投稿日 2025/11/02

伊勢丹がランドセルをライブコマース。ジョブとバリア・ドライバーの顧客心理から読み解くマーケティング

#マーケティング #ジョブとワーカー #バリアとドライバー

うちの商品は魅力的なはずなのに、なぜかお客さんに響かない…。
色々工夫しても、購入の最後の一押しが足りない…。

もしかすると、お客さん自身も言葉にできない 「本当に望んでいるコト」 や、購入を後押しする 「心のスイッチ」 を見落としているのかもしれません。

今回は、伊勢丹のランドセルのライブコマース販売で成果を上げた事例を取り上げます。

お客さんの心をグッとつかみ、選ばれるためのヒントを 「ジョブ理論」 と、購入の 「バリアとドライバー」 といった心理的な視点から紐解きます。

伊勢丹の販売員によるランドセルのライブコマース


ピカピカの小学1年生の真新しいランドセル。毎年、新年度が始まりランドセルを背負って通学する姿は微笑ましいものです。

ランドセル商戦において、百貨店の伊勢丹が新しい試みを行っています。伊勢丹新宿店が2025年度入学予定者向けランドセル販売で、「ライブコマース」 を導入しました。


百貨店のランドセル担当販売員が自らライブコマースの演者となり、オンラインで商品を実演紹介。視聴者からの質問にその場でリアルタイムで答えるなど、視聴者と販売員の双方向のコミュニケーションを重視した配信です。

ライブコマース導入後の CVR (ここで言う CVR はおそらく購買率) は前年と比較して3倍に急拡大しました (参考情報) 。ライブコマースによって、静止画やテキストだけでは伝えきれない商品の魅力や、購入前の不明点や不安を解消できたことが成功につながりました。

* * *

では、伊勢丹のランドセルのライブコマースの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

顧客心理と行動への深掘りという視点で学びがあります。

ジョブ理論からの考察


お客さんが商品やサービスを選ぶ理由について、本当のところを探れる 「ジョブ理論」 の視点から、今回の事例を見ていきます。

ジョブとは

ジョブの定義は、「ある特定の状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブは英語では "Jobs to Be Done (JTBD) " といいます。日本語に直訳すれば 「片付けたい用事」 や 「済ませたい仕事」 という意味です。

ジョブには 「人が置かれた状況をどう変えたいか・より良く進歩したいか」 という視点が含まれます。

商品・サービスはジョブを完了させる 「ワーカー」 

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを終わらせるために 「雇うもの」 ととらえることにあります。お客さんが商品を働き手である 「ワーカー」 として雇い、ワーカーに働いてもらうことでジョブが完了し、顧客の状況が進歩するという考え方です。

お客さんが商品を買って期待するのはプログレス (進歩) であって、商品そのものではありません。この認識が大事です。

ランドセル購入を通じて顧客が片付けたい 「ジョブ」 とは

では、ランドセルを買う親や祖父母は、どのようなジョブ (成し遂げたい進歩) を片付けたいと考えているのでしょうか?

  • 子どもや孫の大切な門出を最高の形で祝う・応援する
  • ランドセル選びに関する情報収集や比較検討を効率的に行う
  • ランドセル選びにおける不安や疑問を解消できている
  • 6年間長く安心して使える、子どもに最適なランドセルを選ぶ
  • 親・祖父母としての役割を果たす


では、こうしたジョブへの 「ワーカー」 として、伊勢丹のライブコマースはどのような働きをしたのでしょうか?

ライブコマースが 「ワーカー」 として貢献したこと

伊勢丹の販売員によるライブコマースは、先ほどのお客さんのジョブを片付けるための、有能なワーカーとして機能します。具体的に順に見ていきましょう。

■ 専門家による詳しい情報提供と実演

ランドセルのことを知り尽くした伊勢丹百貨店の販売員が、素材や機能、重さ、最新のデザインについて詳しく解説します。商品を実際に手に取り、様々な角度からライブコマースで見せます。

視聴者は自宅にいながら効率的に情報を収集し、どのランドセルを選ぶかを検討することができます。選択への自信が深まり、不安も軽減されることでしょう。

■ 双方向の質疑応答による理解促進

視聴者はライブコマースでのチャットを通じてリアルタイムで質問でき、「どの色が人気?」 「軽いモデルはどれ?」 「連絡帳袋は入るか?」 といった具体的な疑問をその場で解消できます。

■ 共感や一体感の醸成

同時視聴している他の視聴者からの質問や 「わかりやすい!」 「いいね!」 といったコメントが画面上で共有されます。すると、視聴者は自分と同じように悩んでいる人がいるという共感や一体感、他の人も注目したり選んでいるなら良いランドセルだと思える安心感をもたらします。

伊勢丹への信頼感にもつながり、親や祖父母としての役割を果たしたいという気持ちも後押しします。

■ 特別な購入体験の演出

ライブ配信ならではの臨場感や、販売員との双方向でのやり取りは、ランドセルの情報収集や購入を超えた楽しいイベントとしての側面も持ち合わせます。ランドセル選びという特別な機会を演出し、子どもの門出を祝う気持ちを盛り上げるわけです。

このように、ライブコマースはお客さんのジョブを解決するための情報提供、不安解消、共感醸成、特別な買い物体験の提供といった複数の役割を同時に果たし、ジョブを解決するワーカーとして期待に応えます。

ドライバーとバリア


消費者が購入に至るまでには、購入を妨げる 「バリア」 と、購入を後押しする 「ドライバー」 の2つが存在します。

伊勢丹のランドセル販売のライブコマースは、バリアを低減し、ドライバーを強化する上でも役割も果たしました。バリアの要素から見ていきましょう。

ランドセル購入における主な 「バリア (障壁) 」 とライブコマースによる低減

子どもや孫のランドセル選びには、買い手にはいくつかの心理的・物理的なバリアが存在します。

■ 情報不足・選択肢の多さ

ランドセルを何を基準に選べばいいかわからない、種類が多すぎて比較しきれない心理的なバリアです。

このバリアに対して伊勢丹のライブコマースの販売では、専門家による詳細な解説、人気商品や特徴の紹介、機能比較の実演から、買い手の情報収集や比較検討の手間を減らします。

■ 時間的・物理的制約

仕事や育児、家事などで忙しくランドセルが売っているお店に行く時間がなかったり、近くに品揃え豊富な店舗がないという物理的な購買へのバリアです。

ライブコマースは自宅など好きな場所から、好きな時間にアーカイブ視聴も含めて参加できるため、時間と場所の制約を取り払います。

■ 実物を見られない不安

オンラインやカタログでもランドセルは買えますが、質感や色味、子どもが背負った感じがわからないというバリアです。

ライブコマースでは動画による視覚的にわかりやすい商品紹介、疑問点へのその場での回答、ほかには 「ぜひ店舗で背負ってみてください」 と実店舗への来店も促し、実物をなるべく感じてもらえる工夫をしています。

■ 価格への不安

ランドセルは子どもや孫が小学生の6年間はずっと使います。価格は数万円以上する高額な買い物なので失敗したくない、価格に見合う価値があるか確信が持てないという不安心理があります。

これに対してライブコマースは、商品の品質、機能、6年間長く使える耐久性や保証といった価値を販売員が丁寧に伝えることで、価格への納得感を醸成します。

ランドセル購入における主な 「ドライバー (促進要因) 」 とライブコマースによる強化

購入へのバリア (障壁) に対処する一方で、伊勢丹販売員によるライブコマースは購入を後押しする 「ドライバー」 を強化します。

■ 安心感・納得感

ライブ配信で販売員が疑問を即座に解決することによって、「プロの意見が聞けた」 「他の人の質問も参考になった」 と納得感を得やすくなります。

■ 子ども・孫の門出を祝う特別感の醸成

ライブコマースの特性である臨場感と盛り上がりが、購入への気持ちを高めます。たとえリアルの実店舗に行けない人でも、オンラインでのライブコマース参加から子どもの大切な行事に積極的に関われるのはうれしい体験でしょう。

■ 大手百貨店ならではの信用性

百貨店の販売員は詳しくて信頼できるという思いをオンラインでも再現することにより、伊勢丹というデパートブランドの信用を活かしました。

■ 他の購入者とのリアルタイムでの共有感

ライブコマースの中でのコメントで 「うちの子は ○○ なところが気に入ってます」 など、他の親御さんのリアルな声を聞くことで、自分ひとりだけでは気づかないようなポイントを知ることができます。

他の親のランドセル選びに共感する場面もあることでしょう。共感や一体感のある雰囲気が判断を後押しする心理的要素となります。

* * *

このように、伊勢丹のランドセルのライブコマースは、顧客心理と行動を汲み取り、ジョブ理論やドライバー・バリアの視点からも、顧客の不安を取り除き、購入への意欲を高めようとしている事例です。

まとめ


今回は、伊勢丹の販売員によるランドセルのライブコマースを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ジョブは、人がある状況において遂げたい進歩。消費者や顧客が商品・サービスにより達成したい進歩や解決したい問題、対処したい課題を含む

  • ジョブ理論では商品やサービスは顧客のジョブを解決するための 「ワーカー (働き手) 」 の役割を果たす。顧客が本当に求めているのは商品そのものというよりも、ワーカーによって状況の進歩

  • バリアは購入を妨げる障壁。例えば、情報不足、時間・場所の制約、実物確認の難しさ、価格など。バリアを特定し、効果的に取り除くことで購入を促す

  • ドライバーは購入を後押しする要因。安心感・納得感、特別な体験、ブランドへの信頼性、共感、一体感など。ドライバーを強化し背中を押すことにより、顧客の購買意欲を高める


マーケティングレターのご紹介


マーケティングのニュースレターを配信しています。


気になる商品や新サービスを取り上げ、開発背景やヒット理由を掘り下げることでマーケティングや戦略を学べるレターです。

マーケティングのことがおもしろいと思えて、すぐに活かせる学びを毎週お届けします。レターの文字数はこのブログの 3 ~ 4 倍くらいで、その分だけ深く掘り下げています。

ブログの内容をいいなと思っていただいた方にはレターもきっとおもしろく読めると思います (過去のレターもこちらから見られます) 。

こちらから登録して、ぜひレターも読んでみてください!

最新記事

Podcast

多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

ブログ以外にマーケティングレターを毎週1万字で配信中。音声配信は Podcast, Spotify, Amazon music, stand.fm からどうぞ。

名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。