2017/06/03

SUBARU の競争戦略に見る 「作り手のこだわり」 と 「徹底した顧客視点」 #AWAsia 2017


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アドバタイジングウィーク アジア 2017 というイベントが、2017年5月29日から6月1日の日程で日本で開催されました。アジアでの開催は去年に引き続き2回目です。

去年のアドウィークでは、私もセッションで講演する機会がありました。今年は純粋にオーディエンスとして参加し、いくつかの基調講演やセッションを聞いてきました。


SUBARU の基調講演


今回のエントリーでは、その中でも特に興味深いと思った、SUBARU (旧名は富士重工業。2017年4月に社名変更) の代表取締役社長である吉永泰之氏の基調講演のレポートです。

講演内容は、スバルが経営的に厳しかった2000年代から4期連続で過去最高の売上高、高い利益率を成し遂げた背景、どんな競争戦略で経営事業を行なってきたかでした。

自動車メーカーとしての SUBARU の規模は、おおよそで世界販売台数シェアの 1% 程度であることが講演の冒頭で示されました。トヨタなどの世界大手に比べると販売台数は一桁少ない規模です。

だからこそ、「自分たちがこれから生きていくためにどうすればよいか」 が切実な課題でした。


「自分たちは何者か」


自動車業界の常識を疑うところから始めたそうです。自動車業界の常識として捉えたのは、以下の3つでした。

  • 自動車はグローバルでは成長産業
  • 伸びるのは新興国
  • 車種はコンパクトカー

業界の常識は、我々の常識なのか・我々にとって正しいのか、とあらためて考えたそうです。ここ数年、吉永社長にとって一番の問いかけでした。

スバルが出した答えは 「違う」 でした。自分たちの経営資源は限られている、決して量が勝敗を決する戦いではできない、何が個性なのか、強みはあるか、自分たちは何者なのかを自問自答したのです。

どんな個性でこれから戦っていくかを考えたとき、1つの方向性としては 「環境 No.1 」 戦っていくこともあり得ました。しかし、自分たちスバルは、トヨタのような巨額の研究開発費や環境技術はないというのが客観的な見極めでした。

吉永社長が社内にあらためて問いかけたのは、自分たち SUBARU は60年間、車をつくってきた、ということは何かお客様がスバルのここがいいと思っているところがあるからではないか、そこをよく考えよう、ということでした。スバルとはなんぞやという問いです。


社内では当たり前すぎた 「安全」 への再発見


スバルがやったことは選択と集中でした。自分たちの個性が生きることに集中し、それ以外のことは捨てたのです。主要事業を2つに絞りました。自動車産業と航空宇宙産業です。

この2つ以外の3つの事業はやらないと決めました。具体的には、産業機器事業 (2017年9月末事業終了の予定) 、塵芥収集車事業 (2011年度末事業譲渡を決定) 、風力発電事業 (2011年度末事業譲渡を決定) の3つです。ここで吉永社長が強調していたのは、事業は絞ったが従業員の雇用は守ったことでした。

自動車事業では、車種を絞りました。大きな決断だったのは、軽自動車の開発と生産をやめたことです (2017年5月現在はダイハツからの OEM のみ) 。

スバルの自動車事業は軽自動車から始まった歴史があります (スバル 360) 。軽自動車からの撤退は、社内や OB からは猛反対でした。吉永社長いわく 「気でも狂ったのか」 と言われたそうです。

軽自動車の業態構造を客観的に見たとき、軽自動車はコスト競争力が求められます。しかし、スバルには量が勝敗を決するような経営リソースはないというのが吉永社長の認識でした。

自動車メーカーとして自分たちが注力する技術についても、選択と集中がありました。

結論は安全性でした。スバルの車は、お客に何をもたらすことができるのか、社内の作り手の論理ではなく、自分たちは何をお客様に提供できるのか、突き詰めたら 「安全」 だったそうです。

このエピソードを吉永社長から聞いて興味深いと思ったのは、安全性能が高いというのは スバルの中で、特に技術者にとっては当たり前だったことです。

安全な車をつくることは当たり前であるがゆえに、安全を自分たちの個性、強みにできるとは誰も思っていませんでした。

自分たちがやるべきは 「安全」 であることに気づいたとき、吉永社長の実感は 「答えはこういうところにあるのだな」 でした。強みの源泉は、会社の中の人にとって当たり前すぎて気づかない・わからないという話は、あらためて考えさせられました。


差別化は作り手の独りよがりではいけない


選択と集中を決断した後に取り組んだのは、差別化の実現でした。

安全性への技術だけを追求しても、それだけではいずれは競合他社に追いつかれる、技術面以外の差別化が必要という課題認識です。

ここでも 「自分たちは何者なのか」 という自問自答でした。

スバルのありたい姿は、お客様の幸せな人生を手伝うことでした。自分たちは単に車というモノを提供するのではなく、安全な車に乗ってもらうことを通して、幸せな人生を歩むサポートをしたいという思いです。

日米でたどり着いた答えは 「Love」 というキーワードでした。この言葉は実際にマーケティングのメッセージで使われています。

スバルの差別化の話で興味深かったのは、「差別化とは、独りよがりではダメ。作り手が勝手にそう思うのではなく、お客から見て本当に価値のあることではないと意味がない。作り手の論理ではいけない」 という吉永社長の言葉でした。


作り手の論理ではなく顧客視点で


徹底的に顧客視点に立つ考え方は、講演の最後にまとめとして語られた 「我々は今後何を目指していくのか」 にも見られました。

SUBARU の2020年に向けてのスローガンは 「際立とう 2020」 です。

これまで進めてきた戦略を、さらに突き詰め際立つ存在でありたい、差別化とは要は際立つこと、お客様の中で際立つ存在になりたいという意思です。

自分たちの存在意義を表す言葉も見直したそうです。コーポレートコピーである「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」 がそれです。

ここでも吉永社長からおもしろいエピソードを聞くことができました。発表の一週間前までは、後半部分が別のフレーズになっていたそうです。「笑顔をつくる会社へ」 ではなく 「価値を届ける会社へ」 だったとのことでした。

発表直前で社内で議論が起こり (吉永社長は自分が指示したのではなかったと説明) 、価値を届けるでは足りないのではという意見です。「価値を届ける」 では、まだ作り手の目線にとどまっているのではないかという問題提起です。

自分たちがお客に価値を届けたらお客はどうなるか、お客の立場であらためて考えた時に行き着いたのは 「価値を届けたらお客は笑顔になる」 でした。この直前の議論から最終的に 「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」 に決まったのです。


SUBARU の講演を振り返って


SUBARU の吉永社長の講演は、アドバタイジングウィーク アジア 2017 の基調講演やセッションの中でも、とても興味深く聞くことができた1つでした。

講演を振り返って、3つのポイントでまとめます。

1つ目は、深い自問自答と捨てるという決断です。SUBARU は自動車販売シェアで見れば、吉永社長が自らおっしゃっていたように 1% 程度の規模です。だからこそ、業界の常識は自分たちにとっても正しいことなのか・自分たちは何者か、自分たちはお客に何を提供しているのかなどの深い自問自答がありました。

行き着いたのは、事業や車種を絞り、それ以外は捨てるという決断です。一度やらないと決めたことは覚悟を持って実行してきました。吉永社長の話しぶりから、当時の決断の苦しさや、ここまで来るまでの大変さが伝わってきました。

2つ目は、スバルの強みの源泉を 「安全」 に見出したことです。吉永社長の言葉で印象的だったのは、「安全性能が高いというのはスバルの中で当たり前だった。当たり前すぎて、安全を自分たちの個性や強みにできるとは思わなかった。安全が答えだと気づいたとき “答えはこういうところにあるのだな” と思った」 でした。

この話は示唆に富みます。SUBARU のような自動車メーカーだけにとどまらず、組織や個人にも当てはまります。

自分が得意なことは、本人にとってはできて当たり前なので、人に言われたりしない限りは、気づきにくいのではないでしょうか。自分の強みは何かを問いかけた時、自分にとっては当たり前にできていることも、あらためてまわりと比較すれば、それは自分の強みの源泉になっているかもしれないという示唆です。

3つ目は、徹底的な顧客視点です。自分たちの強みの源泉が安全だったとしても、単に安全性をお客に訴求するような作り手の視点で終わっていないことです。安全という技術だけを伝えるのではなく、差別化を顧客視点で行っています。

象徴的なエピソードは、コピーである 「モノをつくる会社から、笑顔をつくる会社へ」 への作成過程です。当初は 「モノをつくる会社から、価値を提供する会社へ」 でした。直前になり 「価値を提供する」 では、まだ作り手の視点で言っていないか、価値を提供されたお客様はどうなるのか、とあらためて問いかけたことです。

行き着いたのが 「笑顔になること」 でした。そうであれば、自分たちはお客様が笑顔になる会社でありたい、お客様が幸せな人生を送る手伝いをする会社になりたいという思いです。主語はお客になっているので、徹底した顧客視点です。


講演の動画


アドバタイジングウィークアジア 2017 の SUBARU 吉永社長の講演は、以下のリンク先から動画で見られます。興味のある方はぜひご覧ください。動画でも吉永社長の熱い思いが伝わってきます。

個性を活かして生きる (株式会社 SUBARU 代表取締役社長 吉永泰之氏)|Advertising Week Asia 2017 - Tokyo [May 30]

デフォルトの音声は英語吹き替えです。日本語に変更するには、動画プレイヤーの右下にあるヘッドフォンアイコンで Japanese を選ぶと、吉永社長ご本人の日本語の講演音声に変わります。

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多田 翼 (書いた人)


外資系 IT 会社にてマーケティングリサーチ マネージャー (LinkedIn) 。

1981年 (昭和56年) 生まれ。名古屋出身。学生時代は京都。家族4人で東京23区内に在住、2人の子どもの父親。気分転換は毎朝 8km のランニングとピアノ。

書いている内容は、所属組織や会社の正式見解ではなく個人の見解です。