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世界のエリートはなぜ 「美意識」 を鍛えるのか? - 経営における 「アート」 と 「サイエンス」 という本をご紹介します。
エントリー内容です。
- 本書の内容
- 美意識とは何か。なぜ美意識を鍛えるのか
- 論理と美意識のバランス
- どうやって美意識を鍛えるか
- 読んで思ったこと
本書の内容
以下は本書の内容紹介からの引用です。
これまでのような 「分析」 「論理」 「理性」 に軸足をおいた経営、いわば 「サイエンス重視の意思決定」 では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない。
「直感」 と 「感性」 の時代。
組織開発・リーダー育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループのパートナーによる、複雑化・不安定化したビジネス社会で勝つための画期的論考!
本書の問題意識は、タイトルそのものです。なぜ、美意識を鍛える必要があるのかです。
美意識とは何か
本書で言う美意識とは、ビジネスや経営において良い悪いを判断するための認識基準です。
一般的に美意識と言えば、美術的センスを思い浮かべます。ビジネスでは、例えば商品デザインや広告などのクリエイティブのことです。
しかし本書ではもっと深い概念として扱います。例えば次のようなものです。
- ワクワクするようなビジョンの美意識
- 道徳や倫理に基づいた行動規範の美意識
- 経営戦略の美意識
- 顧客を魅了する表現の美意識
ロジカルシンキングから得られるのは、客観的な判断基準です。
それに対して美意識は主観的な判断基準です。自分の価値観や人生観、ビジョン、大切にしている軸に基づいたものです。
なぜ美意識を鍛えるのか
美意識を鍛える理由は、より高品質な意思決定をするためです。興味深いと思った背景は次の3つです。
- 正解のコモディティ化を起こさないため
- 差別化を維持するため
- 論理だけでは判断できない状況を打破するため
以下、それぞれについて説明します。
正解のコモディティ化を起こさないため
著者の問題意識は、ビジネスにおいて論理と直感では論理に偏りすぎていることです。本来、論理と直感、あるいはサイエンスとアートは、両方ともを高い水準でバランスよく持つべきものだとします。
印象的だったのは、論理を重視しすぎているために、ビジネスでは 「正解のコモディティ化」 が起こっているという指摘です。
本来、経営やビジネスで求められるのは差別化です。しかし、論理に偏った状況では皆が同じ結論に達し、差別化が消失してしまう矛盾です。
差別化を維持するため
ロジックに基づくサイエンスは、説明ができるということです。説明ができることは再現可能なことです。
再現が可能ということ、サイエンスやロジックだけではコピーされてしまうことです。
興味深いと思ったのは、真似されないためには、ロジックに加えて美意識からつくられたストーリーや世界観が必要であるという考え方でした。
すぐに思いついたのはアップルです。iPhone は、機能以上に他のスマホメーカーやブランドにはない差別化された世界観を持っています。
論理だけでは判断できない状況を打破するため
あるルールの下での決断は、論理が重要な役割を果たします。
しかし、そもそも環境の変化が早いために既存のルールが当てはまらなくなった状況では、論理だけでは判断を誤っています可能性があります。より高品質な意思決定のために、「主観的な自分の中のモノサシ」 で判断し決めることが大事です。
「選択と集中」 よりも 「選択して後は捨てる」
本書で興味深いと思ったのは、デザインと経営の本質的な共通点でした。一言で言えば、本質を抽出し、後は切り捨てることです。
本質を視覚的に表現すればデザインになります。本質をビジョンにし戦略を立て実行することが経営です。
選択と集中と言われますが、選択したものに集中することよりも、大事なのは選択しなかったものを捨てられるかです。
優れた意思決定のポイントは、優れた案を選択することではなく優れていないと思った案を捨てることにあります。一見するとどちらも優れているように見える案から一つを選び、残りを思い切って捨てられるかです。
論理と美意識のバランス
論理に偏りすぎることなく、直感に偏りすぎることなく、両方のバランスが大切です。
本書のフレームでおもしろいと思ったのは、サイエンス、クラフト、アートの3つでした。それぞれ、次のように当てはめることができます。
- サイエンス:分析
- クラフト:経験
- アート:感性
例えば PDCA サイクルでは、アート型人材が plan を描き、クラフト型人材が do 、サイエンス型人材が check をするとうい役割です。
他には、トップをアートにし、参謀としてクラフトとサイエンスで固めるという人の配置です。
CEO はアート、COO はクラフト、CFO はサイエンス型という分担です。アートの CEO がビジョンを描き、クラフトの COO が実行計画をつくり、サイエンスの CFO が実行リスクや成果を定量化しチェックするという役割です。
どうやって美意識を鍛えるか
美意識を高めるためにどうすればよいのでしょうか。
著者が勧めるのは、次の2つでした。
- 見る力を鍛える VTS (Visual Thinking Strategy)
- 哲学から学ぶ
以下、それぞれについて説明します。
見る力を鍛える VTS (Visual Thinking Strategy)
VTS では美術作品について、「見て・感じて・言葉にする」 を行ないます。具体的には次の3つの質問から、美術作品から自分は何を感じるかです。
- 何が描かれているか
- 絵の中で何が起きていて、これから何が起こるのか
- どのような感情や感覚が自分の中に生まれているか
私の解釈は、1つ目は絵画作品からありのままのファクトを観察する、2つ目は、表面的な事象だけではなく裏にある要因やメカニズムを考え、そこから何が起こるかの未来予測を鍛えることです。
3つ目は、それに対して自分の内面でどのような感情があるか、どう受け止めたかの自分との対話です。
VTS の狙いは、ステレオタイプなモノの見方から離れて、意識的に素直に 「見る」 という行為をすることです。
ビジネスで直面する状況の多くは、過去の問題解決において有効だった手段が必ずしも使えません。時に過去の経験や成功体験が、状況を見誤らせることも起こります。
このような状況で必要なのは、何が起きているのかを見ることです。純粋に見る能力を高めるためには、VTS は有効だと著者は言います。
哲学から学ぶ
哲学から学べることは3つあると書かれています。
- コンテンツからの学び
- プロセスからの学び
- モードからの学び
1つ目のコンテンツからとは、その哲学者が主張した内容そのものです。哲学が何を言っているのかです。2つ目のプロセスからの学びとは、哲学者がその哲学を生み出すに至った気づきや思考の過程から学ぶことです。
3つ目のモードからの学びとは、その哲学者自身が当時の社会や世の中に、どう向き合ってたのかの姿勢から学ぶことです。
3つのうち、哲学を学ぶ際に重要なのは、2つ目のプロセスと3つ目のモードだと著者は強調します。
その哲学者が生きた時代に支配的だった当時の考え方について、その哲学者がどのように疑いの目を向け、何を考えたかというプロセスや態度にこそ学べるものがあります。
哲学から美意識を鍛えることについて思ったのは、世の中の常識や疑いなく受け入れていることについて、本当にそうだろうかと健全な批判的思考を持つことの重要性です。
比べるのは、自分の内側の主観です。自分の価値観との比較です。このプロセスを通じて、美意識が鍛えられるのです。
読んで思ったこと
美意識は、自分の中の主観的なモノサシです。大切なのは、どんなモノサシを持っておくか、普段からモノサシを意識して使うかです。
主観的なモノサシという判断基準は、結局のところ自分の価値観に行き着きます。自分にとって大切な考え方、why は何かです。
思ったのは、自分にとっての価値観を明確にするだけではなく、普段から価値観に沿って決めたり、行動できているかどうかです。
もう一つ思ったのは、自分の直感に目を向けることです。
直感に気づくこと、そして、時には直感に従った意思決定や振る舞いをし、大切にすることです。直感については、なぜその直感が生まれたのかを掘り下げることも有効でしょう。
ただし、自分の直感とはいえ、必ずしも合理的な説明はできないこともあります。美意識は感性やアートであり、説明や再現可能な論理・サイエンスではないので、直感を言葉で説明ができなくともよいと考えることもできます。これは本書からの気づきの一つでした。
美意識を鍛える方法の一つに、哲学から学ぶことをご紹介しました。
ポイントは、健全な批判的な目を持つこと、本当にそうなのか、時には常識を疑うことです。単に天邪鬼になるのではなく、自分の価値観や直感に対して違和感がある常識にこそ、それを反射鏡にした時に真実が映るのではないでしょうか。
最後に
著者である山口周氏の本は、本書以外にも興味深く読めるものばかりです。本書は 「美意識」 という切り口からの鋭い洞察を興味深く読むことができました。
現代の企業やビジネスだけではなく、歴史や過去の事件などを美意識という視点で書かれています。
印象的だったのは、戦略コンサルティング会社とベンチャー企業での業績評価や昇進の仕組みの共通点、そこにはオウム真理教にも共通する構造が見られるとの指摘は考えさせられました。
美意識を磨くとは、エリートが美術鑑賞から教養を磨けばよいというような単純なものではありません。本書での美意識の定義の通り、深い内容で考えさせられる本でした。