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iPhone に物理キーボード追加の Clicks Keyboard 。万人受けを捨てるからこそ実現する100人中3人の熱狂

#マーケティング #戦略 #選択と集中

万人向けの製品よりも、一部の人が熱狂する製品をつくる――。

すべての人にそこそこ受け入れられるより、「これは自分のためのものだ!」 と強く共感されるほうが、目指す事業規模の前提によってはブランドの成長につながることがあります。

今回紹介する iPhone 用物理キーボード 「Clicks Keyboard (クリックスキーボード) 」 は、まさにこの戦略を体現した製品です。

 「100人のうち熱狂的に支持してくれる3人の心をつかむ」 というアプローチから、ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

スマホ用の物理キーボード Clicks Keyboard


スマホを使っていて 「やっぱり物理キーボードでサクサク文字入力をしたい」 と感じたことはないでしょうか?

タッチパネルのフリック入力のほうがいいという声は当然ありますが、一方で 「文章は感触のあるキーを叩きたい」 や 「両手の親指でカチカチ打つほうが自分は文字入力がやりやすい」 といった理由から、物理キーボードへのこだわりを捨てきれないユーザー層も存在することでしょう。

この文脈で取り上げたいのが、イギリスのスタートアップ企業の Clicks Technology が開発・販売する 「Clicks Keyboard (クリックスキーボード) 」 というガジェット製品です。

スマホに物理キーボードを装着



クリックスキーボードは iPhone の機種ごとに複数モデルがあり、Amazon.co.jp 内の Clicks 公式ストアで販売されています。

スマホケースに物理キーボードが付いているという、ありそうでなかった製品です。クリックスキーボードのケース本体に QWERTY (クアーティー) 配列の小型キーが付いています。iPhone をケースに装着し、USB Type-C 端子からキーボードを有線接続すると、iPhone で物理キーによる文字入力ができるようになるという仕組みです。


特徴的なのは、スマホの画面の下にキーボード部分が伸びる構造になっており、画面の視認性は損なわないことです。

サイズが縦長になるため携帯性は下がるかもしれませんが、かつてのブラックベリーの携帯電話に代表されるスタイルが思い出され、懐かしいと感じる人もいるでしょう。ブラックベリーは、iPhone が登場する前は、アメリカの当時のバラク・オバマ大統領が愛用するなど一世を風靡したスマホとして世界的に広く知られる存在でした。

クリックスキーボードのキーボードはキーの数は37個と限られていますが、丸みを帯びたキーを両手の親指で押しやすいようなデザインになっています。キートップの傾斜やキー間の適度なスペース、軽やかなクリック感など、小さいからこそ押しやすくするための工夫が見て取れます。

日本語入力との相性

ただ、クリックスキーボードは英語での文字入力を想定したプロダクトなので、日本語入力ではいくつか不便な点があります。

例えば、句点 (。) や読点 (、) は、123 キーの右側に位置する M や N キーを同時に押して入力するという操作が必要です。音引き (ー) は 123 キーとその上にある A キーとの同時押しをします。これらの操作はフリック入力に慣れている日本人ユーザーには取り扱いが難しい印象です。

それでも 「キーを押すたびにカチカチと手応えを感じる感覚が好き」 や 「入力エリアを物理キーになるので、その分だけ画面が広く使える」 という点に魅力を感じる人もいることでしょう。スマホが普及して十数年、タッチパネルが当たり前になった今だからこそ、リアルな打鍵感を求める人が一定数存在しているはずです。

製品価格は2万円台後半と決して安くはありませんが、それでもクリックスキーボードは 「欲しい人には喉から手が出るほど欲しい」 という熱狂的な需要が生まれやすい特徴的な製品です。


100人中3人が熱狂する商品


では、クリックスキーボードから学べることを掘り下げていきましょう。

100人全員にそこそこ受けるより、3人の熱狂

クリックスキーボードが示唆的なのは、100人中の全員から "可もなく不可もなく" という評価をもらう製品を目指すのではなく、100人のうち3人でいいので、強烈に 「これは自分のための製品だ」 と思ってくれる製品にするというアプローチです。

もちろん、企業は規模の大きい市場で万人受けを狙うことは正当な戦略です。スマホの周辺機器なら、汎用性のある幅広い機種に対応し、フリック入力派の人もキーボード入力派の人もどちらも満足できるというそこそこ便利なガジェットにして、数を追うアプローチです。

一方のクリックテクノロジー社はあえてそれをしていません。iPhone や一部の Android のスマホに合わせた専用設計にし、QWERTY タイプのキーボードをスマホでも入力したいという人に向けて、ユーザーに寄り添う姿勢を選んでいます。

クリックテクノロジー社の共同創設者・CMO であるジェフ・ガドウェイ氏は 「1000人に1人でも買う人がいれば、利益が潤沢に得られる」 と語っていますが (参考記事) 、ここにはニッチ戦略を見て取れます。

ニッチをあえて選ぶ戦略

ニッチな事業領域を選び、そこに熱狂的なユーザーが生まれれば、リピート購入や周辺製品への拡張、あるいは口コミを通じたコミュニティ形成など、安定したビジネスの基盤ができます。

もちろんデメリットもあります。そもそもニッチなので顧客数の絶対数は少なく、自社のビジネス規模感に見合わずうまみの少ないビジネスになる可能性があります。規模によるコスト削減などのメカニズムは働きません。市場でのシェアがとれないと、リピート購入にもつながりにくいです。

ニッチな事業領域を選ぶ以上は、良い意味で偏った熱量をもつユーザーに対して深く刺さるクオリティを追求しなければなりません。クリックテクノロジー社が実際に行っているように、機種ごとの形状設計からキー配置やクリック感の微調整まで 「この製品は私のためにある製品」 と感じてもらえるレベルを目指す必要があるのです。

ここまで振り切るからこそ、大多数の合わないユーザーにとっては価値を感じづらい一方で、少数派の人や企業にとっては魅力的な尖った姿が生まれます。

大多数を捨てることで得られる果実

万人受けを狙うとき、多くの場合はコストや開発方針の兼ね合いから、中庸に収まりやすい結果となります。しかし、それでは中途半端な "なんとなくありふれた製品" でしかなく、お客さんが選ぶ理由も 「他より若干安いから」 や 「そこそこ便利そうだから」 といった消去法的な動機になりがちです。

今回のクリックスキーボードが示唆しているのは、極端に言えば100人中のほとんどを注力顧客ではないと割り切る勇気を持つが、ビジネス状況においては求められるということです。

大半の人には要らないかもしれませんが、100人のうちの3人には 「これは自分のためのものだ」 と強く共感されるポジションを狙うわけです。結果としてその3人が製品を愛し、製品の良さを熱心に語り合うコミュニティを形成していくという世界観を目指します。

フリック入力が浸透している日本で QWERTY キーボードが広く通用するのかという疑問はもちろんありますが、その問いはクリックテクノロジー社にとってはさほど本質的ではないのかもしれません。必要としている人が多数派ではなくても、少数派だからこその熱量があるのであれば、市場規模が小さくとも企業の状況によっては成り立つからです。

まとめ


今回は、スマホに物理キーボードを装着できる Clicks Keyboard (クリックスキーボード) の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 万人向けではなくあえて 「熱狂する少数派」 にフォーカスするのも道

  • すべての人にそこそこ満足してもらうより、一部の人に 「これは自分のためのものだ」 と強く思わせるデザイン・機能を追求するアプローチ

  •  「合わない人が多いこと」 を恐れず、強く尖らせる

  • 大多数にとって不要な特徴でも、一部のユーザーにとっては、他に代えがたい価値がある。注力顧客の外のユーザーに迎合せず、本当に刺さる層に最適化する

  • 特定の熱狂的ユーザーに受け入れられるよう設計し、繰り返し購入したり、熱心に情報を発信してくれることが期待でき、長期的なブランドの成長につながる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。