#マーケティング #ジョブ #ワーカー
今回は、お客さんが本当に求めている "進歩" を見抜く 「ジョブ理論」 を使い、若者の間で話題のある美容室の人気要因を紐解きます。
690円カット Hair Salon IWASAKI
Hair Salon IWASAKI は、横浜市に本社を置く株式会社ハクブンが運営する理美容室チェーンです。
特徴はその値段の低さで、象徴的なのが平日の日中のタイムセール時に実施する 「690円カット」 (税込み) です。通常時は980円が、平日の日中限定で690円になります。
業界全体では大手の 「QB ハウス」 が2025年2月に1400円とするなど値上げが進む中で、Hair Salon IWASAKI の690円は低価格が際立ちます。
ただ安いだけでなく、スタッフ教育や緻密なマニュアルによる高い施術レベルも支持を集めています。SNS では 「安いのに質が高い」 という口コミが広がり、特に 20 ~ 30 代の若者を中心に利用者が増えているようです。特に都市部では、来店客の大半が20 ~ 30代という店さえあるとのことです (参考情報) 。
Hair Salon IWASAKI は予約なしで利用でき、都合の良い時に気軽に立ち寄れます。
Hair Salon IWASAKI は、2025年7月時点で全国に1200店舗以上を展開し、首都圏だけでなく地方や離島にも広がっています。
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では、Hair Salon IWASAKI の事例から学べることを掘り下げていきましょう。
ジョブ理論を使って考えると、ただ安いだけではない人気の理由が見えてきます。
ジョブ理論
ジョブ理論は消費者や顧客の 「ジョブ」 に焦点を当てるマーケティング理論のひとつです。
ジョブとは
ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。
ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。ジョブにもう少し意訳を入れると、ジョブという進歩とは、人が置かれた状況において達成したい目的、解決したい問題、対処したい課題を指します。
ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。
商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」
ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 ととらえることにあります。お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。
お客さんが商品を買って期待するのは進歩であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。
ジョブ理論の当てはめ
それでは、このジョブ理論のフレームワークを使って、Hair Salon IWASAKI が若者に支持される理由を紐解いていきましょう。
お客さんは誰か (顧客定義)
Hair Salon IWASAKI に通う中心顧客は、20 ~ 30代の美意識が高い若者です。
一見すると 「激安の理美容室の利用者」 と 「トレンドに敏感な若者」 は相反するように思えます。しかし実際は両立するのです。
こうした人たちは、デジタルパーマやインナーカラーといったトレンドヘアにときには数万円を投資する消費者層です。髪が 1cm 伸びただけでも 「理想の髪形と違う」 と感じる敏感な美意識の持ち主。SNS で情報収集・発信を行うデジタルネイティブ世代でもあります。
おしゃれを維持したい一方で、美容代が高騰しており支出を最適化したいという二律背反の気持ちを持つ人たちがお客さんです。
お客さんの置かれた 「状況」
置かれている状況について、もう少し解像度を上げて見ていきましょう。
数週間前、高価な美容室で1万円 ~ 3万円をかけてデジタルパーマやインナーカラーといった、こだわりのトレンドヘアにしました。しかし、髪がちょっとでも伸びただけでも 「理想の髪型からずれてきた」 と感じ始めます。特に前髪などが気になり始めている状況です。
かといって、この微調整のためだけに再び高価な美容室を予約して数千円 ~ 数万円を支払うのは抵抗があります。自分でカットするには失敗の可能性もあり、せっかくのスタイルを台無しにしたくありません。
流行への感度は以前より高まっているのに、限られた予算内で理想の髪型を維持しなければならないという状況です。
その状況で生じている 「ジョブ」
この切実な状況から、本当に片付けたい 「ジョブ」 が見えてきます。
それは、「高額な投資をしたお気に入りのヘアスタイルを、できるだけ長く、安く、手軽に、しかも高いクオリティで維持する」 という今よりもさらに進歩することです。
単なる散髪という行為にとどまらず、美意識を満たし続けつつ、出費は賢く抑えたいという望みです。メインとして 「理想のトレンドヘアを常に最高の状態で維持する」 という進歩があり、サブ的なものとして 「美容にかける支出を合理的に抑える」 という進歩が存在しています。
既存商品や方法では解決できていない 「未充足ニーズ」
このジョブを片付けるために、これまでの選択肢 (ワーカー) は十分だったのでしょうか。
答えは No でした。従来の選択肢には、それぞれ解決できない問題がありました。
高額な美容室はクオリティは高いものの、月1 ~ 2回の頻繁な利用には予算的に無理があります。微調整というわずかな散髪には値段が高すぎ、予約の手間もかかります。ジョブへの "ワーカー" としてオーバースペックで、コストパフォーマンスが悪いのです。
従来の1000円カット店は安さは魅力ですが、「安かろう悪かろう」 「トレンドをわかってくれなそう」 というイメージがつきまといます。美意識を満たし続けるというジョブの重要な部分を解決できなさそうなワーカーでした。
自分で髪を切るセルフカットはうまくできないかもしれず、ジョブを解決するどころか状況を悪化させる可能性があります。理想の髪型から遠ざかることによる心理的ストレスも無視できません。
結果として 「気になる部分だけを、高いクオリティは維持したまま、安く手軽に整える」 というジョブのど真ん中が、どのワーカーにも満たされないまま放置されていました。
ジョブを解決する Hair Salon IWASAKI
この誰も解決できなかったジョブに対して、解決策を用意したのが Hair Salon IWASAKI でした。
提供する 「ジョブスペック」
ジョブスペックとは、お客さんが片付けたいジョブを済ませるために、商品やサービスが備える具体的な仕様や設計のことです。ワーカーとして備えている能力のようなイメージです。
Hair Salon IWASAKI は、お客さんのジョブを解決するために、以下のようなジョブスペックを備えたワーカーです。
1つ目の要素は 「役割分担」 です。ベースとなる髪の施術は高価な美容室で (年数回) 、スタイルを維持するメンテナンスは IWASAKI で (月1 ~ 2回) という、美容室との併用スタイルを提案します。これにより、トータルの美容代を抑えながら、常に理想の髪型を維持できます。
2つ目のジョブスペックの要素は 「ジョブに特化したメニュー」 です。髪全体の長さを整える 「690円カット」 はもちろん、気になる部分の前髪だけを整える 「390円前髪カット」 のような、お客さんのジョブにピンポイントに刺さるメニューが用意されています。
3つ目は 「安いのに高品質という信頼性」 です。充実したマニュアルやベテラン社員による教育、そして多くの顧客をカットすることで磨かれるスタッフの技術力など、これらが 「安いから質が低いのでは」 というお客さんの不安を払拭します。SNS での 「#イワサキ」 「#690円カット」 といったポジティブな口コミも信頼性を高めます。
何が 「解雇」 されるか
Hair Salon IWASAKI という新しいワーカーが雇用されたことで、お客さんの頭の中から従来の選択肢が解雇されます。
まず 「メンテナンスのためだけに高価な美容室を予約して通うこと」 が解雇されます。年間10万円以上かかっていたカット代は数分の 1 になります。
解雇されるのは、物理的な店舗やサービスだけではありません。
次の美容室まで髪が伸びるのを我慢するという妥協、メンテナンスのためだけに高額な出費をするという非合理、失敗のリスクを冒して自分でカットするという不安、さらには、格安カットはおしゃれではないという固定観念。これらすべてのネガティブな選択肢が、Hair Salon IWASAKI というワーカーを雇うことにより解雇されるのです。
Hair Salon IWASAKI が 「最適なワーカー」 になれた理由
あらためて、なぜ Hair Salon IWASAKI はお客さんにとっての 「最適なワーカー」 になれたのでしょうか?
その理由は、注力顧客の置かれた状況や文脈を深く的確に理解したことに尽きます。
特に若者の 「トレンドは追求したいが、すべてに高い金額は払えない」 というリアルな葛藤を捉えました。髪型の維持という大きなテーマを、「ベース作り (高額美容室の役割)」 と 「メンテナンス (IWASAKI の役割)」 に分解してみせました。
お客さんはおしゃれに敏感で、支出も合理化したい若者たち。彼ら・彼女らのジョブは 「常に理想のスタイルを安く、小まめに維持したい」 ことです。Hair Salon IWASAKI は部分調整・低価格・高品質という設計によって、このジョブを最適なワーカーとして引き受けます。
この事例は、お客さんの置かれた状況という顧客文脈を把握し、本当に望んでいる進歩というジョブは何かを突き詰めれば、新しい市場や消費行動を生み出せるという、マーケティングのおもしろさを示しています。
まとめ
今回は、美容室の Hair Salon IWASAKI の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客の 「ジョブ (遂げたい進歩) 」 に焦点を当てる。お客さんが本当に求めているのは、ある特定の状況で遂げたい進歩
- 商品やサービスは、ジョブを完了させるために顧客に 「雇われるワーカー」 として捉える
- ジョブが生まれる 「状況 (顧客文脈) 」 を理解する。ジョブは特定の状況という原因があって生まれる結果。お客さんに最適なワーカーとして繰り返し雇ってもらうためには、ジョブが生じる背景となるジョブの文脈を把握する
- 既存のワーカーの 「未充足ニーズ」 を見つける。自社の商品が新たに雇用されるためには、今ある何が解雇されるのかというリプレイスの視点を持つ
- お客さんにとっての最適なワーカーとなるために、「誰が顧客か」 「どんな状況でどんな進歩を求めているか」 「既存の方法の何が未充足か」 「どうすればジョブをスムーズに終わらせられるか」 という視点で商品やサービスを具体的に設計する

