#マーケティング #変えないことと変えること #顧客から気づかれない変化
長年愛されている自社商品を変えるのは、難しい決断が求められます。
変更によって顧客離れが起きれば、それまで築き上げてきたブランドイメージや信頼を一瞬にして失いかねません。かといって、時代の変化に対応しないまま、ただ同じものを作り続けることが正解とも限りません。
では、ロングセラー商品はどのように進化させるといいのでしょうか?
今回取り上げるのは、1964年の発売以来、日本の食卓で愛され続けている 「味ぽん」 です。約10年かけて行った 「消費者に気づかれない変化」 の事例から、「変えるべきもの」 と 「守るべきもの」 の見極め方を紐解きます。
味ぽん
ミツカンの 「味ぽん」 は、1964年に誕生し、以来日本の家庭で広く愛されている調味料です。
まずは誕生からの経緯を見ていましょう。
誕生の経緯
1960年代、日本ではすき焼きや寄せ鍋など鍋料理が一般的だったものの、ポン酢はまだ家庭で一般的に使われている調味料ではありませんでした。当時のポン酢は寿司屋や料亭で提供されるものであり、家庭で手軽に使う文化はなかったわけです。
ミツカンはこの点に着目し、家庭で簡単に使えるポン酢を開発しようと考えました。
開発は、ミツカンの7代目社長であった中埜又左衛門 (なかの またざえもん) 氏の体験から始まりました。博多の料亭で水炊きを食べた際、その料理に添えられたポン酢の味に感動し、この味を全国に届けたいと考えたそうです。
当時のポン酢は醤油や柑橘果汁を調合して自作するもので、市販の手軽なものはほとんどありませんでした。ミツカンは、家庭向けの「鍋専用調味料」という新しい市場をつくることを狙ったのです。
全国普及への苦戦と克服
ミツカンの味ぽんは当初、鍋料理専用の調味料として関西地域で販売されました。水炊き文化が根付いている関西では受け入れられましたが、関東では醤油味や味噌味の鍋が主流であったため、柑橘果汁をベースとした味ぽんはなかなか受け入れられず、販売は苦戦を強いられました。
そこでミツカンの営業担当者たちは、苦しい状況を打破するために、早朝から東京の築地の卸売市場で水炊きを調理し、味ぽんと共に小売業者に提供することを考えました。今で言う実演販売や試食会を行い、地道な活動を通して味ぽんの魅力を伝えたのです。
こうした施策が功を奏し、少しずつ関東での味ぽんの販路を拡大していきました。
利用用途の拡大
味ぽんは、発売当初は 「鍋料理専用の調味料」 として販売されましたが、鍋文化の普及とともに味ぽんの需要も伸び、冬の定番調味料として定着していきました。
ミツカンは味ぽんの販売拡大のために、鍋以外の用途を積極的に提案しました。
- 様々な用途提案: 鍋以外にも餃子や焼き魚、冷しゃぶ、サラダなど、年間を通じて使えることを訴求
- レシピ開発と普及活動: 味ぽんを活用したレシピを作成し、テレビ番組や料理雑誌などで紹介
- 飲食店との連携: 飲食店でも味ぽんを使ってもらい、家庭でも同じ味を再現したいという需要を喚起
こうした取り組みから、味ぽんは冬の季節の鍋用としてだけでなく、年間を通じて使える調味料になっていったのです。
消費者に気づかれない変更
味ぽんは、ロングセラーの定番商品であるがゆえに、味の変更は慎重に進めることが求められました。
2000年代初頭、日本での食生活は多様化と健康志向が高まる中で、消費者の嗜好も変化しました。
特に塩分控えめの食事が求められるようになり、調味料の味付けにも影響を与えました。このような生活者の環境や味への好みの変化に対応するため、ミツカンは味ぽんのレシピを見直す必要があったわけです。
一方で、味ほんはミツカンの中心的な商品となっており、大きく味を変えることでの不確実性は大きく、変更がプラスに寄与することもあればマイナスに働くこともあり、慎重な対応を要しました。
その当時の様子を具体的に見てみましょう。
中でも2000年から約10年かけて行われた改良は特別なミッションだった。この重責を担ったのが、開発技術部門で味ぽんの担当課長をしていた熊谷さんだった。
改良開始の約2年前。顧客調査で 「しょうゆ辛い」 「塩辛い」 などの意見が見られた。それまでも人知れず味を進化させていたが、ネガティブな声がまだあったのだ。「このままではいけない」 。熊谷さんは、マーケティング担当者と味の見直しを計画した。
だが、既に多くのファンを抱える看板商品。消費者のためであったとしても味の変化に失望され、客離れが起きたら損失は計り知れない。「味と品質に有意差がないレベルで、より良いものを作る必要がありました」
そこで熊谷さんら担当者4人は、目標とする品質を設定し、こう戦略を立てた。「お客様が気付かないように、徐々においしくしていく方向でやりましょう」
慎重に進めるため、目標にたどり着くまでのプロセスを6段階に分け、原料の割合を少しずつ変化させていった。
「こだわったのはお客様の反応です。実際のユーザーに改良前後の味を食べ比べて評価してもらう。これを何度も繰り返しました」
その結果、完成した味は塩分がリニューアル前より 5% 以上減り 「辛い」 と言う客からの指摘は見事に消えた。
「会社にとって大きな商品だから、味をいじるのには勇気が要りました。だけど、お客様の声に耳を傾け、変えるべき時には変えてはいかないと、時代から取り残されてしまうという危機感もあった。だから変えました」 。
学べること
では、ミツカンのロングセラー調味料の 「味ぽん」 から、学べることを掘り下げていきましょう。
一般的なリニューアルと味ぽんのアプローチの違い
一般的な商品リニューアルでは、消費者に 「変わった」 と実感してもらえるよう、パッケージデザインや味そのものを変えるケースが多いです。変化前と変化後で目に見えて変わることを目指します。
しかし味ぽんの変更のアプローチは、これとは質的に異なる変化でした。消費者が長年親しんできた 「いつもの味」 を守りながら、中身の成分、たとえば塩分や醤油のバランスを微調整し、健康志向の変化や時代の嗜好に対応しています。
実際に製品の中身は変えているものの、消費者が感じる味わいは変わっていないようにする――。見た目や口当たりにおいて大きな違和感を与えず、実際には変化しているという繊細なアプローチでした。
消費者が感じる 「いつもの味」 を守る戦略
ロングセラー商品は、長い歴史の中で消費者に 「これが味ぽんだ」 という価値イメージができあがっています。いきなり大幅な味の変更をすれば、消費者の持つイメージは崩れ、既存のファンが慣れ親しんだ体験が損なわれます。
お客さんから評価を得る可能性はあるものの、一方で、もう今後はいつもの体験ができなくなると思われれば、やがてはお客さんが離れていってしまうマイナスの不確実性もありえます。
とはいえ、ずっと同じ商品であることが、長く生き続けるための方法になるとは限りません。わずかではあっても常に進化をしていくことが定番商品であるがゆえに求められるからです。
味ぽんの開発担当者は、お客様が気付かないように徐々に、しかし確実に改良を進めるという戦略を選びました。塩分を 5% 以上削減しながらも、消費者からはいつも通りの味ぽんの味と思ってもらえるように、細かいところにわたって調整が行われました。
じわじわ進化するリニューアル
味ぽんの改良は、製品開発チームが段階的に進めたプロセスの積み重ねによるものです。
担当者は、顧客調査で 「しょうゆが辛い」 や 「塩辛い」 という意見を受け、まず内部で試作品を作成。その後、消費者テストを繰り返しながら、少しずつ原料の割合を変えていくという6段階のプロセスを踏みました。
こうしてミツカンは、一度に大きく変わらないように注意を払いながら内部の改良を進めた結果、味わいに実質的な向上をもたらしつつも、ファンが従来の味ぽんの風味を感じ続けられるバランスを実現したわけです。
変えるべき要素と変えてはいけない要素の見極め
長年愛される定番商品は、ブランドイメージや味の体験が固定化されており、顧客に安心感を提供しています。
しかし同時に、時代の変化に合わせたアップデートが求められるというジレンマも抱えています。味ぽんの事例は、こうしたジレンマを乗り越えるための示唆に富みます。
すなわち 「変えるべき部分」 と 「変えてはいけない部分」 をしっかりと区別し、変化が消費者の認識に影響を与えないレベルで、それは消費者からすると "誤差" のような範囲で内部の改良を行い、親近感を損なわずに進化を続ける方法です。
味ぽんの事例から学べるポイントは、商品を変えるにあたっての 「何を変えるのか、何を守るのか」 という軸を明確にする重要性です。
何を変えないのかがブレないことによって、それ以外の要素を変えていくことができます。
味ぽんでは、消費者が求める "いつもの味ぽん" という価値は決して変えずに、成分 (塩分や調味料のバランスなど) を改善することによって、健康面や変化する消費者の食生活や嗜好に水面下で対応しました。こうしてブランドイメージの根幹はブラさず、時代に即したアップデートを行うことができました。
味ぽんのアプローチは、いかにロングセラー商品が長く愛され続けるかへの真髄を示しています。
お客さんの変化を察知し、柔軟に対応しながらも、変えない部分をしっかりと守る――。これが、長きにわたってお客さんから支持を得るカギなのです。
まとめ
今回は、ミツカンの味ぼんの事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- ロングセラー商品は、長年の愛用から持たれているブランドイメージが安心感を提供する一方、何も変えずにいると市場の変化に取り残される。「変えない安心感」 と 「時代に適応する進化」 のバランスが求められる
- 変えるべき要素と変えてはいけない要素の見極めが大事。商品のコアバリュー (中核となる価値) は守りつつ、それ以外の部分で改良を加える。明確な軸を持つことで、適切な変更が可能になる
- 大きな変更を一度に行うのではなく、段階的な改良を行い、じわじわ進化するリニューアルというのがひとつの手。各段階で消費者テストを行い、反応を確認しながら進める
- 消費者の中にある 「この商品はこういうもの」 という価値イメージを崩さずに改良することで、お客さんからの安心感を損なわずに進化させる。ブランドの本質を保ちつつ、時代の変化に対応する
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