Free Image on Pixabay
今回は、少年ジャンプの編集方針から考えたことを書いています。
特に、顧客 (この場合はジャンプ読者) からのフィードバックとの向き合い方についてです。
エントリー内容です。
- ジャンプの読者との向き合い方
- マーケティングリサーチの視点での考察
- 全ての調査は正しく、全ての調査は間違っている
ジャンプの読者との向き合い方
東洋経済オンラインに、あるインタビュー記事がありました。
参考: 「少年ジャンプ」 伝説の編集長が変えた男社会|東洋経済オンライン
記事の冒頭に次のように書かれています。
かつて、国民的漫画 「ドラゴンボール」 の鳥山明の才能をいち早く見出し、国民的 RPG 「ドラゴンクエスト」 の堀井雄二をライターからゲームの世界に送り出し、漫画界で "伝説" となった編集者がいた。
1996年から2001年まで同誌編集長を務め、現在では白泉社代表取締役として活躍する鳥嶋和彦さん (65) だ。80年代から90年代にかけ発行部数が500万部を超え、"黄金期" を過ごした思い出を語った。
(引用: 「少年ジャンプ」 伝説の編集長が変えた男社会|東洋経済オンライン)
かつては閉鎖的なジャンプの職場環境
インタビューで鳥嶋さんは、80年代から90年代のジャンプ編集部の居心地は、とにかく息苦しかったと言っています。
違うことを許さない環境で、若手に反論させなかったりとか、後輩を無理に飲みに誘ったりとか、男子校の体育会系のような上下関係の厳しさがあったとのことです。
組織の縦割りが徹底され、同じ会社内でも、他の雑誌の編集部がどうなっているのかもよくわからなかったそうです。非情に閉鎖的な状況だったと語っています。
ジャンプ編集長になり変えたこと
鳥嶋さんはジャンプ編集長になり、こうした環境を変えました。
男子校のようだったジャンプ編集部内のあり方を、オープンな環境にしました。外部の人が自由に出入りできるようにし、編集部内では後輩を無理に飲みに誘わないといったような雰囲気になりました。
鳥嶋さんは、男子校から共学校ぐらいの雰囲気にはなったのではと語っています。
変えなかった 「アンケート至上主義」
一方で、変えなかったことがあります。アンケート至上主義です。
インタビュー記事では、読者からハガキで送られてくるアンケート回答を、ジャンプが重視していることが語られています。
記事によれば、ジャンプ編集者の第一の仕事は、毎週送られてくる読者アンケートでいかに人気を集めるかでした。ここで人気が取れないと、自分が担当しているコーナーや漫画家の仕事がなくなってしまうからです。
少年ジャンプの最盛期の90年代当時は、読者から約3万通のアンケートハガキが毎週送られてきたそうです。ジャンプは毎週月曜日に発売され、アンケートハガキの早いものでは、火曜日の夕方には300通ぐらい届いたとのことです。
火曜に届くアンケート回答は、「速報」 と呼び貴重な情報源でした。というのは、火曜日の夕方なら、その週の号で進行している原稿にぎりぎり反映させることができたからです。
鳥嶋さんは、インタビューで次のように言っています。
読者双方向の誌面作り、これがジャンプ創刊以来の一番の強みと言えるでしょう。子どもが参加できる、自分の声を反映させられる唯一の雑誌なのではないでしょうか。
(引用: 「少年ジャンプ」 伝説の編集長が変えた男社会|東洋経済オンライン)
アンケート以外にも、編集部に見学に来た子どもたちに (修学旅行のコースでジャンプ編集部に来たそうです) 、「最近何がおもしろいか」 と聞いたり、「好きなグッズを持っていっていい」 と言って、子どもたちの反応も参考にしていたそうです。
アンケートや、直接子どもとのコミュニケーションから、読み手が何を求めているかを考えながらジャンプは運営されていたことがわかります。
マーケティングリサーチの視点での考察
ここからは、今回取り上げているジャンプの記事について思ったことです。特に、アンケートについてです。
ごく一部の読者の声を重視するやり方は適切なのか
読者からのアンケートハガキの情報を重視するやり方は、興味深く読みました。
アンケートハガキや、編集部見学者の声というのは、ジャンプの読者全体のほんの一部です。90年代にはアンケートハガキは毎週3万通も届きました。ただし、最盛期のジャンプは650万部を超えていたので、単純に分母にすればアンケートハガキを送ってくれていたのは 1% にも満たない人数です。
貴重な情報源にしていたジャンプ発売翌日に届く 「速報」 は300通なので、アンケートハガキ3万通のさらに 1% です。
アンケートハガキを送る人は、ジャンプ読者の中に満遍なくいるわけではありません。紙のハガキにアンケートの回答を書き、わざわざポストに投函するという手間を惜しまない子どもたちです (ポストに出すのは親がやっていたかもしれませんが) 。
つまり、アンケートハガキの情報は、あくまで一部の熱心なジャンプ読者で、その背後にはサイレントマジョリティである大部分の読者がいます。
あらためて考えさせられたのは、果たして、一部の読者の、それもわざわざアンケートハガキを送ってくれるような読者だけの声を重視するやり方が適切なのかどうかでした。
全体から見てわずかな熱心な読者だけのアンケート情報を、「読者の代表性がないから使えない情報である」 と言うこともできます。読者全体の声を正しく反映されるようにすべきである、という考え方です。
たとえるなら、料理しているシチューの味見で、まだルーが溶け切っていないルーの固まり付近だけの味が濃いところから、シチュー全体の味付けを判断するようなものです。ルーを溶かしきって混ぜ合わせてから、味見すべきということです。
偏った情報でも、前提とリスクを理解すれば価値になる
話をジャンプに戻すと、その一方で思ったのは、一部の熱心な読者の声にあえてを傾けることに示唆はあるということです。
アンケートハガキをわざわざ送る人は、ジャンプに対してアンケートを通じて何かを言いたい気持ちが強い読者です。ポジティブな意見、ネガティブな意見にかかわらずです。
特にネガティブな意見は、期待の裏返しです。ジャンプを楽しみにしていたからこそ、期待はずれだったことをジャンプに直接言いたいという気持ちの現れです。
アンケートハガキを送る熱心な読者は、ジャンプへの思い入れが強い読者です。ジャンプ編集部がアンケートハガキ情報を重視しているのは、そんな子どもたちに絞って評価を確認しているということです。
もちろん、熱心な読者の声に最適化しすぎるリスクはあります。サイレントマジョリティである他の多くの読者が付いてこられない誌面になる可能性です。
それでも、代表性のない偏った一部の情報であるという前提と、起こり得るリスクを理解した上であれば、目的に応じて使うことに価値はあります。情報から気づきや示唆を得て、次のアクションに反映できるからです。
ジャンプのアンケート至上主義、見学に来た子どもたちの反応を参考にするという、フィードバックや読者とのインタラクティブを重視するやり方は、あらためて考えさせられます。
全ての調査は正しく、全ての調査は間違っている
今回のジャンプのアンケートなどの調査から読者理解に関連して、以下は、私自身の調査についての考え方です。
- 全ての調査は正しく、そして、全ての調査は間違っている
- どんな調査でも前提条件 (調査対象や手法など) を理解した上で解釈をするなら正しいし、真実との乖離は必ずある (この意味において間違っている)
- 以上を理解した上であれば、利用する価値はある
最後に (コロコロコミックに学ぶマーケティング戦略)
今回の内容に関連して、別のブログエントリーのご紹介です。
コロコロコミックの編集長への別のインタビュー記事が、マーケティング戦略の視点で興味深く読め、書いたものです。
具体的には以下の2つです。
- マーケティングにおける提供価値は何か。自分たちは商品やサービスを通して顧客にどんな価値を提供しているのか
- ターゲット顧客をどう設定するか。価値と思ってもらえる人が顧客になる。価値と思ってもらえないセグメントはあえて追わない
よろしければ、ぜひご覧ください。