投稿日 2025/08/10

米国の服の個人間貸し借りサービス 「Pickle (ピックル) 」 。ジョブ理論で紐解く人気の秘密

#マーケティング #状況とジョブ #ワーカー

なぜその商品は選ばれるのか?

消費者やお客さんが商品やサービスを手に取るとき、そこには 「ジョブ」 という本人もはっきりとは気づいていない動機が隠れていたりします。

今回取り上げたいマーケティングの概念が 「ジョブ理論」 です。

ジョブ理論について、具体的な事例としてアメリカの服の貸し借りサービス 「Pickle (ピックル) 」 の急成長に当てはめます。従来の服を 「買う」 「捨てる」 という消費者の選択肢では満たされなかった隠れたニーズが見えてきます。

アメリカの服の個人間貸し借りサービス 「Pickle」 


出典: Pickle

Pickle (ピックル) は、アメリカで急成長している服の個人間貸し借りサービスです。

Pickle の利用シーン

2022年にサービスを開始するやいなやユーザー数を拡大させ、マンハッタンに住む18 ~ 35歳の女性の、4人に1人が利用しているとも言われています (参考記事) 。

ピックルの利用シーンとしては、20代 ~ 30代前半の女性が、小売価格400ドル程度 (6万円ほど) の服を借りるというイメージです。

服の貸し手は、フリマアプリのように、出品する商品の写真やブランド名、サイズ、色などを登録します。売り切りも選択できますが、ピックルでは貸し出しが基本な使われ方です。

貸し出しを選んだ場合には、レンタル費用と小売価格を入力します (レンタル費用は小売価格の1 ~ 2割程度が相場) 。ピックルはこのレンタル費用のうち 20% を得ます。

レンタル費用が買った価格の1 ~ 2割くらいということは、レンタルを5 ~ 10回やれば元が取れるという計算になります。

ピックルの特徴は、地域を限定してサービスを提供することによって、早ければ注文から数時間で受け取れるほどの即日から翌日くらいでの受け渡しを実現している点です。

通常の EC サイトやフリマアプリのようにアメリカの全土をカバーするのではなく、マンハッタンやロサンゼルスなど特定の都市圏に集中することで、まるで Uber Eats のようなフードデリバリーのようなスピード感での体験をもたらします。

サービスコンセプト

ピックルのコンセプトは 「Pickle Today, Wear Tonight」 です。今日ピックルをすれば、今晩には着られると。その次にはこのように書かれています。 "Rent whats trending from your city's coolest closets (あなたの街のおしゃれなクローゼットから流行っている服を借りる) " 。街そのものをクローゼットと見立てているのがおもしろいです。

ピックルは配送方法 (受取方法) も複数を用意し、郵送だけではなく本人同士が直接手渡しする方法も選べます。

ピックルのユーザーは、貸し手は 「手元にある服を捨てずにとっておけ、貸し出しによって副収入が得られる」 、借り手は 「高額な服を気軽に借りて着られる」 といった双方でメリットを感じているのでしょう。

ジョブ理論


では、ピックルの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

ピックルが急速に支持を集めているのは、従来は 「買う」 か 「捨てる (もしくは売る) 」 しかなかった服にまつわる選択肢に、新しい道筋を提供しているからです。

ここにマーケティング理論である 「ジョブ理論」 に当てはめて考えてみると理解が深まります。

ジョブの定義

ジョブの定義は 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブ理論はもともとは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) Theory" と表現されます。直訳すればジョブとは 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 ですが、意訳すれば 「今置かれている状況を改善するために成し遂げたいこと」 と考えるとわかりやすいです。

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスを 「ジョブを終わらせるために雇われる働き手 (ワーカー) 」 と見なすことにあります。消費者は 「こういう目的を達成したい」 「この不便を解決したい」 といったジョブを抱えていて、ジョブを解消するために最適なワーカーを探し、雇うという形で商品う選び、購入や利用を決めるわけです。

ジョブが生じる 「状況」 を理解する重要性

ジョブ理論を活用する上で大事なのは、ジョブが生じる原因となる 「消費者やお客さんの置かれた状況」 を把握することです。

状況という "原因" がなければ、ジョブという "結果" も現れません。

例えば 「自分ではお風呂掃除は隅々まできれいにできていない」 という状況において、「身体を洗う場所がもっときれいになっていること」 、「お風呂の壁やバスタブにカビが生えているのを見て嫌な思いをしなくてすむ」 というジョブが生まれます。そこでワーカーとして雇う候補になるのは家事代行サービスです。

お客さんが商品・サービスに期待しているのは、商品・サービスそのものだけではなく、使うことによって得られる進歩です。モノを手に入れることがゴールなのではなく、そのモノを使った結果としてお客さんの生活やビジネスがどう変化し、より良くなるか (進歩するか) という視点が重要です。

ピックルが狙う 「状況」 と 「ジョブ」 


それではピックルに話をつなげ、ジョブ理論からピックルユーザーの状況とジョブを詳しく見ていきましょう。

ピックルを利用する2つの立場、すなわち 「服を借りる人」 と 「服を貸す人」 に分けて、それぞれの状況とジョブを整理してみます。

 "服を貸す人" の状況とジョブ

ジョブが生じる状況は、クローゼットに着なくなった服が大量にあるものの、着る機会があまりなく、かといって捨てるのはもったいないという心理です。特に高級な高い値段を払って買った服はなおさらです。

フリマアプリで売ることも可能ですが、売ってしまえばもう二度と着られないので、手放すのには抵抗もあります。

こうした状況におけるジョブ (遂げたい進歩) は、愛着がある服を手放さずに有効活用すること、長く着ていなく眠ったままにしてある服で副収入を得て、生活を少しでも余裕をもたせることです。他には、持て余している服を必要としている人に貸してあげて満足感を得ることもあるでしょう。

これらが貸す人の状況とジョブです。

 "服を借りる人" の状況とジョブ

一方の服を借りる人の状況とジョブも見てみましょう。

置かれた状況は、パーティーなど特別なイベントで目立つ服がすぐ必要があったり、持っている服だけでは飽きがきていて新しいファッションの服をほしいけど、いざ買うのには躊躇しているという状態です。

高いブランド服を試してみたいが、買うお金がなかったり、保管する場所がこれ以上ないという状況もあるでしょう。

こうした状況で生まれるジョブには、一時的に服を借りてお金をかけずにおしゃれを楽しめること、イベントのときの必要なタイミングで早く入手できる、イベントに普段は着ないようなおしゃれな服で行き素敵な自分を披露する、他には、いろいろなブランドやデザインの服を気軽に試せるといったことです。

これまでの選択肢 (他のワーカー) 

これまでは、服をめぐる主な選択肢として、服を欲しい人は買うかレンタル専門店から借りるという方法がありました。服を手放したい人は、捨てるかフリマアプリのようなサービスで売るというのも選択肢でした。手放したくない場合はクローゼットに保管しておくくらいしかありません。

しかし、これらの方法には以下のような問題点が残ります。

服を買うには、それなりのお金を支払い、保管スペースも必要になります。せっかく買ってもすぐ飽きてしまうかもしれないという思いから、特に高額な服は簡単には買えません。

着なくなった服をどうするかは、捨てるか売ることになりますが、一度手放すと当然ですがもう取り戻すことはできません。最近着ていないからといって愛着がある服を売ってしまうと、あとから後悔する可能性があります。

レンタル専門店で借りるという方法は、レンタルができるラインナップや在庫が限られるので、自分が気に入る借りたい服がないことも起こるでしょう。また、見つかったとしても発送から到着までに時間がかかり、今すぐ必要な状況では間に合わないかもしれません。

ピックルが雇われる理由

こうした消費者の状況において 「最適なワーカー」 がいなかったところに、ピックルは新たな選択肢になります。

整理をすると、ピックルが雇われる理由は次のとおりです。

✓ 貸し手
  •  「たぶん今後も着ないけど、捨てるのはできない」 という心理的負担からの解放
  • 捨てることなくレンタルによって副収入が得られる

✓ 借り手
  • 買うことはできない服も気軽にリーズナブルに試せて、違う自分・憧れの自分に近づける
  • 超短時間の受け渡しで、今すぐ欲しいというニーズを満たす


従来の選択肢が抱えていた不満や課題を、ピックルがうまく対処しているからこそ、多くの利用者から 「これだ!」 と思われピックルは雇用されるのです。

学びの汎用化


ピックルの事例をジョブ理論から紐解いたときの、汎用的な学びを整理しておきます。

ジョブ理論を取り入れることによって、企業は、商品やサービスの顧客価値を 「どのような状況にある人のどんなジョブを解決するために雇われることを目指すのか」 という視点から再定義できます

ジョブ理論から顧客目線になれれば、「うちのお客さんはこうだから」 とか 「自社商品の強みはこれ」 という売り手視点での固定観念を取り払え、今まさに顧客が抱える状況とジョブに最適化する道が開けます。

消費者や顧客のニーズは、常に変化し続けます。変化に合わせて商品の機能や特徴を柔軟にアレンジしていくためにも、ジョブ理論は大いに役に立つでしょう。

既存の手段では解決されていないジョブを発見し、そのジョブはどういった状況で生じているのかの顧客文脈まで深く理解する。それにより、お客さんにとっての新しいワーカーとなることができます。

まとめ


今回は、アメリカの服の個人間貸し借りサービス 「Pickle (ピックル) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ジョブとは 「ある特定の状況で人が遂げたい進歩」 。商品やサービスは、消費者や顧客が自身の状況を改善し、目的を達成するために 「雇われるワーカー」 として機能する

  • 消費者・顧客が求めるのは商品そのものというより 「進歩」 。商品やサービスは、手に入れることが目的ではなく、使ったり所有することで生活や体験がどのように改善されるか重要

  • ジョブを理解するには、ジョブが生まれる 「状況」 を把握することが不可欠。人が商品・サービスを選ぶ背景には、解決したい問題や達成したい目標があるため、ジョブが生じる原因となる 「顧客の置かれた状況」 を深く理解することが重要

  • 消費者ニーズや顧客ニーズの変化に合わせた商品・サービスとするには、固定観念を取り払い、常に顧客の状況とジョブに立ち返る

  • 既存の解決策では満たされていないジョブを発見し、その文脈まで理解することで、新たな市場機会を見出せる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。