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パスタ調味料 「パスタキューブ」 。マーケティングの格言で解き明かす、表面的なニーズを超える方法

#マーケティング #顧客理解 #未充足ニーズ

お客さんの声に耳を傾けることは重要ですが、その声が本当にお客さんが求めているものを正確に反映しているとは限りません。

お客さんの言葉の裏には、もっと深い本質的な望みが隠れていたりします。それを見抜き、商品開発やマーケティングに活かすことが大事です。

では、どうすればお客さんが本当に求めているものを探り当て、ヒット商品につなげられるのでしょうか?

今回は、味の素のパスタ調味料の 「パスタキューブ」 の事例から、お客さんからの本当の望みを見極めての商品開発やマーケティングの秘訣を紐解きます。

パスタ調味料 「パスタキューブ」 


出典: 味の素

味の素が2024年2月に発売したパスタ調味料 「パスタキューブ」 が、好調な滑り出しを見せています。

発売から1カ月半がたった2024年3月25日週の1店舗あたりの販売金額 (インテージ社 SRI+) で、パスタキューブの 「香ばし醤油」 味がパスタソース部門の1位、「うま辛ペペロンチーノ」 味が3位を記録しました (参考記事) 。

パスタキューブは、フライパンひとつで簡単にパスタを作れるワンパンパスタの調味料です。

出典: 味の素

調理方法は簡単で、具材を炒めたフライパンで水を沸騰させ、パスタ麺、そしてパスタキューブを加えます。あとは水分を飛ばしながらゆで上げるだけで、本格的なパスタがつくれるというものです。

開発のきっかけ

パスタキューブの開発のきっかけになったのは、味の素の別ブランドである 「鍋キューブ」 のユーザーインタビューでの声からでした。

特に n1 インタビューというデプスインタビュー (1対1で深く掘り下げるインタビュー) による生活者への洞察が重要な役割を果たしました。

インタビューからは、次のようなことがわかりました。

消費者の声としてたとえば挙がったのは、「鍋料理は家にある肉や野菜を入れるだけでつくれる。献立の心強い味方だから、暑い夏でも食べられる鍋つゆが欲しい」 という具体的な要望でした。

もし 「消費者の声」 にそのまま応えるなら…

もしこうした顕在化したニーズをそのまま受け取ると、開発すべき新商品は 「夏向けの鍋つゆ」 になるでしょう。例えば 「トムヤムクン味」 や 「カレー味」 の鍋つゆです。既存の鍋キューブの味を使った夏野菜鍋を提案するといった発想になります。

しかし、実際には競合も含めて夏向けの鍋つゆ製品がほとんど成功していないことから、「暑い夏でも食べられる鍋つゆが欲しい」 というのは表面的なニーズにすぎず、本当に消費者が望んでいることを反映していないことがわかります。

見出した本当のニーズ

そこで味の素が見出した消費者の奥にある本当の望みは、「鍋そのものではなく、栄養バランスが良く、簡単で家族からも喜ばれる料理を季節を問わずつくりたい」 という潜在ニーズでした。

消費者の本質的なニーズにもとづき、鍋つゆというメニューにこだわることはせず、開発候補に挙がったのは丼物やパスタでした。

最終的に味の素がパスタを選んだのは、成熟した調味料市場の中でも "ワンパンパスタ" というジャンルが生まれつつあったこと、そして製品開発に味の素に蓄積された技術的な知見を活かせると判断したからとのことです。

あらためてパスタについて調査をすると、約40回にわたって実施したインタビューからわかったのは、既存のパスタソース商品に野菜や肉を加える消費者の中で、市販のソースをそのまま使うことに対する罪悪感を持つ人が一定数いることでした。

ここまでを整理すると、表面的なニーズは 「夏でも食べられる鍋つゆが欲しい」 でしたが、味の素が解釈した生活者が求めているのは、次のようなニーズでした。

  • 栄養バランスの良い食事: 1品で炭水化物、肉、野菜を摂取でき、健康意識の高まりに対応できる
  • 献立の多様性: 鍋以外の選択肢も欲しい。季節を問わず楽しめる料理を食べたい
  • 簡単さと効率: 調理の手間を減らしたい。洗い物を少なくでき、ひとつの鍋やフライパンで済ませられる
  • ひと手間をかけたい: 既製品をそのまま使うのではなく、自分なりのアレンジを加え、手作り感のある料理にしたい
  • 家族からの評価: 家族に喜ばれる料理を作りたい。実際は手間がかかっているのに 「手抜き料理」 と思われたくない


これらの消費者の本当の望みを理解することで、味の素は 「夏向け鍋つゆ」 ではなく、より広く消費者ニーズに応えるワンパンパスタの 「パスタキューブ」 の開発に乗り出したのです。

マーケティングの格言に見るバスタキューブ


ところで、マーケティングの世界には、「お客さんが欲しかったのは4分の1インチのドリルではなく、本当に欲しいのは壁に4分の1インチの穴を空けることである」 という有名な格言があります。

この言葉は、消費者の表面的なニーズ (ドリルを買う) ではなく、その背後にある本質的なニーズ (自宅の壁に穴を空けたい) を理解する重要性を示しています。

では、この考え方に沿って、パスタキューブの事例を当てはめてみましょう。

表面的なニーズ (ドリル) 

インタビューから聞かれた消費者の声は 「夏でも食べられる鍋つゆが欲しい」 や 「市販のパスタソースに野菜や肉を加えて食べたい」 というものでした。

これらは、消費者が一見求めている商品や調理方法に見えます。夏向けの鍋つゆや既存パスタソースに具材を足す行動が解決策になりそうですが、実はこれは格言で言う 「ドリル」 に当たる部分です。

奥にあった本当の望み (穴) 

実際に消費者が求めていたのは、調理に手間をかけず、それでいてバランスの取れた食事を作ることです。

栄養バランスが良いものを簡単に作れて家族が満足する食事を提供したい、それを手間をかけずに手作り感を演出したいという思いです。これが格言の 「穴」 のほうです。

味の素のパスタキューブは、この本質的なニーズに焦点を当て、簡単に作れるワンパンパスタという解決策となることを目指しています。

パスタソースが選ばれる理由

味の素は、表面的なニーズ (夏に鍋を食べたい) に応えるのではなく、根本的なお客さんの望みを理解し、深い顧客理解にもとづく新製品 「パスタキューブ」 を開発しました。

パスタキューブがお客さんに価値をもたらすのは、次のような特徴を持っているからです。

1つ目は 「簡単さ」 です。ワンパンで作れるという利便性が、調理の手間を減らし、消費者が求めていたニーズに応えます。

2つ目は 「栄養バランス」 です。具材を追加でき、パスタ料理で栄養バランスを整えやすく、消費者が望む 「家族を満足させる栄養バランスの良い食事」 に適しています。

3つ目は 「手作り感」 です。市販のパスタソースだけで済ますような手抜き感を出すことなく、あるいは手抜きをしてしまったというモヤモヤ感や罪悪感を抱くことなく、手作り感を持たせることができる点です。自由にアレンジできる余地を残し、季節を問わず使える利便性も持ち合わせています。

このように、パスタキューブはお客さんが言ったこと (表面的なニーズ) をそのまま言葉どおりに受け取るのではなく、お客さんが本当に解決したい望みにフォーカスしたことで生まれたヒット商品です。

まとめ


今回は味の素のパスタ調味料 「バスタキューブ」 の事例から、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 味の素は既存商品の 「鍋キューブ」 のユーザーへのデプスインタビューからは 「夏でも食べられる鍋つゆが欲しい」 という声を得たが、これは表面的なニーズと判断した。洞察した本質的なニーズは 「簡単で栄養バランスが良く、家族に喜ばれる料理を作りたい」 だった

  • インタビューでの消費者の発言をそのまま受け取ると、新商品の開発は夏向けの季節限定の鍋つゆになるが、表面的なニーズの背後にある本当の望みに応える商品を目指した。ワンパンパスタという新しいジャンルに注目し、技術的な強みを活かしてパスタキューブが生まれた

  • マーケティングの格言である 「お客さんが欲しかったのは4分の1インチのドリルではなく、本当に欲しいのは壁に4分の1インチの穴を空けることである」 が当てはまる事例。お客さんの言葉をそのまま受け取るのではなく、お客さんが真に求めているのはどんな顧客価値かを理解することが大事


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。