2014/01/26

Amazonに足りないリピート購入の仕組み

Amazonでは色々なものを買っています。



2000年代始めにアマゾンを使い始めた当初は、本とか音楽CDがほとんどでした。その後、CDは買わなくなりましたが、本に加えて、家電や雑貨品もアマゾンで購入するなど購入範囲は増えました。

この段階でのアマゾン購入商品の共通点は「リピート購入はしない商品」でした。本もCDも、それ以外の家電も、基本的には1度買えば全く同じ商品をリピートする状況は起こりませんでした。

この状況が最近では変わってきました。日用品や食料品の一部もアマゾンで買うようにあり、良かった商品はリピートをするようになったのです。

例えば、日用品では、オムツやおしりふき等ベビー用品、洗剤やティッシュ/トイレットペーパー。食料品でも満足度の高かった「日新蜂蜜 純粋アルゼンチン&カナダ産はちみつ 720g」「波照間島産黒糖 450g」はリピートしました。

■リピ買いしにくいAmazon

アマゾンで同じ商品をリピートをするようになってあらためて感じるのは、そもそもアマゾンにはリピート購入を促す仕組みがうまく整備されていないことです(14年1月末時点)。

はじめて買うトライアルのほうは、おすすめ商品などの「レコメンド機能」や「ほしい物リスト」が用意されており、購入を促す仕組みがあります。

一方で、1度買った同じものを買うリピート購入には、これといった仕組みがなく、実際に使っていて不便に感じます。(割引価格で商品を定期的に届けてくれる「Amazon定期おトク便」サービスがあるのですが、これについてはこの後に述べます)

同じものを再度買う場合、アカウントサービスから自分の購入履歴から商品を選ぶか、検索ボックスから目当ての商品を探しています。どちらの方法も一言で言うととめんどくさい。わざわざ探すという手間が発生するからです。

リピート買いのためのサービスに「Amazon定期おトク便」があります。これは、対象商品に対して1ヶ月単位の購入タイミングと購入個数を指定登録すると、あとは自動で購入がされるサービスです。例えば、ティッシュペーパーであれば、2ヶ月ごとに1個と注文登録しておくイメージ。

Amazon定期おトク便のメリットは最大10%の割引がされることですが、使い勝手は良くないです。

なぜなら、購入サイクルが1ヶ月単位なので(指定された月の1日に発注)、もう少し細かい単位じゃないと、家で在庫がなくなり買いたいタイミングには合いません。で、どうするかというと、一度、定期おトク便から登録を削除して、もう1回登録しなおすという無駄な手間が発生します。今のところ、1ヶ月単位でうまく定期便がまわっている商品はないんですよね。

■もともとAmazonにはなかったリピート購入という設計思想

このように、アマゾンをそれなりにヘビーに使っていて感じるのは、リピート購入を促す仕組みが弱いことです。

これは小売サービスにとって、課題として大きいと思います。リピート買いについても、せめてレコメンドがあれば、それだけでも違ってきます。類似商品であれだけのレコメンドができるのです。購入データや推奨決定ロジックがあるので、やろうと思えばできるはず。

ただ、リピート購入の仕掛けが今のところできていないのは、理解できなくもないです。アマゾンはもともとインターネット書店から始まった企業だからです。

基本的に書籍は同じものを2回以上買う商品ではないので、購入回数を増やすとは、すなわち買う本の種類をいかに増やすかです。だからこそ「この商品を買った人はこんな商品も買っています」「この商品を見た後に買っているのは?」というように、他の商品に対してレコメンド機能を強化してきたのでしょう。

ただ、アマゾンで扱う商品が多岐に渡り、日用品や食べものなどの定期的に同じものを買うカテゴリーも扱うようになりました。これらの商品はまだまだ近所のスーパー・コンビニ・ドラッグストアで買うのが一般的かもしれません。

実際にアマゾンで買うようになると、便利さから私はアマゾン経由が増えてきています。

このような買い方が他の人にも広がるかはわかりませんが、アマゾンのさらなる成長には、リピート購入が簡単にできる仕組みは必要だと思います。


2014/01/25

神話から現代まで:天皇がつながる日本の誇り

2月11日は日本では「建国記念の日」です。この日は、日本書紀が伝えるには、初代の天皇である神武天皇が即位した日とされています。(神武天皇が即位したのは旧暦では1月1日で、明治期に新暦の2月11日と換算されました)

神武天皇が即位したのは紀元前660年、今から2700年ほど前です。大和地方での橿原宮で即位しました。橿原宮は今でも橿原神宮として奈良県に存在しています。

■初代天皇から現代までつながっている

世界の国々と比べた時に、日本の特徴は約2700年の間、天皇制がずっと続いていること。これは他にはない類まれな歴史です。

単に制度として存在し続けているだけではなく、日本の皇室は「万世一糸」なのです。万世一糸とは永久に1つの系統が続くという意味です。

平成時代の天皇である明仁親王は125代目。1つの系統というのは、天皇の「父親」をたどっていくと、1代目である神武天皇に行き着くことです。明仁親王の父親(昭和天皇)の父親(大正天皇)の父親・・・、といくと、最後は神武天皇までつながるのです。

このように全ての天皇が男系天皇でした。ちなみに、”男系”天皇と”男性”天皇は意味が違い、前者の男系天皇というのは父親が天皇であることです。なので、天皇が全て男性天皇であったわけではなく、過去には男系の女性天皇は推古天皇など8人いました。

■神話からもつながっている

全ての天皇は系統としてつながっているのですが、これを神話の世界に広げてもつながっています。

日本の神話では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)という男女神がいます。2人には3人の子どもがいて、天照大神(あまてらすおおみかみ)がそのうちの1人。

初代天皇の神武天皇は、この天照大神の子孫とされています。系統で言うと、神武天皇のおじいさんのおじいさんのお母さんが天照大神。

もちろん、神話の世界ではありますが、神話から現在まで皇室が1つにつながっているというのはとても価値のある歴史だと思っています。

このような文明は日本だけです。同じことが海外でもしあると仮定すると、例えばギリシャ神話のゼウス神とされる子孫が、今もギリシャの国王として断絶することなく続いているというイメージです。

多くの神話は現実とは切り離された存在ですが、一方で、神話にはその民族の持つ哲学、理念が反映されていると思います。日本においては今なお、神話と現在がつがなっている。この意味は大きいとあらためて実感します。

世界史の多くの国では、常に王朝が変わる歴史を持っています。王朝が変わるときには支配する民族も変わりました。平和的な権力交代ではなく、新しい王朝が、それまでの皇帝や王だけではなく一族も追放されたり殺害された歴史があります。

このような歴史が良い悪いとかではありませんが、皇室の断絶が日本では1回も起こらなかったことは特筆すべきことです。

日本と他国を比べて日本が優れているなどの優劣を言うつもりはありません。日本では神話から現代までが1本でつながっている国体(国の体質)は、伝統や歴史、文明としての重みを私は感じます。日本人に生まれ、日本を祖国として誇りに思う理由の1つです。





2014/01/19

世界の歴史を変えた日露戦争

世界の歴史という視点で見ると、15世紀の中頃から始まった大航海時代は、地球規模で大きな変化をもたらしました。

それまでは、ヨーロッパはヨーロッパ、アジアはアジアという閉じた世界で歴史が動いていました。もちろん、シルクロードを通じた貿易はあったし、モンゴル帝国がヨーロッパ世界に迫る時代もありましたが、大航海時代前の世界史では、それぞれの地域で起きた出来事が別の地域に大きな影響を及ぼすことはありませんでした。

ところが、コロンブスのアメリカ大陸発見に象徴されるように、大航海時代以後、世界が1つになったのです。欧米での歴史的事件が、アジア/アフリカにも直接影響するようになりました。

大航海時代以降の400年において何が起こったかを簡単に言うと、白人が有色人種の国/地域に進出し、植民地にしたという歴史です。

その後、1900年くらいまでは、南北アメリカ・アフリカ・アジアへの西洋の列強諸国が進出/侵略する時代でした。

この流れを大きく変えた事件が日露戦争です。




■日本史で見る日露戦争の意義

日本史の視点で日露戦争は、当時、最強の軍隊を持っている国とされていたロシアに対し、陸軍・海軍ともに日本が勝ったという出来事です。

日本にとってこの意味は大きく、明治になり開国して以来、日本は常に西洋諸国から植民地にされる可能性が安全保障上の最大の問題でした。中でも地理的に一番近いロシアが最も警戒する相手国。

日本にとって日露戦争の経費は17億円と言われ、当時の日本の国家予算で数年分の規模です。戦費の半分は外積でまかない、残りは国内で募集した国債や増税で捻出。まさに国が一丸となり、負ければ日本の植民地化が必至であろう、国の運命を左右する戦争が日露戦争でした。

戦い方も特筆すべきもので、海軍では下瀬火薬という画期的な新しい武器が有効であったこと、陸軍においても騎兵隊に機関銃を持たせるという誰もやったことのない戦法で、世界最強と言われていたロシアのコサック騎兵を破りました。

■世界史で見る日露戦争の意義

一方、日露戦争を世界史のレベルで見ると、先ほど書いたように、大航海時代以降の歴史を変えるきっかけになった事件でした。

その時代では劣等として見られていた黄色人種の小さな新興国が、白人国家を倒したのです。

日露戦争での日本の勝利、あるいは白人国家であるロシアの敗北を見て、世界の黄色人種の人たちの認識が変わりました。白人の帝国主義に苦しむアジア始め世界の諸国を奮起させ、民族独立への希望を与えたのです。ベトナム・インド・ビルマなどのアジアだけではなく、トルコ・エジプト・イランなどのアラブ諸国まで。

日露戦争は世界史を変えた1つのターニングポイントだったのです。


2014/01/18

変わりゆくAmazonの価値

気づけばAmazonで色々なものを買っています。

一番初め、アマゾンを使い出した頃に買っていたのは、もっぱら本と音楽CDでした。本もCDも、書店やCDショップにはないCDがアマゾンにはたくさん売られていました。

当時のアマゾンの価値は、実店舗では出会えないような商品があることだった記憶があります。

■Amazonで日用品を買うメリット

その後、アマゾンで買う商品カテゴリーは増えていき、ちょっとした家電や雑貨、さらには日用品にまでと、多岐にわたっています。

日用品を買うようになったのは赤ちゃんが生まれ、オムツなどもろもろのベビー用品をアマゾンで注文するようになったのがきっかけでした。その後、洗剤や石鹸、トイレットペーパー/ティッシュ、などなど、近所のドラッグストアやスーパーで買っていたものも気づけばアマゾンワールドに。

リアル店舗で買えるような商品もアマゾンで買うようになったのです。本やCDだけの頃は実店舗にない商品だったので、アマゾンの価値が変わったことを意味します。日用品はスーパーで買うのとそれほど値段が変わらず(しばしばスーパーとかよりやや高いですが)、自宅に配達してくれるのがメリットに感じるようになりました。

オムツ・洗剤・トイレットペーパーやティッシュなどは、実店舗で買おうとすると、持って帰ることを考えると1個とかしか買っていませんでした。それがアマゾンだと ×2, x3 とまとめて買えて届くのが便利です。


■食料品までAmazonに

ここ最近、アマゾンで買うようになったのが食料品です。「これは買ってよかった!」と思ったのは、こんな感じです。


産地直送 和歌山 訳ありみかん 小玉 (2S-Sサイズ) 5kg (傷あり サイズ不揃い ご自宅用) [訳あり]産地直送 和歌山 訳ありみかん 小玉 (2S-Sサイズ) 5kg (傷あり サイズ不揃い ご自宅用) [訳あり] 
YAMATAベジフル-net

【コメント】「訳あり」とあり、確かに形は不揃いですが、全く気にならず。さらに一部レビューにあったような古いみかん(すぐ腐るとか)は、私の場合は1つもありませんでした。味も近所のスーパーで買うよりおいしかったです。5kg と大量にあるので、 好きなだけみかんを食べられる感。なくなったらリピートも全然あり。何より安いと思います。


日新蜂蜜 純粋アルゼンチン&カナダ産はちみつ 720g日新蜂蜜 純粋アルゼンチン&カナダ産はちみつ 720g 
日新蜂蜜

【コメント】私の場合、無糖ヨーグルトに蜂蜜をかけるのが主な用途です。一部料理にも使ったりします。ハチミツは他にも色々と買ってみましたが、今のところはこれがベスト。味がやや濃く私は好きです。香りも良い。容器も液ダレは起こらず、ハチミツも硬すぎずなので力を入れすぎなくても出せます。こちらはすでにリピート済の商品です。


波照間島産黒糖 450g波照間島産黒糖 450g 
ゆうな物産

【コメント】ちょっと小腹が空いた時に重宝しているのが黒糖です。もともとは弟夫婦が石垣島旅行のお土産で黒糖を買ってくれて、「これはうまい」と思ったのがきっかけでした。何気にAmazonでも黒糖が売っていて、試してみるとお土産と遜色ないおいしさ。スーパーで売っている黒糖は粗糖なども含まれ甘すぎるのですが、この商品は原材料が「さとうきび」とだけ書かれ、確かに他と比べると素朴な甘さ。そこが気に入っています。450gとしばらくはもちそうですが、無くなればリピート予定です。


■Amazon world はどこまで広がる?

今のところ、Amazonで買う食料品の価値は、実店舗では買えないものが買えることです。上記のみかん・はちみつ・黒糖は、他の商品はスーパーでも売っていますが、全てスーパーで買うよりもおいしいものばかり。

これは初期に本やCDを買っていた状況と同じです。身の回りのリアル店舗では買えないような食べ物がAmazonにはあるのです。

昔、本 / CDだけをAmazonから買っていのたが、その後、スーパーとかでも同等のものが買える日用品まで広がりました。

同じ流れが食料品でも起こるのか。野菜/魚/肉・お茶や牛乳/ヨーグルトなどなど、今は普通にスーパーで買っているものまで、アマゾンワールドになっていくのか。意外に早くそんな世界になっていそうな気もしています。


2014/01/12

あらためて考える明治維新のすごさ




今回のエントリーは明治維新についてです。明治維新の歴史的な意味、現在の私たちへの示唆についてです。

明治維新がすごかったと思うのは、当時の最高権力である幕府を倒幕しただけではなく、自分たちの手で新しい社会基盤をつくり上げたことです。


過去にも起こった倒幕


倒幕については、明治維新より前の日本の歴史では起こっていたことでした。例えば鎌倉幕府を倒した建武の中興です。

明治維新では、過去に起こった倒幕をもう一度実現するという明確な 「やるべきこと」 のイメージが維新の志士たちにはできていたのでしょう。


倒幕後に何を実現するか?という難しさ


260年続いた江戸幕府を倒すだけでも、明治維新の歴史的なインパクトは大きいです。

それ以上に注目すべきは、明治維新後に大きな社会的な混乱がなく新しい社会をつくったことです。それまでの権力から、別の全く新しい権力に移行させたのです。

2014/01/11

親の自立のための親孝行

前回のエントリーでは教育勅語の12の徳目(道徳)を取り上げました。
大切にしたい教育勅語と日本の心|思考の整理日記

12の道徳の1つ目は親孝行がきています。原文では「父母ニ孝ニ」とあり、親に孝養を尽くしましょう、と。

 

親孝行の意味は「子として親を大切にすること」。とはいえ、この表現だとどうも抽象的に感じます。何をすれば親孝行になるのか、ならないのか。

ちょっと前の話ですが、後から考えると「これは本当は親孝行にならなかったのでは」と思えることがありました。

以前に実家に帰った時に、母親から頼まれたことがありました。市区町村が開催する催しの参加がネット経由でできたのですが、その申込みをしてほしいというもの。ちなみに私の母は当時も(今も)、ネット利用はごく限られた範囲のみです。検索はほとんどやらないそうで、日常の情報は新聞・雑誌、本、テレビ等からというタイプ。

催しイベントの参加方法は、申込みサイトに行って名前やメールアドレスを入力するだけでした。頼まれた後、その場でやり5分くらいで完了。後日、申込者多数による抽選結果で自分が当たったとの喜びのメールをもらいました。

実家に帰った時の親へのちょっとした手伝いのエピソードです。こちらとしても親が喜んでくれたのでよかったし、特にそれ以上のものではありませんでしたが、ふと「本当の親孝行なのか」と考えてしまいました。

今回、そのイベントに限っては予約ができました。ただし、次に母親が同じ状況になっても、おそらく自分ではネット予約ができない or やろうとしないはず。本当に母親のことを考えると、その場での申込み入力は私ではなく、母親が直接やり、自分は入力サポートをその場でしたほうがよかったのかな、と。

これだと息子がやってくれるより入力に時間はかかるし、さらに母と息子2人分の時間が拘束されます。工数の概念で言うと4倍とか6倍くらいかかるでしょう。ただ、長い目で考えると、次回以降は母親1人でも対応できるであろうことを考えると、本当にお互いにとってベターだったやり方だったのかもしれません。

親孝行の1つのアプローチとして、親よりも子のほうが得意なこと(今回の例で言うとネット利用)を、ただやってあげるだけではなく、子から親に教え、今後は親も自分1人でできるようになってもらうこと。「親の自立」を促すような親孝行はもっとやってあげるといいのではと思っています。


2014/01/05

大切にしたい教育勅語と日本の心

1890年(明治23年)10月30日、明治天皇が直接お与えになったのが教育勅語でした(正式名: 教育ニ関スル勅語)。

教育勅語の文章は天皇が自ら国民に語りかける形式をとります。

12の徳目(道徳)があり、これを守るのが国民の伝統であり、歴代天皇の遺した教えと位置づけ、国民とともに天皇御自身もこれを守るために努力したいと誓って締めくくられています。以下、原文と()内は現代訳です。

  • 父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
  • 兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
  • 夫婦相和シ (夫婦は心を合わせて仲睦まじくしましょう)
  • 朋友相信シ (友だちはお互いに信頼し合いましょう)
  • 恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
  • 博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
  • 學ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
  • 以テ智能ヲ啓發シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
  • 德器ヲ成就シ (人格の向上につとめましょう)
  • 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
  • 常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ (法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう)
  • 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ (国に危機があったなら正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう)

これらは至極真っ当なことを言っています。つくられたのは明治時代ですが、現代でも通用し時代によらず普遍的なことです。

「教育勅語の真実」という本が興味深かったのは、教育勅語がつくられたプロセスに焦点が当てられていたことでした。

そもそも、教育勅語がなぜつくられたのか。発端は明治天皇が教育現場に憂われたことでした。

その当時、日本は富国強兵・殖産興業の下で西洋文明に追いつくよう一丸となっていました。一方で教育の現場では「とにかく西洋文明を習え」とばかりに行き過ぎのきらいがあったようです。日本の伝統的な教養が教育の場から排除される傾向にありました。

実際の教育現場を見られた明治天皇はこれを問題視され、「西洋の文物を学ぶことは必要だとしても、まず日本人が立脚すべき道徳の根本を教えなければ本末転倒になるのではないか」と指摘されたそうです。

これを受け、元田永孚と井上毅が中心となり教育勅語がつくられます。

井上が起草した教育勅語案にはいくつかの前提がありました。これを知ることであらためて教育勅語の目的がよくわかりました。
  • 教育勅語は他の政治上の勅語とは同様としない。政治の思惑に左右されてしまうような勅語としないため
  • 勅語には天や神などの言葉を入れない。天皇の言葉に「神を尊べ」などと入れば、例えば仏教の考え方には相容れず、宗教の争いを引き起こしかねない。勅語が宗教上の争いを助長したり巻き込まれるようなことはあってはならない。特定の宗教の1つの思想/考え方に限定されないものにし、東洋/西洋の枠を超えた教育の指針とする
  • 「これをしたらいけない」などの表現は入れない。「こうしましょう」という言い方にする

教育勅語には軍国主義と結びつけて捉えられることがあります。つくられた経緯を見るとそんなことはなく、明治天皇、元田や井上などの国を思い、教育への強い信念が見て取れます。内容自体も人としてあるべき姿が簡潔に書かれています。

その後、教育勅語は、1948年(昭和23年)6月19日に、衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」をそれぞれ決議し、教育勅語は排除・失効が確認されてしまいました。GHQ占領の影響が大きかったとはいえ、自分たちの代表である政治家の決定で、教育勅語がなくなってしまったのは非常に残念に思います。

今後、学校教育の場で教育勅語、またはそれに類する教育が復活するかはわかりませんが、自分の家庭教育においては親として子に伝えていきたい日本の心です。






参考: 教育ニ関スル勅語 - Wikipedia


2014/01/02

「子どもの自分 + 自分の子」に誇れる行動をしているか

2013年を振り返ってみると、大きな変化があった年でした。おそらく、自分が死ぬ最期に自分の人生を思い返した時、ハイライトの1つとして頭に浮かぶんじゃないかなと。

大きな変化の1つは、子どもが生まれたことでした。

2014年1月時点で生後4ヵ月になります。娘ができることは、泣いて、喜んで、遊んで、母乳を飲んで、寝ることくらい。寝ていても寝返りすらまだできない、動物として見た時には非常に弱い存在です。

ただそんな娘でも、時おりしっかりとした視線をこちらに投げかけることがあります。ベッドに寝ている時に親を見る目、抱き上げた時に目の前で向ける視線。まっすぐな目でこちらを見ます。大人からすると、そこには少しも曇りのない瞳があります。

父親になって感じるのは、娘のこの目に正面から応えられるか、ということです。自分がやっていること、考えていることに対して、後ろめたさがなく、子の目に嘘偽りなく正対できるかどうか。あの純粋な視線に対して、親として、一人の大人として向き合えるかどうかが問われているように感じます。

これは自分の中での価値観の変化でした。

以前であれば、向き合っていたのは、自分自身に対してでした。意識して心がけていたのは「自分が子どもだった時に、今の(大人の)自分を見て肯定できるか」を自分に問うこと。

今の自分の判断、考えていること、やろうとしている行動は、小2くらいの自分から見て受け入れられるかどうか。9才くらいの自分から見て、今の自分のような大人になりたいと素直に思えるような振る舞いをしたいと思っていました。

この考え方は今もありますが、追加で持つようになったのが、先ほど書いた自分の子の目に正対できるようにすることです。

「小2くらいの自分から見て」というのは、(小2の自分は)現時点で実在せずあくまで自分の頭の中でのイメージ像でした。自分自身の子ども時代なのでイメージしやすかったものの、今度は目の前に娘がいて、実際にこちらに視線を向けるのでよりリアルになりました。

子どもの自分 + 自分の子から見て、自分はどう見えるか。





2014年の終わりを迎える時に、子どもの自分 + 自分の子に誇れる行動ができたと、2人に自信を持って言えるようにしたいと思っています。


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多田 翼 (書いた人)