投稿日 2025/08/02

確率思考の戦略論。消費者の本能にぶっ刺さるマーケティングの秘訣とは?

#マーケティング #コンセプト #本

ご紹介したいのは 「確率思考の戦略論 - どうすれば売上は増えるのか (森岡毅, 今西聖貴) 」 という本です。


本書は、お客さんから選ばれる確率を最大化するためのノウハウを惜しみなく提示し、実際のマーケティング施策に落とし込む方法を解説しています。

お客さんがブランドを選ぶメカニズムや、無意識に動かされる消費者の本能を理解できれば、的確なブランドコンセプトとマーケティング戦略をつくれます。

ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

本書の概要



本書 「確率思考の戦略論 - どうすれば売上は増えるのか (森岡毅, 今西聖貴) 」 は、かつて USJ (ユニバーサル・スタジオ・ジャパン (ユニバ) ) の V 字回復を主導した森岡毅さんと、共に経営に携わった今西聖貴さんの共著です。

森岡さんは USJ を退いてからも、西武遊園地、ネスタリゾート神戸、他にも数々の企業へのマーケティング支援を続けています。また、イマーシブ・フォート東京、沖縄のジャングリアなど自社でも大規模なビジネスを展開しています。

この本は、そんな森岡さんが一貫してマーケティングで主張する 「消費者に選ばれる確率」 を中心に、本質的な戦略の組み立て方やマーケティングについて解説する本です。

マーケティングを考えるうえで、消費者の購買確率、すなわち 「選ばれる確率」 をいかに高めるかを、緻密な理論と豊富な事例 (全て森岡さんが関わった実例) を用いて示します。本能的なレベルまでの消費者理解や、市場全体のポテンシャルを最大化するためのマーケティングのノウハウが余すところなく書かれています。

選ばれる確率 (M) を最大化させる


マーケティングにおいて注力すべきなのは、認知、配荷、プレファレンスの3つです。

認知率 (知っている確率) 、配荷率 (買える場所にある確率) 、プレファレンス (好み, 優先, 選択) のすべてを満たして初めて消費者は商品を購入します。

中でもビジネスの最大ポテンシャルを決めているのは消費者のプレファレンスです。

プリファレンスの日本語訳は好みや優先、選択ですが、本書での意味合いは、プリファレンスは 「消費者の頭の中で買うものを決めるためにサイコロを振って自社商品が選ばれる度合い」 を指します。

そして、プレファレンスと、認知および配荷の関係は、プリファレンスで決まる最大ポテンシャルを 「認知率と配荷率が制限する」 という構造になります。

マーケティングの役割は、市場全体の中からより大きな 「選ばれる確率 (本書では M と表記され 「M = 選ばれた延べ回数 ÷ 市場での消費者の人数」 ) 」 を勝ち取れることを総合的に企画すること、すなわちプリファレンスの設計です。

市場での選ばれる原理

市場で見られる原理原則として、商品やブランドの浸透率 (ペネトレーション) が高いほど、購入頻度 (フリークエンシー) も高くなります。市場でのシェアが大きいほど、買われる回数も多くなるというものです。

たとえば、ペネトレーションが 30% のブランド A のほうが、ペネトレーションが 10% のブランド B よりもフリークエンシーが高くなります。B のユーザーでさえ A をより高い頻度で購入するという場合もあります。

買う人が多いという 「間口」 だけではなく、購入頻度の 「奥行き」 のダブルで効いてくるわけです。

浸透率というペネトレーションが高いということは、それだげ多くの消費者に受け入れられているということです。ニーズの大きな部分をおさえ、ネガティブな要素が少ないことを意味し、結果的にペネトレーションと購入頻度の両方が高くなります。

商品に対する消費者からのプレファレンス、すなわち選ばれる確率 M によって浸透率と購入頻度が同時に決まっていきます。

不必要にターゲット顧客を絞り込むと、市場全体における選ばれる確率を小さくしてしまい (分子のみ小さくなる) 、結果としてペネトレーションもフリークエンシーも伸ばせなくなります。

 "水平方向" に広げて M を高める

ターゲット顧客を狭くすればするほど、選ばれる確率である M は小さくなり、ビジネス活動の効率が悪くなります。

参入市場となるカテゴリーを選んだ時点で、そのカテゴリーへの消費者の選び方・選択条件 (K) が所与となります。そして、カテゴリー選択条件のもとで、自社商品のプレファレンス、浸透率、購入頻度からおおよその自社商品のビジネス規模がつくられます。

重要なのは、市場全体における選ばれる確率 M をできるだけ大きく獲得する意識を持つことです。不必要にターゲットを狭めず、むしろ広く開く姿勢で臨むほうが望ましいというわけです。

Who (注力顧客) と、What (顧客価値) の組み合わせでプレファレンスのポテンシャルが決まるからこそ、そのターゲティング設定によって、本当にお客さんから選ばれる確率が増えるかどうかを常に自問する必要があります。

まず考えるべきは "水平方向" という顧客数を増やし選ばれる確率を高められないかという視点なのです。

消費者インサイト


本書で強調される消費者理解とは、消費者本人も自覚していない本能と、購買行動との因果関係を解き明かすレベルまで消費者を理解することです。

消費者インサイトとは

そのためには表層的な気持ちではなく、人間としての本能が何を求めてそのカテゴリーや商品を選んでいるのかを見極める必要があります。

人間は誰しも心の中には、愛されたい、受け入れられたい、承認欲、孤独感、恐れ、嫉妬、敵意、怒り、悲しみ、恨み、切望など、ドロドロとした感情を抱えているものです。

こうした 「消費者インサイト」 という隠れた心理・感情について、人は普段は気にしないようにしたり、無自覚だったりします。よって、人の本音をアンケートやインタビューで聞き取るだけではなかなか出てきません。

人は本音を相手からズバリと指摘されると、(本当は図星なのに) 思わず否定したり、隠したいがために怒ってしまうような反応を見せることもあります。しかし、ここにこそ本能からの強い欲求の源泉があります。

うどんへの消費者インサイト

本書で書かれていた消費者インサイトの具体例のひとつ、うどんへのインサイトが興味深かったのでご紹介します。

うどんは、ラーメンやパスタなどの他の麺類に比べて世界でもっとも直径が太いと言っていいくらい麺であり、コシと呼ばれる弾力が特徴です。

消費者がうどんに本能的に求めること、すなわち消費者インサイトへの森岡さんの仮説は、授乳期の母親の乳首の感触や、そのときの安心感や慈愛の記憶、離乳食でうどんをやわらかくしたものを食べたときの潜在的な記憶が無意識に結びついているという仮説です。

消費者が意識していない深いレベルで、乳児期や幼少期に母親から守られ無条件に愛されていた頃の、安心感・愛情や慈悲・唇周りの記憶がセットで脳内に記憶されており、うどんは無意識的に蘇らせてくれるものである。だからうどんを食べるとどこか懐かしく、ほっこりと優しい気持ちになると。

うどんは、大切な人から自分が尽くされる安心感や承認、帰属を欲する本能に刺さっているという見立てで、ここにうどんへの消費者インサイトがあるとします。

消費者インサイトを発掘する方法

マーケターには 「便益の価値を上げられるインサイト」 を執念深く探すことが求められます。

お客さんや消費者に提供したい顧客価値にとって無関係な感情は、いくら強烈でも意味がありません。だからこそ、消費者に魅力に思ってもらう価値につながる強い感情の文脈を見つけ出す必要があるのです。

森岡さんの消費者インサイトを発掘する方法も本書を読んでいて参考になります。2つのタイプの消費者に憑依するというアプローチです。

[消費者への憑依 1] 凡人への憑依

まずはそのカテゴリーの典型的な消費者、本書では 「凡人」 と呼ぶ消費者へ、自分自身も同じ文脈で体験してみます。凡人とはカテゴリーや商品の "初心者" という存在なので、初心者が抱く素朴な疑問や戸惑い、抵抗感、不便さなどを忘れないようにメモし続けることが重要です。

自分自身が仕事をする中でそのカテゴリーや自社商品・競合商品のことはまたたく間に詳しくなり慣れてしまいます。そこで、素人の状態での感じ方や思ったこと、体験の内容を記憶が鮮明なうちに保存し、初心者である凡人に憑依できるくらいの理解を深めます。

[消費者への憑依 2] 狂人への憑依

もうひとつは、そのカテゴリーで超ディープな 「狂人」 と言えるほどの特徴的な消費者に憑依できるようにします。

森岡さんは彼ら・彼女らのことを狂人とあえて強い言葉を使って表します。ヘビーユーザーくらいでは的確に表現できないからでずか、たとえば狂人のイメージは、栄養ドリンクなら日常生活に支障を来すほど1日に何本も飲む人だったり、ゲームなら廃人と言われるくらい昼夜が逆転し食事も満足にとらずにやり込む人です。

こうしたカテゴリーでの狂人と言える人たちのことをリスペクトをもって観察し、追体験し、いったい何がそこまで突き動かしているのかを理解するように努めます。最終的には凡人同様に、狂人にも憑依できるレベルを目指します。

なお、狂人が喜ぶことを見出せたとしても、それをそのまま凡人に価値提案をしても "too much" になります。確かに狂人には魅力的な要素でも、今はまだ初心者である凡人には重すぎたりマニアックすぎて受け止めきれないからです。

多くの消費者に刺さる価値は 「狂人」 と 「凡人」 の間にあり、今の凡人の人たちをほんの少し狂人側に誘導してあげるくらいのさじ加減で顧客価値を定められるかがマーケターの腕の見せどころです。

ブランドコンセプトとマーケティングコンセプト


本書の前半のポイントは 「消費者インサイト」 、後半では 「コンセプト」 がキーワードです。

コンセプトは、この本では 「ブランドコンセプト」 と 「マーケティングコンセプト」 の2つに分けて扱っています。

ブランドコンセプト

本書で言うブランドコンセプトは、ブランド理論の 「ブランドエクイティ」 と同じ概念です。消費者の頭の中の世界にある、自社ブランドへの価値イメージのことです。

ブランドコンセプトは、マーケティングによってつくりたい自社商品や自社企業へのイメージになります。消費者自身が脳内に形成する意味づけです。マーケティングで目指すゴールになります。

マーケティングコンセプト

それに対してマーケティングコンセプトは、ブランドコンセプトを実現するためのマーケティングの方針です。

マーケティングコンセプトにもとづいて "周到に準備された情報の束" が用意され、マーケティングのコンセプトにしたがって、消費者やお客さんの頭の中に自社に有利なブランドコンセプト (ブランドエクイティ) を形成していきます。

流れとしては、マーケティングコンセプトが伝わった結果として、消費者の脳内でつくられる意味づけや価値イメージとしてブランドコンセプトがつくられます。マーケティングコンセプトは企業側にあり、ブランドコンセプトは消費者側 (頭の中) に定着することを目指すものです。

文脈を設定し、消費者の頭の中に 「ブランドコンセプト」をつくりにいく

マーケティングコンセプトを組み立てるときは、消費者の脳に 「重要だ!」 → 「好きだ!」 → 「なるほど!」 という順番で認識してもらうことがポイントです。

直感的に 「大切」 「好き」 と思ってもらい、そこに 「なるほど」 となる納得の情報を補強するわけです。3つの関門を突破して初めて、消費者はブランドを選択する確率を高めます。

そのためにカギを握るのが 「文脈設定」 です。自社商品の便益を魅力的に見せるために文脈を設定することを 「STC (Setting The Context) 」 と呼びます。英語での Context の前に The があるように、「まさにその文脈 (context) をつくる」 というニュアンスです。

Setting The Context では、

  • 消費者への価値を高めるシーンを具体的に設定する
  • 消費者のインサイト (隠された真実や本能) を衝く
  • 消費者の "眼鏡 (価値への期待値) " を変える


といったアプローチからの文脈設定があります。

マーケティングコンセプトの磨き方

マーケティングコンセプトをセルフチェックする際、3C の視点で評価するといいでしょう。

  • 強い Consumer value (消費者価値) がある
  • Company edge (自社の強み) を活かせる
  • Competitive defense (競合が模倣や反撃しにくい構造的な要因) が存在する


まずは消費者の根源的な欲求を満たす 「消費者価値」 が最も重要です。そのうえで自社の持つ特徴を最大化する 「自社の強み」 を活かし、さらに競合の追随や反撃が起こりにくい 「競合からの模倣困難性」 を築くことによって、戦略の持続力を高めていきます。

3C のこれら3つが重なる部分を掘り当てることにより、筋の良いマーケティングコンセプトになります。

もうひとつ、マーケティングコンセプトをつくるときに、「そのコンセプトで絶対に買う実在の1人を思い描けるか?」 もポイントです。

実在の知り合いでも家族でもいいので、その人なら必ず響くだろうと確信できることを明言できるかどうかです。

まとめ


今回は、書籍 「確率思考の戦略論 - どうすれば売上は増えるのか (森岡毅, 今西聖貴) 」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • マーケティングは 「選ばれる確率 (M) 」 を最大化することを目指す。そのために、認知、配荷、プレファレンスの3要素が大事。プリファレンスは最大ポテンシャルを決める

  • 浸透率 (ペネトレーション) が高いブランドほど購入頻度 (フリークエンシー) も高くなる。ターゲット顧客を狭めると成長の可能性を制限してしまうので、不必要にターゲットを絞らず 「水平方向」 に顧客数を広げるべき

  • 消費者インサイトという消費者が自覚していない本能的な欲求を理解する。人の本能までを深く理解し、購買行動の背景を探る。効果的なインサイト発掘には、「凡人 (初心者) 」 と 「狂人 (超ヘビーユーザー) 」 の両方の視点で消費者心理を理解するといい

  • ブランドコンセプトを消費者の脳内に形成するためにマーケティングコンセプトを設計する。適切な文脈 (Setting the context) を設定し、消費者の頭の中で 「重要だ → 好きだ → なるほど」 の流れをつくる

  • 3C 成立させる。消費者価値 (Consumer Value) 、自社の強み (Company Edge) 、競争優位性 (Competitive Defense) の3つがそろうことで、持続可能なブランド戦略が実現する


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。