#マーケティング #顧客インサイト #BtoB

BtoB マーケティングで難しいのは、お客さんの本音を掴むことです。

顧客企業にいる先方の窓口担当者の言葉は真実の一端に過ぎず、その奥に隠れた本当のニーズを見つけることが成功のカギとなります。

今回は、「パナソニック コネクト」 の事例から、顧客自身も気づいていないインサイトを発掘する方法を学びます。

顧客インサイトとは何か

まずは、顧客インサイトとは何かから整理をしておきましょう。

インサイトとは

そもそものインサイトですが、語源から遡ると、インサイト (Insight) とは、in (中に) と sight (見る) という 2 つから構成され、「中を見る」 というニュアンスを持つ言葉です。

ビジネスの文脈では、インサイトの意味は 「データや情報、観察を通じて得られる対象への深い理解や洞察のこと」 です。

顧客インサイトとは

インサイトに 「顧客」 をつけるのが 「顧客インサイト」 です。顧客インサイトとは、「お客さんを動かす隠れた気持ち」 です。

顧客インサイトはお客さんの表面的な言動からはうかがい知れない、深層心理や潜在的な奥にある心理を指します。

普段はお客さん本人も意識することはありませんが、何かのきっかけで見せられたり言われたりすれば、「心のスイッチボタン」 をグサッと刺され、思わず買いたくなる行動につながる気持ちです。

顧客インサイトには、深さの度合いがあります。

  • 深さレベル 1: 本人は気づいているが、社会や業界が気づいていない状態です。こんなものが欲しいのに 「何でつくってくれないんだろう?」 という不満を抱えています
  • 深さレベル 2: 本人はうすうす感じているがうまく言語化できていない状態です。何だかモヤモヤしているといった葛藤を抱えています
  • 深さレベル 3: 本人も気づいていない状態です。自分のインサイトを突くものを目の前にしてはじめて、「こういうものが欲しかった!」 となります

パナソニック コネクトの事例

では、実際の企業がどのように深いインサイトを発掘したのか、パナソニック コネクトの取り組みを見ていきましょう。

BtoB 特有のインサイト発掘の難しさ

パナソニック コネクトの具体的な事例を見る前に、BtoB 企業が直面する独特の課題を理解しておくことが重要です。

例えば、失注理由として 「予算の都合で他社製品に決めました」 と言われても、実際には表面的な理由に過ぎないことがあります。

というのは、社内の利害関係が働いていたり、自治体からの補助金のタイミングを見計らっていたり、現場部門と経営層でニーズが異なっていたりと、表からは見えない事情が絡んでいることが少なくないからです。

さらに複雑なのは、顧客企業が一枚岩ではないという点です。

現場部門は定常業務の効率化を重視する一方で、経営層は俯瞰の視点で費用対効果を計算するといった具合に、内部でもニーズが分かれています。窓口の担当者の言葉を受け身で聞くだけでは、顧客理解に限界があるわけです。

会社同士の関係もあって、顧客が本音を言いにくい BtoB では、営業担当に直接伝えられることは真実の一端に過ぎません。こうした構造的な難しさがあるからこそ、深い顧客インサイトを発掘するための工夫が求められます。

見出した 「試作に追われる状況」 

こうした難しさを抱える BtoB 領域で、パナソニック コネクトは徹底した顧客理解に取り組みました。

同社が UI / UX をテーマにした顧客インタビューを実施した際、本題に入る前のアイスブレイクで PC ボード設計者が漏らした一言がすべての始まりでした。

 「最近、単純作業に追われるばかりで仕事がつまらなくなってしまって……」 

この何気ない愚痴をきっかけに、年間 50 回以上の試作作業に追われ、疲弊している状況が明らかになりました。そして 「もし試作を 1 回でも減らせるなら、高い部品でも買おうと思いますか」 という質問に、「買うと思います」 という答えが返ってきたのです。

インサイトの深さ

この 「試作回数を減らしたい設計者」 というケースを、インサイトの先ほどの 「3 つの深さレベル」 に当てはめてみましょう。

深さレベル 1 の状態では、本人は気づいているものの業界が未対応という状況が見られました。顧客は 「忙しい」 と認識し、PC 設計者は 「仕事がつまらない、単純作業に追われて疲弊している」 という愚痴が出てきました。

深さレベル 2 の状態では、うすうす感じているものの言語化できていない心理が現れていました。「試作作業が多すぎて、本来のクリエイティブな仕事ができない」というモヤモヤした感情です。フラストレーションがたまっている状態です。

深さレベル 3 の状態では、本人も気づいていない無自覚の判断基準が隠れていました。今回のケースでは 「部品の単価が高くても、試作回数が減るならそちらの方が価値が高い」 という考え方がそれです。

パナソニック コネクトのマーケティング担当者は、マーケターとして顧客層のニーズはある程度把握していたつもりでしたが、「試作を減らしたい」 という声を聞いたのは初めでした。これが意味するのは、試作に追われる状況が、顧客にとっての 「隠れた前提」 だったということです。

顧客は 「高い部品でも買いますか?」 と問われて初めて、「そうだ、私は性能ではなく『時間の削減』を求めていたんだ」 とスイッチが入ったのです。

インサイト発掘を可能にした N1 分析の手法

パナソニック コネクトが顧客インサイトを発掘できた理由は、徹底した N1 分析にあります。

まず、圧倒的な分析時間を投資していることが特徴です。1 時間のインタビューに対して 5 ~ 10 倍の時間をかけて分析したとのことです。インタビューを録音し、文字起こしし、1 行ずつ読み合わせながら、「なぜこのタイミングでこの言葉を出したのか」 を細かく分析しました。

また、パナソニック コネクトは多くの部署のメンバーを巻き込んだ分析体制を構築しています。営業・マーケティングだけでなく、カスタマーサポートやエンジニアも参加します。

これにより、例えばトラブル対応で顧客の本音を普段から見聞きしているメンバーが持つ情報を活用することで、「顧客の隠れた本音のうち半分ほどは、実は社内の人間が知っている」 という状況を可視化できるそうです。

そして、アイスブレイクでの何気ない言葉への注目も重要です。

パナソニック コネクスの場合、本題前の雑談で漏れた 「仕事がつまらなくなってしまって」 という愚痴のような言葉がポロッと出てきました。この際に、言葉だけではなく感情の動きに注目するといいでしょう。相手が繰り返し話すポイントは 「よほど気にしていること」 と捉え、インサイトを掘り起こす突破口にできます。

インサイトを戦略に転換するプロセス

インサイトを掘り当てることは重要ですが、発見したインサイトはビジネスの成果につなげなければ宝の持ち腐れです。インサイトを成果につなげるには、戦略的なプロセスが必要です。

第一に、インサイトの検証です。パナソニック コネクトは、最初のインタビューで 「試作を減らしたい」 というインサイトを発見した後、さらに 4 人の顧客にインタビューを実施しました。同じような潜在的な課題感を持っているかどうかを確認し、一人だけの特殊な顧客心理ではないことを見極めたのです。

第二に、パナソニック コネクトは方向性の転換を決断しました。当初予定していた 「UI / UX 改善」 というテーマから、「試作を減らす」 というテーマへの変更です。これは大きな決断ですが、顧客インサイトに忠実に従った結果であり、顧客起点の方針転換でした。

第三に、シンプルで力強いキーワード化を行いました。「試作に追われていませんか?」 という問いかけで、独自価値を伝える際のシンプルなメッセージにし、お客さんの心のスイッチボタンを押すことを目指しました。

第四に、体験の可視化を実現しました。自社サイトを 「試作回数を減らすためのサイト」 としてリニューアルし、ユーザーフォーラムなどのコンテンツを設置しました。訪問した顧客担当者が体験を通じて価値を実感できる場を提供しました。

こうしたプロセスを丁寧に進めた結果、グローバルで数十万件というリード獲得につながりました。

持続的なインサイト発掘を支える組織文化

最後に重要なのが、組織としての姿勢です。

パナソニック コネクトでは 「一度確立した事業サイクルを疑い続ける」 ことを重要視しています。

大企業では、プロセスが確立されると、事業規模が大きくなっても破綻なく運営できるという良い面があります。しかし同時に、プロセスを回すという手段が目的化し、「顧客を見ないマーケティング」 になってしまうという一面もあるわけです。

言葉では 「顧客起点」 と言いながらも、本当に顧客にとって自社の商品でなければならない必然性を見失ってしまうことは往々にしてあるでしょう。

パナソニック コネクトでは、こうした状態を回避する仕組みを構築しています。

具体的には、中間管理職がハブとなり、経営層から現場までが顧客の方を向いて業務に取り組む体制をつくりました。カルチャーマインドのことを 「3 階建てのビジネス変革」 の土台となる 1 階部分と位置づけ、組織全体に流れる文化・風土の醸成なしに、どんな戦略も変革も起きないという認識を共有しています。

顧客にとって自分たちの存在意義は何か、自分たちの勝ちパターンは何なのか。そうしたことを、経営層から開発現場まで、全社的に連携して考えていくことが大事です。

BtoB 企業がインサイトを発掘するために

では、このケーススタディから得られる教訓をまとめます。ここでは 5 つのポイントで整理します。

第一に、表面的な言葉の裏を読むことです。BtoB では窓口担当者が言う言葉だけでは十分ではなく、深さレベル 1 ~ 3 までの相手の担当者が明確に言語化できていないインサイトまでを理解することが大事です。

第二に、分析の深さが求められます。パナソニック コネクトが行ったような 1 時間のインタビューに 5 〜 10 倍の時間をかける覚悟が必要です。アイスブレイクでの何気ない言葉にこそ 「顧客の真実」 があることを忘れてはいけません。

第三に、多様な知見を統合することです。カスタマーサポートやエンジニアが持つ 「顧客の本音」 を引き出し、有機的に紡ぐ場をつくることで、マーケティング部門だけでは見えない情報が得られ、顧客心理を見出せます。

第四に、シンプルなキーワードに落とし込むことです。発見したインサイトを 「試作に追われていませんか?」 のような強力な問いかけに変換することで、顧客の心に響く訴求が可能になります。

第五に、組織文化として根付かせることです。顧客起点をただ掲げるだけでなく、経営層から現場まで一貫して顧客起点を実践する体制と文化を構築することが持続的な成功のカギを握ります。

顧客インサイトを発掘できれば、お客さん自身も気づいていなかった価値を提供できます。そしてそれは、一時的なものではなく、組織全体で顧客を見続ける文化があってこそ持続可能になるのです。

まとめ

BtoB 企業における顧客インサイト発掘の実践方法を、パナソニック コネクトの事例から学びました。

学びのポイントをまとめておきます。

  • インサイトは 「中を見る」 というニュアンスを持ち、データや情報、観察を通じて得られる対象への深い理解や洞察のこと
  • 顧客インサイトは、「お客さんを動かす隠れた気持ち」 
  • 顧客インサイトには 3 つの深さレベルがある。深さレベル 1 は本人が気づいている不満だが企業は対応していないもの、レベル 2 は言語化できないモヤモヤした葛藤、レベル 3 は本人も気づいておらず見せられて初めて気づく無自覚の欲求
  • 顧客自身も気づいていない深さレベルのインサイトは、体験を可視化することで初めて顕在化する。説明より先に見せることで、心のスイッチボタンを押すことができる