投稿日 2025/07/03

北海道ボールパーク F ビレッジ。"市場の外" にいる未顧客と文脈を狙っての新規顧客獲得

#マーケティング #未顧客 #顧客文脈

すでに自社商品を購入してくれている既存顧客を中心にマーケティングを展開することも大事ですが、本当の成長機会は 「未顧客」 というまだ開拓していない大海に眠っているのかもしれません。

事業を成長させるためには、まだ商品やサービスを知らない 「未顧客」 や、利用頻度が少ない 「ライトユーザー層」 にどうアプローチするかが重要になるからです。

北海道ボールパーク F ビレッジは、野球場への固定概念を覆し、年間418万人もの来場者を集める新しい複合施設へと生まれ変わりました。マーケティングの観点で興味深いのは、これまで球場に足を運ばなかった人々の 「未顧客文脈」 を捉え、新たな価値を提案したことです。

今回は、未顧客の捉え方と具体的なマーケティング手法を、F ビレッジの事例をもとに掘り下げます。

北海道ボールパーク F ビレッジ


出典: F VILLAGE

北海道の北広島市にある 「北海道ボールパーク F ビレッジ」 は、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの本拠地 「エスコンフィールド HOKKAIDO」 を中心に、多様な商業施設やレジャースポットを兼ね添えた大型複合エリアです。

365日開放と多彩なコンテンツ

日本国内の球場の多くは、プロ野球開催日やコンサートなどのイベントがある時にのみ人が集まる形態が一般的です。一方の北海道ボールパーク F ビレッジは、365日開放という方針を掲げます。野球試合のない残りの300日においても日常的に楽しめるコンテンツやサービスを数多く提供しています。

北海道ボールパーク F ビレッジでは、観客席やグラウンド以外にも魅力的な施設を多数用意。たとえば、スタジアムに隣接する 「TOWER 11」 ではフィールドを一望できる客室や温泉・サウナを備えており、人気を集めています。

他にはグランピング施設 「BALLPARK TAKIBI TERRACE ALLPAR」 や、子ども向けに遊び道具を提供するボーネルンド社の施設 「リポビタンキッズ PLAYLOT by BorneLund」 、外野席の一部無料開放など、球場を野球の試合日だけの空間とせず、レジャー、飲食、交流の場として機能させています。

もちろんイベント面でも大きな力を入れています。日韓ドリームマッチなどの野球関連イベントにとどまらず、グルメフェスや音楽ライブ、ウインターシーズンにはアイススケートリンクの設置や 「ES CON FIELD 神社」 の開設といったユニークな催しを次々と仕掛けました。

こうした取り組みは、観光スポットとしての北海道ボールパーク F ビレッジの魅力を高めるだけでなく、北海道外や海外の人々にも 「北海道ボールパーク F ビレッジに行けば何かおもしろいことがある」 という期待感を生み出します。

データ活用で顧客層を拡大

北海道ボールパーク F ビレッジは、会員登録や公式アプリのダウンロードを促し、来場者の行動データを蓄積する試みも行っています。

2025年1月時点で会員は80万人以上、アプリダウンロード数は51万件を超えました (参考記事) 。

収集した顧客データを活用し、それぞれに特徴を持つ各顧客グループに合わせた情報を発信できるようになり、試合の日にしか来なかった野球のコアファンの人たちだけでなく、新たな顧客層へのリーチが可能になりました。

若い女性のグッズ購入が増加し、20代男性のリピーターも増えるなど、以前はあまり球場に足を運ばなかった人たちが 「北海道ボールパーク F ビレッジに行く理由」 を見出しているのです。

試合以外の日での集客による成果

北海道ボールパーク F ビレッジは、開業後の2023年には年間で346万人の来場者を集めました。さらに2024年には前年を上回る418万人に達しました。

418万人のうち約半分にあたる211万人は試合のない日に訪れました。これまで 「野球場 = 野球ファンが野球の試合の日に来る場所」 というイメージだった球場運営の常識を塗り替える成果です。

野球の試合の観客数も増えています。日本ハムのチーム好調や選手の活躍も相まって、1試合平均の動員は2万8830人となり、札幌ドーム最終年だった2022年の1万7937人から増加しました。

未顧客に目を向けての新規顧客獲得


では、北海道ボールパーク F ビレッジの事例から学べることを掘り下げていきましょう。「未顧客」 をキーワードにして見ていきます。

未顧客とは

未顧客とは、まだその商品やサービスを使ったことがない人または企業です。場合によっては、利用頻度が非常に少ないライトユーザー層を含むこともあります。

多くの企業が自社の既存顧客に焦点を当てますが、大きな可能性を秘めているのは、未顧客層へのアプローチです。

北海道ボールパーク F ビレッジの取り組みは、野球が好きで球場に試合観戦に来る人から視野を広げ、ボールパークの活用場面や楽しみ方を野球以外にも新たに再定義し、未顧客を取り込んだ事例です。

顧客の合理

ビジネスの成長のために、未顧客をいかに見つけ出すかは重要な課題です。

というのも、未顧客は企業にとって見えにくい存在だからです。まだ購入実績が少ない、あるいはまったくないために顧客情報が手元にありません。会いに行ったり、実際に声を聴く機会も限られます。

また、仮にアプローチできて接点が持てたとしても、未顧客の理解にも既存顧客の理解とは違った難しさがあります。

人には、その本人が持つ合理性があります。未顧客の合理は、既存顧客の理解に引きずられ、既存顧客への認識が半ば常識になっている売り手からすると、未顧客の合理が売り手にとって非合理に見えてしまうのです。

売り手から見れば 「なぜ使わないのか」 や 「どうして行かないのか」 、「なぜ手にとって買ってくれないのか」 と疑問に思っても、未顧客側には日常生活や仕事、生活環境などの置かれた状況、すなわち 「顧客文脈」 があります。それらの総合的な判断の末に 「購入しない」 や 「利用しない」 という合理的な選択をしているわけです。どんな行動にも 「お客さんなりの合理性」 があるということです。

文脈から合理を理解する

お客さんの合理 (売り手にとっての非合理) を捉えるためには、企業や売り手側の論理だけにこだわらず、「合理をつくりだしている未顧客の文脈」 から理解しようとする姿勢が重要です。

どんなに作り手や売り手が 「自分たちのアイデアや商品はすばらしい」 と思っていても、お客さんの生活や事業、価値観や気持ちに合わず共感されない提案であれば、お客さんの心に響くことはありません。「顧客の合理」 と 「企業の合理」 がかみ合わなければ、たとえ良い商品やサービスでも手に取ってもらえないのです。

北海道ボールパーク F ビレッジが成功した背景にも、野球に関心の薄い人にとっても魅力的な場所をつくるにはどうすればいいかという視点、つまり今までの未顧客の文脈への理解、知らなかった未顧客の合理、顧客文脈に沿ってのサービスやコンテンツ開発、マーケティングがあったからこそです。

未顧客への具体的なアプローチ方法


では最後のパートでは、未顧客にどのようにアプローチをするかを考えてみましょう。

外側に目を向ける

まず重要なのは、既存市場の 「外側」 を意識的に見据えることです。

これまで 「この商圏はせいぜい数十万人ほど」 と決めつけていた枠組みを取り払い、外側にあるであろう大きな市場や異なるカテゴリーにまで視野を広げるわけです。

セグメンテーションの本質は市場を再定義することですが、セグメンテーションのことを今見ている市場を細分化するという狭い意味で捉えず、従来の枠組みを一度外し、ポテンシャルをより広い範囲から探すという発想と視点の転換が必要となります。

顧客文脈の理解

未顧客への理解を深める際には 「顧客文脈」 を理解することがカギを握ります。

顧客文脈とは、お客さんが置かれている状況、その状況の下で生じているニーズ、まだ満たされていない未充足ニーズ、取っている行動、心理など、行動を左右する要素です。文脈を捉えることによって、お客さんの合理も理解することができます。

たとえば、野球に興味がなかった人でも、家族旅行の行き先を探しているときに子どもの興味が惹かれる施設があると知ったら、また、野球以外にも様々なアクティブができるボールパークの存在を知ったら、一度家族みんなで訪れてみたいと思うかもしれません。

家族旅行に行きたいという文脈、これまでの家族旅行では経験したことのない体験をしたい (未充足ニーズ) という文脈があってこそ、北海道ボールパーク F ビレッジが未顧客に選ばれる理由が生まれるのです。

ブランドの再解釈

まだお客さんではないという未顧客を獲得するためには、未顧客の文脈に応じてブランドを再解釈することがポイントです。

ブランドの再解釈とは、未顧客にアプローチするために、ブランドの意味合いや顧客価値を新たな角度から捉え直すことを指します。特定の文脈や顧客ニーズに応じてブランドを再定義することにより、新たな顧客層にアピールすることを目指します。

北海道ボールパーク F ビレッジの事例では、ボールパークを野球観戦やコンサートができる場所にとどめず、ここでしかできない多彩な体験が365日のいつでもできる場所に再定義しました。より広くエンタメや観光施設として捉え直したわけです。

顧客文脈をターゲットする

未顧客を獲得するためにターゲットすべきは 「人」 というよりも 「顧客文脈」 です。

人はその文脈において、頭の中に思い浮かぶ選択肢の中から自分の中での合理的な理由、すなわち顧客の合理で選びます。マーケティングの STP で言えば、狙う 「ターゲット文脈」 でいかにポジショニング (お客さんが認識する自社商品への具体的なイメージ) をとるかが大事になります。

たとえば、同じ人でも平日と週末の家族サービスでは、興味関心や判断基準が変わるものです。北海道ボールパーク F ビレッジが平日は温泉やグルメ目当ての人、休日には家族で遊ぶ層を分けて取り込んでいるのは、そのシチュエーションでの顧客文脈を意識し、文脈をターゲティングするというアプローチのためです。

まとめ


今回は、北海道ボールパーク F ビレッジの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 既存市場の枠にとらわれず、カテゴリーや用途を広げることで、既存の顧客層だけでなく、利用経験のない 「未顧客」 に目を向けることで、ビジネスの可能性を拡大できる

  • とはいえ、未顧客が購入しないのには合理的な理由がある。そこで売り手の視点ではなく、顧客の文脈に沿って理解を深めることが重要

  • 理解する対象は、未顧客が置かれている状況、満たされていないニーズ、行動、心理などを総合的に理解し、未顧客にとっての 「合理性」 を捉える

  • 見出した未顧客の顧客文脈に照らし合わせて、ブランドの存在意義や提供価値を再解釈をする。既存の価値やイメージを違う切り口での魅力を訴求する

  • 未顧客へは文脈をターゲットにするのが有効なひとつ。特定の文脈 (シチュエーション) で選ばれるブランドやサービスを目指す


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。