#マーケティング #ジョブ #顧客文脈

なぜ、いい商品なのに必ずしも売れるわけではないのか?

買ってもらえないのは、お客さんが商品を 「買う理由」 を誤解しているのかもしれません。

今回はマーケティングの 「ジョブ理論」 について、ウィルキンソン 「夜専用炭酸水」 の事例から解説します。

ウィルキンソン 「夜専用炭酸水」 

出典: アサヒビール

アサヒビールがウィルキンソンの新商品として、「ウィルキンソン タンサン タグソバー」 を 2025 年 9 月に発売しました。

アルコール度数は 0.00% で、想定価格は 350ml 缶で 200 円前後。スパイスや苦味を加えた複雑で大人っぽい風味とし、フレーバーは 「レモンジンジャー」 と 「ライチトニック」 の二種類です。

注目したいのは 「夜専用炭酸水」 と明確にうたっている点です。あえて 「夜専用」 をコンセプトに掲げ、ターゲットは、お酒を飲まない、またはあまり飲まない 20 ~ 30 代の若年層です。

では、ウィルキンソンの 「夜専用炭酸水」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、マーケティングの 「ジョブ理論」 を当てはめることで、新製品を投入する意図がより詳しく見えてきます。

ジョブ理論

ジョブ理論は、消費者や顧客の 「ジョブ」 に焦点を当てるマーケティング理論のひとつです。

ジョブとは

ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。

ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。

お客さんが商品を買って期待するのは進歩であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。

商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」 

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 と捉えることにあります。お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。

ジョブを完了させるワーカーには、通常は複数の雇用候補がいます。

よって、「当社の商品が新たにワーカーとしてお客さんに雇用されるためには、今雇用している何が解雇されなければいけないか?」 という競合を捉える視点が大事になります。

既存の他のワーカーでは解決されていない未充足なジョブを捉え、自分たちが新たにワーカーになり、その代わりに何が解雇されるかというリプレイス (置き換え) の視点を持ちます。何らかの選択を行う瞬間には、お客さんの頭の中でワーカーを選ぶための綱引きが行われていることがイメージしやすくなります。

ジョブ理論で読み解く 「ウィルキンソン 夜専用炭酸水」 

それでは、ジョブ理論というレンズを通して、ウィルキンソンの 「夜専用炭酸水」 が、いかにして生まれ、誰のどんなジョブを解決しようとしているのかを見ていきましょう。

[顧客定義] お客さんは誰か?

ウィルキンソン 「夜専用炭酸水」 が注力顧客としたのは、お酒を飲まない、またはあまり飲まない 20 ~ 30 代の若年層でした。

市場機会の大きさに目を向けると、日本の成人人口約 9,000 万人のうち、「飲酒を好む」 は約 2,000 万人、「あまり飲まない」 が約 2,000 万人、そして 「飲めない / 飲まない」 が約 5,000 万人です。

ノンアルコール市場をお酒を飲む人の代替需要とすれば最大で 2,000万人ですが、ノンアル飲料を 「あまり飲まない」 や 「飲めない / 飲まない」 人たちに向けて打ち出せば、2.5 倍以上の潜在顧客が存在するということです。

そうした人たちは健康志向や価値観の多様化によりアルコール飲料を避ける傾向がありながらも、夜の時間を特別に過ごしたいという欲求を持っている消費者もいます。お酒を飲まない夜にも、ちょっと大人な気分を味わいたい、日中とは違う切り替えをしたいという気持ちからです。

[状況とジョブ] お客さんはどんな状況でどんな進歩を求めているか?

お客さんのジョブを捉えるためには、ジョブがどのような 「状況」 で生じているかを理解することが大事です。

状況という原因があってジョブという結果が現れるという因果関係です。

今回のケースで言えば、状況の起点は、平日の夜、仕事を終えた後や一息つく時間や、休日の夜のいつもの平日よりもゆったりとして余裕のある時間です。

お酒を飲む人にとってのこれまでの選択肢は、アルコール飲料でリラックスする、お酒を飲まない人は炭酸水・お茶などで済ませたり、ノンアルコール飲料という選択でした。

しかし、特に後者の飲まない人にとっては、夜にお茶や水を飲んでも特別感が得にくく、夜が淡々と過ぎるという物足りなさがあることでしょう。

求めている進歩、すなわちジョブは、「お酒を飲まなくても、夜の時間を大人っぽくリラックスして過ごせること」 です。日中とは違う気分に切り替える、自分の一日をきちんと締めくくるという進歩を叶えることが、ここでのジョブの本質です。

[未充足ニーズ] 既存の商品や方法では何が解決しきれていないのか?

お茶やジュースなどの清涼飲料水、従来の炭酸水には未充足ニーズが残っていました。

消費者の実感として、清涼飲料水は子どもの飲みもの、炭酸水のペットボトル飲料は喉が渇いたときに飲む日中の飲みものというイメージがあります。味が単調で、夜の特別感を演出しにくく、飲む行為そのものが切り替えの儀式になりにくいという問題です。これらが、夜の特別感の欠如という未充足ニーズの原因になっていました。

また、既存のノンアルコール飲料 (ビールテイストなど) は、お酒を飲む人の代替品という位置づけであり、非・飲酒層にとって自分向けの飲料商品には映らない状態でした。

こうした状況から、夜のリラックス時間にちょうどいい飲み物が存在しなかったのです。

数字でもこの状態が伺えます。

ノンアルコール飲料市場は前年同期比 8% 増と拡大している一方で、あえてお酒を飲まないライフスタイルを意味する 「ソバーキュリアス」 という言葉の認知度は男性で 7.9% 、女性は 4.6% と極めて低いことです。

[ジョブスペックの開発] いかに、よりスムーズにジョブを終わらせられるか?

アサヒビールは、ここまで見てきた 「注力顧客の置かれた状況」 「ジョブ」 「未充足ニーズ」 を考慮し、炭酸水のウィルキンソン商品を 「夜専用」 という新しいコンセプトで商品化し、ジョブを解決するためのワーカーとして再設計しました。

ポイントは次の 4 点です。

1 つ目は味覚です。フレーバーの 「レモンジンジャー」 と 「ライチトニック」 の 2 つはスパイスや苦味を加え、複雑で大人っぽい風味を実現しました。甘くないことで、夜の食事や余暇にも自然に溶け込みます。

2 つ目のポイントは缶限定としたパッケージです。ペットボトルではなく缶のみとすることにより、日中の携帯用途を意図的になくし、夜に開けて飲むというシーンに特化させました。夜に開けて飲むという行為が気分を切り替えるスイッチを入れ、プルタブを開けるプシュッという音が、晩酌のような開放感を演出します。

3 つ目はコミュニケーション設計です。「夜専用炭酸水」 というキャッチコピーで、飲用シーンを明確化。テレビ CM にはモデルの森星 (もり ひかり) さんを起用し、夜の上質な時間を象徴させました。

4 つ目のポイントは意味設計です。ノンアルを前面に出さないという意図があることがわかります。「夜を楽しむための飲み物」 という提案によって、アルコールの有無を意識させず、誰でも気軽に手に取れる設計が施されています。

これらは、注力顧客のジョブをより解像度高く捉え直し、ワーカーの設計を最適化した結果です。

[競合とリプレイス] 代わりに何が解雇されるのか?

ジョブを完了させるワーカーには、通常は複数の雇用する候補がいます。

よって、自社商品が新たにワーカーとしてお客さんに雇用されるためには、「今雇用されている何が解雇されなければいけないか」 という視点で競合を捉えることが大事です。

ウィルキンソン 「夜専用炭酸水」 が新たに雇用されるとき、お客さんの頭の中では次のようなリプレイスが起こります。

まずはお茶や水が解雇されるでしょう。日常的な飲み物なので夜の気分転換になりにくいからです。

また、ジュースが解雇されます。甘すぎて夜に飲んでリラックスしたいという文脈に合わないからです。他には、ノンアルコールビールなどのノンアル飲料も解雇される可能性があります。アルコール文化の延長に感じるためです。

代わりに、ウィルキンソンの 「夜専用炭酸水」 は、飲まない夜のための晩酌体験をつくる新しいワーカーとして雇用されるわけです。飲まないのに飲んでいるような満足感を提供するワーカーとしての役割を果たします。

お客さんにとっての最適なワーカーを目指す

ジョブ理論を活用すると、自社の商品やサービスが 「どんな状況にいるお客さんの、どんなジョブを解決しようとしているのか」 を、より具体的かつ多面的に考えられます。

マーケティングでは、誰が顧客かを決め、そのお客さんの 「置かれた状況」 「その状況下で生じているニーズ」 「既存の商品や方法では解消されていない未充足ニーズ」 を理解することが大事です。

こうした顧客文脈までを解像度高く理解することで、お客さんが求める便益を提供できる商品開発、便益を顧客文脈に沿ったマーケティングに結びつけられます。

アサヒビールは、「ノンアルコール市場 = アルコール代替」 という固定観念を壊し、夜をどう過ごしたいかという文脈から注力顧客のジョブを再定義しました。

これにより、従来のノンアルコール市場とは異なる新しいカテゴリー、すなわち 「夜を楽しむ飲み物」 をつくり出しています。

ジョブ理論で見れば、アサヒビールが提供しているのは、夜に気分を切り替え、自分を大切にする時間のための商品です。ウィルキンソンは、喉の渇きを潤す炭酸水にとどまらず、夜の心を満たすパートナーへと進化したと言えます。

この事例は、ジョブ理論が示す 「人がどんな進歩を遂げたいのか」 を深く掘り下げることにより、既存のカテゴリーを超えた新しい需要を開拓できることを示しています。

お客さんの 「飲まない夜にも、ちょっとした特別感がほしい」 というジョブを満たしたウィルキンソンは、そのための最適なワーカーとして、アルコール飲料を飲まない人の晩酌文化を再定義したのです。

* * *

この新しいワーカーが継続的に雇用され続けるかには、ビジネス上の課題も存在します。

想定価格は 350ml 缶で 200 円前後であり、物価高のなかで注力顧客に据える若年層にリピートしてもらえるかがカギを握ります。お客さんのジョブを解決する価値が価格に見合うと判断され、繰り返し 「雇用」 されるかどうか。この物語の次の章は、そこに懸かっています。

まとめ

今回は、ウィルキンソンの 「夜専用炭酸水」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客の 「ジョブ (遂げたい進歩) 」 に焦点を当てる。お客さんが本当に求めているのは 「ある特定の状況で遂げたい進歩」 。商品やサービスは、ジョブを完了させるために顧客に 「雇われるワーカー」 として捉える
  • ジョブが生まれる 「状況 (顧客文脈) 」 を理解する。ジョブは特定の状況という原因があって生まれる結果。お客さんに最適なワーカーとして繰り返し雇ってもらうためには、ジョブが生じる背景となるジョブの文脈を把握する
  • 既存のワーカーの 「未充足ニーズ」 を見つける。新しい商品やサービスが選ばれるのは、既存の解決策 (ワーカー) では満たされていない未充足ニーズがあるから。自社の商品が新たに雇用されるためには、今ある何が解雇されるのかというリプレイスの視点を持つ
  • お客さんにとっての最適なワーカーとなるために、「誰が顧客か」 「どんな状況でどんな進歩を求めているか」 「既存の方法の何が未充足か」 「どうすればジョブをスムーズに終わらせられるか」 という視点で商品やサービスを具体的に設計する
  •  「今、お客さんはどういったジョブを片付けようとしているか?」 と絶えず問い続ける姿勢が重要。固定観念にとらわれず、顧客のジョブを捉え直すことで、変化に対応し長期的に選ばれる存在になれる