#マーケティング #顧客設定 #顧客価値
スマホ全盛時代にあえてアナログで勝負する企業は、いかに成長できるか――。
インスタントカメラ 「チェキ」 の事例は、その問いに対してひとつの道を示してくれます。
今回は、チェキがどのようにお客さんを捉え、競合を把握し、顧客価値を提供してお客さんに選ばれる存在になったのかを紐解きます。
[顧客設定] 時代の変化で生まれた新たな顧客層
富士フイルムの 「チェキ」 。累計販売台数は1億台を突破し、スマホ全盛の今、多くの若者を魅了しています。
お客さんは誰か?
チェキが誕生した1998年当時、チェキは日本の若者をメインターゲットに掲げていました。
ところが2000年代に入り、携帯電話にカメラがつき、その後の2010年代にスマホが普及すると状況は一変。チェキは手軽に撮影できる携帯カメラというライバルの影に隠れ、年10万台の販売まで落ち込みます。
そのどん底を救ったのが、韓国ドラマでのチェキの使用をきっかけとした海外ファンの存在でした。
アジア圏からチェキ人気に火がつくと欧米にも波及。今では主力市場が日本から海外に変わり、売上全体の9割を海外が占めるまでに至りました。チェキの中心ユーザーは10 ~ 20代の女性ですが、さらに男性層や30代以降にもユーザーを広げ、新しい顧客基盤を築こうとしています。
お客さんの望みは何か?
人々の撮影の中心がスマホへ移るなか、物理的に形を残したいというニーズは表面化しにくい隠れた要望でした。
撮った写真をデータとして保存するだけでなく、撮影したその場で写真をプリントし、手渡したり壁に飾ったりできるチェキのアナログ感や新鮮さが、デジタル時代の人々の心をくすぐったのでしょう。
丸みを帯びた可愛いデザインやパステルカラーなど、持ち歩いてファッションアイテムにする楽しさもチェキは提供しています。写真を撮ることが "終わり (ゴール) " ではなく、撮った後にもワクワクする体験が継続することこそがチェキの魅力です。
[競合把握] スマホに押されても生き残るための差別化
チェキが直面した最大のライバルは、間違いなくカメラ付き携帯電話から始まり、今はスマホです。
ライバルのことに気づいている?
いつでもどこでも撮れて、その場で SNS にシェアできる手軽さはチェキにとって脅威そのものでした。では、チェキはどうやってこのライバルに立ち向かったのでしょうか。
2000年代当時の富士フイルムは、写真フィルム全体の売上が縮小していく危機感をはっきりと認識していたことでしょう。
チェキの販売が急激に落ち込んだのも、デジタルシフトの潮流を正面から受けた結果です。
ライバルに勝つためには?
そこでスマホ世代が本当に望むものは何かを突き詰めたところ、デジタルとは対極にあるアナログ体験が逆に新鮮に映る可能性に富士フイルムは気づきました。
スマホのデジタル写真と真正面から争うというよりも、スマホ撮影とは正反対の価値を追求し、その場で写真が形になり、すぐ共有できる。アナログさに徹底的にこだわりました。
かわいらしいデザインや個性的なフィルムの種類で、撮影そのものを体験型コンテンツとして磨き上げたこともポイントです。
撮影行為が楽しく、またその後のインスタントでのプリントアウトとモノとして形が残る写真に手書きを入れたり共有する楽しさがあることで、チェキではないと味わえない写真体験をつくり、スマホの写真というデジタルとの違いを明確に打ち出しました。
[価値提案] アナログの強みを最大化する
チェキが今なお多くのユーザーに支持される理由は、撮影すること自体の楽しさに加え、プリントして共有する体験までをも提供しているからです。スマホでは得られないワクワク感こそが、チェキの最大の魅力になりました。
お客さんに価値をもたらすには?
チェキが提供しているのはモノとして残せる写真だけではなく、インスタント写真を手渡すコミュニケーションや、インテリアとして部屋に飾る楽しみもあります。
特に海外では、撮った写真を冷蔵庫に貼る習慣や、パーティーで友人に配るカルチャーなどがあり、チェキはそうしたライフスタイルにぴったりハマっています。
例えば、インドのようにギフトを贈り合うことが多い国では、チェキはプレゼント用のパッケージ展開を積極的に行うなど、その国々の文化を捉えたアプローチが成功を後押ししました。
商品をもっとよくするためには?
富士フイルムは、当初からチェキのデザインに強いこだわりを持っていました。
かつてのモデルでは角張ったフォルムが主流でしたが、海外・女性ユーザーを意識した 「instax mini 8+」 では、丸みのある形状とパステルカラーを採用。デザイン性を高めることでかわいいという要素がブームの火付け役になりました。
さらに、背面ディスプレイを搭載したハイブリッド型や、手のひらサイズの新モデル 「instax Pal」 などデジタル機能を取り入れた商品をラインナップ。アナログの良さをベースにしつつ、ユーザーが欲しいと感じる新しさを柔軟にプラスし続けることによって、チェキは飽きられにくいブランドへと成長しています。
[選ばれる仕組みの構築] 多彩なチャンネル戦略と認知拡大
いくら魅力的な商品でも、その存在を知られず手に取ってもらえなければ意味がありません。
チェキの流通戦略とブランド認知拡大の取り組みは、多角的かつ攻めの姿勢で展開されています。
お客さんが買いやすくしている?
当初、チェキは家電量販店で販売されるカメラのひとつでした。しかしユーザーが女性や若年層中心であることを踏まえ、アパレル店・書店・雑貨店などへ販路を拡大。手軽に目に触れる場所を増やし、ファッションの延長としてチェキを選ぶ人も増えていきました。
また、需要増にともなうフィルムの品薄状態を解消するため、工場への大規模な投資を決定。約45億円を投じて生産ラインを増強し、ユーザーが使いたい時にフィルムを入手できる体制を整えています。こうしたサプライ面での支援も、お客さんが安心して購入・利用できる環境づくりにつながっています。
新しいお客さんに知ってもらうためには?
チェキが海外に広まったきっかけのひとつは、韓国ドラマでの使用シーンでした。その後、富士フイルムはさらなる認知拡大を狙ってさまざまなコラボ戦略を展開しました。
音楽祭に期間限定の体験ブースを出店したり、テイラー・スウィフトや人気ゲームファイナルファンタジーと連携して、チェキで撮った写真を印刷する特別企画を実施したりと、多様な楽しみ方を提案しています。
スポーツの分野では、チェキは五輪競技にもなったブレイキンの国際大会スポンサーとして参加。SNS やリアルイベントにて若者にアプローチする仕掛けを積極的に行っています。カルチャーとの融合によって 「チェキ = 最新の流行とつながるアイテム」 というブランドイメージが強まり、世界中でファンを増やしてきたのです。
ほかのお客さんにも買ってもらうためには?
日本国内の写真市場が縮小傾向にあるなか、チェキは海外展開へと踏み込んでいきました。
インドならギフトとして、アメリカならインテリア、中国なら SNS 拡散に乗るなどです。その国や地域に根付く写真を楽しむ方法を調べ上げて、現地に合わせたプロモーションを実施。結果として、欧米やアジアを中心に市場が拡大し、今では海外売上が9割に達するまでになりました。
10 ~ 20代女性だけでなく、男性やファミリー層、アクティブにレジャーを楽しむ30代以上にもチェキはアピールしています。たとえば、アウトドア好きの男性向けに高級モデルを投入し、頑丈さ・多機能さ・プロ仕様の撮影体験を訴求するというふうにです。
広い年代・性別のユーザーに使ってもらい、飽和しにくい市場基盤をつくっているのです。
[存在意義] 自社の商売の意味
チェキがこれほどまでに世界中の人々に愛される背景には、写真という枠を超えた思い出のプラットフォームをつくりたいというブランド姿勢を見て取れます。
チェキはカメラやフィルム販売にとどまらず、人々の暮らしに形のある思い出を共有でき、喜びをもたらすことを中心に据えています。
スマホで撮った写真は手軽かつ大量に保存できますが、データのままでスマホのメモリーやクランド上に眠ったままです。一方、チェキならプリントされた1枚1枚が贈り物になったり、インテリアの一部になったり、日常の中で特別な存在として残り続けます。
富士フイルムは思い出をより具体的に、より愛着あるカタチで人々に届けることで、世界の思い出を支えるプラットフォームになろうとしています。
ある時代には消えゆく運命の可能性もあったチェキが、世界で受け入れられる存在になっている背景には、デジタルが主流の時代でもアナログに求められる価値を見出した洞察力があります。
そして、どんな体験をお客さんに感じてもらうという顧客視点であり続ける姿勢こそが、チェキを唯一無二の存在へと押し上げた理由です。
まとめ
今回は、富士フイルムの 「チェキ」 の事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 顧客や市場の変化を捉え、新たなニーズを発見する。時代と共に変化する顧客層や、デジタル化によって生まれた潜在的なアナログへの欲求など、表面化しにくい顧客の真の望みを見抜くことが重要
- 強力な競合と同じ土俵で戦うのではなく、自社ならではの強みや、競合にはない独自の価値 (チェキの場合はアナログ体験) を追求する
- 商品そのものの機能だけでなく、使うことで得られる体験や、それにまつわるコミュニケーション、ライフスタイルの変化・向上といった付加価値を提供する
- 販売チャネルを広げることによって、より多くの人々に製品を知ってもらい、新しいお客さんに届きやすい環境を整える。ブランドへの親近感や共感を育む
- 自社の事業が社会や顧客に対してどのような価値を提供できるのかという存在意義を明確にし、お客さんの立場や視座に立って商品開発やマーケティング活動を行う
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