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すき間を埋めるキッチンマット。「無知の知」 からのヒット商品開発。知らなかったプチストレスを見つけ解決

#マーケティング #お客さんの困りごと #顧客価値

お客さんのことをどれだけ知っているでしょうか?

この問いに本当に胸を張って 「十分に理解している」 と答えられるでしょうか?

お客さんに寄り添い、小さな困りごとにまで気づくことは大事ですが、少なくない企業は、お客さんの隠れたニーズや悩みに気づかず、つい見過ごしてしまっているかもしれません。

今回は、カインズの 「すき間を埋めるキッチンマット」 を取り上げます。このマットは、消費者の日々のちょっとした不便に着目し、お客さんの共感を得た事例です。

この事例から学べる 「無知の知」 への意識、顧客起点の商品づくりやマーケティングの重要性について掘り下げます。

すき間を埋めるキッチンマット


出典: ITmedia

ホームセンターのカインズが2024年6月に発売したオリジナル商品の 「すき間を埋めるキッチンマット」 。

好調な売上のきっかけとなったのが、2024年7月20日にカインズが公式インスタグラムで投稿した動画でした。


この動画の投稿直後に一部店舗で品切れになったほどです。

開発の経緯

 「すき間を埋めるキッチンマット」 の開発背景には、キッチンマットの購入客からの悩みの声がありました。

カインズの開発担当者によると 「キッチンと床の隙間にほこりや米粒、ピーマンの種などのゴミがたまりやすく、掃除機も入らないので掃除がしにくい」 という意見が多く寄せられていたとのことです (参考記事) 。

この問題を解消するために、キッチンマットの端に筋を付けて L 字に折り曲げられるようにし、隙間にゴミがたまらないよう工夫しました。

カインズは開発に際しては、キッチンマットを固定したときに折り目がしっかりと自立する硬さと、マットの上に立っていても疲れにくいクッション性を両立させることに苦労したとのことです。

好調な売上

 「すき間を埋めるキッチンマット」 は全12種類あり、フラワー柄やリーフ柄などの柄物が8種類と、モカ、ピンク、ベージュ、グレーの無地4種類を用意しています。

インスタグラムの投稿で紹介されたのは無地の4種類でした。キッチンマットには意外と無地の品ぞろえが少なく、インテリアの邪魔をしない無地が欲しいという消費者に響いたのも、インスタの動画が注目された要因でしょう。

売上も好調で、2024年9月25日に行われたカインズの新商品発表会で、高家正行社長は 「最初の10日間でインスタグラムの動画が700万回再生された。カインズの年間来店客 (レジの通過者数) が1億5000万人なので、それと比較しても非常に大きな数だ」 と述べました (参考記事) 。また、「店頭や文字で伝えられる情報量には限りがある。リアルとデジタルをうまく組み合わせて、商品の良さを伝えていきたい」 とも語りました。

カインズの店頭の POP でも、「キッチンと床の隙間にゴミがたまる」 という身近な悩みを訴求ポイントとして強調しています。お客さんの声をきっかけに生まれた 「すき間を埋めるキッチンマット」 は、SNS ユーザーの共感を得て注目され、お店での販売促進につながった成功例です。

学べること


では、カインズの 「すき間を埋めるキッチンマット」 の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

生活者への理解に貪欲であることの重要性

ビジネスで成功するためには、お客さんのニーズや悩みを深く理解することが不可欠です。カインズの 「すき間を埋めるキッチンマット」 は、その好例と言えます。

カインズは、キッチンと床の隙間にゴミがたまりやすいという、ともすると見過ごされがちな生活者の困りごとに着目しました。

顧客中心のアプローチを取るためには、お客さんの生活や習慣、そしてお客さんが日々直面するプチストレスとなり続けている小さな困りごとにまで注意を払うことが大事です。今回の事例は、お客さんの声に耳を傾け、その声を製品開発とマーケティングに反映させることの重要性を示しています。

多くの企業が見過ごしてしまうような些細な問題にも、実は消費者の潜在的な需要が隠れている可能性があるからです。

無知の知を意識する

企業は、顧客ニーズをある程度理解していると考えがちです。しかし、実際にはまだまだ自分たちが知らないお客さんの悩みや問題が潜んでいるものです。

ご紹介した 「すき間を埋めるキッチンマット」 の場合も、カインズの開発チームは、既存のキッチンマットに対して 「キッチンと床の隙間にゴミがたまる」 と満足していない消費者がいることにあらためて気づきました。自分たちの知識や理解に限界があることを認識し、新しい顧客理解を求める姿勢があったからこそ発見できたわけです。

企業は 「自分たちすでに顧客ニーズを十分に理解している」 という思い込みを捨て、常に新しい気づきを求める意欲を持つべきです。カインズの事例が教えてくれるのは、このような謙虚さと好奇心を持つことで、売り手である自分たちがお客さんについて知らないことがまだまだあるという 「無知の知」 を認識できるということです。

知らなかった困りごとを問題として設定する

お客さんの声を真摯に受け止めることで、これまで気づかなかったお客さんの困りごとを発見できます。

キッチンの端と床の隙間にゴミがたまりやすく、掃除をするのが難しいという状況を多くの人が日々感じていながらも、生活者が解決策を見出せずにいた問題でした。そこでカインズは、これを解決すべき問題と捉えたのです。

新しい商品開発の出発点とし、日常の中で見過ごされがちな問題に焦点を当てることによって、新たな顧客ニーズを掘り起こすことができました。

お客さんの問題を解決する商品をつくる

問題を発見したら、次は解決する商品を開発する段階です。発見した問題に対して、具体的な解決策を提供することが求められます。

カインズは、キッチンマットの端に筋を付けて L 字に折り曲げられるデザインを考案しました。隙間にゴミがたまるのを防ぎ、なおかつ掃除の手間を減らすことができるキッチンマットです。

カインズは、発見した問題に対して、使いやすく効果的な解決策をつくり出しました。シンプルで効果がわかりやすいアイデアが消費者から評価されたのでしょう。

商品の特徴を伝え、顧客価値を知ってもらう

どれだけ優れた商品でも、その価値が世の中に伝わらなければお客さんに選んでもらえません。

カインズは公式インスタグラムで 「キッチンと床の隙間って、ゴミがたまりがちなのに掃除がしづらい…」 というキャプションとともに動画を投稿しました。この投稿は1000万回近く再生され、投稿後に一部店舗で商品が欠品するほどの多くの共感を呼びました。

無地カラーのラインアップを紹介することで、すき間を埋めるキッチンマットは 「インテリアの邪魔をしない商品が欲しい」 というニーズにも応えています。

カインズのコミュニケーションでは、商品の使用方法と効果を視覚的に分かりやすく伝え、消費者に 「これは自分に必要なものだ」 と思わせることに成功しました。商品の機能や特徴だけにとどまらず、商品がどのようにお客さんの生活を改善するか、問題を解決するかを具体的に示すことが重要です。

お客さんに選んでもらう状態にする

マーケティングの観点で大事なのは、商品をお客さんに選んでもらうための環境づくりです。

カインズは SNS での情報発信だけでなく、「すき間を埋めるキッチンマット」 の好評を受けて販売店舗を拡大し、さまざまなサイズと色展開を用意し、商品を手に取りやすい状況を整えました。また、店頭での POP なども活用して、オンラインでの反響を実店舗での販売につなげています。

商品に知って関心を持ってもらえ、商品のことを理解してもらった後は、購入への障壁を可能な限り低くすることが大切です。

適切な価格設定、豊富な品揃え、購入しやすい販売チャネルの提供など、お客さんが 「欲しい」 と思ってから 「買う」 までのプロセスをいかにスムーズにできるかが、お客さんから選ばれやすい状況を実現するカギを握ります。

まとめ


今回はカインズの 「すき間を埋めるキッチンマット」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客理解では 「無知の知」 を意識し、自分たちがまだ知らないお客さんの困りごとや望みがあるのではないかという姿勢を持つ。思い込みを捨て、お客さんのニーズや悩みに貪欲に向き合い、新しい発見がないかを追求する

  • 知らなかったお客さんの困りごとを問題として設定し、問題解決を図ることで新たな顧客ニーズを掘り起こすことができる。お客さんの困りごとを解消する顧客起点での商品づくりとマーケティングが重要

  • 適切な価格設定と購入しやすい販売チャネルに展開し、コミュニケーションを通してお客さんが欲しいと思ってからスムーズに購入へつなげられる環境を整える

  • お客さんの文脈に沿った商品の特徴を訴求することで、お客さんに 「自分向けの商品」 と思ってもらい、選ばれる状態をつくる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。