投稿日 2025/07/09

本当の競合は誰か? 味の素に学ぶ、ロングセラー商品が長く生き残りつづける秘訣

#マーケティング #事業領域 #価値定義

ロングセラー商品は、時代ごとに姿や中身も変えながら生き残ってきました。

生き残るためには、まず 「どの市場で勝負をするのか」 と 「実際のところ誰と争っているのか」 を見極める必要があります。本当の相手が見えていないままに過去の成功体験だけにとらわれて戦うと、いつの間にかお客さんの状況やニーズが変化していて、気づいたときにはシェアが奪われてしまうこともあるからです。

今回は、味の素の調味料を例に、商品が長くお客さんから愛される秘訣を考えます。

市場の変化を捉える


ビジネスでは 「どこで戦うか (Where to play) 」 を明確にすることが大事です。

生活者の状況や価値観は絶えず変わる

前提として、人々の生活や企業のビジネス環境は少しずつ、しかし着実に変化しているためで、お客さんの立場になって捉えることが大切です。

たとえば共働き世帯の増加や健康意識の高まりは、家庭の調理、食べるメニューも変えました。仕事と家事を両立させるために 「より短い時間でおいしいものを作りたい」 と願う人が増えれば、調理時間を短縮できる調味料や総菜が支持を集めます。

このように生活者の価値観、習慣、行動、ライフスタイルが変わっていくなかで、企業側が 「昔からこういう売り方で成功していたから大丈夫」 と安住していると、気づかない間に顧客ニーズと事業活動のミスマッチを起こします。ここに無視できないレベルでのギャップが生まれると、お客さんは静かに離れていってしまうのです。

見ている競合は本当に今も競合か?

事業領域の設定は、当然ながら自社の視点がメインにはなりますが、「どこで戦うか」 の見極めには顧客視点を入れた競合の設定がポイントになります。

同じ分野やカテゴリーの商品を展開している企業が競合他社という安易な見立てでは、本当の競合を見落としてしまいます。

お客さんが日常の中でどんな見方をしているか、どんな世界観で捉えているかを同じように見に行かないと、視界の外の盲点から思わぬ競争相手が登場し、気づいたときには遅いという状態になります。知らないうちに自社製品以外の方法で顧客ニーズが満たされ、シェアを落としいて後の祭りという事態になりかねません。

では、ここまでの内容を踏まえて、味の素の調味料の事例から、ロングセラー商品となり長くお客さんから支持される状況をつくるためにはどうすればいいかを考えてみましょう。

[事例1] 味の素 「ほんだし」 


出典: 味の素

ほんだしは、味の素を代表するかつお節ベースの和風だしとして、家庭に浸透してきました。

同じカテゴリーに属する粉末や顆粒の和風だしの中で、味の素のほんだしは、和食を作るときに欠かせない調味料としての地位を築いていました。

しかし時代が進むにつれて白だしやめんつゆなど、手軽さと汎用性を兼ね備えた調味料が色々と登場し、味の素といえど安泰ではなくなりました。さらに、総菜コーナーや冷凍食品などの中食も充実し、忙しいときにはだしを取る手間をかける時間はないと考える人も少なくありません。

ここで味の素は、ほんだしの強みを再定義しました (参考記事) 。手軽にうま味をプラスできる点に光を当て、和食だけでなくパスタやスープなどの幅広い料理への応用を提案し始めました。洋食であってもうま味で味が締まるという利点があるのなら、和風だしという枠を超えていけます。

今まで捉えていなかった新しい用途へとアプローチすることにより、従来の和風だし以外の使い方からもお客さんを獲得することができました。結果として、和食用調味料から 「どんな料理でも味を引き立てる便利な調味料」 というブランドイメージへとアップデートにつながり、ロングセラーとしての地位をさらに強固なものにしています。

[事例2] Cook Do オイスターソース


出典: 味の素

もうひとつの商品例は、味の素が提供する 「Cook Do オイスターソース」 です。Cook Do オイスターソースは、本格的な中華料理を作るときに使うというイメージが強い商品でした。

この状況に対して味の素が取ったアプローチは 「入口をシャープにする一方、出口をできるだけ広げる」 というやり方でした。

具体的には、まず野菜炒めやチャーハンといったシンプルな中華メニューを、Cook Do オイスターソースを使う 「入口」 に設定し、簡単においしく作れるということをしっかり訴求しました。一度使いやすさを体感してもらえれば、その後に、実はカレーや煮物、洋風料理にも合うと伝え、「出口」 として中華以外の料理にも活躍する万能調味料というイメージ構築を狙ったわけです。

消費者は実際に使ってみると 「Cook Do オイスターソースをちょっと足すと、今までになかった味わいのコクが出る」 と実感できることでしょう。中華専用というイメージが書き換えられ、普段の献立をよりおいしくできる調味料として認識され、いつもの料理に深みを与える調味料というポジションへと進化を遂げました。

学びの汎用化


では最後のパートでは、味の素の事例から学べることを汎用化して整理してみましょう。

顧客の変化を捉える

今回の事例から見えてくるのは、お客さんが実際は何と比べて商品を選び、どんな文脈でどういうシーンで必要としているかを深く理解し、商品コンセプトをときにはあらためて見直す大切さです。

味の素の場合は、昔は 「ほんだし = 和食のだし」 を訴求していればよかったかもしれません。しかし、今では生活者からはおいしさをいかに手早く実現できるかが求められるようになりました。そうなると狭義の和風だしだけではなく、白だしやめんつゆ、あるいはパスタソース、さらにはレトルト食品やインスタント食品までもが競合になります。

こうした広い視野で市場全体を見たときに、「ほんだし」 や 「Cook Do オイスターソース」 は、新しいコンセプトを打ち出して利用シーンを生み出したのです。

自社商品の存在価値を問い直す

ロングセラー商品が長く支持される背景には、おいしさを手軽に届けるといったコアバリューがしっかりしていることが挙げられます。

ただし、以前はコンセプトとして魅力的だったことも、環境や時代が変われば取り残されてしまう可能性もあります。

そうならないためにも、消費者やお客さんの置かれた状況などの顧客文脈に合わせた提案や使い方を打ち出し、「この商品ってこんな使い方もできるんだ、便利だな」 とお客さんに感じてもらえる提案を続ける必要があります。

昔からの安心感は大切にしながらも、新しい価値をプラスしていく柔軟さこそ、ロングセラーを支える土台となるのです。

再定義がもたらすインパクト

市場や競合を広い視点で捉え直すと、さまざまなプラス効果が期待できます。

思いもよらなかった新しい商品の利用シーンが見つかり、商品の魅力を別の側面から捉えられます。また、今まで気づいていなかった競合を把握することによって、対抗策や差異化ポイントを考えることができます。

商品の存在意義や立ち位置、顧客価値の再定義を続ける企業は、お客さんから 「常により良くなっている」 「いつも新しい価値を提案してくれる」 と思ってもらえ、ブランドへの信頼感につながります。

このように、生活者の意識や行動の変化に目を向ける姿勢があるかどうかで、ロングセラー商品がさらに強いブランドになるか、それとも埋もれていくかが変わります。

企業にとっては、新しい競合や新しい消費スタイルが脅威に見えるかもしれませんが、それは同時に新たな市場を切り開くチャンスでもあるのです。

自社商品のコアバリューを明確にし、生活者が本当に欲しい価値やシーンに合わせてコンセプトを磨いていく――。継続的な再定義と果敢な実行こそが、時代を超えて愛されるための秘訣です。

まとめ


今回は、味の素の事例を取り上げ、ロングセラー商品になるための示唆を考えました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 顧客の変化を捉える: 消費者やお客さんがどのような文脈で商品を選び、何と比較して選んでいるのか、利用シーンを深く理解する

  • 自社商品の存在価値を問い直す: 商品のコンセプトとコアバリュー (中心となる顧客価値) を維持しながらも、消費者・顧客の置かれた状況に合わせた新しい提案や使い方を打ち出し続けることがロングセラーの土台となる

  • 市場や競合の再定義がもたらすインパクト: 市場や競合を広い視点で捉え直すことによって、消費者・顧客の新たな利用シーンの発見、競合への対抗策の考案、そして価値実現につなげる。その結果として顧客からの信頼獲得になる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。