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マッサージチェアあんま王。顧客の 「状況」 と 「状態」 を理解し、「モーメント」 を捉えるマーケティング

#マーケティング #モーメント #状況と状態

自社の商品やサービスに自信があるのに、なぜかお客さんに響かない…。そんなもどかしい経験をしたことはないでしょうか?

その原因は、お客さんのニーズを表面的な 「点」 でしか見ていないからかもしれません。

顧客ニーズを捉えるためには、消費者やお客さんが置かれた 「状況」 や心理的な 「状態」 を深く理解し、商品が本当に必要とされる 「モーメント (瞬間) 」 を見つけ出すことが大事です。

今回は、業務用マッサージチェア 「あんま王」 の V 字回復の事例から、お客さんの 「状況」 と 「状態」 、そして 「モーメント」 に着目したマーケティングを紐解きます。

マッサージチェア 「あんま王」 


出典: lifespirits

コイン式マッサージチェアのカテゴリーで高いシェアを誇るのが、日本メディックの 「あんま王」 です。

日本メディックは、2011年に民事再生法の適用を受けた過去があります。しかしその後、マッサージチェア業界の常識を覆す分割払いでの仕入れを導入するなど独自の取り組みで V 字回復を果たしました。2023年には過去最高の売上12億7200万円を達成したのです (参考情報) 。

日本メディックの主力商品であるマッサージチェア 「あんま王」 は、2012年の初代モデル発売以降、改良を重ね、現在は4代目の 「あんま王 IV」 がメイン機種です。当初は日本メディックは代理店の1つでしたが、メーカーへと転身し、業務用に特化した製品開発を進めてきました。

主な導入先は温浴施設、フィットネスクラブ、ショッピングモールなどの商業施設で、これらが約4割を占めます。その他にも、ホテル、企業の福利厚生、高齢者施設にも導入されており、最近ではコインランドリーやネットカフェなど、新たな市場も開拓しています。

コインランドリーという意外な設置場所は、同じコインビジネスであること、そしてカフェ併設型などコインランドリー自体の業態変化を捉えた挑戦でした。この成功事例は全国の代理店にも共有され、導入が一気に進んだとのことです。

* * *

では、マッサージチェア 「あんま王」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ニーズを理解するためのカギは 「状況」 と 「状態」 にある


消費者やお客さんのニーズを理解するためには、ニーズが生まれる背景となるお客さんの置かれた 「状況」 や、その時の心理的または肉体的な 「状態」 までを洞察することが重要です。

状況と状態による構造的な顧客理解

ニーズは単独で存在するのではなく、背景にある 「状況」 や 「状態」 という原因があって初めて結果としてニーズが立ち現れてくるものです。

お客さんの 「状況」 と 「状態」 をセットで理解することによって、ニーズを 「点」 としてではなく 「線」 や 「面」 、さらには 「立体」 として捉えられ、顧客文脈を構造的かつ多角的に把握することができます。

一般的なターゲット顧客設定では、年齢・性別・職業・趣味嗜好といったデモグラフィック情報やサイコグラフィック情報が用いられます。

しかし、こうした 「誰が」 という情報だけでは不十分です。「いつ・どんなシチュエーションで、どのような心理状態の顧客を狙うのか」 という、人だけでなく 「状況」 と 「状態」 を的確に絞り込む視点が大事です。

マッサージチェアの顧客文脈

では、状況、状態、ニーズを今回のマッサージチェアの事例に当てはめてみましょう。まずはショッピングモールからです。

✓ ショッピングモール

  • 状況: 家族の買い物に付き添いで来ている、特に目的なく時間を過ごしている
  • 状態: 何もやることなく手持ち無沙汰で、少し疲れ気味
  • ニーズ: 暇つぶしがしたい。短時間で気軽にリフレッシュしたい


ショッピングモールには週末や休日など家族連れが多く訪れます。中には買い物自体にそこまで興味がない人もいて、ただ家族についてきただけという人もいるでしょう。そんなとき、ふと目に入ったマッサージチェアがちょっと休もうかなという行動を引き出します。

✓ 温泉宿のフロント前

  • 状況: チェックイン・チェックアウトの手続きで待っている。出発まで少し時間がある
  • 状態: 観光や移動でやや疲れている。前日の疲れが残ったまま出かけたくない
  • ニーズ: 待ち時間を無駄にしたくない。簡単に疲れを癒したい


チェックイン時、チェックアウト後に旅館から駅に向かうまでの空き時間は意外と長いケースがあります。しかもこのタイミングなら財布や荷物を持って動いているので、コイン式やキャッシュレス決済でも問題ありません。そこに快適なマッサージチェアが目に入れば、自然と一回ちょっと座ってみようという気持ちになるでしょう。

✓ 温泉宿の脱衣所

  • 状況: 温泉に入ったあとの状況
  • 状態: 入浴後で身体はきれいさっぱりしている。このままもう少し今の風呂上がりの状態が続く
  • ニーズ: マッサージで心身をほぐしたい


入浴後は血行が良くなり、リラックスしたい気分が高まっているもという状況と状態です。そのときに目の前にちょうどよくマッサージチェアがあることにより、マッサージをしてさらにリラックスをしたいというニーズが生まれます。

モーメント (重要な瞬間) の活用


お客さんの 「状況」 と 「状態」 を理解した上で、次に着目したいのが 「モーメント」 です。

モーメントとは

マーケティングでは、日々の生活に潜む生活者の 「瞬間」 に着目することが重要です。

誰もが経験する日常のワンシーンがブランドにとってのチャンスとなり得ます。こうした瞬間のことを、マーケティングでは 「モーメント」 と呼びます。

モーメントは 「瞬間」 を意味するので、瞬間と聞くと、モーメントのことを 「点」 というイメージするかもしれません。

しかし、マーケティングにおいてモーメントは単なる点ではありません。その時のお客さんの背景として置かれた 「状況」 や 「状態」 までを含む、顧客文脈として立体的に理解することが大事です。

マッサージチェアのモーメント

では 「あんま王」 が利用されるモーメントを考えてみましょう。

  • ショッピングモールで家族の買い物を待つ間の 「手持ち無沙汰な」 瞬間
  • 長時間の運転や歩行で 「ちょっと疲れたな」 と感じる瞬間
  • 旅館でのチェックインやアウトの 「待ち時間が発生した」 瞬間
  • コインランドリーで洗濯が終わるのを 「やることなく待っている」 瞬間


これら特定の状況と心理状態が掛け合わさった 「瞬間」 がマッサージチェアにつながるモーメントです。

日本メディックは、こうした具体的なモーメントを捉え、その瞬間に 「あんま王」 があることで、顧客の潜在的なニーズに応えているのです。

顧客の状況とモーメントを起点にするマーケティング


では、具体的にモーメントをどう活用していけばいいのかを見ていきましょう。

モーメントを活用する3つのステップ

モーメントを活用するには、次のような3つのステップで進めます。

  1. 重要な瞬間 (モーメント) を見つける
  2. モーメントにおける顧客価値を定義する
  3. 顧客価値を提案する

 「あんま王」 に学ぶモーメント活用

 「あんま王」 の事例に、3つのステップを当てはめてみましょう。

1. モーメントを見つける

ショッピングモールで家族の買い物を待つお父さんの退屈な時間や、温泉宿でのチェックイン・チェックアウト前後の待ち時間に手持ち無沙汰になる瞬間に着目しました。

2. モーメントにおける顧客価値を定義する

顧客価値として、空き時間を手軽にリラックスして過ごせること、財布やスマホが手元にある場所で、気軽に利用できるという価値です。

3. 顧客価値の提案

人目につきやすく財布やスマホを持っている確率が高い場所への設置や、メンテナンスがしやすい設計、今後のキャッシュレス対応強化など、お客さんが感じるちょっとした面倒くささを排除する取り組みを進めています。

顧客文脈を理解する重要性

モーメントを活用するには、お客さんが 「どんなシチュエーションで、どんな心理状態にあるか」 という文脈を細かく把握することが欠かせません。顧客文脈とは、モーメントが発生している状況と、その瞬間にお客さんがどのような状態でいるのかという背景です。

顧客文脈までも理解することは、商品やサービスが本当に必要とされる形でお客さんに寄り添うための土台になります。

モーメントを活用したマーケティングとは、たとえるなら 「顧客文脈という "鍵穴" を発見し、それにぴったり合う "鍵 (顧客価値) " を提供する」 というプロセスです。

鍵穴にぴったり合う鍵とは、消費者の状況において生じているニーズや望みを満たす商品やサービスのことです。そして、鍵を開けるという行為は、お客さんが実際に価値を得たことを意味します。

今回の 「あんま王」 の事例では、「財布を持っていて時間を持て余しているフロント前」 という鍵穴 (状況と状態) を見つけました。

そこに 「あんま王」 という鍵を提供したことにより、お客さんの 「待ち時間を快適に過ごしたい」 や 「旅の疲れを癒したい」 というニーズを満たし、価値をもたらすことができるのです。

マッサージチェアを使ってちょっと身体をほぐしたいという行為も、実際には 「時間を持て余す」 といった文脈が絡んでいます。その文脈を的確に捉えることで、施設への導入やサービス設計がうまくいき、結果として利用率が高まりました。

日常のモーメントに着目し、その瞬間にお客さんの文脈を理解して商品価値を提案することが重要です。

想定するお客さんの 「いつ」 「どこで」 「どういう気持ちで」 という置かれた状況と状態からどのようなニーズが生まれているかを見つけるのは地道な作業です。だからこそ、そこに目を向けると、お客さんが本当に求めているものが見えてきます。

モーメントを点としてではなく立体的に捉え、その背景や文脈を深掘りすることで、ブランドとお客さんが真に共感し合える瞬間をつくり出すことができます。

まとめ


今回は、マッサージチェアの 「あんま王」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客ニーズは、お客さんの置かれた 「状況」 とその時の心理的・肉体的な 「状態」 に起因して生まれる。そこで状況と状態の両方をセットで把握する

  • お客さんのことを年齢性別や家族構成、年収、企業情報などの属性情報だけにとどまらず、「いつ、どのような状況・状態で、どんなニーズを持つのか」 という具体的な顧客文脈で立体的に捉える

  • 消費者やお客さんが商品を 「欲しい」 「必要だ」 と感じる日常の中の 「モーメント (重要な瞬間) 」 を見つけ出す。モーメントにおいて商品やブランドが想起され、自分たちが選ばれるためことがマーケティングの役割

  • お客さんが置かれている文脈 (鍵穴) を的確に捉え、自社の商品やサービスが提供する価値 (その鍵穴にぴったり合う鍵) として設計し、顧客価値を提案する

  • 企業の都合や思い込みではなく、顧客のリアルな生活や行動を起点に考えることで、これまで見過ごされていた未充足ニーズや新しいビジネスチャンスを発見できる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。