投稿日 2025/07/05

業界初のオタク女性専門ジム Clara 。固定概念を疑い、消費者の文脈から価値を再定義するマーケティング

#マーケティング #顧客理解 #価値実現

 「自社商品は、この消費者層には売れないだろう」 。

こんなふうに決めつけていないでしょうか?
業界の常識やステレオタイプに縛られ、見過ごしているニーズはないでしょうか?

そんな思い込みを取り払うことによって、新たな市場が開けることがあります。

視点を変えるだけで、まったく違う価値が生まれます。そして、消費者の生活や行動、心理を丁寧に掘り下げることにより、今まで気づかなかったニーズを発見することもできます。

今回は、思い込みを打ち破って新たな市場を切り拓いたユニークなスポーツジムの事例から、顧客価値を創造する方法について考えます。

オタク女性専門ジム Clara


突然ですが 「オタク」 と聞いて、どのようなイメージを抱きますか?

推し活への健康ニーズ

かつては 「家にこもって漫画やアニメを見ている人」 という印象があり、運動とは無縁そうだと思われがちなのが、オタクの人へのイメージでした。しかし最近は、アニメや声優のライブ、2.5次元舞台なども登場し、ファンが推しに会いに行く機会は増えています。

推しのコンサートやイベントに行けば長時間立ちっぱなしだったり、全国各地の公演を追いかけたりするので、相応の体力が求められます。それに伴って 「推しに恥じない自分になりたい」 や 「推し活をもっと楽しむために健康でいたい」 といったニーズが、オタクの人たち中でも高まってきています。

Clara の特徴

こうした背景を受けて、オタク向けのパーソナルジム 「Clara (クララ) 」 が人気です。オタクと運動は縁遠いイメージでしたが、Clara は東京や大阪、福岡など複数の拠点でジムの店舗を構え、独自の付加価値を提供しながら事業を拡大しています。

出典: PR TIMES

Clara の特徴は、スタッフやトレーナーがそろってオタクであること、声優コラボによるイケボトレーニングなどから、楽しみながら運動できる環境をつくっている点です。

例えば、ジムの内装に推し活グッズがたくさん飾ってあったり、BGM にアニソン (アニメソング) が流れていたりと、推し活の延長で運動ができる雰囲気が整っています。

声優の声がトレーニングの合間に流れるイケボトレーニングは、推しの声や好きなキャラクターの声優さんに励まされながら筋トレができるという、ここにしかないユニークなプログラムです。「運動 = 身体を追い込む苦行」 ではなく、「運動 = 推しと一緒にがんばる楽しい時間」 に変わる仕掛けが詰まっています。

Clara から学べること


Clara の事例は、ただ 「オタク向けサービスとしておもしろい」 で終わらせるだけではもったい話です。

マーケティングの視点で見ると学ぶところがあります。Clara の事例から、ビジネスやサービスを展開するときに重要になる4つのポイントを解説します。

  • 今までの見方や常識を取り外して対象をあらためて捉える
  • 注力顧客を具体的に絞る
  • 決めた注力顧客を深く理解する
  • お客さんにとって価値を定義し、顧客価値をもたらす体験を提供する


では順番に見ていきましょう。

今までの見方や常識を取り外して対象をあらためて捉える

第一の学びは、思い込みを取り除き、本当に必要とされるニーズを見極めることの重要性です。

Clara の事例で言えば、一般的には 「オタクはインドア派で運動は苦手」 というイメージが根強くあったことでしょう。しかし Clara は、そうした固定概念を覆し、オタクの人こそ 「推し活を快適に楽しむための体力づくりが必要なのではないか」 と捉え直したのです。

自身も生粋のオタクである Clara の代表取締役 CEO である SAKU さんが、コスプレ衣装を着られなくなった経験に直面したことが Clara の出発点でした。

SAKU さんはコスプレをしていた中、年齢とともに体重も増加し、20代の頃に自作した衣装が着れなくなったことにショックを受けて、一大決心してパーソナルジムに通ったそうです。しかし、陰キャのオタクの自分にとっては、陽キャの体育会系トレーナーさんと会話が難く、オタクとしては通いづらさを感じたとのことです。そこで、もっと楽しく通えるジムがあったらなと思い、開業したのが経緯です。

コスプレを趣味とするオタクの人たちは、年齢や体質の変化によって体型が変わり、好きなキャラクターの衣装を思うように着こなせないというジレンマを感じることもあるとのことです。

また、声優ライブや2.5次元舞台を何度も観る人は、長時間立ちっぱなしだったり、さまざまな場所への遠征が増えたりするので、想像以上に体力が必要です。こうしたオタクの人たちのリアルを踏まえると、運動へのニーズは決して小さくないと気づくわけです。

オタクの人は運動をしないという勝手な見立てを打ち破り、むしろイベント参戦に体力づくりが必要というニーズに結びつけてサービスを考えた点が Clara を生み出しました。

ビジネスにおいてよく陥りがちなのは 「ここにはニーズはないだろう」 と早合点してしまうことです。けれども、一見かけ離れて見える 「対象 A」 と 「行動 B」 の組み合わせが、意外にも強いニーズを生むことは少なくありません。

Clara のように当事者の目線を持つことによって、潜在需要を見極める視点を持つことが大事です。

注力顧客を具体的に絞る

次に、ターゲットとする注力顧客の明確化です。

例えば、運動不足のすべての人にアピールするジムを立ち上げようとすると、顧客像は漠然として抽象的なイメージになってしまいます。大手チェーンのスポーツクラブや、既存のパーソナルジムとの違いを打ち出しづらく、価格や立地などでしか比較されなくなる可能性が高くなり、先行者との苦しい戦いになるでしょう。

Clara が魅力を打ち出せているのは、オタク女性向けに的を絞ったからです。

オタクの男性ももちろん存在しますが、オタクの中でもさらに女性に限定することで、パーソナルジムの設計やサービス内容をより繊細に組み立てられます。例えば、女性が求めるダイエット指導の方法や、コスプレ衣装をきれいに着こなすためのボディメイキングなど、より具体的なオタク女性への成果イメージを提供できるようになります。

注力顧客を絞って限定すると 「ビジネス規模が小さくなりすぎるのでは?」 と思う方もいるかもしれません。

しかし特定の顧客層に響くサービスや顧客価値を突き詰めることによって、その分だけ熱量の高い顧客やファンが生まれやすくなり、コミュニティや界隈で登場頻度が高まります。Clara の場合は、SNS で 「こんなジムがあるらしい」 と拡散され、結果的に界隈で知名度を得ることが期待できます。

広く浅くよりも、狭く深く最初のお客さんを獲得し、そこから輪を広げていくアプローチです。

決めた注力顧客を深く理解する

大切にするお客さんを決めたら、注力顧客がどのような状況下に置かれているのかを丁寧に把握することが大切です。

例えば、お客さんが日常的にどんなライフスタイルを送っているのか、生活の中で取っている行動や習慣、悩みや課題を抱えているのか、周囲の環境はどうなっているのかといった具体的な状況を掘り下げていきます。

次に、その状況において生まれているニーズに目を向けます。お客さんはどんなニーズを持ち、商品やサービスにどのような便益 (ベネフィット) を求めているのかを見出します。

また、お客さん自身が自覚していない、または気づいているものの言語化するほどには至っていない未充足ニーズが潜んでいる可能性を探ります。未充足ニーズがあるとは、既存の競合商品・サービスでは満たしきれてないというわけなので、ここに自分たちが価値をもたらすことができるチャンスが眠ってるのです。

Clara では、トレーナー自身もオタクであることが顧客理解に力を発揮しています。

好きな作品の話題を自由にできるだけでなく、「推しのために体力が必要」 「コスプレを着こなしたい」 「舞台挨拶を3公演ハシゴするから疲労をどう回復するか」 など、オタクならではの "あるある" をトレーナー自身も身を持って体験しています。

さらに 「推し活ってお金がかかるから、生活リズムや食事管理が適当になりやすい」 、「イベント中は緊張して食事を抜いてしまうことが多い」 といった、まだ表面化していないオタ活の問題点も知っています。

オタクでも男女では困りごとやニーズは違います。コラボカフェに通いながら痩せたい、推しに恥じないスタイルになりたい、推しに体を誇りたいといったオタク女性の気持ちがあります。お客さんにとってのこうしたオタクへの文脈理解があるからこそ、お客さんとの強い共感を生む源泉になります。

お客さんにとって価値を定義し、価値をもたらす体験を提供する

注力顧客を理解したら、お客さんが求める価値を明確にし、実際に商品・サービスから顧客価値を体験として提供する仕組みをつくります。

Clara は、ダイエットや筋力増強という目的だけでなく、推し活をもっと楽しむための体づくりをサポートし、推しの声に励まされながら運動を続けられるという付加価値を打ち出しています。

声優ボイスを活用したイケボトレーニングや、アニメ・ゲーム作品とのイベントコラボなどから、一般的なジムでは味わえない楽しさを演出しています。トレーニング中にお気に入りのキャラクターや声優さんの声が流れるだけで、苦しい筋トレが 「推しに応援される幸せタイム」 へと一変することでしょう。

また、推し活仲間が集いやすい空間づくりや、トレーナーとの雑談で推しへの愛を語り合える雰囲気をつくっているのも、Clara でしかできない体験価値をもたらします。

こうした体験を提供する設計により 「運動 = しんどいもの」 というイメージを 「運動 = 推しとともにがんばる楽しい時間」 に転換しているわけです。

Clara のお客さんにとって価値があるのは、ただ筋肉がつくとか、体脂肪が減るといった数値的な結果だけではありません。好きなものを応援しながら健康的に自分自身も成長できるという理想の自分になれるというストーリーです。

まとめ


今回は、オタク女性専門ジム Clara を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 既存のステレオタイプにとらわれず固定概念を疑うことで、固定観念を打ち破れ、従来は見過ごしていた潜在ニーズを発見できる。新しい市場を創出につながる

  • 先入観を捨て、消費者の置かれた状況、生活習慣や行動パターン、そのときの心理、価値観、未充足のニーズを丁寧に掘り下げて理解する

  • 得られた顧客理解をもとに、自社商品の価値を捉え直し、価値イメージを消費者文脈や顧客文脈に合わせにいく。Clara の事例では 「運動 = しんどいもの」 ではなく、「運動 = 推しと一緒にがんばる楽しい時間」 に変え、意味合いを書き換えた


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。