2017/09/05

セオドア・レビットが語ったデータ分析とマーケティングへの示唆


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故セオドア・レビット (Theodore Levitt: 1925 - 2006) は、マーケティング界のドラッカーとも称されます。1960年代に近視眼的マーケティングを提唱したことでも有名です。

セオドア・レビットへのインタビュー記事が、ビジネス誌 ハーバード・ビジネス・レビュー (2008年11月号) に掲載されていました (記事は2001年6月のインタビューの再掲です) 。

ハーバード・ビジネス・レビュー2008年11月号のテーマは、「マーケティング論の原点」 です。



セオドア・レビットの興味深い指摘


インタビューでセオドア・レビットは、データと情報について興味深い指摘をしています。以下は該当箇所からの引用です。

過度なデータ主義も奨励されるものではありません。人間から識別力や判断力を奪うには、膨大なデータや情報を注入することです。

データは情報ではないし、また情報は意味ではありません。データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要です。それが思考です。

引用部分で、印象に残ったのは後半にあった以下の2つでした。


  • データは情報ではなく、また情報は意味ではない
  • データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要で、それは思考である

以下、この2つについて考えます。


データは情報ではなく、また情報は意味ではない


1つ目の 「データは情報ではない、また情報は意味ではない」 についてです。

「データは情報ではない」 とは、data は information ではないと解釈できます。

Data とは、単に集められた数字で、収集されたローデータの状態です。Data の語源はラテン語の dare (与える) です。つまり、data とは 「与えられたもの」 です。

Information は、data が整理され使える状態になっているものです。検索可能な状態です。Data であるローデータが加工・集計され、数表やグラフになっている状態が information です。

ビッグデータという言葉はありますが、ビッグインフォメーションという表現はありません。なぜなら、インフォメーションは大量にあっても人は適切に処理できないからです。データは加工し集計する前の状態なので、大量にあってもよいです。

このように、データとインフォメーションは違うものです。

セオドア・レビットは 「情報は意味ではない」 とも言っています。

解釈は、データを整理したインフォメーションだけでは不十分である、インフォメーションから分析や評価をし、はじめて価値のあるものになる、すなわち意味があるということです。

ローデータである data を加工して information にし、分析や評価をして得られるのが intelligence です。Information は数表やグラフでした。Intelligence とは、数表やグラフから比較・分析・統合され、目的に応じた結論、考察や示唆です。


Data, Information, Intelligence を区別する


ここまでをまとめます。

セオドア・レビットの言う 「データは情報ではない、また情報は意味ではない」 を整理すると、次のようになります。

  • データ (Data):単に集められた数字で、収集されたローデータの状態
  • 情報 (Information):Data が加工、集計され、数表やグラフになっている状態
  • 意味 (Intelligence):Information から得られた結論・考察・示唆

日本語では、data も information も intelligence も、いずれも 「情報」 と表現できてしまいます。日本語ではこれら3つを区別せずに、ひとくくりに同じものと見なせてしまいます。

セオドア・レビットの言葉からは、データ分析への教訓が得られます。

データ分析では、今自分が扱っているのは3つのうち、どの状態なのかの意識が大事であるということです。Data なのか information なのか、データ分析者の責任として示唆や提言、つまり intelligence まで踏み込んでいるかです。


真のマーケティングには 「知識」 ではなく 「思考」 が必要である


セオドア・レビットがインタビュー記事で語ったことで、印象に残った2つ目は、「データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要。それが思考である」 です。先ほどの data, information, intelligence の話にもつながります。

思考について、同インタビュー記事でセオドア・レビットは、聞き手からの 「いかに真のマーケティングを実践するか」 という問いに、次のように語っていました。

「思考」 と 「イノベーション」 がキーワードではないでしょうか。

残念ながら、思考という行為は、多くのマネージャーに歓迎されたり、いちばんに優先されたりすることはありません。

マネジャーやリーダーを選ぶ際、いちばんに重視されるのは経験であり、それも 「成功の経験」 です。その証左が、あらゆる公式の場で珍重されるのが 「経験で語る人物」 であり、「理屈はそのとおりですが、しかし ―― 」 という、一種傲慢であり、侮辱的な響きが感じられる発言です。蛇足になりますが、理論も思考と同様、あまり尊重されませんね。

ここで申し上げている思考という概念には、過去の経験や事実だけに頼らないという意味も含んでいます。

トップ・マネジメントのみならず、ライン・マネジャーですら、過去に拠りどころを求めるマネジメントに傾きがちです。はたして、これでよいのでしょうか。

マネジャーが組織に持ち込む最大の危険物は、「過去の経験」 と 「それに基づく知恵」 です。これらのおかげで ―― 概して人間の記憶は持続性に乏しいものにもかかわらず ―― 彼ら彼女らは迅速かつ自信満々に行動できる。しかし予期せぬ変化や不意打ちには、まるで役に立ちません。マネジメントは明日のためのものであって、昨日のものではないのです。

「うまくいっているかい」 と声をかけるよりも、「何か新しいことはあるかね」 と尋ねるほうが重要です。前者は過去に関する質問ですが、後者は将来に関する質問だからです。

思考は明日のため、イノベーションのために必要な行為です。

セオドア・レビットが強調していたのは、知識よりも思考です。

ここで言う思考とは、過去の経験がベースになっている知識ではなく、むしろ経験に縛られずに明日や未来を考え、自らやまわりに問いかける行為です。セオドア・レビットは、マーケティングには思考、すなわち未来に向けた考察が必要であると言います。


データを価値に変えるには思考が必要


セオドア・レビットが言った、「データを価値に変えるには思考が必要」 は何を意味していたのでしょうか。

データを価値に変えるとは、data → information → intelligence とより高度なものにすることです。セオドア・レビットが言っているのは、この時に必要なのが思考であり、過去の経験ではないということです。

データはファクトであり、常に過去に起こったことです。いくら大量のデータであっても、ビッグデータとは過去のことです。データをインフォメーションにした段階でも、あくまでそれは過去を整理した状態でしかありません。

データを加工しインフォメーションにし、さらに価値のあるもの (intelligence) にすることは、単に過去を把握するだけではなく、未来を予測し理解することです。インフォメーションについて 「要するに何を意味するのか」 と考えたものが価値です。Data と information は過去情報、intelligence は未来のことです。

セオドア・レビットが言う思考とは、「経験に縛られずに明日や未来を考え、自らやまわりに問いかける行為」 でした。データを情報にし、情報を価値に変えるためには、知識ではなく思考が必要なのです。



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多田 翼 (書いた人)