Menu

Google の AI 対応に学ぶ、イノベーションのジレンマを回避する方法

#マーケティング #イノベーション #AI

もし、業界の常識を覆すようなライバルが突然登場したら、あなたの会社は生き残れるでしょうか?

優良企業であるほど既存事業の成功が足かせとなり、未来の変化に対応できなくなる 「イノベーションのジレンマ」 に陥りがちです。

今回は、Google の戦略的な AI への対応からイノベーションのジレンマを回避する方法を考えます。

イノベーションのジレンマとは


そもそもの 「イノベーションのジレンマ」 ですが、イノベーションのジレンマとは、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した理論です。

巨大で優れた企業が、顧客のニーズに真摯に応え、既存事業の改善に注力するあまり、新興企業がもたらす 「破壊的イノベーション」 に乗り遅れ、やがて市場を奪われてしまう現象を指します。

優良企業ほど、既存顧客が求める性能改善 (持続的イノベーション) には長けています。一方で、登場したばかりの破壊的技術は、性能が低く、市場も小さく、収益性も見えません。合理的な判断をすればするほど、巨大企業はそうした新技術への投資を先送りにしてしまうのです。これがジレンマの正体です。

多くの企業は既存事業の収益性を守ろうとして、新しい技術、商品やサービスを過小評価します。コダックがデジタルカメラを、ブロックバスターが動画ストリーミングを軽視したように、「今の消費者や顧客はそんなものを求めていない」 と判断してしまうわけです。

しかし、破壊的技術は最初は性能が劣っていても、急速に改善され、やがて既存市場を飲み込みます。その時には手遅れになっているケースがほとんどです。

* * *

では、イノベーションのジレンマを Google に当てはめてみていきましょう。

Google 外部からの創造的破壊と回避


2022年11月、 OpenAI が ChatGPT をリリースした瞬間、検索業界に激震が走りました。わずか5日で 100万ユーザーを獲得し、2か月で1億ユーザーを突破する驚異的な成長を見せたのが ChatGPT でした。

Google にとっての脅威

従来の検索は、検索キーワードを入力し、検索結果でリンクのリストを表示され、適当なリンクをタップ / クリックという流れでした。しかし ChatGPT は質問をプロンプトとして入力すれば、AI が直接回答してくれるという全く新しいユーザー体験を提供しました。

これは Google の収益モデルの根幹を揺るがす変化でした。検索連動型広告は、ユーザーがリンクをクリックすることで成立する広告モデルです。AI が直接回答を提供すれば、広告をクリックする必要がなくなってしまいます。

Code Red の発動

2022年12月、Google は社内で 「Code Red」 を発動しました。Code Red とは、レッドの赤色が示すように、会社の存続に関わる重大な危機を意味する最高レベルの警戒態勢です。

全社を挙げて AI 開発に経営リソースを振り分け、最優先で取り組む体制が整えられました。

Google の回避プロセス

Google の対応は、今振り返ると迅速なものでした。

■ Gemini の開発と進化

2023年12月に Google 独自の AI である Gemini を発表し、その後も継続的にアップデートを重ねました。

2025年5月時点で Gemini 2.5 Pro は、初代と比べて性能が300ポイント以上向上しています。

Gemini は単独の AI サービスとしてではなく、既存の Google サービス全体に統合する戦略を取ったことです。検索、Gmail 、Google Drive など、さまざまな Google サービスに Gemini の AI を組み込みました。

■ AI Overview による検索の再定義

2024年8月から日本でも提供が開始された AI Overview は、従来の検索結果の上部に AI による回答を表示します。Google 自社の広告収入を減らす可能性のある大胆な決断でした。

結果は吉と出ました。アメリカとインドでは検索利用数が 10% 以上増加し、月間15億人以上が利用する Google によれば 「過去10年間で最も成功したツール」 となりました。

■ 新しい広告モデルの構築

Google の検索体験を刷新する新機能である 「AI mode」 では、 AI の回答内に関連商品をモザイク状に表示するなど、自然な形で広告を統合しました。

500億以上の商品リストを活用し、Google はユーザー体験を損なわない新しい広告フォーマットを開発しました。

実験と本番のサイクル短縮

これら一連の動きで驚くべきは、そのスピードです。

Google は、新しいアイデアをまず実験的な 「Labs」 で公開し、一部ユーザー向けのプレビュー版を経て、グローバルに本格展開するというサイクルをわずか18ヶ月以内で完了させました。

巨大企業は意思決定が遅くなる傾向にありますが、Google は新興のスタートアップ企業ような早い対応でユーザーのフィードバックを得ながら、プロダクトを高速で進化させているのです。

なぜ 「ジレンマ」 を回避できたのか


Google がイノベーションのジレンマを回避できた要因を分析すると、5つの戦略的要因が浮かび上がります。

危機意識の早期共有と浸透

多くの企業は危機を認識しても、組織全体で共有することはできません。一方の Google は Code Red (非常事態宣言) という明確なシグナルを出し、全社員に危機感を共有しました。

創業者たちの復帰という象徴的な行動も、事態の深刻さを物語ります。部門間の壁を越えた協力体制が自然に形成されました。

 「破壊 × 既存強み」 の統合設計

Google は AI を既存の検索サービスの置き換えではなく、強化要素として位置づけました。検索それ自体はなくならず、AI によって進化する、広告も消えるのではなく新しい形で統合されるという発想です。

自社開発の TPU (Tensor Processing Unit) という AI 専用チップも Google にとってアドバンテージとなりました。大規模な AI サービスを効率的に提供できる基盤を持っていたからです。

自らをカニバライズする覚悟

キーワードマーケティング社の調査では、7割超の企業が AI Overview により広告効果の減少を感じています (参考情報) 。

Google 自身も当然この影響を受けているはずです。しかし Google は、短期的な収益減少を恐れずに変革を進めました。検索利用数の増加という形で、長期的な成長につながることを目指しました。

標準化によるプラットフォームの掌握

Google が MCP (Model Context Protocol) を採用したことは、正解でした。

MCP は生成 AI サービスの Claude を展開する Anthropic が開発したオープンプロトコルです。Google は MCP を採用することにより、中立性を保ちながら、実質的なデータ流通の標準を握ることができました。

Zillow (ジロー) のような外部サービスとの連携も、この MCP を通じて行われます。AI 時代の新しいエコシステムの中心に Google が位置することができます。

実験と本番のサイクル短縮

通常、大企業の新サービス展開には数年かかるものです。しかし Google は、 AI Overview を発表から18か月以内に200以上の国と地域で展開しました。

Agent Mode や Gmail の AI 機能なども 「まもなく提供開始」 というスピード感で開発が進みました。この速度こそが、破壊的イノベーションに対抗する武器となりました。

Google からの汎用的な示唆


では Google の事例から、イノベーションのジレンマを回避するための普遍的な示唆を掘り下げていきましょう。

危機へのシグナルを組織全体で可視化する仕組みを持つ

売上依存度が高い領域ほど、経営トップが明示的に危機アラートを発する必要があります。Google の Code Red のような明確なシグナルがあれば、組織は一丸となって対応できます。

重要なのは、危機を隠さず、むしろ積極的に共有することです。社員の不安をいたずらに煽るのではなく、危機感を変革への原動力に変えるのです。

破壊的技術を補完財として先に統合し、実験の場を自らつくる

ハイブリッドとなるような 「旧製品 + 新技術」 となるプロトタイプを MVP (実用最小限の製品) としてすみやかに公開することも大事です。

Google は検索に AI を統合することで、ユーザーの反応を見ながら改善を重ねました。完璧を求めずに、まず市場に出す。そして、ユーザーのフィードバックを基に高速で改善する。このサイクルが破壊的技術への対応力を高めます。

多層的ポートフォリオを維持し、「破壊 × 周辺 × コア」 を並行学習させる

Google は AI 実装を Gmail から XR デバイスまで展開したように、コア事業だけでなく、周辺領域でも新技術を試すことにより、多角的で並行的な学習が可能になります。

Android XR のようなハードウェアへの進出も、 AI 時代の新しいインターフェースを探る重要な実験場となります。

既存ビジネスモデルの 「内部カニバリゼーション」 を許容する

既存のフレームやメンタルモデル (思考のクセ) だけで捉えると、新しい技術を過小評価することになりかねません。

新しい技術や仕組みによる社内でのカニバリ (新旧での共食いの状態) を受け入れ、新しいことに挑戦する姿勢が大事です。

Google は検索連動型広告という Google にとって最も大きい収益源への影響を承知の上で、検索ツールでの AI Overview を導入しました。この勇気ある決断が、結果的に検索利用の増加につながったのです。

 「自社が自社を打ち倒す」 というストーリーを内外に語り続ける

社員だけではなく、顧客や投資家からの支持を確保し、果敢なリスクテイクを正当化するためには、明確なビジョンが問われます。「AI ファースト」 という方針を掲げ続けた Google は、変革への理解と支持を得ることにつながりました。

大切なのは、変化や挑戦を過度に怖がるのではなく、変革しないことを恐れる文化をつくることです。自社が自社を破壊することによって、外部からの破壊を防ぐ。このパラドックスが、イノベーションのジレンマを回避するカギを握ります。

まとめ


今回は、Google の全社的な AI への対応を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • イノベーションのジレンマとは、企業が既存顧客の要求に集中するあまり、破壊的技術に乗り遅れる構造的問題

  • 新技術を従来の固定観念やメンタルモデルで評価すると見誤る。既存のフレームや指標で新しい技術を判断すると、本質的な意味や価値を見落とす

  • 想定外の破壊的技術に対しては、自らを破壊する意志がなければ他者に壊される。変革を自社から起こさない限り、外部の競争相手に主導権を奪われてしまう

  • イノベーションのジレンマを回避するためには、危機認識を組織全体で共有する。経営トップが明確な危機シグナルを発し、全社員で危機感をそろえる

  • 破壊的技術の実験の場を自らつくる。コア事業だけでなく周辺領域でも新技術を試し、多角的な学習機会を確保する

  • 自社カニバリゼーションを恐れない。既存収益への影響を承知の上で、新技術による変革を積極的に自ら推進する

  • 自社が自社を破壊するという覚悟を持ち、変革しないことの機会損失を減らし、自ら破壊的イノベーションを起こす姿勢を内外に発信し続ける


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。