投稿日 2016/06/27

書評: ベーシック・インカム - 国家は貧困問題を解決できるか (原田泰)




ベーシック・インカム - 国家は貧困問題を解決できるか という本が、ベーシックインカム (BI) の基本的な理解に役立ちました。



本書は三部構成です。

  • 第1章:日本の所得分配と貧困の現実
  • 第2章:ベーシック・インカム (BI) に関する思想と対立軸の整理
  • 第3章:BI の日本での実効可能性を財政関連の統計から論証

エントリー内容です。

  • 日本でのベーシックインカムの実現可能性
  • ベーシックインカムへの疑問
  • 投資に見合った効果はあるか


財政面からの日本でのベーシックインカムの実現可能性


特に興味深く読めたのは、第3章でした。財政面から日本でのベーシックインカム (BI) の実現可能性が詳しく書かれています。


支給額の案


本書で提示される BI 案は、20歳以上の大人が月7万円、20歳未満は月3万円を、個人の銀行口座に振り込むものです。大人は月7万なので、年間は84万円です。これが一律に全員に支給されます。

日本では約990万人が年間84万円以下の所得で暮らしていると本書は指摘します。全ての人々が84万円以上の所得で暮らせるように国が BI を支給すると (厳密には上記のように、20歳以上の人に月7万円、20歳未満の人に月3万円を給付) 、総額は96.3兆円の予算が必要になります。

日本の一般会計予算は100兆円程度です。追加で100兆円近い予算を捻出するのは不可能ですが、本書で示されるのは、現状の予算の差し替えでこの規模の BI は可能であるということです。


支給するための財源


BI の財源のために、以下の案が提示されます。

  • 老齢基礎年金、子供手当、雇用保険を廃止 (年金は厚生年金や私的年金は残す)
  • 配偶者や子ども扶養控除、基礎控除などの控除も廃止
  • 生活保護を廃止
  • 各予算で無駄な支出と思われるものを削減
  • 所得税は3割

BI 導入によって廃止可能な各種税制をやめ、財政の無駄を省けば、全ての人々に年84万円を保障する BI を行うことは財政面からは可能なのです。このように BI を設計し、それを実行すれば、社会保障制度の非合理を是正することができます。


社会保障制度の非合理


ここで言う社会保障制度の非合理は、例えば生活保護です。

本書で問題提起がされているのは、生活保護の金額水準以下で暮らしている人が、生活保護を受けている人よりも多いことです。同志社大学の橘木俊詔教授の研究によれば、生活保護水準以下で暮らしている人の人口は 13% と推計されています (2006年) 。一方で、実際に生活保護を受けている人は 1.2% です (2006年) 。

BI を実現し、より多くの人を所得が少ない状態から救うことこそ優先すべきだと著者は主張します。


本書で提示されるベーシックインカムについての疑問


本書では BI に関する様々な疑問が紹介されています。

  • BI が導入されれば、医療保険制度はどうなるのか
  • なぜ豊かな人や財産を持っている人にも、一律で BI を支給するのか
  • 毎月 BI としてお金が自動的に入ってくれば、人々の労働意欲が下がるのではないか
  • BI は労働賃金を引き下げるのか。BI で最低限の所得が保障されるので、企業は給与を下げて最低限の給与も支払わなくなるのではないか
  • BI は移民を制限することになるか (物価の安い国の人が BI 目的で移民として入ってくる問題)
  • BI は夢を追う人を増やすのか (お金のために働く必要がないので、その分の時間を芸術活動等に使う人が増えるのではないか)

これら1つ1つに、著者は答えています。


ロボットの収益を広く社会に還元するためのベーシックインカム実現の可能性


本書の論点にはありませんでしたが、将来、現在の人間の仕事をロボットがやるようになったとき、「ロボットの稼ぎ」 を社会に還元するためにベーシックインカムを実施する、という議論も出てくるでしょう。

世の中の多くの仕事をロボットがやるようになれば、人間は働かなくてもよくなります。今は、人間の仕事がロボットに取られるという議論が多いです。

しかし、人間がやらなくてもよい仕事はロボットに任せ、ロボットの収益を広く社会に還元する。結果的に BI のような仕組みになるという BI 実現シナリオもあり得ます。


投資に見合った効果はあるか


BI は究極のバラマキ政策です。全ての人に一律に薄く所得を配分するからです。

本書では、これまでの日本での農業や林業の補助金制度、東日本大震災からの復興策など、偏ったバラマキは無駄であったことが示されます。

それに対して BI は、このような非効率な補助金政策に勝る効率的な政策であり、貧困問題のうち、お金が無いという問題を合理的方法で改善することが可能である政策だと主張します。

問題なのは、バラマキ自体ではなく、国がお金をばら撒いたものに投資に見合った効果が得られていないことです。投資対効果がないばかりか、利権構造を生んだり、他の産業の成長を除害するなどのマイナスの影響を生みました。


最後に


本書で BI として考えられている年84万円では、少なすぎるという批判はあるでしょう。

84万以上の BI を実現するためには、追加の財源が必要です。さらに充実した BI の実現を主張するのであれば、財源をどう確保するかを明示して議論が必要です。

ベーシックインカムの基本的な勉強になった本でした。



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書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。Google でシニアマーケティングリサーチマネージャーを経て独立し現職。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。