2015/02/28

書評「日本人が知らない集団的自衛権」(小川和久)

集団的自衛権をどう考えるか。

軍事アナリストである小川和久氏が、著書「日本人が知らない集団的自衛権」で提起しているのは次の2つで、この2点に尽きると強調しています。
  1. 「そもそも国家の平和と安全をどう確保するのか」を考えること
  2. 日本の防衛力の現状を直視すること
問われているのは、どんな防衛力によって平和と安全を保とうとするのかです。

■そもそも国家の平和と安全をどう確保するのか

国としての日本の安全保障を確保するための防衛力として、小川氏は選択肢は以下の2つしかないと言います。
  1. どの国とも組まず、自前の軍事力で平和と安全を実現する武装中立
  2. アメリカのような国と同盟関係を結び、協力して平和と安全を手にする道
なお、小川氏は、憲法9条を前面に出すような「非武装中立」は非現実的であるとして、そもそもの選択肢から除外しています。

2つの選択肢について、本書でのスタンスは後者。既存の日米同盟を活用することが現実的であるというものです。

根拠としているのは費用対効果。選択肢1(自前での武装中立)で現状と同レベルを維持するためには、日本の年間の防衛費は22兆~23兆円にものぼるようです。

この数字のソースは、書籍「コストを試算! 日米同盟解体 ―国を守るのに、いくらかかるのか―」です。直接経費が4.2兆円、間接経費が20兆~21兆円で、この2つを足して、日米同盟解体コストを差し引いた試算結果が22兆~23兆円です。

一方の選択肢2である現在の日米同盟にかかる費用は、年間で約4.8兆円とのこと。

日米同盟を解消し、かつ解消後も同水準の国家安全保障レベルを維持するためには、防衛費が5倍程度必要ということになります。

個人的に思うのは、武装中立の22兆円と比べると、日米同盟というアメリカとの相互協力の下ではその 1/5 程度のコストで済むというのは、1つの根拠になります。

とはいえ、年間4.8兆というのは、日本の2014年名目GDPは約490兆円なので、1%ほどに相当します。

4.8兆円の中身の精査、本当に必要なコストなのかは常に見ておくべきことなのではないでしょうか(議論を招く「思いやり予算」など)。もともとのお金の出処は、私たち日本人一人一人の税金からです。

■日本の防衛力の現状

小川氏が本書で上げた、集団的自衛権を考える重要ポイントの2つ目である「日本の防衛力の現状を直視すること」。

すなわち、自衛隊の防衛力はどういったものなのかを把握することです。それを踏まえ、日本の安全保障をどう議論すべきかです。

小川氏は日本の自衛隊について「憲法9条を絵に描いたような軍事力しか持っていない」と表現しています。軍事用語でいう戦略投射能力を持っていないと。

戦略投射能力とは、「多数の戦略核兵器によって敵国を壊滅させる能力」、あるいは日本のような島国においては「海を渡って数十万規模の陸軍を上陸させ、敵国の主要地域を占領して戦争目的を達成できるような構造を備えた陸海空軍の能力」のことです。

自衛隊の特徴は、ある部分は世界的にもトップクラスの能力で突出している一方、それ以外は足りていないということでした。

自衛隊の世界トップクラスの戦力として、
  • 海上自衛隊の「対潜水艦戦」能力。対潜哨戒機・対潜ヘリ・護衛艦・潜水艦などを使い、敵の潜水艦を捕捉や探知し、必要とあらば攻撃する
  • 掃海能力。海中や海底に敷設された機雷を除去する
  • 航空自衛隊の防空戦闘能力。アメリカやイスラエルの空軍に次ぐ水準

一方で、備わっていない自衛隊の戦力には、
  • 海上自衛隊は空母・巡洋艦・原子力潜水艦は持っていない。トップクラスである対潜水艦戦と掃海能力以外は持っていない「単能海軍」
  • 航空自衛隊の戦闘機は、大半が防空戦闘のための要撃戦闘機。対地攻撃や対艦攻撃能力は限定的

以上の現状の自衛隊が持つ戦闘能力から、小川氏は、日本の自衛隊には本格的な海外派兵や戦力投入で外国を占領する軍事力はなく、侵略戦争などそもそもとして能力的にできないと指摘します。

では、なぜ自衛隊は、一部の能力が突出し、それ以外は持っていないというような特徴的な存在なのでしょうか?

本書で挙げている理由は、第二次世界大戦後にアメリカがそのように日本に求め、日本もそれに応えたからでした。アメリカは、第二次大戦で唯一最後まで抵抗した日本を恐れ、旧帝国陸海軍の復活を懸念したのです。

日本の自衛隊は、全体の戦力能力を考えると自立できていない構造であると小川氏は言います。自衛隊の前提には、アメリカとの日米同盟が存在すると。

日本の平和と安全を高いレベルに押し上げているのは日米同盟であり、日本の防衛力は、自立できない構造の自衛隊と日米同盟(アメリカの軍事力)の二本柱で成立している。自衛隊だけでは日本の防衛はできない、と。

■現状を直視した上での大局的な議論を

こうした現状の直視、理解をした上で、では日本の安全保障をどうやって確保するのかが大切だと本書を読んであらためて思いました。

もちろん、自らだけの武装中立の道もあります。ただし、そのためには現状の自衛隊を中心とした能力では足りないことになります。それはつまり、既存の能力でまかなえる安全保障レベルにまで今よりも下げるのか、それとも能力を拡大し今の日米同盟による安全と平和のレベルにまで押し上げるのか、のいずれかです。

単に集団的自衛権の行使に賛成 or 反対という白か黒かの議論ではなく、一歩も二歩も踏み込んだ議論が必要ではないでしょうか。

もう1つ思ったのは、2015年2月現在で国会で議論になっている、海外での日本人人質救出のために自衛隊を活用するかどうかについてです。



個人的に気になるのは、議論の論点が法整備ばかりであること。

法整備を軽視するわけではありませんが、本書で指摘された自衛隊能力を踏まえると、そもそも現状の自衛隊に、海外の人質救出能力があるのかどうかを見る必要があると思います。国会での議論を見ていると、法整備さえすれば自衛隊はすぐにでも人質救出ができるような印象すら抱いてしまいます。

邦人救出を考える場合に、例えば自然災害に会った人の救出であれば、東日本大震災後の自衛隊員の活躍を見ると自衛隊の活躍は期待できます。

一方、人質救出というのは ISIL などのテロ集団を相手に動く必要があります。人質救出は、アメリカでさえも失敗する状況です。

そんな任務を、法整備を満たしさえすれば自衛隊ができるようになるのでしょうか。

今の自衛隊が能力的にどこまでできて、何ができないのか。今後、何を改善すればどこまでできるようになるのか。改善しても限界はどこなのか。

法整備とともにこうした議論はもっとあってもいいのではないでしょうか。




2015/02/25

書評「夜の経済学」(飯田泰之/荻上チキ)

「性風俗」や「売春」。これらは本当の実態はあまり語られず、なんとなくのイメージでしか捉えられている世界ではないでしょうか?



風俗業界の市場規模はどれくらいなのか?

自らの体を売る女性はどういう人たちで、一方の買う男性はどうなのか?どのくらいのお金のやりとりがされているのか?

性風俗と売春ではどんな違いがあるのか?

「夜の経済学」という本が興味深く読めたのは、「夜の世界」について、自分たちでデータを集め、統計的な処理をし、データ分析結果から見えてくることを考えるスタンスにあったからでした。

■性風俗と売春の価格

本書の中で、特に興味深いデータであり考察だと思ったのは、性風俗と売春の「価格比較」についてでした。

性風俗と売春の2つの価格データの共通点がありました。経済水準が高い地域ほど、性風俗も売春の価格は高くなる。要は、東京や大阪などのエリアは高いという、これ自体、驚きは少ないデータです。

一方で、「価格差のばらつき」については、興味深いデータ結果でした。

地域ごと(県別)で、①経済水準(県民所得)の差、②性風俗の価格差、③売春の価格差を比べると、
  • 性風俗の地域ごとの価格差は、地域間経済格差よりも小さい
  • 売春の価格差は、地域間経済格差と同程度 or それ以上に大きい
つまり、地域ごとの価格差(ばらつき)を比較すると、次のような関係にあることがわかったのです。

売春の価格差 ≧ 経済水準の格差 > 性風俗の価格差

■地域価格差はなぜ発生するのか?

これは何を意味するのか?

本書での考察のポイントは「移動」でした。一般的に、供給者や受給者の移動がある場合には、地域間の価格差は小さくなります。

例えば、
  • 東京にいる受給者(買う側)が、より安く買うために安いエリア(地方)に移動すれば、移動先の安かった地方の価格は上がる
  • 逆に、地方の供給者(売る側)が、今のエリアよりも高い都市エリアで売ろうとすると、それまでは高かった都市での価格は下がる
供給者と受給者の双方が、より有利な条件を求めて移動することで、地域間の「価格差」は小さくなります。

逆に、移動が難しいと価格差は大きいままで固定されます。

■調査データから見えてくる「売春市場における移動性の低さ」

本書では、この経済学的な仮説をもとに、データから検証し、なぜ性風俗と売春の価格差に違いがあるのかを、調査とデータから考察しています。

自分たちで実施した調査とデータから、売春における供給者(売る女性)と、受給者(買う男性)のそれぞれで、移動が困難である実態が見えてきます。性風俗と売春の女性の違い、性風俗を利用する男性と買春をする男性の違いを、調査データに基づいて比較がされています。

データを集めた調査方法は、それぞれ以下の方法からとのことです。
  • 性風俗の女性:インタビュー調査
  • 売春をする女性:インタビュー調査
  • 性風俗を利用する男性:インターネット調査
  • 買春をする男性:売春女性に対して「自分を買った男性」にあらかじめ用意した質問項目を聞いてもらう調査方法
4つ目の、買春をする男性の調査方法がユニークです。彼らのデータを集めるにはネット調査では難しいと判断し、売春女性に対して「自分を買った男性」に調査するという売春女性を経由した方法でした。

これは間接的な調査方法であり、そもそもの調査データとして妥当なものかどうかは突っ込みどころはあるでしょう。データ結果を見る際にはこの点を考慮に入れる必要があります。それでも、個人的には貴重な調査データであり、そこから見えてくることは価値のあるものだと思いました。

調査データからの比較の結論として、性風俗に比べて売春における供給者(女性)と受給者(男性)のそれぞれで、移動性の低い人たちが多かったという実態でした。

ここで言う移動性とは、一時的な移動や引越しなどの住環境を変えることも含め、より魅力的なエリアに移動できるかどうかを指しています。移動性が低いというのは、主にその人の経済/家計事情で、そのエリアにとどまらざるを得ない環境という状況でした。

具体的には、風俗嬢と売春をする女性の収入には大きな違いが見られ、学歴にも差がありました。

一方の男性側でも、性風俗に行く男性の職種や学歴は一般的な成人男性のそれとあまり変わらない調査結果でしたが、買春をする男性は低学歴であったり職業構成の差が大きく出ていました。

以上のような実態から本書では、売春について「売春は経済問題」と指摘しています。

★  ★  ★

本書を興味深く読めたのは、データにもとづいて考察し語ろうという一貫したスタンスだったからでした。

データを集めるために、自ら調査設計をし、自分たちの足で直接インタビューもする。データ集計も自分たちでやっています。

現場やローデータ(生データ)を肌で知っているからこその結果データの見方であったり、考察がされていました。単にデータ集計をして終わりではなく、その結果が意味するものはなにか、背景には何があるかまで議論されています。それでいて小難しい印象は受けない点も、本として読みやすいものでした。

調査については、色々な制約があり、本書でも言及しているように必ずしも厳密な調査設計ではないものもあります。調査や得られるデータが変わったりデータが増えれば、考察や見解もまた変わってくる可能性もあります。

それでも、自分たちでできることをやり、そこから得られた価値は傾聴に値します。




2015/02/21

昭和恐慌というデフレからの脱却の歴史がおもしろい

経済評論家である上念司氏の書籍『デフレと円高の何が「悪」か』。第5章「歴史は繰り返すーー昭和恐慌から学べ」に書かれていた内容が興味深かったのでご紹介します。

昭和恐慌という歴史的なデフレ発生の経緯、そしてデフレ不況からどのように脱却したかが、わかりやすく書かれていました。

「昭和恐慌から学べ」と章のサブタイトルにあるように、上念氏は、2010年代前半である現在にも示唆に富むものであると指摘します。(本書の上梓は2010年)




■デフレとは

デフレとは、モノ(一般物価)の価格が持続的に下落していく経済現象です。日本の内閣府では「2年以上の継続的物価下落」をデフレと定義しています。

デフレがなぜ発生するかというと、モノとお金(マネー)の関係で、相対的にマネーの量が少ない状況ではマネーに希少価値がでます。その分、モノの価値は下がります。結果、モノの価格が下落します。

お金とモノの関係から、デフレ発生の原因は、①世の中のお金の量が少なくなる、②世の中のモノの量が多くなる、が起こるからです。

■昭和恐慌はなぜ起こったのか?

昭和恐慌の説明として、Wikipedia には次のように書かれています。
1929年(昭和4年)秋にアメリカ合衆国で起き、世界中を巻き込んでいった世界恐慌の影響が日本にもおよび、1930年(昭和5年)から翌1931年(昭和6年)にかけて日本経済を危機的な状況に陥れた、戦前の日本における最も深刻な恐慌。
第一次世界大戦による戦時バブルの崩壊によって銀行が抱えた不良債権が金融システムを招き、一時は収束するものの、その後の金本位制を目的とした緊縮的な金融政策によって、日本経済は深刻なデフレ不況に陥った。

昭和恐慌でポイントになるのは「金本位制」です。

金本位制とは、金(ゴールド)を通貨価値の基準とする制度です。中央銀行が紙幣を発行する際にその裏付けとなる金(ゴールド)を保有しなければならない制度。紙幣を発行量の上限は、ゴールド保有量までとなります。

紙幣とゴールドの交換レートは固定され、人々は紙幣を銀行に持っていくと、必ず一定量のゴールドと交換できます。(金本位制を取っている)世の中全体で、マネー量 = 金(ゴールド)の量となります。

第一次世界大戦後、各国は一時的にやめていた金本位制を戻す流れになりました。日本でも、当時の井上準之助(大蔵大臣)が戦争前の金本位制への復帰を主張します。

日本で金本位制に戻すためには、戦時中に増えたマネー量を減らす必要がありました。というのも、戦時中は軍隊への財政支出を増やすためにマネーを大量に発行し、武器/弾薬を調達していたからです。これを戦前のマネー量に戻す必要があったのです。

日本の金本位制復帰のために、井上は世の中のお金を徹底的に減らす政策を実行しました。超緊縮財政を取ったのです。

日本は1920年代当時、戦後の復興により設備や人の生産活動が再開し、モノの量が戦前よりも増えていました。にもかかわらず、第一次大戦前の水準までお金の量を政策として強制的に減らしたのです。当然、世の中全体でお金不足になり、お金とモノの量のバランスが崩れます。結果、急激なデフレが発生しました。

日本が金本位制に復帰したのは1930年1月でした。そのわずか1ヶ月前、1929年ニューヨーク証券取引所で起きた株価暴落(ブラックマンデー)し、世界的な不況が起こっている最中の金本位制の復帰、デフレ発生だったのです。

昭和恐慌の発生は、井上準之助の金本位制復帰によるマネー量減少→デフレ→不況、という流れです。

■昭和恐慌からの脱却

ところがその後、昭和恐慌は政策変更により、2年で終了します。日本はこの後、奇跡の復活と高度成長を遂げるのです。

歴史的な背景として、1931年の満州事変をめぐり、当時の第二次若槻内閣は閣内不一致起こり、その年の12月に総辞職されます。井上準之助も大蔵大臣を辞することになりました。その次に誕生したのが犬養毅内閣。新しい大蔵大臣には高橋是清(たかはしこれきよ)が就任します。

高橋是清が昭和恐慌脱却のキーパーソンでした。

高橋はどんな政策を実行したのか。大蔵大臣就任後すぐに、日本の金本位制からの離脱を宣言しました。

結果、日本円は対ドル為替レートで40%近く円安になりました。昭和恐慌時の急激な円高で苦しんでいた輸出企業が復活し、株価も上昇します。

高橋は金本位制離脱により通貨発行の上限を撤廃しています。さらに、日銀が日本国債を直接引き受けることで、つまり、日銀が新たにお金を刷って国債購入することで、マネー量を増やしたのです。

政府と中央銀行である日銀が一致協力し、日銀が直接大量の国債を購入する(世の中にお金を供給する)という金融緩和でした。

昭和恐慌の原因が金本位制復帰のためのマネー量の急減であり、その結果のデフレ→不況だったので、根本のところを元に戻したわけです。

その後、日本の景気は良くなりすぎました。急激な円安シフトは各国からも抗議を受け、貿易摩擦も生じました。金本位制離脱から5年後の1936年、加熱気味の景気を引き締めるため、高橋是清は緊縮財政を実施します。

予算はカットされ、それは軍事費にも影響しました。一方で、軍備拡張したい軍部には不満だったのです。

1936年、「2.26事件」が起こります。青年将校らによるクーデーター未遂事件でした。緊縮財政で軍事費削減にも取り組んでいた高橋も狙われ、事件の混乱の中、暗殺されてしまったのです。

★  ★  ★

昭和恐慌という昭和デフレ不況の脱却過程を整理しておきます。


1. 昭和恐慌の発生 (井上準之助)
  • 金本位制復帰
  • ゴールドの保有量をお金の上限とするためマネー量を調整(減らす)
  • デフレ発生

2. 昭和恐慌から脱却 (高橋是清)
  • 金本位制離脱→マネー量の上限を撤廃
  • 日銀の国債直受→実際にお金の量を増やす
  • デフレ脱却

3. 昭和恐慌終了後の財政金融政策 (高橋是清)
  • マネー量が十分に増えてきたので調整
  • 緊縮財政→軍事費も削減
  • 軍部に恨まれ暗殺




2015/02/18

Facebookが新しい広告効果指標 Relevance Score をリリース (2015年2月)

Facebook が新しい広告効果指標を発表しました (2015年2月11日)。



Facebook の広告が、その広告を見たユーザーにとってどれくらい受け入れられたかを点数化した、Relevance Score (レリバンススコア) と呼ばれる広告効果指標です。Relevance Score for Facebook Ads | Facebook for Business

■Facebook の Relevance Score とは

Relevance Score は 1〜10 点で表示され、最も良いスコアが 10 点のようです。



スコアはどうやって算出されているかですが、広告が表示されたユーザーの行動の反応が、スコアに反映するようです。
  • Positive: その広告がシェアされたりクリックされる、動画広告であれば視聴される
  • Negative: 広告を非表示にされたり、スパムとしてレポートされる

It's a 10: Facebook Starts Telling Brands How Relevant Their Ads Are | Advertising Age では、以下のようなから説明がされていました。
Facebook determines an ad's relevance by measuring how positively or negatively its target audience may respond to it. Positive measurements include video views, shares and clicks, and negative measurements include the number of times people click to hide an ad or report it as spam.

一般的に、広告の効果を知るにはクリック数を見たり、特別なやり方をすれば態度変容(ブランド認知や購入意向)を評価します。

ここで言うクリック(アクション)は、単純に何回クリックされたかの数です。対して、Facebook が新しくリリースする Relevance Score は、アクションの中身をポジティブかネガティブかを見ます。そう考えると、Relevance Score は、従来のクリック数評価と態度変容の中間くらいにある位置づけです。

■広告主にとっての Relevance Score の価値

Facebook に自社広告を出す広告主にとって、Relevance Score はどういう意味があるのでしょうか。

広告がポジティブかネガティブかの反応がわかるということで、質的な広告評価ができます。広告出稿コストとを併せて見ることで、費用対効果も見ることができるでしょう。

広告のクリエイティブテストとしても、Relevance Score は活用できます。例えば、広告出稿のキャンペーンが始まる前の段階で、複数候補クリエイティブの A/Bテストを行ない、スコアがより高かったほうを、本番キャンペーンに使うやり方です。

あるいは、キャンペーンが開始した後にリアルタイムで Relevance Score を追っていくことで、キャンペーン中でもターゲットユーザーを変更していくなど、柔軟な運用に寄与できそうです。

■Facebook にとって Relevance Score の価値

一方の Facebook にとってはどんな価値があるのでしょうか。

1つは、Facebook 広告には、Relevance Score という広告を質的に評価するスコアという広告主にとってわかりやすい仕組みがあることで、より多くの広告を出してもらえることが期待できます。つまりは、Facebook の広告売上が増える価値です。

もう1つは、Facebook 上の広告がより良いコンテンツになっていく価値です。

広告主に Relevance Score が浸透し、使われるようになれば、Facebook 上の広告は Relevance Score を 1点でも良くしたいという流れができます。スコア算出はユーザーのアクション(シェアされたりクリックなど)に基いているので、そういった広告がフェイスブック上に増えていくことが期待できます。

Facebook 上にユーザーの反応が高いポジティブな広告がネガティブな広告よりもより多く占めている状態は、長い目で見ると、Facebook プラットフォームとして価値を高めます。

広告効果指標がどうやってつくられたかを考慮して、意思決定することが大事

Relevance Score が算出され、広告主に簡単にフィードバックされる仕組みは、興味深いです。

一方で、スコア算出が、その広告に対する Facebook ユーザーの行動に基いているというのが、本当にどこまでその広告に対するポジティブ/ネガティブかを反映しているのかが気になります。

というのは、広告に対して、ポジティブな行動であるシェアや、ネガティブなスパム報告をするユーザーはごく一部のはずで、大部分はただ広告を見るユーザーではと思うからです。この大部分の「サイレントマジョリティ」というユーザーがその広告にどう反応したのか、あるいは気にもとめられず何の反応もない(ポジティブかネガティブかすらでない)のかは、Relevance Score には反映されないのです。

これは Facebook Relevant Score に限らずですが、広告効果指標がどうやって出されたものなのかが置き忘れられず、判断の際に念頭に置いて意思決定することが大事です。


2015/02/14

書評「普天間問題」(小川和久)

2015年2月12日、安倍首相が施政方針演説を行ないました。

演説の中で、沖縄の普天間基地移設についても言及しています。安倍首相は、普天間飛行場(基地)の辺野古沖移設への実現に、あらためて強い意欲を示しました。
現行の日米合意に従って、在日米軍再編を進めてまいります。3月末には、西普天間住宅地区の返還が実現いたします。学校や住宅に囲まれ、市街地の真ん中にある普天間飛行場の返還を、必ずや実現する。そのために、引き続き沖縄の方々の理解を得る努力を続けながら、名護市辺野古沖への移設を進めてまいります。今後も、日米両国の強固な信頼関係の下に、裏付けのない「言葉」ではなく実際の「行動」で、沖縄の基地負担の軽減に取り組んでまいります。

【首相施政方針演説全文】「日本は変えられる。昭和の日本人にできて、今の日本人にできないわけがない」 - 産経ニュースから引用

ところで、普天間基地問題とは、一体何が問題なのでしょうか?

そもそも、普天間基地とはどんな基地なのか?なぜ移設するのか?移設先は沖縄県内なのか県外なのか、それとも国外なのか?

こうした疑問が解消でき、普天間基地についてそもそもの理解が進んだのが、書籍「この1冊ですべてがわかる 普天間問題」でした。著者は軍事アナリストの小川和久氏です。

■普天間基地とは何か

普天間飛行場、通称は普天間基地と呼ばれます。日本の沖縄県宜野湾市にあり、アメリカ合衆国軍海兵隊の飛行場です。

普天間基地は、第36海兵航空軍のホームベース(根拠地)です。航空基地として、ほとんどの航空機を支援できる機能を総合的に備えています。

滑走路のほか、駐留各航空部隊が円滑に任務遂行できるための諸施設として、格納庫、通信施設、整備・修理施設、司令部、部品倉庫、部隊事務所、消防署、PX(売店)、クラブ、バー、診療所、教会などがあります。

普天間基地は、海兵隊のホームベースというのがポイントです。海兵隊は航空母艦とともに「攻撃部隊」にあたります。本書によれば、海兵隊は命懸けの勇猛な部隊であり、海兵隊を頼りにし誇りに思うアメリカ人が少なくないとのことでした。

普天間基地は、アメリカにとっては空軍(第18航空団)の嘉手納基地と並んで、沖縄におけるアメリカ軍の拠点なのです。




■なぜ普天間基地は移設されるのか

海兵隊の根拠地として存在する普天間基地。普通に考えれば、基地の中でも、根拠地である基地はそう簡単に移設するものではないはずです。しかし、現実は普天間基地は「移設問題」として扱われています。

なぜ普天間基地は移設する必要があるのでしょうか。

日本側から強く移設の必要性が言われたきっかけは、1995年(平成7年)の沖縄米兵少女拉致/強姦事件でした(一般的には「少女暴行事件」と言われますが、本書では「少女拉致/強姦事件」と強く主張)。この事件を契機に、沖縄では米軍基地に反対する運動や普天間基地の返還要求をする運動が起こります。

さらに、2004年(平成16年)に米軍ヘリコプターが沖縄国際大学内に墜落するという事件が起きたことで、地元の返還要求は強まりました。

普天間基地の根本的な問題として、基地の周りに住宅地が密集している状況にあることです。以下の写真は普天間の航空写真で、基地(滑走路)のすぐ周囲を家々が取り囲んでいます。まさに市街地のど真ん中にあるのです。



ゆえに、普天間基地は、国内外のアメリカ軍基地において「世界一危険な基地」と言われています。

本書によれば、2003年に沖縄を訪問したラムズフェルド米国防長官(当時)は、上空から普天間を視察し「こんなところで事故が起きないほうが不思議だ」と述べたという報道があったようです。つまり、普天間基地の危険性を認識しているのは地元住民や日本側だけではなく、アメリカにとっても同じ認識なのです。

市街地にある普天間基地の別の問題として、基地による地元住民への問題点は騒音問題があります。本書によれば、自治体が調べた結果、普天間では年に2万回を超える環境基準を超える騒音が発生したとのことでした。単純平均で1日に50-60回、1時間に2回を超える騒音です。

もう1つの問題は、基地が宜野湾市の中央部を占有しているため、道路交通網の遮断、公共施設や下水道などが非効率な配置を余儀なくされ、結果として地元経済に経済的な損失を与えていることです。

まとめると「なぜ移設なのか」に対しては、次のように整理できます。

普天間基地は基地として重要な拠点である一方、周囲への深刻な危険性と騒音問題が、地元住民のみならず、アメリカにとっても許容できない問題だからです。

■アメリカにとって在日米軍基地は世界戦略の根拠地

本書では、米軍にとって普天間基地や沖縄、日本をアメリカ側がどう位置づけているかの説明があり、日本だけではなくアメリカ視点からも考えることができ、理解が深まりました。

アメリカ、特に米軍にとっての日本列島はどういう位置づけなのか。

アメリカにとって、日本は日本全体を「戦略的な根拠地 (Power-projection platform)」とし、それを前提に世界全体を視野におさめた外交/安全保障戦略を考えている、とのことでした。

在日米軍基地は、世界の半分、特に中東から朝鮮半島までの「不安定な地域」を、日本の横須賀や佐世保を母港とする第7艦隊と、沖縄に司令部を置く海兵隊が担当しているという構図です。

アメリカ軍にとっての位置づけを例えると、沖縄には手足の強力な筋肉に相当する機能が集中していて、筋肉を動かす頭脳/心臓/中枢神経に相当する機能は日本本土(横須賀など)にあたります。

日本の米軍基地は、アメリカが世界のリーダーであり続けるために必要不可欠な戦略的根拠地です。

ここから言えるのは、アメリカは戦略的な根拠地としての日本の米軍基地を、そう簡単には手放すことに同意できないでしょう。

逆に言えば、普天間基地の移設や、沖縄にある米軍基地の縮小、あるいは将来的な全ての在日米軍基地の返還を実現するためには、交渉相手であるアメリカ側にとって、今後もアメリカのプレゼンスが維持できるのであれば、その条件での基地移設や返還には、アメリカ側も応じるのではないでしょうか。

■普天間基地移設はいまだに実現されていない

普天間基地の移設が本格的な議論になったきっかけは、前述のように1995年でした。その翌年である1996年、日米会談で「普天間基地の移設条件付返還」が合意されます。その合意を踏まえ、SACO中間報告では「5年後から7年後までの全面返還を目指すこと」などが明記されていました。

この通りであれば、遅くとも2000年代の前半までには普天間基地は返還され、別の場所に移設がされてはずです。ところが、2015年現在でも、いまだに移設は完了しておらず、「普天間移設問題」として問題解決がされていません。

2015年現在の普天間基地の移設候補先として有力なのは、沖縄の名護市辺野古沖です。

辺野古沖への移設反対理由としては、基地をつくることによる自然環境破壊、基地があることへの地元住民の暮らしへの影響/不安があります。

★  ★  ★

今回のエントリーでは、普天間基地の「問題」を取り上げました。

問題とともに重要なのは、どうやって解決するかです。本書「この1冊ですべてがわかる 普天間問題」では、具体的な解決策がその根拠とともに詳細に書かれています。

著者の小川氏のポイントは、移設するにあたり、①普天間基地の危険性除去、②日米地位協定の改定、③沖縄経済の活性化、を満たすことが不可欠であること。

その上で、普天間問題の解決を日米間の基地問題を解決する最初のステップとして位置づけ、今後の米軍基地の整理/統合/縮小に向けたロードマップを作ることが極めて重要であると言います。ロードマップ終着点は日米関係を壊すことなく、沖縄の軍事基地を全て廃止することであると。

普天間基地の移設、沖縄米軍基地、日本にある米軍基地を、日本としてどうするのか。この問題は日本だけではなく、アメリカという交渉相手が常に存在します。交渉なので、いかにお互いの Win-Win とできるかが問われます。相手あっての交渉ですが、日本として国益のために主張すべきことは堂々と言い、相手に迎合ばかりではいけないでしょう。

最後に、本書で印象的だった内容を引用します。
日本が戦後にアメリカと同盟関係を結んだアメリカは、日本が組むのにベストの相手だったと私は考えています。しかし、組んだ相手がベストだったことと、現在の日米同盟の中身がベストかどうかは、まったく別の話です。アメリカとの同盟関係を日本としてどう国益に生かすかという観点から日米同盟の中身を整理し、問題があれば修正し、健全化していくという不断の取り組みが必要です。





2015/02/11

イチロー選手が語った「成功と失敗」と「小さな満足を積み重ねて次につなげていく」

2015年、イチロー選手はマーリンズという新天地で新しいシーズンを迎えようとしています。

ヤンキースをフリーエージェント(FA)になっていたイチロー(41才)が、マーリンズと1年契約で合意したとに複数のアメリカメディアが報じました(2015年1月23日)。




■イチローの仕事観

イチローの言葉は深みがあり、自分自身にとって示唆に富むことが多いです。例えば、2013年に日米通算で4,000本安打を達成した時の以下の言葉です。
「プロの世界でやっている、どの世界でも同じだと思うんですけど、記憶に残っているのは、うまくいったことではなくて、うまくいかなかったことなんです。
その記憶が強く残るから、ストレスを抱えるわけですよね。そのストレスを抱えた中で、瞬間的に喜びが訪れる。そして、はかなく消えていく。
それがプロの世界の醍醐味でもあると思うんですけど、もっと楽しい記憶が残ったらいいのになという風に常に思っていますけど、きっとないんだろうなと思います」
4000本安打のイチロー選手が語った「失敗と喜び」|nikkei BPnet (日経BPネット)から引用

「うまくいったこと」よりも「うまくいかなかったこと」、つまり、成功よりも失敗のほうが記憶に強く残っている。成功による喜びは一瞬にしかすぎない。

引用の冒頭で「プロの世界でやっている、どの世界でも同じだと思う」と言っていることからも、野球のみならず、イチローの仕事に対する哲学です。

この考え方は個人的にも共感するものです。

自分の仕事を振り返ってみると、新人の頃から今に至るまで、印象に残っているのはうまくいかずに悩んだり失敗したことのほうが大きいです。もちろん、その時々で達成したことも思い出しますが、より多いのはうまくいかなかったことです。

イチロー選手の捉え方ですごいと思うのは、それを素直に受け入れている点です。「もっと楽しい記憶が残ったらいいのになという風に常に思っていますけど、きっとないんだろうなと思います」と言葉にしています。

「瞬間的に喜びが訪れる。そして、はかなく消えていく。それがプロの世界の醍醐味」というのも考えさせられる言葉です。

2015/02/08

売上への広告効果を測定する Facebook Conversion Lift が登場 (2015年1月)




Facebook が Conversion Lift (コンバージョンリフト) という、新しい広告効果測定サービスを発表しています (2015年1月27日) 。Conversion Lift Measurement for Facebook Ads | Facebook for Business

■ Facebook Conversion Lift とは?

Facebook Conversion Lift とは、Facebook 上の広告により、広告をした自社製品/サービスの売上やコンバージョン(会員登録等)にどれだけの広告効果があったかを測定できるものです。

特徴をいくつか上げると、

  • Facebook のデータと広告主データ (売上データなど) を統合することで、Facebook 広告の売上への効果がわかる
  • 比較方法は、広告接触者と非広告接触者とを実際の売上データで見る。広告接触と非接触者は Facebook 内で ランダムに構築 (randomized ad exposed / control groups)
  • Facebook ユーザーを識別するために、Facebook ID が使われる。PC, Smartphone, Tablet などのクロススクリーンで見られる

広告主が売上データなどの自社データをしかるべき方法で Facebook に提供し、Facebook データとマッチングをします。データ統合には、メールアドレス、電話番号、住所等の登録情報が使われます。

Conversion Lift ではオンラインのセールスデータだけではなく、オフラインのデータでも Facebook データとマッチングができれば効果測定が可能なようです。

参考までに、Conversion Lift の説明を引用しておきます。

Conversion lift accurately captures the impact that Facebook ads have in driving business for marketers. Here’s how it works:
  1. When creating a Facebook campaign, a randomized test group (people that see ads) and control group (people that don’t) are established
  2. The advertiser securely shares conversion data from the campaign with Facebook. Typically, this data comes from sources like the Facebook Custom Audiences pixel, conversion pixel or secure point-of-sale (POS) data.
  3. Facebook determines additional lift generated from the campaign by comparing conversions in the test and control groups
  4. The results of the study are made available in Ads Manager
Conversion Lift Measurement for Facebook Ads | Facebook for Business

■ 広告主データと Facebook データのマッチング

今回の Conversion Lift のアナウンスでまず思ったのは、広告主の POS データなどの売上データと Facebook データが直接マッチングされることへのインパクトでした。個人的に興味があるのは、オンラインデータのみならず、オフラインデータでもできていることです。

Facebook 上での対象広告の接触者と非接触者のグループ構築はランダムなので、2つのグループの差異は、接触と非接触の違いだけです。リサーチの観点からするとこれが重要で、広告接触者グループが非接触者グループよりも、実際の売上が統計的に有意に高ければ、そこには因果関係を見出すことができます。つまり、科学的にその Facebook 広告は売上に貢献できたと言えます。

一方、広告主の売上データと Facebook データをメルアドや電話番号/住所等の個人情報でマッチングさせることには、ユーザー側からの反対の声は出そうです。

しかし、広告主と Facebook それぞれにおいてユーザー規約ではそれができることがすでに書かれており、ユーザーはすでに同意をしているはずです (同意があり法的に問題ないと判断されたからこそ Conversion Lift が実現できている) 。

■ Cookie 問題を解決する Facebook ID ベースのユーザー識別

もう1つの所感としては、ユーザー識別に Facebook ID が使われることです。これにより、マルチデバイス間でデータ分析ができます。

以前のエントリーでも書いていますが、フェイスブックIDを持っていることは、フェイスブックのアドバンテージです。(Cookie問題を解決するFacebookのマルチデバイス広告計測|思考の整理日記)

例えば、広告主は消費者の行動を、スマートフォンで広告を見てからノートパソコンからその商品を買った、あるいは、スマホとタブレットの両方で広告を見て店頭で買ったみたいな一連のプロセスを一人のユーザーとして見なすことができます。

従来の Cookie ベースでは、スマホとパソコンは別のユーザーとしてカウントされていました。もっと言えば、パソコン内で Chrome と Internet Explorer の異なるブラウザを使っていれば、それも別ユーザーとして認識されていたわけです。

Facebook Conversion Lift のようなツールが、広告主に普及すれば、広告を出して終わりではなく、広告出稿 → 計測 → 評価 → 適用(次回広告 or その広告運用にリアルタイム (!) に適用する) 、が当たり前のようになっていくのかもしれません。


2015/02/07

書評『日本人のための「集団的自衛権」入門』(石破茂)

自民党 石破茂氏の著書『日本人のための「集団的自衛権」入門』が、わかりやすい本でした。タイトルに「入門」と入っている通り、集団的自衛権についての基本が理解できる良書です。




■集団的自衛権の前に、まずは理解すべき「集団安全保障」

自衛権を理解するためには、「集団安全保障」という考え方をまずは理解する必要があります。

集団安全保障とは、簡単に言ってしまうと、国同士で武力行使をしないという約束をしているにもかかわらず、約束を破り侵略するような乱暴な国が現れたら、その他の仲間の国々が一致協力して平和を取り戻さなければいけない、という考え方です。

もう少し詳細を見ると、対立している国家をも含め,世界的あるいは地域的に,すべての関係諸国が互いに武力行使をしないことを約束し,約束に反して平和を破壊しようとしたり,破壊した国があった場合には,他のすべての国の協力によってその破壊を防止または抑圧しようとする安全保障の概念です。

集団安全保障を実現するために、国連では国連憲章第43条でルールが設けられています。それによれば、集団的安全保障を実施するかどうかは、国連安全保障理事会(国連安保理)で決める、となっています。

集団安全保障という考え方自体は適切なものです。ただし、仕組みとして問題があると思うのは、国連安保理の決定に委ねられているという点です。

国連安保理には5つの常任理事国(アメリカ/イギリス/フランス/ロシア/中国)と10の非常任理事国で構成されています。

仮に、国連加盟国のある国が他国に侵略されたとします。それに対して集団安全保障に基づき、各国が侵略国を阻止するかどうかが国連安保理で決議されます。常任+非常任理事国の合計15ヶ国のうち、9ヶ国以上の賛成で決まります。しかし、常任理事国のうち1ヶ国でも「拒否権」を使えば、たとえ14ヶ国が賛成しても否決されてしまうのです。

何を意味するかというと、もし侵略国が常任理事国と親密な関係にあるとすると、その常任理事国が拒否権を使うことで可決されず、国連安保理の集団安全保障が機能しなくなってしまいます。あるいは、安保理の議論を長引かせることにより、実質的に集団安全保障が機能しなくさせることもできてしまいます。

集団安全保障の考え方は正しいが、現実的に機能するのか?という疑問が出てきます。そこで登場するのが自衛権です。国連憲章第51条には、次のような内容が書かれています。
  • 自国が攻められた場合には、国連安保理の対応が始まるまでの間、つなぎとして個別的または集団的自衛権を行使してよい
  • この2つの自衛権は国家が固有の権利として持っている
  • ただし、何をしたかについては、安保理に報告しなければならない
集団的自衛権を正しく理解するためには、まずは「集団安全保障」を知る必要があると書いたのもまさにこれで、(個別的/集団的)自衛権はあくまで集団安全保障が実施されるまでの「つなぎ」であり、一時的な緊急措置なのです。

■集団的自衛権の「保有」と「行使」

集団的自衛権とは、同盟の他国が攻められたこと = 自国が攻められたものと同等であると考え、同盟国の防衛に関与すること = 自国を守るのと同様であると見なす、という考え方です。

本書『日本人のための「集団的自衛権」入門』で何度も指摘されているのは、集団的自衛権は国家にとっての自然権であることは、すでに国際的には議論の余地はないほど受け入れられている、ということでした。

一方で、日本ではまだこの議論にこだわっているとも言っています。自衛権について個人的か集団的かを分けて喧々諤々の議論がされているのは、日本くらいであると。

もちろん、憲法第9条がある日本という特殊な環境もあるでしょう。

2014年の安倍政権で、憲法解釈変更がなされる際に議論になった論点は、集団的自衛権の行使を憲法上認めるかどうかでした。

それまでの日本の立場は、集団的自衛権の「保有」は認めるが、憲法上「行使」はできない、というものです。権利として持ってはいるだけで、使うことはできない。(個別的自衛権については保有も行使も認めるという立場)

この点について、石破茂氏は以下のように言及しています。
「我が国は集団的自衛権を国際法上保有しているし、憲法上も保有している。憲法上行使もできるが、政府判断としてこれを行使しない」と政府が言ってしまえ ばすっきりしたものを、行使しない根拠を憲法解釈に求め、ましてや「憲法上行使できない」としたところに、そもそもの混乱の始まりがあったのではないでしょうか。

個人的にもこの考え方は説得力があるように思えます。つまり、「保有しているが行使できない」というのは、持っているけど使うことができない、と言っているわけで、釈然としないものがあります。一方で、「保有し行使もできる。ただし行使しない」という、使う権利は持っているが自らの判断であえて「使わない」、ならすっきりします。

■自衛権の憲法解釈は過去に何度もあった

2014年に安倍政権は、集団的自衛権の憲法解釈を変更しました。それまでは「保有しているが行使できない」だったものが「保有し行使できる」としたのです。

当時の報道では、歴史的な憲法解釈変更というトーンが目立ちました。私自身の印象ですが、さも、戦後ずっと変わらなかった解釈が変わったという論調まであったように思います。

しかし、集団的自衛権を認めないとする解釈は、日本国憲法施行の後になって成立しており、そもそも解釈も時代により変わっていったとことはほとんど報じられていないようです。

ざっくりと言うと、戦後すぐの段階では「個別的自衛権を含む一切の自衛権を放棄」としていました。その後、個別的自衛権だけはあるとなりました。そして、集団的自衛権については保有はするが行使できない、という解釈となりました(1981年)。

憲法解釈は時代とともに変わってきたのです。何も、2014年の安倍政権が初めて解釈変更をしたわけではありません。

★  ★  ★

今回、あらためて本書を読んで思ったのは、自衛権に対する自分の理解が断片的であったことでした。

もう1つ、集団的自衛権などの国を二分するような議論が起こっている時、何が問題で議論されているのかをしっかりと見極める必要があると思いました。

例えば、憲法解釈は違憲なのか、解釈変更プロセスに問題があるのか、そもそもの憲法自体に問題があるのか。

あるいは、集団的自衛権の定義を正しく理解しているか、集団的自衛権そのものの考え方を否定するのか(国連で自然権と定められてはいるが)、どういう場合に自国(日本)が攻められたと同等の状況と見なすのか、「行使できる」としたがどういうケースで行使するかの判断基準および判断プロセス。

日本は戦争をする国になる、地球の裏側で戦争に参加することになる、国民の徴兵制が始まるのではないか、などの扇動的なトーンではなく、まずは正しい理解と、問題点を明確にし冷静な議論が必要でしょう。




2015/02/01

書評「戦後史の正体」:日本の戦後史を、アメリカに対する「自主独立派」と「対米従属派」の視点で俯瞰する

今年2015年は、終戦70周年という節目の年です。

2015年が始まって1ヶ月、戦後70年ということで注目を集めているのは、安倍首相の「談話」がどういった内容になるのかです。

個人的に違和感があるのは、談話内容に議論が集まりすぎている点です。もちろん、時の政権が先の戦争に対してどういったスタンスなのかを軽視するつもりはありません。しかし、文言をどうするかなど、あまりに細かい点がフォーカスされすぎています。

思うに、戦後70年というタイミングで振り返るべきは、その70年という中身ではないでしょうか?すなわち、1945年から現在までの日本の歩みを総括すること。政治家や政権に任せるのではなく、日本国民の一人ひとりが戦後の歴史を知ること。これこそが、今必要なことだと思っています。

■日本の戦後史を、アメリカに対する「自主独立派」と「対米従属派」の切り口で俯瞰する

戦後70年をいかに俯瞰するか。

そのために読んでよかったのが「戦後史の正体 1945-2012」という本でした。

本書の特徴は、戦後の歴史の全体像を見るにあたって、優れた切り口を提供してくれることです。それは、日米関係において、対アメリカに対して「自主独立派」「対米従属派」のどちらなのかという視点です。

アメリカからの日本への要望や圧力に対して、
  • 自主独立派:少々アメリカとの間に波風を立てでも、日本の国益上守るべきものがある時や、アメリカの言いなりになると国益上マイナスになる時ははっきりと主張する
  • 対米従属派:常に米国との関係を良好にすることを目指す。できるだけ言うとおりにし、その中で日本の国益を最大化することを考える



本書を読むと、戦後70年間、日本の政権は自主独立派と対米従属派が、せめぎ合い、時に入れ替わってきたことがよくわかりました。

自主独立路線 vs 対米従属路線の視点により、戦後の国内政治だけではなく、外交、産業政策、軍事の理解が進みます。「歴史は過去を知るために学ぶのではなく、現在起こっている問題を理解するために学ぶものである」とは著者の言葉です。

■アメリカの対日本方針の変遷

本書を通して興味深いと思ったことは、アメリカの日本に対する方針は時代ごとに何度か変わった点でした。戦後のアメリカの対日方針の変遷は、大まかには次の通りです。
  • 終戦後の占領期:日本を二度と戦争のできない国にする(日本の経済/軍事力を徹底的に排除)。民主化は進める
  • 冷戦時代:共産国(特にソ連)に対抗するために日本を防波堤として利用する。そのために経済復興を優先
  • 冷戦後: 経済的に日本を脅威と見なす。台頭する日本の経済力にどう対応するか。一方で、世界の警察としてのアメリカの軍事戦略の中で、日本を同盟国として日本の貢献を必要とする

それぞれ、180度違う方針です。共通しているのは、いかにアメリカにとって自国の国益のために、日本とどう向き合うか(どう扱うか)が表れている点。

それに対して、日本は対米自主派と対米追随派がせめぎ合い、自主派が優勢だった時、追随派が優勢だった時を繰り返したのです。

■自主派と追随派の政権

本書では、対米従属の政権は傾向として長期政権であり、自主独立派のほとんどの政権が短期で終わったと指摘しています。

対米従属の長期政権の例としては、吉田茂、池田勇人、中曽根康弘、小泉純一郎。また、安倍晋三も従属派に含めています。

対して、何らかの形で自主独立を主張した首相の例として、重光葵、石橋湛山、芦田均、岸信介、鳩山一郎、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、宮澤喜一、細川護熙、福田康夫、鳩山由紀夫。彼らの意図せざる形で退陣させられています。本書では、その裏でアメリカが動いていたことを示唆しています。

全てにおいて、アメリカが関与したのか。決定的な証拠があるわけではありません。また、従属派においても短期政権に終わった首相もいるわけで、必ずしも自主 or 従属の1つの要素だけで政権の運命が分かれたわけでもないことには注意が必要です。また、自主派の政権はアメリカに潰されたと簡単に結論を出すことには抵抗があります。

もう1つ、自主路線 = 善、従属路線 = 悪、という単純な構図で見てはいけないと思います。

戦後の日本の歴史を見る時に、日米関係は欠かすことのできない要素です。そして、良くも悪くもアメリカの力がなければ、日本の戦後復興は成し遂げられなかった(もしくはもっと時間がかかった)でしょう。70年間、ずっと自主路線を貫き通せたかというと、それは現実的ではなかったのではないでしょうか。

■現在を知るために歴史を学ぶ

冒頭の問題意識に戻りますが、大切なのは戦後70年というタイミングで、日本は戦後をどのように歩んできたのか。その歴史にあらためて一人ひとりが向き合うこと。戦後70年のタイミングで、現在を知るために過去の歴史、特に戦後70年間を学ぶ。

ブッシュ政権の後半からオバマ政権にかけて、かつてのアメリカよりも世界への影響力は相対的に弱体化しているように見えます。そんな環境の中で、今後、日本はどうあるべきなのか。これこそが今議論されるべきです。




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