2014/02/23

Shazam と YouTube を使って音楽で遊んでみた

PC で何かをする時、バックグラウンドミュージック(BGM)としてよく使っているのが YouTube です。

気に入っているのは、プロやセミプロの DJ の人が上げている動画です。動画(流れる曲)の合計は 1 時間くらいで、そのまま流しっぱなしにして聞いています。YouTube のレコメンドもそれなりに機能していて、ネットサーフィンをするような感じで気ままに聞いています。

たまに「この曲いい!」と思うものが流れるのですが、初めて聞く曲だと曲名すらわかりません。最近、Facebook 経由で、そういう時は音楽検索のアプリが使えるとわかり、Shazam というアプリを使ってみました。
(ダウンロードはこちらからどうぞ:iTunes, Google Play)

■音楽検索アプリの Shazam がおもしろい

Shazam の使い方はシンプルで、アプリに音楽を聞かせると、その曲名を検索結果として返してくれます。PC のスピーカーから音を流し、Shazam マイクを ON 状態でスマホをかざすとヒットします。ものの数秒で何の曲かがわかる。

これ、やってみるとなかなかおもしろい体験でした。

Shazam では曲がヒットすると、YouTube へのリンクを出しくれたり、iOS アプリであれば、iTunes へも行けるようになっています。

YouTube でその曲を聴けるようになっている UI はいいなと思いました。



ちなみに、Shazam どういう仕組みなのかを調べてみると、膨大な曲の情報が入ったデータベースを持っており、アプリで収集する音とデータベース内のデータとを照合して結果を返すようです。この音声認識の仕組みの肝は、①アプリ収集音声の特徴化、②照合用データベースの充実、③マッチング技術、にあると思いました。

■YouTube プレイリストは「アイデア」

お気に入りの曲だけど曲名がわからないものを Shazam で探してみましたが、そのほとんどは YouTube にありました。で、せっかくなので YouTube のプレイリストにしてみました。


House music track - YouTube

YouTube のプレイリストは馴染みがないかもしれませんが、お気に入りの動画をフォルダ保存しておくイメージです。YouTube にログインしている必要がありますが、YouTube 上の動画であれば自由にプレイリストが作れます。また、プレイリストは公開 / 非公開が選べるようになっています。

プレイリストをつくりながらおもしろかったのは、やっていることが自分で CD アルバムの編曲を作っているような感覚だったことです。

それぞれの曲は自分で作曲をしたわけでも、演奏したものでもありません。また各動画をコンテンツとして YouTube にアップロードしたわけでもない。それでも、誰かがつくり、誰かが動画にし、誰かがアップロードしたコンテンツを使い YouTube 上で自分のプレイリストをつくることで、プレイリスト自体は自分がつくったコンテンツになるのです。この感覚は新鮮でした。

ところで、名著「アイデアのつくり方」によれば、アイデアをつくるための原理は次のように書かれています。
アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない

YouTube のプレイリストも、「アイデア」の 1 つなんですよね。





2014/02/22

付き合い方次第で「ストレスなんてへっちゃら」になるらしい

TED におもしろいプレゼンがありました。タイトルは「How to make stress your friend (ストレスと友達になる方法)」。心理学者である Kelly McGonigal がプレゼンターです。

プレゼン内容のポイントは、「ストレスは健康に害を及ぼさない」と考えると、ストレスは健康に悪影響は与えない、というもの。ストレスと身体の関係は、ストレスの多い少ないではなく、ストレスをどう捉えるか次第とのこと。



ちなみに、根拠になっているのはアメリカで行われた研究調査です。3万人の成人を対象に実施された 8 年間追跡調査です。対象者に対して、①昨年あなたが感じたストレスはどれくらいか、②ストレスは健康に害になると思うか、を聞きます。その後、公開される死亡者記録で対象者を追跡調査し、死亡したかどうかを確認したそうです。

研究からわかったことが、「ストレスが害になると思う & ストレスが多い人」の死亡リスクが高く、一方で、同じくらいストレスを感じていてもストレスは無害と思う人は、ストレスがほとんどなかったグループも含め研究対象者のうち、最も低かったとか。

研究内容を詳細に見ていないのですが、ちょっと気になったのは、研究では「ストレスは無害と信じる → ストレスが多くても影響ない」とされていますが、本当は「ストレスにもともと強く健康に影響ない人 → (経験から)ストレスは無害と思う」の因果関係が逆の可能性もあるのでは?ということです。

話を戻すと、一般的にはストレス = 健康に悪いであり、であるがゆえにストレスが多いほど身体によくないというのが常識でしょう。でも、この研究結果が正しいとすると、判明したことはそうではなかったのです。ストレスをどう捉えるか次第であると。

個人的に思うのは、人生は起こったことではなく、起こったことに「どう対応したか」の積み重ねだと考えているので、ストレスについても同じことが当てはまるのかなと思っています。



Kelly McGonigal: How to make stress your friend - YouTube

日本語の字幕付きはこちらをどうぞ:
ケリー・マクゴニガル: ストレスと友達になる方法 | Video on TED.com


2014/02/16

「まだ死ねない理由」に時間を使えていますか?

先日、祖母が亡くなりました。亡くなる2週間くらい前、御見舞に行きたいとふと思いました。なんとなく「行かないといけない」と感じてのことでした。

会いに行った時は泣いて喜んでくれました。帰る時に握った手は温かく、あの御見舞は忘れられない時間です。そして、祖母と会った最後になりました。

あらためて思うのは命には限りがあるということです。人生の有限性を考えた時、時間をどのように使うかとは、自分に残された命をどのように使うかとも言えます。

時間を使う = 残された命を使っていくこと。時間の使い方を考えることは、人生のあり方を問うこととも言えます。



「いま自分は死ねるか?」と自分が問われれば、「まだ死にたくない」とはっきりと答えられます。大切なのはその根拠が自分の中で明確になっているか。もう一歩踏み込んで考えると、死ねない理由を持っているだけではなく、日々どれだけの時間をそれに使えているか、です。

自分の中で「いま死ねない理由」は、例えば、子どもの存在があります。昨日夫婦で会話したのが、もし娘がいなくなっても自分たちはやってはいける、でも、自分たち(親)がいなくなれば娘は自分一人で生きていけないよね、というものでした。

だから「まだ死ねない」と自信を持って言えます。であれば、自分の時間を使う優先度の高いものに、子ども(家族)と過ごす時間があり、日々、それができているかどうか。祖母の死を通じて、あらためて振り返るきっかけになったように思います。

そういえば、故スティーブ・ジョブズは、米スタンフォード大卒業式(2005年6月)のスピーチで、死について以下のように語っています(日本語訳は英語の後に続きます)。

When I was 17, I read a quote that went something like: "If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right." It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.

Remembering that I'll be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything ― all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure - these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.

(snip)

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma ―which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出会ったのです。それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安… これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。本当に大切なことしか残らない。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。

(中略)

あなた方の時間は限られています。だから、本意でない人生を生きて時間を無駄にしないでください。ドグマにとらわれてはいけない。それは他人の考えに従って生きることと同じです。他人の考えに溺れるあまり、あなた方の内なる声がかき消されないように。そして何より大事なのは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っているはず。他のことは二の次で構わないのです。


2014/02/15

初めての転職をした頃の自分に送るメッセージ

ここ最近、自分の転職を振り返る機会が何回かありました。

自分の場合はちょうど今から10ヶ月くらい前に初めての転職をしました。このエントリーでは、今の自分が当時転職したばかりの自分へのメッセージを伝えるつもりで書いてみます。(特に初めて転職される or 転職して間もない方には参考にしていただければ)



■小さな失敗を積極的にするつもりで。大事なのは失敗を次にどう活かすか

新しい環境になると、大小様々なチャレンジをすることになります。知らないことが多い中、今までのやり方で失敗する場合もあるし、新しいやり方だからこその失敗もあります。

まず大切だと思う姿勢は、失敗を過剰に恐れないことです。

失敗は100%避けることはできないので、心構えとしては小さい失敗をどんどんやっていくくらいがいいと思います。もちろん、意図的に失敗しようとしてその通りに行動することはないですが、失敗は避けようとしても新しいことに挑戦する限りは起こりえるもの。だったら、失敗に対してポジティブに、というスタンスです。

大切なのは、失敗した後にどう活かすか。失敗はなぜ起こったのか(チャレンジしたからこそなのか)、影響、失敗から学んだことは何か。こうした気づきを自分の経験にして次に活かすことで、失敗は失敗ではなくなると思っています。あと、1回失敗したからといって、次の失敗をしないよう萎縮しないように心がけたいです。

■「人としての信頼」と「成果としての信頼」

仕事は1人ではできないので、同僚や上司/部下、取引先などのお客さんも含めて、人と進めるものが大半です。仕事での人間関係を考える上で、信頼をどう獲得するかは転職したからこそ大切になります。

信頼について考えた時に、人から信頼されるには2つあると思っています。自分の人となりを信頼してもらえることと、仕事の成果に対して信頼してもらうこと。

人としての信頼とは、例えば、挨拶であったり清潔感や明るく接するなど、その人と一緒に仕事をしたいと思ってもらえるかです。成果としての信頼とは、仕事ができるのかどうか、期待する成果を出してくれるかの信頼感です。

「人として」と「成果として」の2つの信頼は相互に関係はしていますが、どちらか片方ではなく両方があってこその信頼関係を築きたいもの。ここを地道に続けていくことが、転職後は大事だなと思います。

■他人になろうとしない。自分を受け入れる

転職をして実際は自分がやってしまったのは、まわりの人を過剰に意識するあまり「自分は自分」という考え方を持てないことでした。

優秀な人がまわりに多い環境では、その人たちに追いつこうとしたり、同じことができるようになりたいと思ってしまいます。切磋琢磨をすることで自分を高めることは重要ですが、他人になろうとしすぎる傾向が強くありすぎていました。

そうではなく、「自分と他の人は違って当然」「自分ができないことがある一方、自分にしかできないことがある」などと思えると気持ちが楽になります。

完璧な人などはいないので、欠点や失敗した自分も含めて、自分のことを受け入れてみる。いかに自己肯定感を持てるかが、転職後も自分を見失わないためには大切なことかなと思っています。

★  ★  ★

転職は、それまでの自分のいた場所にとどまるよりもリスクが高いものです。リスクが高いとは不確実性が大きいことで、その分、大変なこともあれば、その逆の成長もできます。転職をしたからこそできる様々な経験は本当に貴重なもの。

今回取り上げた3つは、初心に戻る意味でも大切にしたいと思っています。


2014/02/11

建国記念の日に考える「日本と日の丸と太陽」

今日、2月11日は「建国記念の日」です。なぜ建国記念なのかというと、日本書紀によると、初代天皇である神武天皇が即位した日とされているからです。(神武天皇が即位したのは旧暦では1月1日で、明治期に新暦の2月11日と換算された)

いつ頃の話かと言うと、神武天皇が即位したのは紀元前660年、今から2700年ほど前です。大和地方での橿原宮で即位しました。橿原宮は今でも橿原神宮として奈良県に存在しています。

関連エントリーはこちら:神話から現代まで:天皇がつながる日本の誇り|思考の整理日記

■日本と太陽

日本という国名は、中国大陸から見ると東に位置することから太陽が昇るので「日の本」とされたのが由来のようです。

太陽崇拝だった国は他にも多くありましたが、国名にまでしたのが日本です。それだけ日本人は太陽を大事にしてきた民族と言えます。

自分の感覚としても、例えば日の出を見ると何か感じるものがあったり、「お天道様が見ている」と考え悪いことはしないようにする教えも、すんなりと受け入れられます。

日本人の考え方の特徴として、自然を敬い感謝し、時には畏れながらも自然と共生していこうとする姿勢があると思います。だからこそ、太陽が特別な位置づけにあるのではないでしょうか。



■日の丸と太陽

日本と太陽が密接に関係しているのは、国旗を見てもわかります。白地の中央に赤い丸で表現される「日の丸」。国のシンボルである国旗にも太陽を見ることができます。

日の丸の歴史は古く、少なくとも中世の頃には武士たちが自分たちの旗印として使い出していたようです。Wikipediaには「日本で白地赤丸が日章旗として用いるようになった経緯は諸説あり正確には不明である。一説には源平合戦の結果が影響していると言われている」との言及がありました。

近世での朱印船の絵図にも日の丸を見ることができます。日本の船籍を表すものとして船の船尾に日の丸の旗が掲げられたようです。

日の丸が使われた歴史を見ると、日本人の中に自然に浸透していったように感じます。それだけ、自然を敬うことを大切にしている日本人の根源に太陽信仰があったのでしょう。日の丸は日本人の感性に合うものだったと思います。

■もっと長い時間軸で「日の丸」を捉える

翻って現代日本での日の丸は議論を呼ぶ対象の1つになってしまっています。日本では言論の自由があり、国旗に対しての感情/意見は人それぞれなのかもしれません。それはあるにしても、日の丸が国旗であるにもかかわらず、一方でレッテルや非難の対象にもなっているのが残念に思います。

日の丸は歴史が長く、私たち日本人の祖先の間で自然に浸透し受け入れられていったと考えられること、自然や太陽を敬い尊重する日本人の考え方に馴染む存在であったこと。そうした長い時間軸の歴史から日の丸を捉える視点も忘れてはいけないと思います。


※関連エントリー

神話から現代まで:天皇がつながる日本の誇り
世界の歴史を変えた日露戦争
あらためて考える明治維新のすごさ
大切にしたい教育勅語と日本の心


2014/02/09

子どもの自己肯定感を育むために親ができること

自分の子がどう育ってほしいかを考える時に、忘れてはいけないなと思うのが「自分(親)と子どもは同じではない」ということです。

この前提である「自分と子どもは同じではない」が抜けてしまっていると、自分が思う子の将来像 = 子どもはそうなるべき、と親が(良かれと思って)レールを敷いてしまいかねないなと。

■自分で考え判断し、行動できる子に

単にレールの上を進むことはしないために、親として自分の子どもに伝えたいことは、自分の頭で考えること。そして、自分の判断で動き、自分なりの答えを出すようにしてほしいことです。

他人に与えられた価値観ではなく、自分の価値観で生きていってほしい。もちろん、最初は右も左もわからないだろうから、お父さん / お母さんはこう考える、というような話はします。それを受け取って、自分はどう考えるかをできるようになってほしいです。

自分で考え、判断し、自分で決めたことに基いて行動する。そうするためにはどうすればいいかを考えた時、持っていてほしいのは自分を信じる気持ちかなと思います。

自信家になれとかそういう話ではなく、自分の嫌なところ・苦手なこと・欠点も含めて、時には自己嫌悪や他人を羨む気持ちが生まれても、最後には自分ことを受け入れられる人間になってほしいです。

普通に自分を好きであること。自分を認める自己肯定感があって、自分への自信につながり、自分の判断を自分が尊重できるようになると思っています。

■自己肯定感を育むために

では、自己肯定感を育むためにはどのように子どもと接すればよいか。

特に小さい子(自分の中で想定しているのは6才以下くらいですが)にとっては、最も身近な存在である親に自分が受け入れられていることを実感させてあげることだと思います。

例えば、今は娘が5ヶ月になりましたが、よく泣く赤ちゃんです。泣くのが役割だと思うようにしていますが、あやしていてちょっとトイレに離れても泣いてしまいます。

最近は予防接種をいくつか受けているのですが、最初は注射され実際の痛みを感じるまで泣きませんでした。それが、何回か予防接種を経験するうちに、注射前のお医者さんの診察が始まっただけで泣くようになりました。

そんな時に親として心がけたいと思うのが、泣かないようにすることではなく、泣いたことを受け入れてあげること。本人としては不安や恐怖があるからこそ泣いて感情を表現しているので、その気持ちを受け止めることです。

自分の子がもっと大きくなった時は、感情や気持ちが言葉や態度に出た時にもまずは受け入れる。その後で、共有したり、時には諭したり怒ることもあるかもしれません。それでもまずは受け止めてあげられたらと思います。

受け入れることに加えて大切だと思うのが、子を大切にしていることをもっと表現して伝えることです。

まだ生後5ヶ月くらいなので、親の言葉の意味は理解していないとは思いますが、それでも「大好きだよ」などと声に出して言ってあげたいんですよね。大切に思っていることを言葉や態度で伝える。より能動的に、子にとって親が自分のことを受け入れていることを実感できるようにしたい。

整理すると、①子どもが泣いた時などはまずはしっかりと受け入れること、②大切にしていることをより積極的に言葉や態度で伝える、の2つ。



■親ができているか

自分で考えて判断し、行動するような子に。

そのために親として他にできることは、子がやりたいことを邪魔しないこともあります。まずは自分でやってみて、それが本当に自分のやりたいことなのか、良いことなのか悪いことなのかも含め、自分の経験から判断できるようになってほしいですね。

単に言われたことをするだけに比べて失敗もするだろうし、回り道になるかもしれません。たぶん時間もかかる。それでも、自己肯定感を持ち続け、そういう1つ1つの経験を重ねていってほしい。

そのためには、まずは親(自分)がそういう姿勢になるところからと思っています。


※関連エントリー

育児には積極的だった夫。でも妻が家を出た理由
子どもが泣いた時こそ親の果たす役割がある
生後1ヶ月くらいの子育て方針はこんな感じ
初めて知った親の教育方針


2014/02/08

意志力強化のコツ:「欲求」は受け入れ「行動」をコントロールする

「XX禁止」を見ると、逆にやってみたくなった。何かを考えないようにすると、なぜか気になって頭から離れない。こんな経験は誰もが1度はあるものです。

ここから言えることは、思考 / 感情 / 欲求を無理に抑えつけようとするのは逆効果であり、そうするとかえって自分がどうしても避けたいと思っていることを考えたり、行なってしまうということです。

「スタンフォードの自分を変える教室」という本に書かれていて参考になったのが、何かをしたい「欲求」とその後の「行動」を分けるという考え方でした。

自分の「欲求」を全てコントロールすることは、自分自身のこととはいえ、とても難しいことです。「これはしない」と決めていることでも、「ちょっとだけなら・・」と誘惑に負けてしまいます。

ならばいっそのこと、「欲求」は受け入れてみるのです。欲求や衝動を自分の中で素直に受け入れてみる。「あ、無性にXXしたい自分がいる」と。

これとセットで大事なのが、「行動」のほうをコントロールするようにがんばってみることです。思考 / 感情はコントロールできないとしても、それに対してどう行動するかは自分で選択するようにする。

欲求は受け入れるが、それに従わず行動だけコントロールするのです。



私の好きな考え方に「刺激と反応の間には選択の自由」があるというものがあります。

自分に起こった出来事に対して、それをどう捉えるかは自分次第です。例えば、一見すると自分に損なことでも、長い目で考えたり冷静になると必ずしもデメリットばかりではないことはよくあります。であれば、前向きに捉えたいもの。

ここで言う「反応」はどう捉えるかという思考や感情を言っていますが、もう少し広く解釈すると、その後の「行動」も含めることができます。

刺激 → 思考/感情 → 行動。

選択の自由があるのは、「思考/感情 → 行動」で、今回の話も併せて考えると、思考 / 感情のほうはいつもいつも無理に抑えつけたり否定するのではなく、最後の「行動」をコントロールする。欲求と行動を分けて考えることで、一度冷静になって見つめなおすことができます。

ポイントは、自分の欲求は受け入れて肯定し、その後の行動をコントロールするということです。欲求を否定せず認めるだけで、すいぶん違うと感じるんですよね。




2014/02/01

意志力を高める第一歩は「選択する瞬間」に気づくこと

例えばダイエットで食事制限をしている時でも、目の前に大好きなチョコレートがあると、どうしても食べてしまいたい衝動にかられます。一方で、もう1人の自分がいて、「ここでチョコを食べてはいけない」と自制が働くかもしれません。

天使と悪魔のささやきと言われるように、自分の中には2人の自分がいるように感じます。

2人の自分は正反対で、「やりたいこと (例:毎週ジムに通う) 」に対して、やろうと思う自分とめんどくさいと思う自分、「やらないこと (例:禁煙) 」に対して、やってはいけないと思う自分とやってもいいかなと思う自分です。

「スタンフォードの自分を変える教室」という本に書かれていて、なるほどと思ったのが、意志の力を高めるための1つとして、「選択した瞬間を意識する」というもの。

私達は日々の生活において、大小様々な選択をしています。



例えば、「スタンフォードの自分を変える教室」である研究が紹介されていました。参加者に、「食べ物に関する決断を一日に何回くらい行なっていると思いますか」と聞いたところ、回答の平均は14回でした。しかし、同じ参加者に実際に記録を取ってもらうと、決断していた回数は平均227回だったとのこと。

あくまで食べ物という例ですが、このデータを信頼すると200回以上は無意識化における選択だったことになります。意識と実際の行動にはこれほど違いがあるのです。

意志の力を高めるということは、その前提として自分をコントロールする時を意識している必要があります。無意識にやってしまうことはコントロールするのが難しい。

なので、まずは自分が選択した瞬間を意識することから始めてみる。今まさに意思決定をしようとしている自分に気づく。天使の言葉通りに振る舞うのか、悪魔のささやきに乗ってしまうのか。

目の前にチョコレートが置いてある時、
  • 「1つくらいなら」と我慢せずに食べてしまうのか or その時の衝動を抑え「食べない」と決めようとしているのか。自分はまさに今どちらか選択しようとしていることに気づく
  • その後「食べなかった」という決断をし、そう決めた自分がいることを意識する
の決断前後を2ステップで理解する。これだけでもやってみる価値はあるように思います。そうすると、不思議と自分をコントロールできていくことが実感できます。




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