2017/06/27

書評: 大本営参謀の情報戦記 - 情報なき国家の悲劇 (堀栄三)


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大本営参謀の情報戦記 - 情報なき国家の悲劇 という本をご紹介します。



本書の内容


以下は、本書の内容紹介からの引用です。

「太平洋各地での玉砕と敗戦の悲劇は、日本軍が事前の情報収集・解析を軽視したところに起因している」

太平洋戦中は大本営情報参謀として米軍の作戦を次々と予測的中させて名を馳せ、戦後は自衛隊統幕情報室長を務めたプロが、その稀有な体験を回顧し、情報に疎い日本の組織の “構造的欠陥” を剔抉する。

本書が興味深いのは、大きくは2つの視点で読めるからです。

1つ目は、太平洋戦争において日本の軍部、特に大本営は情報をどのように扱っていたのか、筆者の目から日米を比較した際に、日本は情報を軽視し、敗戦に向かっていった当時の状況という歴史的な観点から読めることです。

2つ目は、著者である堀栄三の情報参謀としての考え方や振る舞いは、現在のビジネスにおいても示唆が多く得られることです。

今回のエントリーは、後者の視点で考えたものです。

本書の骨格をなす 「2つの教え」


本書の最初のほうに、堀栄三が情報参謀になるにあたって、ある2人から教えを受けたエピソードが出てきます。

2つの教えは、本書に書かれていることの骨格をなします。情報参謀としてだけではなく著者の人生に大きく影響したものでした。

  • 情報の本質を捉えよ。表面や形などの枝葉にとらわれないで、奥にある本質を見よ
  • 出来事の 「兆し」 や 「兆候」 、相手の 「仕草」 を逃すな。それらを総合的に見て何を意味するのかを判断せよ

本質を見よ


1つ目の 「本質を捉えることの重要性」 は、父に会うことを勧められた土肥原中将 (後に大将に進級) からの教えでした。本書からの引用です。

「枝葉末節にとらわれないで、本質を見ることだ。文字や形の奥の方には本当の哲理のようなものがある、表層の文字や形を覚えないで、その奥にある深層の本質を見ることだ。

世の中には似たようなものがあるが、みんなどこかが違うのだ。形だけを見ていると、これがみんな同じに見えてしまう。それだけ覚えていたら大丈夫、ものを考える力ができる」

土肥原将軍の戦術講義は実に平易な話であったが、嚙めば嚙むほど味の出る奥深いものがあって、堀には一生忘れられない言葉であった。

兆候から何を意味するかを判断せよ


2つ目の 「兆しや兆候を逃さず、情報の意味を判断せよ」 は、堀の父親からの教えでした。同じく本書からの引用です。

「情報は結局相手が何を考えているかを探る仕事だ。だが、そう簡単にお前たちの前に心の中を見せてはくれない。しかし心は見せないが、仕草は見せる。

その仕草にも本物と偽物とがある。それらを十分に集めたり、点検したりして、これが相手の意中だと判断を下す。

(中略)

いろいろ各場面で現われる仕草を集めて、それを通して判断する以外にはないようだな」

父は何度も 「仕草」 という言葉を使った。仕草とは軍隊用語でいう徴候のことである。情報のことは知らないという父から受けた初めての情報教育であった。

読み手の文脈で何を学ぶか


2つの教えである 「本質を捉える」 「兆しから総合的に判断する」 は、読者がこの本から何を学ぶかにそのまま当てはまります。読み手が何を学ぶかは、堀の書いたことから読み手が自分自身の文脈で 「これは自分にとって何を意味するのか」 をいかに見出すかです。

つまり、本書を読む醍醐味は次のような楽しみ方です。

堀が、戦時中の大本営情報参謀や戦後の自衛隊での任務を通して常に 「本質は何か」 「目の前の兆しから何を読むか」 を実践したように、読み手は書かれていることから 「書かれていることの本質は何か」 「文章や行間から何を読み、自分にとって何を意味するのか」 という視点で、学びや示唆を得る読書体験です。

例えば、企業活動に当てはめて読むことができます。具体的には次のように捉えれば、現代の企業活動への示唆が得られます。

  • 参謀情報部が取り扱うデータや情報を、自社の販売データ・顧客データ・競合に関する情報・マーケットでのシェアデータ等に置き換える
  • 戦場での情報収集を市場調査に当てはめる
  • 自国軍への物資や師団の派遣を、物流・販売員や店舗の配置として捉える

競争原理を根本から変える


あらためて考えさせられたのは日米が太平洋戦争で争った 「制空権」 でした。正確に言えば、アメリカには見えていて日本の軍部中枢には欠けていたものが、制空権を取るか取られるかでした。

アメリカ軍は、太平洋の小島を地上だけではなく島の周囲や上空までを含めた制空権をどう獲得するかで戦略を立てました。一方の日本側には、その視点はありませんでした。

この本質は何かを考えると、戦場で戦うにあたって、勝利のために必要なものを従来からの延長で考えるのではなく、根本的に発想を変えるということです。

現代に当てはめれば、例えば以下のような発想の転換です。

  • 端末側の性能やデータ保存容量をいかに強化するかという競争から、クラウドサーバーやクラウドコンピューティングの導入によって端末側ではなくクラウド側の競争になった
  • 自社で全ての技術を開発したり持っておくのではなく、必要に応じて社外ですでにある開発済みの技術を持つプレイヤーと連携する。いかに right player を思いつくか・探せるか・行き着くかの争い
  • プロダクトをローンチ (提供開始) するにあたって、完璧なものを時間をかけて作ってからではなく、ベータ版で利用者の使い方やフィードバックを得て、失敗に学びながら市場性や完成度を高めていくスピードの争い

現代風に言えば、マーケットで勝つため (例: ターゲット顧客の支持を得るため) の成功要因をゼロベースで見直し、全く新しい競争原理 (ゲームのルール) を持ち込んだということです。

制空権の獲得を 「プラットフォーム構築」 の文脈で読む


制空権の獲得は別の見方もできます。今まで取れなかった情報の収集です。

米軍は上空を支配できたので、偵察機から敵国である日本軍の状況を知ることができました。逆に言えば、日本軍は制空権を失ったために、航空機による情報が不正確で、時には誇張されたことが本書では指摘されています。

制空権と情報収集について、マーケティングリサーチの文脈で解釈すると何を意味するかを考えてみます。

これまでは技術的に困難だった顧客や消費者のデータを収集することです。例えば、消費者は店内や商品棚の前でどのような行動をするのか、その時に頭の中でどのようなことを感じているのか・思っているのかです。

今後は、買いもの行動を VR (仮想現実) を使って、よりリアルに捉えられる調査が一般的になると考えられます。その際の頭の中は脳波や生体反応を測定するようなニューロマーケティングが使われるでしょう。

あるいは、Amazon Echo や Google Home のようなスマートホームデバイス、ウェアラブルデバイスが普及すれば、これらの IoT でしか取れないデータを活用することです。

制空権の獲得とは、それまでにはなかった新しい 「プラットフォームの構築」 と見ることができます。現代に当てはめれば、IoT というプラットフォームをどう作り出し、そこからどのように情報を得るか、情報をいかに活用するかです。

データや情報を扱う仕事をする1人として


私はデータ分析や本業であるマーケティングリサーチにとって何を意味するかという文脈で本書を読みました。

具体的なテクニックというよりも、データや情報を扱う仕事をする者としての心構え、日々の業務では忘れがちになる仕事への向き合い方です。

印象的だったことを2つ、本書からの引用でご紹介します。

1つ目は、データからどんな事実を発見し、それをどう解釈し、示唆を得るかにあたっての心構えです。

実際情報の処理とは、篩 (ふるい) の中に土砂を入れて、それを篩い落すようなもので、その中からほんの一つの珍しい石ころでも出たら有難い。時にはダイヤが出ることだってある。

ところが、それで喜んではいけない。そのダイヤが本物か、偽物かという問題にぶつかるからだ。場合によっては、二つ三つのダイヤが篩に残ることもある。さてどれが本物で、どれが偽物か、あるいは全部偽物かと選択を迫られることもある。

2つ目は、情報から結論を出すにあたっての覚悟です。

情報の判断には、百パーセントのデーターが集まることは不可能です。

三十パーセントでも、四十パーセントでも白紙の部分は常にあります。この空白の霧の部分を、専門的な勘と、責任の感とで乗り切る以外にありません。




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多田 翼 (書いた人)