投稿日 2025/11/03

木曽路のお食い初め。目立つ "表" だけではなく、"裏" の仕組みを整えるマーケティング

#マーケティング #裏の仕組み #ハレとケ

お客さんの来店動機を、どのように設計すればいいでしょうか?

飲食店に限らず、商品やサービスの買ってもらったり利用を促すためには 「なぜ今ここに来るべきか」 という理由づくりが重要です。

企業は広告や販促に力を入れますが、大切なのはその裏側にある "仕組み" かもしれません。今回は、和食チェーンの木曽路が提供する 「お食い初め」 のサービスを事例に、見えにくいけれどお客さんを動かす "裏の仕組み" に注目します。

来店動機を能動的に生み出すヒントを探っていきましょう。

木曽路のお食い初め


お食い初めとは、生後100日目に赤ちゃんが初めて食事をする儀式です。実際には食べないものの、食べる真似をして子どもの健やかな成長を願います。

お食い初めは昔は家庭で行われる儀式でしたが、共働きの増加やライフスタイルの変化によって家で手間をかけて準備する余裕がないという状況です。

実際に家で準備するとなると、祝い膳の用意や進行方法など、わからないことも多いものです。こうした消費者の困りごとにいち早く目をつけたのが、和食チェーンの木曽路でした。

出典: 木曽路

木曽路では、各店舗に 「お食い初めマイスター」 という資格取得者を配置しています。お食い初めの歴史や作法を学んだマイスターのスタッフが式の進行役を務めます。

木曽路のお店には個室が多いので、赤ちゃん連れでも周囲を気にせずゆっくり過ごせ、お食い初めが初めての親でも安心して儀式を執り行えます。

* * *

では、木曽路の事例から学べることを掘り下げていきましょう。 来店動機を能動的につくることの重要性とその方法に学びがあります。

 "表" だけでなく "裏" の仕組み構築


木曽路の事例から学べるのは、広告や販促などの目に見える "表" の部分だけではなく、"裏" の仕組みも整えている点です。

来店動機をつくるというと、広告や販促、魅力的なメニュー企画といった 「表の施策」 がイメージされることでしょう。しかし、木曽路の場合はそれだけではありません。

表に見える広告・販促やメニュー企画

木曽路もウェブサイトでのお食い初めプランの案内や、専用メニューの提供といった表のアピールはもちろん行っています。これらはお客さんが直接目にする情報であり、来店を検討するきっかけとなります。

ここで注目したいのは、これらの表の活動を支える 「裏の仕組み」 のほうです。

裏で支える独自の仕組み

木曽路のお食い初めサービスには、他社が簡単には真似できない独自の裏の仕組みにあります。代表例が 「お食い初めマイスター」 制度です。

木曽路は社内の資格制度 「お食い初めマイスター」 を作り、一定水準の知識・スキルを保持する人材を育成しました。マイスター制度は、従業員の知識やスキルを高めるだけでなく、次のような意味合いを持っています。

1つ目は 「専門性の担保による信頼獲得」 です。

マイスターがお食い初めの由来や儀式の進め方を丁寧に説明し、場を盛り上げることによって、来店客は 「さすが木曽路だ」 という信頼感を抱くことでしょう。

2つ目の意味合いは 「記憶に残る体験の提供」 です。

専門のマイスターがサポートしてくれるという特別感が、家族にとって忘れられないお食い初めの思い出となります。「木曽路を選んで良かった」 という満足感につながることでしょう。

3つ目の観点は 「模倣困難性の構築」 です。

お食い初めマイスター制度は、専門知識の習得や実技試験など、育成に時間とコストがかかります。競合他社がすぐに模倣することは難しく、木曽路ならではの強みの源泉になります。

お食い初めマイスター以外にも、木曽路の店舗には個室が多く、お食い初めのお客さんに使ってもらったり、ベビーチェアやおむつ替えスペースを完備することで、接客面だけではなく設備面も充実させています。

こうした外部からは見えにくい裏の努力こそが、お食い初めという儀式において期待以上の体験へ導く源なのです。裏側の万全な準備が顧客の満足度やリピート意欲を高め、裏の仕組みを土台にした表のメニューや広告がブースターとして誘引するというわけです。

既存資源との相乗効果

木曽路が持つ既存の資源も、お食い初めサービスを成功させる上で役割を果たします。

1つ目の要素は 「和食という業態との親和性」 です。

お食い初めは日本の伝統的な行事であり、祝い膳も和食が基本です。しゃぶしゃぶや日本料理を主力とする木曽路にとって、自然な形でお食い初めサービスを展開できます。

2つ目として先ほども触れた 「個室があるという店舗形態との相性の良さ」 もあります。

生後100日の小さな赤ちゃん連れの家族にとって、周囲に気兼ねなく過ごせる個室の存在は重要です。木曽路は多くの店舗で個室を備えており、アドバンテージとなります。

これらが組み合わさることで、「ハレの日といえば木曽路」 というポジションを打ち立てやすくなります。お食い初めプランを打ち出しても、個室のない店やスタッフが慣れていないお店では十分な満足を提供しづらいからです。

新しいサービスを始める際に、全く新しいものをゼロから作り上げるのではなく、自社が既に持っている強みや特徴 (独自リソース) を活かし、新しい顧客価値と結びつけることによって、より効果的かつ効率的に来店動機を生み出すことができます。

 「ハレの日」 から 「ケの日」 へ


木曽路の狙いは、お食い初めという特別な 「ハレの日」 の利用だけにとどまりません。

そこから日常的な利用、つまり 「ケの日」 へとつなげる巧みな導線が見て取れます。

ハレの日でまず体験してもらう

お食い初めは、多くの家族にとって一生に一度か二度くらいしかない特別なイベントです。特に初めてのお子さんの場合、何をどうすれば良いかわからないという不安を抱えている親御さんも少なくないでしょう。

そうした中で、木曽路が提供する手厚いサポートをしてくれる本格的なお祝いは、「木曽路なら安心」 「木曽路で特別な時間を過ごせた」 という強い印象を残します。このポジティブな体験が、お店への信頼感や親近感を育みます。

ケの日の利用へつなげる

一度 「ハレの日」 に木曽路で満足のいく体験をしたお客さんは、その後も木曽路を特別な機会だけでなく、日常のちょっとした外食の選択肢として考えてくれることが期待できます。

もちろん、木曽路の価格帯を考えると、日常的に頻繁に利用する 「ケの日」 の食事とは少し異なるかもしれません。しかし、「今日は少し美味しいものが食べたい」 「ゆっくりと落ち着いた雰囲気で食事を楽しみたい」 といった、普段よりも少しだけぜいたくをしたい食事の際には、以前の木曽路での良い記憶が思い出され、木曽路が選ばれる確率が高まるわけです。

このように、生後100日のお食い初め、他にも木曽路が提供する生後一年の一升瓶・選び取りのプランなどの特別なイベントでお客さんとの最初の接点を築くことにより、お店への利用・来店への心理的なハードルを下げられます。その後の継続的な利用、すなわち来店頻度の向上を目指せます。

見えない裏の努力が、顧客を動かす原動力になる


木曽路の事例は、お客さんの来店動機を能動的につくり出すためには、目に見える 「表」 の施策だけでなく、それを支える強固な 「裏の仕組み」 がいかに重要であるかを示しています。

お食い初めマイスター制度のような人材育成への投資や、既存の強みを活かしたサービス開発は、一朝一夕にできるものではありません。だからこそ、こうした地道な努力の積み重ねこそが、他社には真似できない独自の価値を生み出し、お客さんの心を動かす原動力となるのです。

そして、「ハレの日」 という特別な体験をきっかけに、お客さんとの長期的な関係を築き、「ケの日」 の利用へとつなげていく。この好循環の土台には 「裏の努力」 と 「裏側の仕組み化」 があります。

まとめ


今回は、木曽路の 「お食い初め」 サービスの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  •  「表」 の魅力と 「裏」 の仕組みの両方が大事

  • 魅力的な商品や広告 (表) だけでなく、それを支える独自のノウハウや人材育成、既存資源の活用 (裏) といった模倣されにくい仕組みを構築する

  • 既存資源を最大限に活用し、新たな価値と結びつける。自社が既に持つ強み (店舗の特性, 商品知識, 技術力など) を棚卸しし、新しいサービスや顧客体験と組み合わせる

  • 見えない 「裏」 の努力こそが、競争力を高める

  • お客さんからは直接見えにくい部分 (人材育成, 仕組み化, 品質管理など) への地道な投資や努力が、顧客満足度を高め、口コミやリピート利用といった形で表れ、ブランドを成長させる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。