投稿日 2025/08/09

ドンキの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 。顧客価値の源泉となる事業能力を育てる仕組みづくり

#マーケティング #顧客価値 #事業能力

どうすれば、自社ならではの独自の顧客価値を生み出せるのか?
競争優位となる事業能力を、どのようにして社内で育て、継承していくべきか?

長期的な競争力のカギとなるのは、事業能力を鍛え続ける仕組みです。

そのひとつの好例が、ディスカウントストアのドン・キホーテが実施している社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 です。圧縮陳列という独自の売場づくりを社内で競い、現場のスキル向上と企業文化の醸成を同時に実現する社内イベントです。

今回はドンキから学べる、顧客価値を生み出すための 「事業能力の鍛え方」 を掘り下げます。

ドンキの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 


日本でドン・キホーテといえば、深夜でも営業している便利さや、迷路のように商品が積まれた圧縮陳列が有名です。まるで宝探しのようなワクワク感があり、見ているだけでも楽しいという買い物ができます。

ドンキのお店での楽しさや驚きの裏には、現場主義を重視する企業文化があります。

ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス (PPIH) は、店舗スタッフに大きな裁量権を与えることで知られています。現場担当者が仕入れや値付け、商品陳列などを各店舗が主体的に考え、自由にアレンジします。

陳列技術を競う社内コンテスト

ドンキの独自の運営スタイルを支える一環として、社内で陳列技術を競うコンテストである 「ディスプレイの鉄人 (通称 「D 鉄」 ) 」 が行われています。



ディスプレイの鉄人はドンキの経営哲学が色濃く反映され、ドンキならではの圧縮陳列技術を競い合う社内コンテストです。

かつて2004年から2014年まで毎年開催され、多くの現場スタッフが、限られた35分間で25アイテムを規定の基準に沿って陳列し、スピードと完成度を競っていました。9年の休止を経て、2023年に復活した 「ディスプレイの鉄人」 は、全国の各地区から選抜された精鋭たちが出場し、激しい熱戦を繰り広げました。

コンテストの中身

ドンキは、実力さえあれば正社員、契約社員、アルバイトといった立場や肩書を問わず、誰もがヒーローになれるというオープンな形を採用しています。

ディスプレイの鉄人は、全国の店舗からコンテストへのエントリーがあり、まずは各エリアごとに予選が行われます。予選の勝者がテーマに沿ったディスプレイ (陳列) を短時間で作り上げます。

イベント会場には数百人規模のスタッフが集まり、オンラインでも多くの従業員が視聴します。

コンテストの審査は、基礎技術点 (陳列スピードや量) と応用技術点(耐久性, 収益性, 視認性, ワクワク感など) という多角的な評価基準にもとづき、各審査員の採点から総得点が決定されます。

トップマネジメント層も観戦や講評に携わり、ディスプレイの鉄人は全社を挙げての一大イベントです。コンテストという形式でゲーム性を取り入れたことで、現場のモチベーション向上と人材の発掘、陳列への学びの場という意義もあります。

トップも現場に足を運び、講評を通じて従業員一人ひとりの努力を認める姿勢は、会社全社で一体感を醸成し、ドンキの買い場づくりでの驚きと楽しさを顧客に届けるための重要な原動力となっていることでしょう。

優秀なディスプレイ事例は各店舗に共有され、コンテストからヒントにした新しい買い場づくりや商品構成へとつながります。

ディスプレイの鉄人の意義


では、ドンキの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

どのようにして独自の顧客価値を生み出していくのかに示唆があります。

ドンキの顧客価値

ドンキで買い物をすると、ふとした瞬間に思わぬ商品に出会ったり、POP のおもしろいメッセージに興味を持ったりと、ワクワク感や驚きが生まれます。価格でお得な商品も売られていますが、ドンキには商品が安いだけではなく、ドンキにしかないものを探しお宝を掘り当てるような楽しさがドンキにはあります。

こうしたドンキの買い物での楽しさや驚きという顧客価値をつくり出しているのは、圧縮陳列による豊富な品揃えやユニークな配置、スタッフが作った個性的な POP 、ユーモアを打ち出す姿勢といった、いくつもの要素です。

価値創出の源泉となるドンキの 「事業能力」 

企業が生み出す顧客価値は、内部に培われた事業能力 (ケイパビリティ) によって支えられます。

ドンキの場合、例えば以下の点がドンキの顧客価値をつくる事業能力です。

  • 仕入れ商品の目利き力
  • 自社独自商品の開発力
  • 店頭での陳列能力


順番に簡単に補足すると、仕入れ商品においては、各店舗スタッフが地域性やトレンド、消費者ニーズを考慮しながら商品を選び、バイヤーの役割を担います。仕入れ商品の目利き力があることで掘り出し物が得られます。

2つ目の自社独自商品の開発力について、ドンキのオリジナルのプライベートである 「情熱価格」 の商品ラインナップの充実から、他店にはないオリジナル商品をドンキは扱っています。

3つ目の事業能力である 「店頭での陳列能力」 は、ドンキの独特の圧縮陳列をはじめ、POP や什器の配置などを組み合わせて、買い物の楽しさを実現します。

事業能力を鍛える場

ドンキが力を入れる社内コンテストの 「ディスプレイの鉄人」 は、ドンキのスタッフたちが陳列技術をお互いに競い合い、学び合い、切磋琢磨をする場です。

コンテストで示された優れた事例や経験の共有は、実務に直結する形で全店舗へ横展開されます。各店舗ごとの事業能力が底上げされ、ドンキらしさや顧客価値の強化につながります。

ドンキは事業能力の研鑽を日常業務の中で行うだけではなく、「ディスプレイの鉄人」 という社内コンテストを定期的に実施することで全社的な仕組みとしているのです。

事業能力を磨き顧客価値を高める


ドンキの 「ディスプレイの鉄人」 から学べるのは、継続的に事業能力 (ケイパビリティ) を高め続ける努力が、顧客価値創出につながるということです。

競争と学習の好循環

ドンキの社内コンテストでは、与えられたテーマに応じて短時間で陳列を完成させたり、特定の商材をどれだけ魅力的に見せられるかを競います。トレーニングや本番のリハーサル的の側面もあり、出場者だけでなく周囲のスタッフも含めて陳列技術の向上を目指します。

社内コンテストは、ノウハウの共有と継承の場として機能します。

全国の店舗から人が集まる場なので、技術やアイデアが社内全体に波及しやすいことでしょう。上手な POP の書き方、商品ジャンルの意外な組み合わせ、色彩配置のコツなどを見て学ぶことにより知識が蓄積されます。

トップが講評を行い、優勝者や優秀者をしっかり評価することによって、コンテスト参加者はもちろん、オンラインで観ているスタッフも自分も挑戦したいという思いが高まるはずです。ドンキの社内には競争と学習の好循環が生まれます。

顧客価値をつくる事業能力を高めるポイント

企業規模が大きくなるほど、現場と本部、経営層と従業員の距離感や温度差が生まれがちです。しかしドンキの社内コンテスト 「ディスプレイの鉄人」 では、ドンキの経営幹部も積極的に参加し、講評やアドバイスを行います。トップが本気度を示し関わることによって、会社全体の方向性が一致するのです。

事業能力を高めるためには、必ずしも優れた事例だけをシェアするのではなく、うまくいかなかった失敗事例も共有することです。

その取り組みにはどのような狙いがあり、どんな試行錯誤があったのか、なぜ期待する成果や効果が出なかったのかを振り返り、形式知にした教訓を共有しあうことによって、成功体験だけからは生まれない知見が得られます。

一度きりではなく、反復してスキルを磨くというのもポイントです。

ドンキの 「ディスプレイの鉄人」 は社内コンテストとして定期的に行われ、参加者は回を追うごとにスキルを蓄積できます。

決勝までの予選過程でも、店舗ごとに何度も 「買い場づくり」 を検証でき、改良するサイクルが生まれます。地道な反復が事業能力を磨き上げ、能力が高まった結果として顧客価値も向上するわけです。

継続的に事業能力を高め続ける仕組みづくりが、顧客価値の創出につながります。

まとめ


今回は、ドンキの社内コンテストである 「ディスプレイの鉄人 (D 鉄) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 事業能力が源泉となり顧客価値がつくられる。企業が顧客に提供する独自の価値は、社内に培われた特定の事業能力 (ケイパビリティ) によって支えられている

  • 事業能力を高めるには、現場の裁量と工夫が必要。現場の従業員が裁量を持ち、自ら考え実行できる仕組みをつくることが事業能力の向上につながる

  • 経営層の関与で方向づけをする。トップが積極的に参加し本気度を示すことで会社全体の方向性が定まる

  • 競争と学習の好循環を設計する。例えば社内コンテストや評価制度を活用し、従業員同士が競い合いながら学べる環境を整えることにより、事業能力の継続的な向上が可能になる

  • 成功事例だけでなく、失敗からも学ぶ。試行錯誤や失敗のプロセスも学び、改善を積み重ねることが重要


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。