#マーケティング #ブランド #共創
商品を 「ブランド」 として、お客さんの記憶に刻まれる存在として確立させるためにはどうすればいいのでしょうか?
ブランドが構築されるためのカギとなるのが 「ブランド連想」 の力です。この力を利用することで、特定の顧客文脈において自然とブランドがお客さんの頭の中で思い浮かばれるようになります。
そして、ブランド連想が起きるためには 「独自ブランド資産」 を築くことが重要です。
今回は、受験生のバイブル本である 「赤本」 のリニューアル事例から、ブランディングへのヒントを紐解きます。
大学受験生のバイブル 「赤本」
受験生のバイブルと呼ばれる通称 「赤本」 が創刊70年を迎えています。
赤本がリニューアル
赤本を発行する世界思想社教学社が、令和7 (2025) 年版から新デザイン案を採用しました (2025年版は2024年5月に刊行) 。
リニューアルされた赤本の表紙のデザインは、メインカラーの赤色はそのままに、帯の部分などにパステルカラーを織り交ぜた柔らかい配色がされています。
大学名は書体に余白を感じさせるデザインになった印象です。従来は幾何学模様で直線的なデザインでしたが、曲線を入れ込んだものに変わりました。
では、赤本のリニューアルの背景を見ていきましょう。
想定外の 「赤本は障壁」 というイメージ
赤本がリニューアルされたきっかけは若手社員の一言でした。
社員いわく 「受験生にとってみれば、赤本は乗り越えなくてはならない "障壁" のようなイメージを持たれていますよ」 と。
この感覚は私自身の赤本に持つイメージと近いです。
赤本は志望大学の数年分の過去問が載っています。過去の出題傾向をつかむために早めのタイミングでざっと見たり実際に解こうとするわけですが、初見では歯が立たないことも普通に起こります。
志望校に合格するためには 「これはなんとかしないといけない」 という危機感が生まれ、越えなければいけない障壁のような存在になるわけです。
話を赤本のリニューアルに戻すと、長年にわたり 「受験戦争を共に闘う相棒」 のようなつもりで出版してきたという世界思想社教学社の上原社長にとって、「赤本は障壁」 という捉えられ方は衝撃でした。
そこで社長はリニューアルへと舵を切ることを決めます。
刷新のねらいについて上原社長は 「真面目で硬い、厳しいといったイメージを払拭し、親しみのあるソフトなものにしたかった」 と語る。編集部マネージャーの中本多恵さん (40) も 「受験生に寄り添い、サポートする存在だと思ってもらいたい」 と期待する。
初めて 「赤本」 と自称
今回の赤本のリニューアルのもう1つの特徴は、シリーズ名称が変わったことです。
初めて 「赤本」 という言葉を冠し、今までの 「大学入試シリーズ」 の名称を 「大学赤本シリーズ」 に変更しました。
もともと 「赤本」 という名は、表紙の真っ赤な色にちなんで、受験生や関係者らの間で広がった通称名です。
一方で赤本という言葉には広辞苑によれば 「俗受けをねらった低級な安い本」 という意味もあり、受験生用の赤本をつくっている会社側としては 「そんなイメージを持たれては困る」 という思いもあったそうです。上原社長によれば 「創業者は当初、赤本という呼び名に困惑していたらしく、抵抗感があった」 とのことです。
しかし、そうした見方が変わる出来事がありました。
令和元年に京都大で行われた式典で、京大教授が 「赤本はひとつの文化」 という趣旨の発言をしたのだ。それを聞いた上原社長は 「ネガティブなイメージをぬぐえないでいたが、お墨付きをもらえたようでうれしかった」 という。
同社 (引用者注: 世界思想社教学社) にはこれまでにも 「赤本手帳」 など 「赤本」 を冠した派生商品はあったが、肝心の本家の正式名称にはなっていなかった。だが、社長の決断もあって、今回のリニューアルから、表紙に 「赤本」 という言葉を登場させることになった。
赤本リブランディングから学べること
では赤本の話から、学べることを掘り下げていきましょう。
今回の赤本のリブランディングは、作り手のこだわりを捨て、利用者やファンのイメージにブランドを合わせにいった事例です。
長年にわたって蓄積したブランド連想からの 「独自ブランド資産」 に対して、売り手が自ら近づいていったということです。
では 「ブランド連想」 と 「独自ブランド資産」 について、順番に見ていきましょう。
ブランド連想とは
ブランド連想は、人の記憶ネットワークの中にできるブランドにひもづく認識、印象、解釈、体験したことの連想イメージです。
ブランド連想が強化されていくことで、独自ブランド資産が人の頭の中でできあがっていきます。
独自ブランド資産に一貫性があればブランド連想は強化され、お客さんはブランドを容易に思い出すことができます。
ブランド連想には二方向があります。
- 文脈からブランドへの連想 (文脈 → ブランド)
- ブランドから文脈の連想 (ブランド → 文脈)
前者はそのシチュエーションという特定の顧客文脈でブランドが想起されることです。シチュエーションがあり、ブランドが連想され、欲しいと思うという流れです。
もう1つの連想のされ方は、ブランドのロゴや広告を見たときに利用シーンやシチュエーションなどの文脈が思い出されることです。ブランドを見たり聞くことによって、シチュエーションが思い浮かび、そのシーンになりたいという気持ちになります。
赤本のブランド連想
赤本にブランド連想を当てはめると、「文脈からブランドへの連想 (文脈 → ブランド) 」 は、大学受験の必須のアイテム、志望校の過去問集と言えば赤本が真っ先に思い浮かぶという受験生が持つイメージです。
それに対して、逆向きのブランド連想である 「ブランドから文脈の連想 (ブランド → 文脈) 」 は、赤本と言えば大学受験のバイブル本という実績と存在感です。それぐらい赤本は長年にわたって受験生の間で定着しています。
こうしたブランド連想が強化されることで、ブランドには 「独自ブランド資産」 ができていきます。
独自ブランド資産 (DBA) とは
独自のブランド資産 (Distinctive Brand Assets: DBA) とは、ブランドが他のブランドと区別され容易に識別されるための独自の特性のことです。
具体的には、ブランド資産には、ブランド名、ロゴ、コピーやメッセージ、パッケージデザイン、色、音、キャラクターなどです。ブランドを連想したり特定するために人々が関連付けるさまざまな要素を含みます。
共創でつくるブランド
赤本のリブランディングでもう1つ注目したいのは、ブランド構築において 「共創」 の要素があることです。
赤本は今回のリニューアルで、売り手である世界思想社教学社だけでブランド構築をするのではなく、お客さん (赤本を利用する受験生) との相互作用によってブランドを築こうとしています。
これは、 「ブランドは、売り手である自分たちだけでつくるものではない」 という重要な教訓をもたらしてくれます。
赤本のケースから学べるのは、ブランドは売り手と買い手との間の 「共創」 によって生み出せるということです。
お客さんの声を聞き、商品やサービスへの認識を理解し、それらをお客さんからのフィードバックとして商品に反映させることで、商品はブランドというお客さんが持つ意味合いに近づいた存在になっていくのです。
"とらわれ" からの脱却
赤本のリニューアル事例から学べるもう1つは、「 "こだわり" と "とらわれ" は紙一重である」 ということです。
もともと赤本という名称は売り手が名付けた名前ではなく、表紙と裏が真っ赤な本という見た目で、受験生たちが勝手にそう呼び始めてのことです。いつの間にか 「赤本」 が正式名称のように定着しました。
しかし売り手の世界思想社教学社は、赤本という名前に抵抗感を持っていました。広辞苑には赤本は低俗な本を指すというポジティブな意味ではないことが示されていたからです。
この認識を変える 「赤本は文化である」 という趣旨の京大教授の言葉の後押しもあり、世界思想社教学社は赤本という名前を正式に取り入れる決断をしました。
赤本を正式には名乗らないという自分たちのこだわりを捨て、とらわれから脱却したのです。
まとめ
今回は赤本のリニューアル事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ブランド連想は、人の記憶のネットワークにおいてブランドに関連する認識や印象が強化されたプロセス
- 二方向の連想がある。特定のシチュエーションでブランドが思い起こされる 「文脈からブランドへの連想」 、もう一方はブランドのロゴや広告を見ることで特定のシチュエーションを思い出させる 「ブランドから文脈への連想」
- 連想の二方向性によりブランドはお客さんの記憶や心に定着する。思い出されやすく選ばれやすい存在になれる
✓ 独自ブランド資産
- 独自ブランド資産は、ブランドが他のブランドと区別され、容易に識別されるための特性を指す
- たとえば、ブランド名、ロゴ、メッセージ、パッケージデザイン、色、音、キャラクターなど
- これらの要素は、ブランドを特定しやすくし、ブランドの識別性と独自性を高める
✓ 共創からのブランディング
- ブランド構築においては、売り手だけでなく買い手・使い手との共創が重要
- 赤本のリブランディングでは、売り手である世界思想社教学社が受験生の赤本の捉え方を取り入れ、共にブランドを形成していくプロセスがとられた
- ブランドが企業からの一方向での産物ではなく、お客さんの参加によってブランドが形成できることを示している
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