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顧客インサイトを発掘する方法。BtoB での 「価格が安い方がいい」 の裏にある本音とは?

#マーケティング #顧客理解 #顧客インサイト

お客様の要望はしっかり聞いていて、その通りに対応したのに、なぜかお客様に響かない。結局は競合他社を選ばれてしまった…。そんな経験はありませんか?

BtoB メーカー向けの製品販売では、「もっと安く」 「設置しやすく」 「メンテナンスを強化してほしい」 といった要望が寄せられます。しかし、相手が言う内容をそのまま受け入れるだけでは、本当にお客様が求めているものを提供できていないかもしれません。

実は、こうした表面的な要望の裏には、お客様自身も意識しきれていない 「顧客インサイト」 が隠れています。インサイトに気づき、適切な提案ができるようになれば、価格競争に巻き込まれず、本質的な商品・サービスの価値で選ばれるようになります。

では、どうすれば顧客インサイトを発掘し、活かせるのでしょうか?

今回は、顧客インサイトを発掘する方法を紐解きます。

顧客インサイト


例えば、BtoB 企業でメーカー向けの製品を販売している場合、お客様からは 「もっと安くできないか」 や、「設置場所に合うよう、もう少しコンパクトにならないか」 、「メンテナンスをもっと手厚くして故障が起きないようにしてほしい」 といったさまざまな要望が寄せられます。

これらの声はどれも確かにそうだと思えるものばかりですが、表面的な要望にすぎない可能性もあります。というのは、背後にはお客様自身も意識しきれていない本音である 「顧客インサイト」 が隠れているからです。

顧客インサイトとは

顧客インサイトとは、お客様自身も明確に言語化していない、あるいは意識していない行動や感情の "真の動機や理由" のことです。お客様が普段あまり意識していない心理的な葛藤で、例えば、社内外からの自分への評価について不安に思う心理がそうです。

顧客インサイトは 「心のスイッチボタン」 のようなものです。それに気づいた瞬間、お客様は自らの態度や行動を大きく変える可能性があります。例えば、「これができれば結果的に業務のスピードが上がり、自分の評価が上がるかもしれない」 という気持ちに火がつくわけです。

インサイトを得ることでのメリット

お客様の顧客インサイトを見極めることができると、製品のスペック改善や価格設定を超えた本質的な価値をお客様に提供できるようになります。

インサイトにもとづいての顧客体験の向上、保守体制の提案、運用ノウハウの共有、研究データ管理やトラブル時の代替プランの用意など、より包括的かつ効果的なサポートを行えるでしょう。お客様は自社のことを 「本当に必要としていたことを理解してくれている」 と感じ、信頼関係を築けるようになります。

* * *

では、顧客インサイトをどのように発掘すればいいのでしょうか?

表層的事象から 「なぜか」 を掘り下げる


ひとつ目の方法は、事象を 「なぜ」 によって深掘りしていきインサイトを捉えくという方法です。

5 Whys で "目的の目的" を突き止める

表面的な要望の例としては、 「装置の振動音がうるさいから静かにしてほしい」 「熱がこもるので排気をしっかりしてほしい」 「省スペースで扱いやすい形にしてほしい」 といった声が挙げられます。

これらは一見するとどれも合理的で分かりやすい注文です。しかし、そのまま鵜呑みにして機能や設計を調整するだけでは、もしかしたら本質的な問題解決にはならないかもしれません。

そこで有効なのが、5 Whys (ファイブワイズ) と呼ばれる 「なぜ?」 を繰り返すアプローチです。もともとはトヨタで使われていたとされ、「なぜ?」 を5回繰り返して改善へとつなげる方法です。

5 Whys を顧客インサイトの発掘に応用すると、「装置の振動音がうるさいから静かにしてほしい」 の例では次のように掘り下げていきます。

  • Q1: なぜうるさいと困るのですか?
  • A1: 作業者の健康問題となるためです

  • Q2: なぜ健康面が問題となるのですか?
  • A2: 長期的な騒音暴露により、従業員の聴力低下を引き起こすからです

  • Q3: 聴力低下はなぜ御社では問題になるのですか?
  • A3: 本人にとっての問題だけではなく、会社としても労働災害や労災補償の対象となり、企業の法的・財務的リスクが増大するためです

  • Q4: なぜ法的・財務的リスクが問題なのですか?
  • A4: 企業の社会的責任と信用が損なわれ、事業継続性に影響を及ぼすためです

  • Q5: なぜ事業継続性への影響が重要なのですか?
  • A5: 従業員の安全と健康を守れない企業は、人材確保が困難になり、最終的に企業全体の信頼や競争力が低下するためです


こうして問いを重ねると、音がうるさいからなんとかしてくれという、当初の要望だけではわからなかった相手の事情が浮き彫りになっていきます。

浮かび上がる本当の課題は、持続可能な事業運営のための包括的な労働環境改善となります。この課題を一緒に向き合うことがお客様の顧客インサイトを汲み取った価値実現につながるのです。

事実や状況をさらに細分化して聞く

さらにもう一歩踏み込んで、「例えばどんな場面で困るのか」 「誰がそれによって困っているのか」 「どの程度で深刻なのか」 といった具体的な質問をぶつけると、よりインサイトの輪郭がおぼろげながらも見えてきます。

例えば、製品機器の排気風の位置が邪魔になると言われただけでは、ただ風向きを変えればいいのかと思うかもしれません。

しかし、作業者が測定中に風が流れ込むとチリやホコリが混入し、繰り返されると実験結果の信頼性を下げます。それだけではなく、従業員の健康悪化にもつながるかもしれない。研究費獲得や論文投稿に影響が及ぶ可能性がある…。こうした事情がわかれば、排気の調整では済まされない問題として捉えられます。

 「言葉の矛盾点や揺らぎ」 にインサイトの芽がある


ふたつ目の顧客インサイトを発掘する方法は、言葉の矛盾点や揺らぎに注目するアプローチです。

要望の奥にある本当の気持ちを探る

お客様の発言や行動が、矛盾しているかのように聞こえる場面は少なくありません。

例えば 「できるだけ安くしたいが性能は落としたくない」 と以前に言っていたにもかかわらず低価格の製品を導入した、「同じメーカーで統一したいと考えている」 と言っていたけれど、キャンペーンで安くなっていれば違うメーカーを採用したといった具合です。このような矛盾や揺らぎの状態には、実はお客様の本音を掘り起こすチャンスが潜んでいます。

お客様の中で矛盾が生じるのは、組織内での評価や責任分担、予算管理など、さまざまな力学が複雑に絡み合っているからです。

なぜ価格を重視するのか、なぜ性能も求めるのかといった問いを重ねるうちに、実は 「社内決裁をスムーズに通すには安いほうがよいけれど、実際に運用する現場は性能が低いと困る」 というお客様が置かれた板挟みの構図が見えてきます。

矛盾点に注目することによって、お客様がどのような優先順位や不安を抱えているのかを具体的に理解できるのです。

矛盾や揺らぎの発言や行動の背後に強い感情が潜む

お客様からの 「価格が安いほうがいい」 や 「納期はできるだけ短いほうがいい」 というのは、一見すると誰でも言いそうな当たり前の要望です。

しかし、理由を詳しく掘り下げると、「すでにプロジェクトが遅れていて焦っている」 「仕事の成果がなかなか出せず上司に怒られたくない」 「決裁を取りづらい社内体制をなんとか乗り切りたい」 といった感情的な背景が隠れていることがあります。

こうしたお客様の背景や文脈まで汲み取ると、「早く導入してトラブル対応まで見据えるサポートをつければ、お客様は不安を和らげられる」 、「多少価格が上がっても、社内説明に使える資料や実績があればむしろ歓迎される」 など、新たな解決策を提案できるわけです。

矛盾や揺らぎの例

具体的なケースで、お客様の矛盾・揺らぎを見てみましょう。

故障が起こってほしくないが、実は諦めている

あるお客様は 「故障しない部品が理想だけれど、高額オプションまでは手が出ない」 と話していました。

表面的には 「なるべく壊れないようにしてほしい」 というシンプルなリクエストです。

しかし背景を深掘りすると、故障が起こるとメンテナンスコストだけでなく、業務、研究・開発のスケジュールにも大きな支障をきたすといいます。しかも、思わぬ不具合で機器が停止すれば、管理責任を問われるのは自分かもしれないという不安もある。実際に何度かトラブルが重なり、上司から 「ちゃんと管理しているのか」 と叱責されたことがあるのだそうです。

ここから、なぜ怖れるのかをさらに掘り下げていくと、お客様は 「評価が下がって自分はプロジェクト責任者を降ろされるかもしれない」 「次年度の予算を確保できずまわりから無能のレッテルを貼られるかもしれない」 といった不安が見え隠れしていました。

このように、壊れたら困るという表面的なレベルではなく、自分の立場や将来のキャリアにまで影響が及ぶという漠然とした怖れや悩みを抱えているわけです。ところが、予算には限りがあるため、期待する耐久性を備えた高額モデルは導入しづらいという実情があります。

そうなると 「故障は避けたいが、仕方ないと割り切るしかないか」 という考え方にならざるをえず、いつまでも不安な気持ちは消えません。こうしたネガティブな視点や思考により、お客様は最適なサポートや延長保証を見落としている可能性もあります。

ひとつのメーカーに揃えたいが、キャンペーンのときは安いものを選ぶ

また別のお客様は、「全体の操作性を統一したいので、同じメーカーでそろえたい」 と言っていたにもかかわらず、実際にはキャンペーン価格を提示された安い他社製品を買い足していました。

これも表面だけ見ると 「結局コスト重視なのか」 と受けとめがちですが、もう少し丁寧に発言を紐解くと、「操作の統一は現場にとって大切なこと。しかし、今年度は予算削減の方針が強く、希望通りのメーカー (自社) に統一しようとしたら上長が稟議を通してくれなかった」 という事情が判明しました。

ひとつのメーカーにそろえれば教育コストや管理面が楽になり、慣れない機器のトラブルを避けやすくなるというのは担当者は十分にわかっています。サポート窓口が一本化されれば手間やストレスも減り、現場のモチベーションも上がるはずというのも理解しています。

お客様自身は現場の責任者として強く望んでいますが、まずは安く導入するのが先決という会社全体の意向が強く働き、泣く泣くキャンペーン価格の他社の機器を選ばざるを得なかったわけです。

このようなお客様の状況や文脈を理解することにより、「ひとつのメーカーによる導入メリットとして初期コストを抑え長い時間軸で売上をつくる、お客様にとっては支払いの時間軸を伸ばすという社内承認が得やすいよう提案する」 など、違ったアプローチを検討できます。

顧客インサイトの発掘のためのヒント


ここまで見てきたように、表面的な要望の裏には人間の感情や組織の事情がさまざまに絡み合っています。

そうしたお客様の本当の気持ち、建前に隠れている本音をつかむためのポイントを整理しておきましょう。

  •  「なぜ?」 を繰り返して深掘りする

    お客様が要望を述べたとき、鵜呑みにするのではなく 「なぜそうしたいのか?」 を丁寧に尋ねてみる。お客様自身もそこで初めて気づくような思いを口にすることがある。こうしたた瞬間は、顧客インサイトを発掘するチャンス


  • 矛盾や揺らぎを見逃さない

    価格を重視しているようでいて性能を求めたり、メーカーを統一したいと言いつつ別メーカーを買うなど、相反する言動が見つかったらそこに注目する。矛盾するふたつの欲求があるということは、組織や個人の間に板挟みがある証拠。背景を掘れば、強い感情や潜在的な望み・不満が浮かび上がる


  • 表面的な要望だけでなく、感情ワードの意味を問う

    お客様との会話の中で 「安心」 「責任」 「安全」 「評価」 「成果」 「予算消化」 などといったキーワードが出てきたら、お客様はどのような文脈で使われているのかを注意深く聞く。そこには 「どう評価されるか」 や 「どこにリスクを感じているか」 という心の動きが表れている


  • 組織内の評価軸や決裁構造を考慮する

    同じ製品導入でも、研究職や購買担当、管理職では重視するポイントがまるで違うことがある。管理職はコスト面を、現場は操作性や信頼性を、購買担当は納期や予算管理を重視するなど、視点や思惑、利害が一致しないことも多い。誰にとってどの要素が大事なのかを整理すると、提案や交渉の際に的確な提案につながる


以上のポイントから相手を深く理解すると、例えば故障を恐れるお客様に対しては 「延長保証」 や 「レンタル機の優先手配」 といったサポートを提案することができます。

また、メーカーを統一したいのに予算の問題がある場合には 「社内承認を得るための中期でのコストシミュレーション資料」 や 「将来的な保守費用比較 (長い時間軸に沿った比較) 」 の情報提供が効果的かもしれません。

表面的な要望をそのまま反映した価格交渉や機能説明ではなく、顧客インサイトにもとづいたお客様の不安や組織内の状況に寄り添った価値提案を目指します。

まとめ


今回は、BtoB のビジネスを事例に、顧客インサイトをどうやって発掘するかを考えました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客インサイトとは、お客様自身が無意識に抱える真の動機や理由。心のスイッチボタンであり、それに気づいた瞬間に態度や行動が大きく変わる力を持っている

  • 顧客インサイトの発掘のためのヒントは、
    ① 「なぜ?」 を繰り返して深掘りし "目的の目的" を突き止める
    ② 要望の奥にある本当の気持ちを探る
    ③ 発言や行動の矛盾を見逃さない
    ④ 感情キーワードに注目し背後にある文脈まで理解する
    ⑤ 組織内の評価軸や決裁構造を把握する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。