投稿日 2025/05/01

ローソンの DIY ケーキ。引き算の戦略で削った "余白" による価値創出

#マーケティング #引き算の戦略 #価値創出

 「商品から機能を削る」 というと、一見すると価値を下げているように思えます。でも、それは本当なのでしょうか?

2024年のクリスマス、ローソンは通常のケーキからトッピングを意図的に省き、生クリームとスポンジケーキしかない "シンプルすぎるケーキ" を発売しました。ローソンの意図には、どんなマーケティングが隠されていたのでしょうか?

今回は、ローソンのケーキの事例から、商品開発やマーケティングにおける 「引き算の戦略」 の可能性と、お客さんとの新しい関係性づくりについて考えていきます。

ローソンが提案する DIY ケーキ


出典: ITmedia

2024年のクリスマスシーズンに、ローソンが 「DIY ケーキ」 を販売しました。

通常のクリスマスケーキとは異なり、生クリームのみが載ったシンプルなホールケーキでした。イチゴやその他のトッピングはなく、購入者が自由に飾り付けを楽しむことを狙ってのことです。

価格は 「シンプルショートケーキ 6号」 は2560円でした。この価格設定は、手頃さをアピールすることで幅広い消費者層へアプローチするものです。

ローソンが DIY ケーキを商品化した背景には、ケーキの飾り付けのプロセスそのものを楽しむ 「コト消費」 があります。

たとえば、イチゴが苦手な人、また、小さな子どもを持つ親にとって、自由にケーキをデコレーションできるケーキは魅力的な選択肢となったことでしょう。

さらに、シンプルショートケーキに続き、ローソンは新たに 「プレミアムロールケーキ」 の5号サイズ版 (2400円) も展開しました。小さいサイズでで小人数向けの需要にも応えようとしたものです。

 「削る」 ことで生まれる価値


今回のローソンのケーキの事例が示すのは、「削ること」 による新しい価値創出の可能性です。

この 「引き算」 のアプローチには、いくつかのマーケティングへの示唆があります。

 「プロダクト」 ではなく 「プロセス」 を売る発想

ローソンの DIY ケーキは、ケーキを完成させるプロセスそのものを消費者に体験してもらう商品です。消費者が関与することにより、商品作成が完成する 「価値共創」 をもたらす商品です。

完成された商品ではなく、作り上げる過程に意味を見出す 「コト消費」 を入れた例です。

これにより消費者は自分で作り上げたというプロセスに充実感を得られるでしょう。消費者は達成感や自己効力感を感じ、商品に対する愛着や特別感を一層強めます。

さらに、プロセスそのものが一緒に過ごす家族や友人との思い出となり、消費者にとって忘れられない体験をつくり出します。記憶や感情に深く刻まれる商品体験になります。

余白がもたらす 「選べる楽しさ」 

一般的にケーキは 「トッピングを増やす」 や 「特別な素材を加える」 などの付加価値を入れることにより、他のケーキとの差異化を図ろうとします。しかし、こうしたアプローチは消費者にとって過剰に見えたり、価格の高騰につながる可能性があります。

それに対して、トッピングを削ぎ落としたローソンのシンプルショートケーキは、消費者に 「余白」 を提供します。あえてイチゴなどのトッピングを付けずシンプルスポンジケーキと生クリームだけにし、いわばケーキに 「余白」 を残すことで消費者自身が好きなようにアレンジできる余地があるわけです。

余白は、消費者が自分らしいケーキを完成させるための自由を与えます。消費者は自分の好みに応じてフルーツやチョコレート、盛り付けなど好きなようにデコレーションをして自由にケーキを完成させることができます。

この選択の余地や作ることへの自由さによって、ケーキは特別なイベントを盛り上げる存在になります。こうした 「選べる楽しさ」 を意図的に設計することが、商品の魅力を引き出すのです。

ジョブ理論からの示唆


では最後のパートでは、ローソンの DIY ケーキの事例について、マーケティングの 「ジョブ理論 (Job to Be Done: JTBD) 」 から紐解いていきましょう。

ジョブとは何か

ジョブの定義は 「ある状況でお客さんが遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブ理論は、お客さんが商品を購買する理由を 「お客さんの置かれた状況において、商品・サービスが片付けるジョブ (成し遂げたい進歩) 」 から捉えようとするアプローチです。お客さんがジョブを済ませるために、商品やサービスのことを "雇用する (hire) " と見立てます。

DIY ケーキがジョブへ果たす役割

ローソンの DIY ケーキの事例に当てはめれば、消費者が求めているジョブは、おいしいケーキを食べたいということだけではありません。次のようなジョブが考えられます。

  • 家族や友人と一緒に何かを作り上げることで得られる一体感を得たい
  • 特別なイベントを自分たちの手で演出し、記憶に残る思い出にしたい
  • 自分好みのトッピングで個性を表現する創作活動をしたい
  • アレルギーや味の好みに配慮されたデザートを食べたい


これらは完成されたケーキをただ購入するだけでは満たされないジョブです。DIY ケーキは、消費者が雇用するべき働き手 (ワーカー) として、「クリスマスに家族や大切な人と過ごす時間を、創造的かつ自由度の高い行為で彩りたい」 というジョブに応えているのです。

ジョブを捉えての共創からの価値創出

ジョブ理論の観点からすると、ローソンの DIY ケーキは、「引き算の戦略」 や 「価値共創」 、「コト消費」 へのアプローチは、消費者が本当に済ませたいジョブに直接的に応える役割を果たそうとするケーキです。

ケーキの装飾や素材をむやみに足して追加するのではなく、あえて余白を残す 「引き算」 によって、お客さん自身がジョブ達成のプロセスに主体的に関われるようにするわけです。それによって、製品そのものではなく、お客さんが 「やりたいこと」 や 「成し遂げたい進歩」 を中心に据えた顧客のジョブ起点での価値設計ができるようになります。

ローソンのクリスマスケーキは、お客さんのジョブを捉え、DIY という手段でそのジョブを完遂するためのワーカー (ジョブを済ませるために雇用される働き手) となることを目指している事例です。

ジョブ理論というレンズを通して見ることで、ローソンの DIY ケーキは 「共創」 を軸にお客さんとの関係性を深め、お客さんの特別な瞬間や状況において、達成したいジョブに寄り添うアプローチとして商品開発やマーケティングに示唆があります。

まとめ


今回は、ローソンのシンプルなクリスマスケーキを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • プロセスを売る発想: 商品の完成までのプロセスを顧客に提供することにより共創する価値を生み出す。お客さんは達成感や愛着を感じ、満足度が向上する

  • 余白を活用した共創アプローチ: あえて余白を残す 「引き算の戦略」 によって、お客さんがジョブの達成プロセスに主体的に関われる設計を行う。お客さんが自由にカスタマイズや創造性を発揮できる余地が生まれる

  • ジョブを起点とした価値設計: お客さんがその状況で求めるジョブ (進歩) を特定し、ジョブの達成のために働く 「ワーカー」 となる商品や体験を設計する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。