の中で、特に印象に残ったのが中田英寿の言葉でした(98年のセリエAデビューの頃)。以下、記事からの引用です。
「僕のサッカー人生は順風満帆に見えるかもしれない。でも所属チームでも各年代の代表でも、いつも最初は僕よりうまい人がいて、最後に僕がレギュラーになった。ペルージャもしかり。最初は日本人だからどうこう言われてベンチだった。けれど開幕戦に間に合って、レギュラーになった」

成功の秘訣はなにかと中田に聞いた。

「自分をしっかり持って、自分の考えを持って取り組んできたことが重要だった。考えなければ発展しない。うまくならない。人より秀でるためには、勝負に勝っていくには、考えないといけない」

とにかく考え、自分の考えをしっかり持つこと。この姿勢はスポーツに限らずだなと。






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