
2016年前半は、THEO (テオ) や Wealthnavi (ウェルスナビ) といった、資産運用にテクノロジーを使う従来とは異なる価値を提供する金融サービスが出てきました。
金融資産運用ロボアドバイザー
ロボアドバイザーは ETF に特化した、投資一任運用サービスです。主な特徴は、
- ユーザーごとにリスク許容度を判定する
- リスク許容度に基づき、ポートフォリオと購入銘柄 (主に海外 ETF) が決まる。売買の運用も自動的に行なう
- 手数料は評価資産の 1% (年間 / 消費税別)
私は、THEO と WealthNavi の両方を使っています (2016年6月現在) 。
今回のエントリーでは、WealthNavi という投資一任サービスの提供価値について考えます。
機関投資家や富裕層が活用する 「ブラック - リッターマン理論」
WealthNavi の柴山和久 CEO (2016年6月現在) への、2015年5月にアップされたインタビュー記事がこちらです。
「マッキンゼーの支社長にもプログラミングをやるべきと言われた」 10兆円のリスクマネジメントを経験した FinTech 起業家が非エンジニアから5週間で生み出したサービス - TECH::CAMP BLOG
WealthNavi は2015年10月に6億円の資金調達をしました。インタビューはその前に行われ、自分たちはどんな価値を提供したいのかがわかる内容になっています。
現在、世界の標準的な資産運用は、リスク管理を基礎にしています。分散投資を通じてリスクに対するリターンを最適化する手法は、ノーベル賞を1990年に受賞した理論がベースとなっています。その後、1990年代にゴールドマンサックスが機関投資家向けに実用化を大きく前進させました。さらに、富裕層向けにプライベートバンクが同じような資産運用を普及させています。
このような、リスク管理を中心とする資産運用では、まずは基本形となるポートフォリオ (資産配分) をまず構築します。その上で、資産運用マネージャーの判断により、個別の国・地域、セクター、銘柄に多少の重みづけをします。一般的には、最初のポートフォリオの構築の部分で全体の8-9割の運用成績が決まると言われています。つまりポートフォリオがメインディッシュで、個別銘柄はスパイスのようなものです。
ところが、日本では、個人投資家がリスク性の高い金融商品を購入していたり、個別銘柄を中心に投資をしていたり、FX 中心の資産運用を行っています。メインディッシュとスパイスが見事に逆転した結果、適切なリスク管理が行われていません。
(中略)
キャンブルではない、リスク管理をベースとする金融サービスを提供することで、機関投資家や富裕層でなくても、安心して資産運用できる機会を作りたい。その想いから私は日本で起業をすることを決めました。
引用箇所の冒頭で、「分散投資を通じてリスクに対するリターンを最適化する手法は、ノーベル賞を1990年に受賞した理論がベースとなっています」 とあります。
この理論の名前は何かを調べてみると、「ブラック - リッターマン理論 (Black - Litterman model) 」 のことです。理論は簡単に言うと、
- 資産ポートフォリオと許容リスクを決め、期待リターンを算出
- 出てきたリターンに、投資家の市場見通し等を加味し微調整
- 調整後のリターンと許容リスクを使って、最適なポートフォリオを計算する
ブラック・リッターマン理論の考え方は、リスクとリターンからポートフォリオを算出する際に、リターンを予測するのが難しいことを前提にしています。
普通に考えれば、リスク + リターン → ポートフォリオ の順番でシンプルに算出したいところです。
しかし、リターンは算出が難しいので、最初の段階では決めず、まずは始めにポートフォリオと許容リスクを決定します。
仮でつくったポートフォリオとリスクから仮のリターンを出し、それを調整して、リスクと調整リターンからより最適化されたポートフォリオを計算するという二段階のプロセスです。
- リスク + ポートフォリオ (仮) → リターン (仮)
- リスク + リターン (調整済) → ポートフォリオ
テクノロジーと仕組みでライトユーザーに恩惠をもたらす WealthNavi のビジネスモデル
WealthNavi がやろうとしているのは、ブラック - リッターマン理論を使った資産運用を、機関投資家や富裕層ではない個人投資家もできるようにすることです。
柴山氏のインタビューでは、機関投資家や富裕層向けには、ゴールドマンサックスやプライベートバンカーがこの理論を使った資産運用をすでに提供していることが語られています。
ここから考えられることは、従来は、ブラック - リッターマン理論を使った資産運用サービスは、提供側にとっては機関投資家や富裕層でなければペイしないものだったということです。1. 資産運用額が大きい、2. 支払われる運用手数料も大きい、という2つの条件が満たされないと採算が取れないのでしょう。
WealthNavi が目指すのは、この2つの条件ではなくても、つまり、資産運用額が小さく支払える手数料も少ない投資家に、ブラック - リッターマン理論を使った資産運用の機会を提供することです。普通の個人投資家にもブラック - リッターマン理論を使った資産運用の恩惠をもたらしたいという想いからです。
なぜ WealthNavi ができるかと言うと、テクノロジーと、それを活かした仕組み (これが重要) を持っているからです。
機関投資家や富裕層は、資産運用のヘビーユーザーと言えます。それに対して、運用額の少ない多くの個人投資家はライトユーザーです。
資産運用の世界に限らず、利用者をヘビー / ミドル / ライトユーザーで分けると、支払金額や利用時間ベースはヘビーユーザーが多くを占めますが、ユーザー数ベースで見れば、人数が多いのはライトユーザーです。
高度な理論にもとづく資産運用のサービスは、これまではヘビーユーザーにしかビジネスが成立しませんでした。テクノロジーと仕組みを工夫してライトユーザーでも成り立つかどうかは、ビジネスモデルという観点から興味深いです。
WealthNavi のバリュープロポジション
WealthNavi は、ブラック・リッターマン理論を使い、個人投資家に資産運用をサポートします。その対価として手数料をもらうビジネスです。
WealthNavi がやっていることは、投資家が自分でやるには難しいポートフォリオ設計と預かった資産の運用です。WealthNavi が何屋さんなのかをあえて表現すれば、「資産ポートフォリオ最適化運用の代理人」 です。
それによって投資家にもたらされる価値は、資産運用の手間暇からの解放と、資産形成 (増えることが期待できる) です。
預けている資産の 1% を手数料で支払う価値があると思う人には、ありがたいサービスです。私はそう判断し、WealthNavi を使うことにしました。
柴山氏へのインタビュー記事では、最後に次のように締めくくられています。
WealthNavi (ウェルスナビ) でこだわりたい事は、個人投資家が 「自分がどれだけのリスクを取れるのか・取るべきなのかを理解した上で、納得をして投資ができる」 ことです。日本の今後の個人投資家にとって最も大事なことである 「自分のリスクを自分で管理し、世界水準の資産運用が簡単にできる」 社会を実現するために、私はこれから挑戦していきます。
WealthNavi が実現したいことを考えたとき、ポートフォリオ最適化運用代理人であるとともに、さらに資産運用アドバイザーの役割を期待したいです。
ユーザーから言われたことをやるだけの代理人ではなく、ときにはユーザーが気付いていないことも教えてくれたり提案してくれる存在です。富裕層向けのプライベートバンカーがやっていることを、WealthNavi はテクノロジーを使って普通の人にもたらすことができれば、ユニークな存在になります。