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黒板用プロジェクター 「ワイード」 。顧客文脈と未充足ニーズを捉えての価値創出

#マーケティング #顧客理解 #価値創出

ビジネスの成功のために大事なのは、消費者やお客さんが本当に求めているものを知ることです。ただし、表面的なニーズだけを捉えていては、顧客価値を実現することは簡単ではありません。

この文脈で取り上げたいのは、100年以上の歴史を持つ黒板メーカーのサカワが開発した、黒板プロジェクター 「ワイード」 の事例です。

既存製品では解決できなかった学校現場の悩みをどう捉え、どのように解決したのか――。そこから学べる顧客文脈の捉え方と、ビジネスに活かせる具体的なポイントを紹介します。

黒板プロジェクター 「ワイード」 



ワイードは、黒板メーカーとして100年以上の歴史を持つサカワが開発した 「黒板専用のプロジェクター」 です。

ワイードの特徴の1つ目は黒板に合わせた横長比率にあり、サイズは 16 : 6 です。通常の 16 : 9 や 4 : 3 のプロジェクターでは、学校の黒板では中央部分しか映せませんが、ワイードは投影範囲を黒板全体にカバーします。

プロジェクターで黒板に左右広く投影できるので、電子黒板とは異なり先生たちが長く慣れ親しんだ黒板の板書を使った授業のやり方を維持できます。

2つ目の特徴は、アナログとデジタルのハイブリットなところです。

ワイードのリモコンで投影を消せば、普通の黒板として使えます。ICT (情報通信技術) のデジタルツールに苦手意識を持つ先生でも、必要なときだけワイードからデジタルを活用でき、リモコン操作だけで黒板に戻せるという安心感があります。

このように、ワイードには学校現場の教育の実情を汲み取った設計が見られます。学校の先生からの黒板の端まで投影できるといい、地図や図形を簡単に映せるようにしたいなどの声が反映されています。

学べること


では、黒板プロジェクター 「ワイード」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ビジネスで大事なのは 「顧客は誰か」 を定め、想定するお客さんの置かれた状況やニーズ、既存の方法では解決されていない未充足ニーズを探ることです。

顧客文脈が鮮明になると、誰からのどんな求められる便益に応えるのか、それによる顧客価値は何か、どのように価値を実現するのかが見えてきます。

ワイードに当てはめて詳しく見ていきましょう。

顧客は誰か?

ワイードは、学校現場の先生や児童、そして導入を決定する教育委員会や管理職といった多様な 「顧客」 がいます。

ワイードの直接の利用者は学校の先生です。日頃から黒板に板書しながら授業を進める学校の教師です。

先生だけではなく、黒板を見て学ぶ児童や生徒もワイードの顧客に含まれます。児童・生徒たちにとって、ワイードで黒板に投影したものが見えにくい、あるいは使い方が複雑で先生には手間がかかり授業が滞るようでは、授業への集中力や満足度は下がるでしょう。

他には、ワイードを直接は使わないものの、ワイードを学校に導入することを決める意思決定者・影響者も広い意味では顧客です。一般的に、学校全体や教育委員会の方針で予算を組み導入を決めるので、教頭や校長、自治体の教育委員会も顧客です。

お客さんの 「置かれた状況」 

では、想定するワイードの顧客は、どんな状況に置かれているのでしょうか。

学校の先生は、授業だけでなく事務作業、さらには保護者対応や部活動など多忙です。新しい機器を使うための学習時間を割くのは優先順位は高くなく、難しい状況です。

ベテランの先生ほど、黒板に慣れ親しんだ教育文化の中にいます。黒板用のチョークのコストが安く (ホワイトボード用のマーカーはのほうが高い) 、チョークは、漢字の練習で重要な "とめ" や "はらい" を付けたり、線に強弱を付けたりするには、チョークのほうが向いています。黒板を好む先生が依然としているので、黒板を電子化するのは気が進まないという現場の声も根強いことでしょう。

その一方で、文部科学省の施策や地域の方針からは ICT 教育推進の要請があり、電子黒板やタブレットの導入が求められています。ところが学校現場ではなかなか授業で活用しきれないというのが実態で、文科省へは自信を持って顔向けできない状況です。

その状況下で生じているニーズ

こうした学校現場で先生や教育関係者の間では、どんなニーズが生じているのかを整理してみましょう。

黒板の電子化やプロジェクターに限らず、先生たちにとっては児童・生徒が理解しやすい授業にしたいという普遍的なニーズがあります。

ICT のデジタル機器へは、操作方法がわかりやすく、わざわざ練習をする必要はなく、簡単に操作できて授業効率を上げたいという望みです。教材の一部を簡単に映し出すことができれば、黒板へのチョークでの板書時間を短縮でき、その分を児童・生徒との対話や共同作業に時間を使えます。

先生方が置かれている状況で生まれるニーズは、アナログの良さも活かしながら、効果的に授業を進めたいというものもあるでしょう。黒板の良さを損ないたくないという気持ちからです。

既存の商品・方法では解消されていない未充足ニーズ

このような置かれた状況や望みに対して、既存の方法では解消されていない未充足ニーズが存在します。

電子黒板は機能が多く、操作の難易度も高いために、アナログの黒板を電子黒板に置き換えてしまうと、多機能すぎるがゆえに先生の負担が大きくなりやすいです。現場で電子黒板ならではの機能がほとんど使われず、実態は普通の黒板と変わらない使い方というケースもあるでしょう。

黒板に投影する一般的なプロジェクターには、アスペクト比の問題が存在します。通常の 16 : 9 や 4 : 3 のプロジェクターでは、黒板の中央部分だけしか映せず、黒板の端まで投影できない不便さが残ります。

総じて言えるのは、黒板の良さを活かしたデジタル機能を導入できる製品がないということです。古い黒板を置き換える、ホワイトボードに変えることが前提に作られており、黒板の良さを維持したままデジタルのメリットを取り入れるという方法がなかったわけです。

顧客ニーズを満たすワイードの提供価値

ワイードは、 「デジタルとアナログの両立」 をコンセプトとし、学校現場の顧客に応えています。


シンプルな操作性によって、先生の負担が少なくなるというメリットがあります。ワイードの電源を入れて、投影したい資料をパソコンやタブレットから映すだけで、また、リモコン操作ひとつで映像を消せば、通常の黒板に戻れます。

ワイードは黒板の上から短焦点プロジェクターで投映しているので、黒板のすぐ前に立って先生が板書しても、先生が映像の影にならないので、児童や生徒から見やすくなります。

黒板に最適化されたアスペクト比によって、黒板の端まで映像を投影できるというのも先生にはうれしい要素です。全体だけではなく、必要に応じて左右を分割し、左側にワイードで教材を映して右側にチョークで書くという方法もできます。

映像を投影しながら、その上にチョークで書き込めるなど、黒板への板書感覚を残したまま ICT を活用できます。デジタル化推進を要請する文科省の要望にも応えられ、校長や教頭、教育委員会にとっても、自分たちの取り組みを示せます。

よく使う図表や地図、例文などをワイードで黒板に投映すれば、それらを書く時間と手間がなくなります。黒板に板書する時間を減らせ、その時間を先生は生徒とのやりとりや理解を深める説明に時間を割けます。児童・生徒にとっても、先生が黒板に書いている間の待ち時間が減り、授業への集中力が高まります。

アナログの良さをしっかり活かしつつ、デジタルの利便性や効率性を実現するのがワイードです。

顧客文脈に沿った商品開発やマーケティング


では、サカワのワイードから汎用的に学べることを整理します。

ビジネスで重要なのは、顧客は誰か、注力顧客がどんな状況にあり、どのようなニーズを抱えていて、既存の方法では満たせていない未充足ニーズは何かを丁寧に理解することです。

サカワは、実際に先生方や学校現場の声を集め、黒板のアナログを大切にしながら ICT を使いたいというニーズ、他の方法では応えきれていない現状を捉えました。

そのうえで、サカワは黒板メーカーならではの知見を活かし、黒板を置き換えずに黒板と共存するアプローチを打ち出しました。電子黒板への不満点を洗い出し、機能の取捨選択を行い、シンプルな操作に特化したワイードを誕生させたわけです。

顧客ニーズや、ニーズの背景にあたる顧客文脈を深く理解せずに、新しい商品や機能を盛り込んで売り込もうとしても、仮に導入できたとしてもユーザーから継続的に使われない可能性は高いでしょう。ワイードの場合、導入を決める教育委員会や学校管理者と、授業に接する先生と子どもたちの両方が持つニーズと求める便益を捉えて商品を開発し、マーケティングを展開しています。

顧客を定義し、顧客文脈を解像度高く理解しておくことが、商品開発とマーケティングの成功につながります。

まとめ


今回は、サカワの黒板プロジェクター 「ワイード」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ビジネスではまず 「顧客は誰か」 を定義することが大事

  • お客さんが 「置かれている状況」 を深く理解し、その文脈の中で顧客が直面している課題や困りごとを把握する

  • 顧客の状況から生じている 「具体的なニーズ」 を特定し、何を求めているのかを明確にする。顧客ニーズの中でも、既存の商品や方法で解決されていない未充足ニーズを特定する

  • 顧客文脈を高い解像度で理解できると、お客さんが本当に求めている便益を提供する商品開発が可能になる

  • 商品開発だけでなく、便益を顧客文脈に沿ったマーケティングとして伝えることにより、お客さんに選ばれる理由をつくっていく


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。