#マーケティング #ビジネスモデル #逆張りの戦略
新しいビジネスモデルは、常識を疑うところから生まれます。
ホテル業界で "非常識" と見なされる稼働率がわずか 20% でも黒字化を実現した fav ホテル。そこには逆張りの戦略が隠されていました。
fav ホテル
fav ホテルは 2020 年、コロナ禍の真っただ中に生まれました。
観光需要が冷え込み、ホテル業界が壊滅的な打撃を受けるなかでの参入です。運営する霞ヶ関キャピタルは不動産コンサルティングを本業とし、その知見を生かしてホテル事業に挑戦しました。
3 人以上に特化した客室設計
fav ホテルの特徴は 3 人以上のグループやファミリー客を注力顧客にしていることです。
例えば東京の 「fav Tokyo 両国」 を見ると、客室面積は 20 ~ 40㎡ で、定員は 4 ~ 6 人。最小サイズの 20㎡ の部屋でも、スリーベッドバンク (2 段ベッドとデイベッドで計 3 つの寝台を搭載) を設置し、天井を高くして圧迫感をなくし、ベッドとソファの高さをそろえることにより、団らんしやすい空間に仕立てています。
ホテルの共用部には洗濯機や簡易キッチンを備え、短期から長期まで快適に滞在できるホテルです。
徹底した省人化とデジタル化
fav ホテルのもうひとつの特徴が徹底した省人化です。
一般的なホテルであれば、フロントスタッフが受付を行い、毎日清掃スタッフがクリーニングを実施します。一方の fav ホテルでは、受付はお客さんが自分のスマホからチェックイン、部屋の鍵もスマホで代替し、清掃はチェックアウトごとに行います。
アメニティやサービスは必要最低限という感じで、デジタル化を徹底し省人化によって人件費を従来の 3 分の 1 に抑えています。結果として、GOP 比率 (営業利益率) は約 60% と高い水準を維持し、客室稼働率が 20% 前後でも黒字を確保できる収益モデルを実現しました。
独自の開発・運営体制
もうひとつ、fav ホテルで注目したいのは、年間 20 棟もの開業を可能にする独自の開発・運営体制です。
通常のホテル開発では、土地買い付けから設計、竣工まで一気通貫で主導しますが、fav ホテルを運営する霞ヶ関キャピタルでは土地を購入して建物のコンセプトを固めた段階で、投資ファンドに土地を売却します。
これにより開発コストを 7 割近く削減でき、短期間で次のプロジェクトに着手する小回りの利いたサイクルを実現します。
運営面でも徹底してマニュアル化することで、外部のオペレーターに一任できる体制を整備。直営ではなくフランチャイズ型にすることにより、50 人の体制でありながら多店舗展開を可能にしました。
fav ホテルの戦略の背景には、市場への 3 つの洞察がありました (参考情報) 。
① 3 人以上の宿泊客が市場全体の 55.3% を占めるのに対し、対応できる客室は 36% 程度という需給ギャップの存在がひとつ。② ふたつめは、民泊で証明されたキッチンや洗濯機完備の長期滞在スタイルが持つ収益力の高さ。③ そしてデジタル化により大幅な省人化が実現できる可能性です。
fav ホテルの戦略とビジネスモデルの肝
では、fav ホテルの事例から学べることを掘り下げていきましょう。
この事例は戦略に示唆に富みます。
バイアスブレイク
業界には必ずと言っていいほど、強固な思い込みが存在するものです。
優れた戦略を考える上でまず重要なのは、私たち自身が囚われている 「当たり前」 、つまりバイアス (固定観念) に気づくことです。
ホテル業界の場合、それは 「稼働率を高めなければ黒字にならない」 と 「顧客満足度は手厚いサービスでつくるもの」 という固定観念でした。これらは長年にわたって 「業界の常識」 として定着し、誰もが疑うことのない前提となっていました。
しかし fav ホテルは、この常識を真っ向から疑うところから始めました。
「低稼働率でも黒字になる仕組みをつくれないか?」 「サービスを削っても顧客価値を保てないか?」 という問いを立てたのです。
意図的に逆を考えるという発想が、ユニークなビジネスモデルの扉を開きました。導き出した答えが、省人化・DX の徹底による人件費の大幅削減と、ファミリーやグループが 「自由に過ごせる快適さ」 の提供です。
従来のホテルが重視してきた 「もてなされる快適さ」 から、「干渉されずに過ごせる快適さ」 へと価値の軸をシフトさせたのです。これは 「ホテル = 人が手厚くもてなす場」 という固定観念を打ち破り、「空間そのものを楽しむ場」 へと再定義したバイアスブレイクと言えるでしょう。
戦略の本質
優れた戦略は、足し算ではなく引き算で描かれます。
戦略の本質とは 「何をするか」 であると同時に、それ以上に 「何をやらないか」 を明確に決めることにあるからです。
fav ホテルの戦略は、この引き算の発想を実践した事例です。
まず 「やらないこと」 を明確に定義しました。
具体的には、稼働率向上のための過度な集客施策や価格競争、手厚いフロントサービスや毎日のルームクリーニング、そして幅広い客層に合わせたアメニティや設備の拡充です。これらは従来のホテルが 「当然やるべきこと」 と考えていた業務でした。
一方で fav ホテルは、「やること」 にはリソースを集中させました。
低稼働率でも利益が出る収益構造の構築、グループ客に特化した客室設計、そしてスピーディーな事業展開を可能にする独自の開発・運営体制です。
こうした 「やらないこと」 を明確にしたからこそ、fav ホテルは経営資源を独自の強みとなる領域に集中投下できました。もし 「あれもこれも」 と従来型サービスも維持しようとしていれば、中途半端になり差別化は実現できなかったでしょう。
戦略の本質は 「何を捨てるか」 にあります。fav ホテルは業界の常識を意図的に捨てることで、誰も気づかなかった勝ち筋を発見したのです。
クリティカルコア
競合が真似できない、あるいは、そもそも真似しようとすら思わない戦略には、肝となる要素が存在します。それが 「クリティカルコア」 です。
クリティカルコアは、戦略のストーリーを他にはないユニークなものにし、"賢者の盲点" を突きます。
というのは、クリティカルコアは、「一見すると非合理、全体では合理」 だからです。
なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないクリティカルコアが、戦略ストーリー全体ではカギを握ります。
fav ホテルのクリティカルコアは、「稼働率 20% でも黒字を目指す」 という目標設定にあります。
一見すると、この目標は非合理に見えます。従来のホテル業界の常識からすれば、稼働率 20% は倒産レベルの数字だからです。
利益が出ないため、誰もこの目標を戦略の中心に据えようとは考えません。都心で客室数 19 室という小規模展開も、賃料の高さを考えれば採算が取れないと思われるでしょう。
しかし、この一見すると非合理な fav ホテルのビジネス構造は、戦略全体で見ると合理的になります。
デジタル化と省人化で人件費を従来の 3 分の 1 に圧縮し、投資ファンドを巻き込んだ開発スキームで土地を早期売却して開発リスクと投資額を大幅に削減。さらにマニュアル化・フランチャイズ展開により、少ない本社人員でスピーディーな多店舗展開を実現しています。
これらの仕組みが組み合わさることで、ホテル客室の低稼働率という弱点を補って余りある強固な収益基盤が生まれました。競合他社は 「稼働率 20%」 という表面的な数字だけを見ると非合理に感じるため、このビジネスモデルの本質的な強みに気づきにくく、模倣しようとも思いません。
クリティカルコアという賢者の盲点を突くビジネスモデルが、fav ホテルの持続的な競争優位性を生み出すわけです。
逆張り戦略への普遍的な学び
fav ホテルの事例は、ホテル業界に限らず他の業界にも通じる重要な示唆を含みます。
「みんなと同じことを、より良くやる」 のではなく、「みんなとは違う非合理に見えることを、自分たちには合理的になるようにやる」 ことの威力を鮮やかに示します。
- 業界の常識ほど疑う価値がある: 全員が同じ方向を向いているからこそ、逆方向に成功のポテンシャルが存在する可能性がある
- 戦略は 「やらないこと」 で決まる: 何を捨てるかを明確にすることで、初めて独自の価値創出に 「やること」 を集中できる
- 一見非合理な選択にこそチャンスがある: クリティカルコアという競合が避ける 「賢者の盲点」 を突くことにより、模倣困難な差異化を実現できる
- 部分最適ではなく全体最適で考える: 個別の施策は非合理に見えても、戦略ストーリー全体では高い合理性を持つように設計することが重要
逆張り戦略とは、単なる奇抜さや思いつきではありません。
逆張りの発想は、固定観念を破り (バイアスブレイク) 、引き算の戦略で集中し、非合理を全体合理へ変えるクリティカルコアが入ったビジネスモデル構想があって初めて成立します。
あなたの業界にも、きっと疑うべき常識が眠っているはずです。バイアスを見つけ出し、勇気を持って逆張りを仕掛ける時、新たな価値創造の扉が開かれます。
まとめ
今回は、fav ホテルの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 言語化や可視化によってバイアス (偏った思考) に気づくことが可能。見出した固定観念とは逆を考えバイアスブレイクをすることで、固定観念のない状態でアイデアを考えていく
- 戦略で大事なのは 「やらないこと」 を明確にすること。意思を持って 「やらないこと」 を定めることで、初めて限られたリソースをやるべきことに集中させることができる
- クリティカルコアは、一見すると非合理だが、全体では合理的なことで戦略の肝になる
- 一見すると非合理に見えるので、クリティカルコアは "賢者の盲点" を突く。実は全体では合理的となるクリティカルコアが、他社が真似できない・しようとしない独自の競争優位の源泉となる
