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イケオジの心をつかんだ缶酎ハイ 「GINON (ジノン) 」 。顧客の "声の先" を読み解く洞察力

#マーケティング #洞察 #顧客価値

自社の商品開発やマーケティングに行き詰まりを感じていないでしょうか?

お客さんの声を聞いているのに、なぜか響かない…。そんな悩みを抱えている企業は少なくありません。

実は、お客さんの声をただ聞くだけでは十分とは言えません。では、どうすれば本当の顧客ニーズを捉え、お客さんから選ばれる商品を生み出せるのでしょうか?

アサヒビールの缶酎ハイ 「GINON (ジノン) 」 の開発事例は、この課題に対する示唆を与えてくれます。市場で成功を収めた裏には、興味深いアプローチがありました。

ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

アサヒ缶酎ハイ 「GINON」 


出典: アサヒ

製品開発において、顧客ニーズを的確に捉え、ニーズを満たす商品を生み出すことが大事です。アサヒビールの缶酎ハイ 「GINON (ジノン) 」 の開発は、この難しい課題に挑戦し、成功を収めた事例です。

GINON の開発背景と経緯

GINON の開発は2021年8月に始まりました。

アサヒビールは、RTD (Ready to Drink: ふたを開けてすぐにそのまま飲める飲料) 市場の成長を見据え、「市場で残り続ける RTD を作る」 という明確な目標を掲げました (参考記事) 。開発チームには、年間売上高100億円というヒット商品の目安が示され、挑戦的な目標に向けて開発が進められました。

アサヒビールの開発チームは、市場分析を行いターゲット顧客を40 ~ 50歳代の 「イケオジ (イケているおじさん) 」 に設定しました。調査から40 ~ 50歳代のイケオジは、お酒の消費量が他の年代に比べて多く、まとめて箱ごと買うなどの傾向があることがわかりました。

しかし、彼らの多くは缶酎ハイに対しては 「自分向けではない」 というイメージを持っていたのです。

深い顧客理解の追求

開発チームは、ターゲット顧客をより理解するために、40 ~ 50歳代の男性約30人に対して1人あたり1時間のデプスインタビュー (1対1のインタビュー) を実施しました。

インタビューから、イケオジの男性は缶酎ハイのことを 「ジュースの延長線上」 と捉えていることが明らかになりました。皮肉にも缶酎ハイの 「飲みやすさ」 が、むしろ彼らを遠ざける要因となっていたわけです。

解決策の模索

ターゲット顧客としたイケオジに酎ハイを飲んでもらうためにはどうすればいいかーー。この課題を乗り越えるため、アサヒビールの開発チームは想定するターゲット顧客の行きつけのバーに足を運び、実際のところを見に行きました (現場を愚直に理解しようとする姿勢がすばらしいです) 。

そこでわかったのは、あるレモンサワーがジンをベースに作られていることでした。この発見が GINON の開発でのターニングポイントになりました。

ジンは製造過程でかんきつの果皮などを漬け込むため、手を加えなくても最小限の素材で味が引き立つという特性があります。アサヒビールの開発チームは、この特性を活かし、新製品の味を組み立てていきました。

試行錯誤ののちに行き着いたのは、本格的な味わいを持ちながらも、従来の缶酎ハイとは一線を画す GINON だったのです。

徹底的な顧客体験の再現

GINON の開発プロセスで他に注目したいのは、製品テストにおける徹底したこだわりです。

通常、飲料やお酒の商品開発では、試作品を一口などの少量を飲んで評価する方法が一般的です。しかし、GINON の開発チームは 350ml 缶を家に缶ごと持ち帰り、実際に飲みきってから評価するという方法を採用しました。通常1時間程度で終わる試飲の評価工程に、1週間もの時間をかけたのです。

こうした試飲を繰り返し100種類以上の試作品が作られ、テストされました。

市場での成功

開発の結果、GINON は市場で成功を収めます。

2023年3月の東北エリアでのテスト販売では、消費者から高い評価を得ました。発売8週間の評価期間中、1人あたりの販売本数やリピート率が、比較対照の商品に比べて高い結果でした (参考記事) 。

2024年4月の本格発売後も、GINON の人気は衰えることなく続きました。6月末時点で162万ケースを売り上げ、年間販売目標300万ケースの 54% をわずか3ヶ月で達成したのです。

購入者調査では、狙い通り40 ~ 50代男性の構成比が最も高く、RTD 市場全体と比較してもこの年代の購入割合が多いことが確認できました。

GINON から学ぶマーケティングへの教訓


では GINON の事例から、学べることを掘り下げていきましょう。

2つのマーケティングの教訓を学ぶことができます。

  • 解決策は自ら見出す
  • 顧客体験を再現して判断する


では順番に見ていきましょう。

解決策は自ら見出す

1つ目の教訓は、商品開発やマーケティングにおける 「答え」 の見つけ方です。

お客さんへのインタビューやアンケート調査は顧客理解への洞察をもたらしますが、それだけでは不十分な場合があります。GINON の事例がまさにそうで、お客さん自身も本当に求めているものを正確に言語化して表現できないからです。

ユニークな洞察を得るためには、お客さんの声を聞いてそこで終わりにはしないことです。声の背後にある潜在的なニーズや欲求を読み取り、自分たちのビジネスやブランドに合わせて解釈をし、創造的なアイデアやコンセプトを導き出すことが大事です。GINON の開発チームが行ったように、お客さんの行動や状況を観察し、心理面まで汲み取り、そこから着想を得ることが必要になります。

求める 「答え」 へのヒントやきっかけはお客さんから得られたとしても、その先にある答えに行き着くためには、作り手や売り手による洞察力と創造性が不可欠です。

顧客体験を再現して判断する

2つ目の教訓は、製品テストの方法に関するものです。GINON の開発チームが採用した製品評価の方法からの示唆です。

GINON の開発では、実際の利用シーンに即した状況で製品の試飲テストが繰り返し行われました。

通常の製品テストでは、開発者や評価者が 「専門家」 としての立場から製品を評価します。しかし、このやり方では、お客さんが商品を実際に使うときの微妙なニュアンスや使用感を捉えきれない可能性があります。

GINON の開発チームが行ったのは、社内の会議室に集まって1口程度の試飲ではなく、缶ごと家に持ち帰り消費者が飲むのと同じような状況を再現して味わいを評価しました。このように、開発者自身がお客さんの立場と状況になって商品を同じような体験することで、よりリアルな顧客体験ができます。

この方法は、製品の機能的な側面だけでなく、感情的、文脈的な側面も含めた総合的な評価を可能にします。お客さんの置かれた状況において、生じている顧客ニーズにより適した製品を開発することにつながります。

これらの教訓は、GINON のようなアルコール飲料製品の開発に限らず、さまざまな商品開発やマーケティングに応用できます。

お客さんの声を聞くことはもちろん大事ですが、顧客理解を深めるためにはその先にある洞察を見出す力、そしてお客さんの立場に立って製品を体験し評価する姿勢が大切です。

まとめ


今回はアサヒビールの缶酎ハイ GINON を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 商品開発やマーケティングにおいて、お客さんへのインタビューやアンケート調査からの情報は顧客理解になるが、自分たちの求める 「答え」 を導き出すためには自らの創造力と洞察力が必要になる

  • お客さんの声の背後にある潜在的なニーズや本当の欲求を読み取り、ビジネスやブランドに合わせて解釈し、独自のアイデアやコンセプトを見出すことが重要

  • 実際のお客さんの利用シーンを再現した状況で製品評価を行うといい。お客さんの状況に身を置くことで、お客さんの立場に立った感じ方や見方ができる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。