#マーケティング #価値訴求 #RTB
自社商品やサービスの強みを、お客さんにどう伝えていますか?
機能やスペックを詳しく説明することが、必ずしも最善とは限りません。お客さんが本当に求めているのは、その機能そのものではなく、機能によって得られる感情的な満足や安心感かもしれないからです。
今回は 「淡麗プラチナダブル」 の事例を取り上げます。機能性をあえて前面に出さずに感情的価値で顧客の深層心理に響き、思わず心が動かされるような価値の届け方を探ります。
淡麗プラチナダブル
淡麗プラチナダブルは、糖質ゼロ・プリン体ゼロの "ゼロゼロ系" に分類される機能系ビール類です。
2000年代に登場した 「オフ系」 「ゼロ系」 「フリー系」 と呼ばれる商品群のひとつで、淡麗プラチナダブルはキリンビールの主力ブランドの一角を担います。
糖質ゼロ・プリン体ゼロという特徴を持つ淡麗プラチナダブルは、ビール類市場が厳しい中でも10年連続で売上を伸ばすロングセラー商品です。
消費者の健康志向の高まりが背景にはありますが、類似商品もある中で、なぜ淡麗プラチナダブルは消費者から支持されているのでしょうか?
この問いを起点に、淡麗プラチナダブルの事例から学べることを深掘りしていきましょう。価値訴求の仕方として、示唆に富んでいます。
感情的価値を中核とした価値訴求への転換
淡麗プラチナダブルの人気の獲得は、機能的価値を前面に出すよりも、飲むことによる心理的な満足感にフォーカスしたというポイントがあります。
機能的価値を訴求することで "諸刃の剣"
商品の機能性をアピールすることが、必ずしもプラスに働くとは限りません。
淡麗プラチナダブルの最大の特徴は、糖質ゼロ・プリン体ゼロという機能的な価値です。普通に考えれば、この健康メリットを前面に押し出すのがマーケティングの常道になるでしょう。
しかし、キリンビールはあえて別の道を選びました (参考情報) 。
理由は明快です。 健康は気になるけど、ビールはやめたくないと思うヘビーユーザーほど、ゼロやオフという言葉が別の感情を呼び起こす可能性があったからです。
それは、本当は普通のビールが飲みたいけれど、仕方なく選んでいるという妥協感や、健康に悪いと分かっていながら飲むことへの罪悪感です。仕事終わり、帰宅途中に駅前のコンビニに立ち寄り、レジ横の揚げ物を手にビール棚の前でふと足が止まる──。「今日はプリン体も糖質も控えたい。でも、のどを潤す一杯も捨てがたい」 という葛藤が頭をよぎります。
そんな "我慢感" と "誘惑感” がせめぎ合うまさにその瞬間、淡麗プラチナダブルは 「これなら気兼ねなく楽しめる」 と背中を押してくれる存在です。
ここにもしビール類の機能性を強調すれば、こうしたネガティブな感情を刺激し、どうせ飲むなら、後ろめたさを感じずに楽しみたいという消費者の本音から遠ざかってしまうでしょう。
機能的価値のアピールが、心理的な壁をつくってしまう "諸刃の剣" になりかねないのです。
消費者の本当の望みへの着目
消費者が本当に求めているものは何か――。注力顧客の気持ちまでを捉えることが重要です。
キリンビールは、注力顧客がビール飲料の糖質やプリン体をカットしたいというよりも、その先にある健康への気遣いからくるビール類を飲むことへの罪悪感や我慢から解放されて、ビール類を心から楽しみたいという切実な望みを持っていることを見抜きました。
糖質やプリン体がゼロという機能性は、あくまでその気兼ねなく楽しむための手段であり、目的ではありません。消費者が本当に欲していたのは、機能そのものよりも、これで気兼ねなく飲めるという精神的な解放感や、飲むことへのポジティブな気持ちです。
顧客理解へのこの洞察が、淡麗プラチナダブルのコミュニケーションの方針となりました。
感情的価値を前面に出したコミュニケーション
キリンは言葉や表現で、消費者の心に寄り添うアプローチを取りました。
まず、商品名です。淡麗ゼロや淡麗オフのような直接的な表現ではなく、プラチナダブルという、上質さや満足感を想起させる名前を採用しました。機能系飲料というイメージから脱却し、ポジティブな印象を持ってもらえることを狙いました。
広告コミュニケーションでは、タレントの野呂佳代さんを起用した CM が象徴的です。
CM で語られる 「なんでもゼロにすればいいってもんじゃないよね~」 というセリフは、機能性をことさら強調するのではなく、むしろゼロにこだわるだけが能じゃない、楽しむことを肯定しようというメッセージを発しています。
機能性をアピールするのではなく、「これを飲めば罪悪感なく楽しめるというあなたの気持ちがわかるよ」 と、視聴者の感情に寄り添うアプローチです。糖質ゼロ・プリン体ゼロという機能は、この気兼ねなく楽しむという感情的価値を支える、縁の下の力持ちとして位置づけられています。
顧客起点でのブランドイメージの構築
機能系ビール類というカテゴリーには競合商品が多数ありますが、そのなかで連続増収という実績を淡麗プラチナダブルが維持できたのは、消費者視点から求められる価値を再定義したからです。
健康を気にしながらもビール類を楽しみたい、という自分の気持ちを理解し、肯定してくれるブランド、罪悪感なく、飲む時間を楽しむことを許してくれる存在という、淡麗プラチナダブルは消費者の心に寄り添う存在です。
消費者は、ゼロゼロだから安心という合理的な理由だけでなく、淡麗プラチナダブルなら、気兼ねなく楽しめると感じるようになったことでしょう。機能的価値がもたらす安心感を土台としながらも、最終的に消費者の心をつかんだのは、その感情的な価値だったわけです。
得られる示唆
では、淡麗プラチナダブルの事例から、マーケティングにおける価値訴求について、いくつかの示唆を得ることができます。
商品名はときには強みを隠すのも選択肢になる
商品名は、必ずしも強みを直接的に入れる必要はありません。
つい、製品の最も優れた機能や特徴を商品名に盛り込み、分かりやすく伝えようとしたくなります。しかし、淡麗プラチナダブルの事例は、それが常に最善策とは限らないことを示唆します。
お客さんの心理として、製品特徴がもたらすかもしれないネガティブな感情的な連想を考慮した場合、あえて強みを直接的に表現しない、または隠すという選択肢も有効になり得ます。
プラチナダブルというネーミングは、ゼロゼロという機能性を直接的には伝えませんが、品質感や満足感を演出し、機能訴求に伴うかもしれない心理的抵抗を回避しました。商品名においては、何を伝えるかだけでなく、「何を伝えないか」 という視点が重要になります。
機能は顧客体験や根拠や約束を支える RTB の役割
製品の機能的価値は、感情的な価値や顧客体験を支える土台として機能します。
淡麗プラチナダブルが感情に訴えかけるコミュニケーションを取れたのは、糖質ゼロ・プリン体ゼロという確固たる機能的価値があったからです。この機能がなければ、気兼ねなく楽しんでというメッセージは説得力を持たなかったことでしょう。
機能的価値は、ブランドがお客さんに提供する感情的な価値や体験、あるいは約束 (ブランドプロミス) を裏付ける根拠、すなわちお客さんがそれを信じるための要素となる 「RTB (Reason to beleive) 」 として重要な役割を果たします。
RTB を前面に出すかどうかは戦略次第ですが、注力顧客に提供したい価値を信頼してもらうための基盤として、機能的価値を磨き続けることは不可欠です。機能的価値と感情的価値は対立するものではなく、どちらが表でどちらが裏か、という関係性で捉えることができます。
顧客心理や顧客理解にもとづいてのコミュニケーションを
お客さんを深く理解することが、効果的なコミュニケーションの出発点です。
淡麗プラチナダブルの事例の成功の根底にあるのは、注力顧客の本当の望み、つまり表面的なニーズだけでなく奥にある心理や感情、満たされない欲求までを深く理解したことです。
健康のために機能性飲料を選ぶが、本当は罪悪感なく楽しみたいという消費者心理を捉えられたからこそ、淡麗プラチナダブルの機能性を打ち出すのではなく、感情に寄り添うコミュニケーションを選択できたわけです。
スペックや機能の優位性を自慢げに語るのではなく、注力顧客がどのような状況にあり、どのような気持ちで製品と向き合っているのか。その顧客文脈を理解し、お客さんの心に響く言葉や表現で語りかけること。これこそが、マーケティングにおいて重要なことです。
まとめ
今回は、淡麗プラチナダブルの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客の本質的な望みを見極める。機能へのニーズの奥にある感情的な欲求 (例: 罪悪感からの解放, 楽しみたいという願望など) を理解する
- 機能は手段であり目的ではないと捉える。機能的価値は感情的価値を実現するための土台
- 別の言い方をすれば RTB (Reason to Believe) として位置づけ、顧客体験や約束を支える根拠として活用する
- 機能を強調しすぎるリスクにネガティブな感情的連想というマイナスの不確実性がある。生じる可能性のある妥協感や罪悪感などの心理的障壁を認識し、回避するようなコミュニケーションを心がける
- 顧客文脈に寄り添う。消費者や顧客がどのような状況や心理状態で商品・ブランドと向き合うかを理解し、「あなたの気持ちがわかる」 という共感を伝えるコミュニケーション設計とする
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