#マーケティング #商品開発 #OODAループ
社会や人々の生活環境は常に変動し、その変化が顕在化する前に予兆としてあらわれることがあります。
では、どうすれば世の中の変化を読み解き、そこから新たな顧客価値を生み出せるのでしょうか?
三菱鉛筆の 「ジェットストリーム ライトタッチインク」 は、世の中の予兆をとらえた開発でした。今回はライトタッチインクの開発の背景を追いながら、社会の変化を先取りし、新たなトレンドを創り出すための方法を紐解きます。
三菱鉛筆のジェットストリームの進化
三菱鉛筆のジェットストリームは、2006年に登場したときから 「なめらかな書き心地」 を特徴としてきました。
しかし実は、発売当初は 「滑りすぎて逆に違和感がある」 という声も少なからずあったとのことです。それでも、時を経るにつれて、ジェットストリームの他にはない滑らかな書き心地に慣れるユーザーが増え、ジェットストリームは今では年間1億本以上売れる大ヒット商品へと育ちました (参考記事) 。
ジェットストリーム ライトタッチインク
そんなジェットストリームから新たに 「ジェットストリーム ライトタッチインク」 が登場しました。
従来品以上の滑らかな書き心地を実現するため、インク配合を大幅に見直した初のモデルです。
モノトーンを基調とした見た目も特徴的です。今までのジェットストリームのフォルムを残しつつ、モノトーンが採用されました。ジェットストリームらしさを守りながら、より洗練されたデザインに仕上がっています。
価格は、単色ペンは1本220円、多機能ペン (黒・赤・青・緑 + シャープペンシル) は1本1430円です。
では、「ジェットストリーム ライトタッチインク」 の開発の経緯を見てみましょう。
ダイヤルの軽さから生まれた新発想
ジェットストリームの開発担当者は、ある日、電子レンジのダイヤルを回したときに 「前よりも滑らかに回せるようになっている」 ことに気づきました (参考記事) 。
普通なら、「あ、ちょっと使いやすくなったな」 と思う程度かもしれません。しかし担当者はそこから 「世の中全体がもっと軽やかで滑らかなものを求めているのではないか」 という視点に発展させました。
ボールペンの開発には一見すると何の関係もない日常の一コマに映りますが、しかし 「世の中の動向を日常の小さな変化から探る」 という観察姿勢を見受けられます。
世の中がより滑らかな方向にシフトしているのなら、ボールペンのインクだって 「より滑らかな書き味」 が求められているかもしれない――。レンジのダイヤルのまわしやすさに気づいた担当者は、ボールペンにおいてもさらなる滑らかさがきっと求められるだろうという仮説を持ち、後の新しいジェットストリームとなる 「ライトタッチインク」 を開発しました。
ここで重要なのは 「いずれ来るだろう」 という未来への確信を持って先行して動いたことです。こうした一歩先の仮説を導き出せる視点は、顕在ニーズだけでなく潜在ニーズを捉えるうえでカギを握ります。
OODA ループからの価値創出
ジェットストリームの事例に見る、「何気ない気づき」 から 「自社の製品開発への落とし込み」 は、OODA ループのフレームワークに当てはめてみるとわかりやすいです。
OODA ループとは
OODA ループは意思決定と実行のプロセスです。OODA は4つの頭文字です。
✓ OODA ループ
- Observe (観察) : 情報を収集し観察する
- Orient (状況判断) : 観察内容を掘り下げ意味合いや示唆を抽出する
- Decide (意思決定) : 状況判断にもとづいて決断をする
- Act (行動) : 実際の行動に移す
この4つを何度もまわしていきます。
ライトタッチインクへの当てはめ
では 「ジェットストリーム ライトタッチインク」 に OODA を当てはめてみましょう。
1つ目の Observe (観察) では、電子レンジのダイヤルが以前よりも滑らかに回せることに気づいたことです。物理的な変化を見つけるだけにとどまらず、次の状況判断につながる 「一体どういうことなのか」 や 「なぜそうなったのか」 を掘り下げる姿勢が大事です。
2つ目の Orient (状況判断) では、世の中全体で 「余計な力をかけずに操作したい」 、「無駄なストレスを減らしたい」 といったニーズが高まっているのではないかと仮説が立てられました。高齢化や時短志向、ストレス軽減などの理由から、社会全体で 「余計な力をかけずに操作できる、滑らかなもの」 が求められていると解釈したのです。
観察した事象のことを感想レベルで終わらせず、奥にあるトレンドへの察知、生活者の価値観や心理の変化を分析し、自社の商品領域にどう影響があるかを考えることがポイントです。
3つ目は Decide (意思決定) です。ジェットストリームのインクを、さらに滑らかにする方向で改良することが決断されました。ジェットストリームはロングセラーの定番商品であるがゆえ、インクを変えるのは不確実性 (リスク) を伴います。しかし、より滑らかさな体験を求める世の中の流れを確信的に捉え、あえて大幅な変更に踏み切るという意思決定が下されました。
4つ目は Act (行動) です。三菱鉛筆は、ジェットストリームのインク組成を一から見直し、筆記抵抗を減らせたかどうかをさまざまな紙質でテストを繰り返しました。また、社内のヘビーユーザーに試作品を使ってもらいフィードバックを得ました。
以上の OODA ループをまわすカギを握るのは、最初の観察からの解釈にあります。
観察によって日常のなかに埋もれている小さい変化をキャッチし、解釈を入れ、新しいニーズやトレンドに結びつけられるかどうかです。
学べること
では 「ジェットストリーム ライトタッチインク」 の事例から、学べることを汎用化してみます。
普遍化する力が新しいアイデアを生む
大事なのは 「普遍化する力」 です。
何かひとつの事象を見つけたとき、自社ビジネスの文脈にどう当てはまるかを考え、新たな仮説を立てられるかどうかです。
今回の事例では電子レンジのダイヤルから 「滑らかさ」 というキーワードを抽出し、ペンに置き換えられ、開発が始まりました。柔軟な発想と行動が、ライトタッチインクの開発を推進したのです。
私たちは日常生活の中で、「あれ、ここがちょっと変わってるな」 と感じるシーンはたくさんあるはずです。しかし、多くの場合、そのまま流れていってしまい、そこで終わりです。しかし、日常でのちょっとした違和感を見逃さず、「なぜだろう」 「これって自分の仕事に活かせないだろうか」 と思考を進めることによって、新たな価値創造への一歩になります。
今日からできるアイデア発想と実行力の高め方
ジェットストリームの開発事例からは、私たちにもできるアイデアのつくり方を学べます。
小さな変化に気づき、仮説を立てる
社会のトレンドは、身近なところで顔をのぞかせます。何気ない日常シーンにこそ、ヒントが潜んでいるものです。
例えば 「電子レンジのダイヤルのまわしやすさ (軽さ) 」 という一見すると自社ビジネスとは無関係なことでも、そこに世の中全体のニーズが潜んでいるかもしれないと捉えるわけです。
顕在ニーズだけでなく、潜在ニーズにも目を向ける
すでに大多数の人たちが感じている不満や不便を解消するのも重要ですが、まだ多くの人々が気づかれていない困りごと、なくても困らないけれどあればうれしいことを探る視点が新しいアイデアへのきっかけになります。
ジェットストリームの場合、2006年の発売当初は 「書き心地が滑らかすぎて違和感がある」 と言われていたのに、今や定番となり、今回のライトタッチインクでは、さらに上の滑らかさを目指すまでに至りました。
時代の流れを先取りし、ユーザーの期待を超える
すでにある顕在化したニーズに対応するだけでは、価格競争や類似商品との横並びになりやすいことでしょう。
そうではなく 「次に来るものは何か?」 と一歩先や半歩でもいいので未来のトレンドを見据えることが大事です。
今回のライトタッチインクの事例は、まだ多くの人が意識していない段階で 「もっと滑らかな書き心地が求められるでは?」 という未来への仮説を立て、新製品に結びつけた成功例です。
新しい価値をつくりにいく姿勢
ジェットストリーム ライトタッチインクは、OODA ループの観察、解釈、意思決定、実行によって、顕在化しきっていない潜在ニーズにもアプローチし、世の中に新しい価値を提案しました。
消費者にすでに認知されているジェットストリームだからこそ、あえて 「もっと軽く・もっと滑らかに」 という進化は、お客さんやファンの期待を超えるインパクトになります。
私たちも、日頃から 「何かちょっとした違和感や変化」 を感じたときに、それを自分の仕事やビジネスへ転用できないかを考えてみる姿勢が大事です。
まとめ
今回は、三菱鉛筆の 「ジェットストリーム ライトタッチインク」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- OODA ループは、① Observe 観察、② Orient 状況判断、③ Decide 意思決定、④ Act 行動で、情報を収集・解釈し実行に移すプロセス
- アイデア発想と実行力の高め方は、① 小さな変化に気づく、② 潜在ニーズの発掘 (事象を普遍化する) 、③ OODA ループをまわす、④ ユーザーの期待を超える価値にまで高める。新しい価値をつくりにいく姿勢が大事
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