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なぜシャープは 「欲しいと思い使ってみたけど、購入に至らなかった人」 にこだわったのか?ホットクック開発の舞台裏から解説

#マーケティング #顧客理解 #価値創出

自社の商品やサービスに、「興味を持ってくれたのに、結局は買ってくれなかった人 (または企業) 」 はいないでしょうか?

こうした潜在顧客の存在は、自社ビジネスを次の段階に進めるためのカギを握っているかもしれません。

シャープは、電気調理鍋 「ヘルシオ ホットクック」 において、このような 「興味を持って使ってみたけど、買わなかった人」 の声に注目し、製品改良に成功しました。今回は、シャープの具体的な取り組みと、マーケティングに活かせるヒントをご紹介します。

 「ヘルシオ ホットクック」 の新モデル


出典: シャープ

電気調理鍋は、具材などを切って入れれば、あとはほったらかしでも自動で調理してくれる便利な調理家電です。

電気調理鍋の人気機種のひとつがシャープの 「ヘルシオ ホットクック」 です。使い方は、具材を切ってホットクックに入れ、メニューをセットすれば、あとは短時間で自動調理してくれます。

そんなホットクックが、2024年8月に新モデルを2機種を発売しました (KN-HW24H (2 ~ 6人用) , KN-HW16H (2 ~ 4人用)

新モデルの特徴

新しいホットクックでは、鍋内の具材をかき混ぜる機能に改良が加えられています。

モーター周辺の構造を見直し、硬い具材も強力にかき混ぜられるようにすることで、従来より最大で3割も調理時間を短縮しました。忙しい日常生活の中でも早く一品が作れる利便性が向上しました。

ホットクックの新モデルでは、メニューのアレンジの幅を広げるために、操作が簡単で自由度の高い手動調理モードを強化しています。また、アレンジ方法を詳しく解説したカタログや動画も用意されており、炒め物や煮物、スープなどの料理がより簡単に自分好みに選べるようになりました。

レンティオと連携した開発

新しい 「ヘルシオ ホットクック」 の開発では、シャープは家電レンタルサービスの 「レンティオ」 と連携し、お客さんの声を製品改良に反映しました (参考記事) 。

レンティオは、家電やカメラなど約6,300種類の商品を月額数百円からレンタルできるサブスクリプションサービスです。レンティオの使い方のひとつに、家電などの高額商品を買う前に、まずレンティオでレンタルをして、実際に試して買うかどうかを判断するという利用方法があります。

シャープはこの利用方法に着目しました。レンティオ利用者の中から、ホットクックを借りたものの結局は買わなかった人を抽出しました。次に、アンケートとインタビューを行い 「なぜ購入を見送ったのか」 について詳しく尋ねました。

調査の結果、2つの重要な課題が浮かび上がりました。ひとつは 「調理時間が長いこと」 、もうひとつは 「シャープが公式に提供するレシピ以外に、調理で自分ならではのアレンジメニューを作るのが難しいこと」 です。

シャープはレンティオユーザーへの調査によって、全体の傾向では見えづらい、「欲しいと思って使ったものの、どこかに不満があり買わなかった人」 の具体的な不満点を特定することができました。

学べること


ではシャープの事例から、学べることを掘り下げていきましょう。シャープが特に意識したのは、「誰の声を聞くべきか」 を明確にすることでした。

声を聞くべき顧客

購入に至らなかった見込み顧客こそが、商品における改善の余地や潜在的な課題を知っている可能性が高いため、シャープはこのグループを 「声を聞くべき顧客」 として定義したわけです。

通常のアンケート調査では幅広い意見を収集できますが、レンティオとの連携によって、シャープは 「自社だけでは手の届かない意見」 にアクセスすることで解決しました。

これができるのは、レンティオの利用者には 「ホットクックを実際に使ってみたものの、購入には至らなかった」 という人々がいるからです。こうした人たちの声には、これまでシャープには得られなかった 「使ったからこそ分かる不満」 が含まれています。

レンティオと連携することにより、シャープは 「欲しいと思ったけど結局は買わなかった理由」 に焦点を当て、既存製品の改善すべき課題を的確に把握できたのです。

買おうと思ったのに結局は買わなかった理由

ホットクックの事例から汎用的に学べるのは、自社商品・サービスに興味を持ち、手に取ったりちょっと使ってみたものの、最終的には購入に至らなかった理由を把握すること、そして、理解した顧客心理にもとづいてお客さんの立場になって対策を立てることの重要性です。

ホットクックの場合は、レンティオでホットクックを試しに使ってみたということは、レンタル料金を払うほどホットクックが魅力的に見えたということです。にもかかわらず、結局は買わなかったというのは、欲しい気持ち以上の購入への阻害要因が発生していたわけです。製品がお客さんの期待に完全には応えられていない状況でした。

購入に至らなかった人の心理には、「思っていたよりも時間がかかる」 、「調理できるレシピの種類が実は少ない」 や 「自分の好きなようにレシピをアレンジできない」 といった不満がありました。これらは、実際にホットクックを自分の家で使ってはじめてわかったことです。

製品を手に取ったものの購入しなかったお客さんの声は、潜在的な課題を浮き彫りにするための貴重な情報源となります。

買わない要因をつぶす

想定するお客さんのことを理解できたら、次に行うのはお客さんの声を反映する改善です。

欲しいと思ったのに結局は買わない要因をつぶすことによって、購買へのもともとあった買いたいという気持ちを邪魔することのない状況をつくるわけです。

シャープは、レンティオユーザーからのフィードバックをもとに、既存のホットクックを次のように改良しました。

  • 調理時間の短縮: 調理部品の構造を見直し、具材の撹拌 (かくはん) 力を強化。調理時間を最大3割に短縮
  • レシピのアレンジのしやすさの向上: 提供するレシピに加え、アレンジ方法を詳しく解説したカタログや動画を用意。多様な調理メニューを提供した

顧客理解からの価値創出

ホットクックの新モデルの開発では、顧客理解に立ち返るという姿勢が徹底されました。

全体の流れを俯瞰すると、

  1. 聞くべきお客さんを明確にし、調査を実施
  2. 欲しいと思って使ってくれたのに、結局は買わなかった原因の究明
  3. 買われにくい、使いにくい要因をなくし、お客さんにとって買いたいと思えるよう改善


このアプローチを進めるため、シャープは家電レンタルサービスのレンティオと連携し、ホットクックを試したが購入に至らなかったユーザーにインタビューし、調理時間が長い、メニューのアレンジが難しいという意見をもとに、新モデルの開発が行われました。

シャープがやったことで注目したいのは、実際に使ったお客さんの声に根ざしている点です。

欲しいのに買わなかった人の行動と心理を理解することで、お客さんの商品への期待と実際とのギャップを埋めることができます。

まとめ


今回は、シャープの自動調理鍋 「ヘルシオ ホットクック」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • シャープが意識したのは 「誰の声を聞くべきか」 の明確化だった。一度は欲しいと思って使ってみたのに、結局は購入に至らなかった人こそが商品における改善余地を知っていると見立てた

  • ホットクックの事例から学べるのは、購入を見送った理由を把握し、顧客の行動と心理にもとづく商品改善の重要性。実際に商品を使った実体験からのお客さんの声は貴重な情報となる

  • お客さんが 「欲しい」 と思う気持ちを妨げる要因をつぶし、購買の障壁を取り除くことにより購入意欲を高める


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。