投稿日 2025/12/17

Anker Store & Cafe 。あえてターゲット顧客を広げる戦略

#マーケティング #顧客設定 #新規顧客

マーケティングでは 「ターゲット顧客は絞るべき」 と言われますが、本当にそれだけが正解でしょうか?

もちろん、限られた資源で効率的に成果を出すには有効な考え方です。しかし、その前提が逆に、まだ見ぬお客さんとの出会いを遠ざけているかもしれません。

今回は、充電器ブランドのアンカーがあえてターゲットを広げたことによって、どのように新しい顧客との接点を生み出したのかを紐解きます。

この事例には、注力顧客をあえて広げることで新たな市場をつくり出す、マーケティングのヒントがあります。

Anker Store & Cafe



アンカー・ジャパンは2025年5月24日、東京・汐留にブランド初となるカフェ 「Anker Store & Cafe 汐留」 をオープンしました 。運営は子会社のアンカー・ストアが担います。

特徴は、店内全席でスマートフォンやタブレットの充電が可能という点です。

各席には最大 65W 出力の USB-C ケーブル、最大 20W 出力の Lightning ケーブル、さらに最大 15W 出力のワイヤレス充電機能付きテーブルが設置されています。急にスマートフォンの電池がなくなり、モバイルバッテリーがない時でも、このカフェに駆け込めば緊急事態を回避できます。

カフェには有料の会議室も併設し、アンカーのヘッドホンや Web カメラなど、充電器以外のアンカー製品も体験できる仕組みを整えました。

Anker Store & Cafe では独自開発のスパイスカレーやオリジナルビール 「Anker 休息充電エール」 なども提供。何度も訪れたくなる空間づくりにも力を入れています。

アンカー・ジャパンは、これまでにも製品を販売する 「Anker Store」 を全国に展開してきました。しかし、Anker Store & Cafe が狙うのは、既存の店舗とは異なる顧客層です。

従来の Anker Store とは異なり、Anker Store & Cafe は 「アンカー製品を知らない人たち」 をメインターゲットに設定しています。

充電器を買いに行くのではなく、コーヒーを飲みに立ち寄った人が、自然にアンカー製品を体験できる場所。それが、アンカーが描いた新しい顧客接点の形です。

* * *

では、Anker Store & Cafe の事例から学べることを掘り下げていきましょう。

この事例は、従来のターゲット設定の枠を超えて、今まで見過ごされがちだったユーザー層に着目することにより、新たなビジネスチャンスを生み出す可能性を示しています。

注力顧客を広げる


マーケティングでは、ターゲット顧客を絞ることが効率のよい戦略だと言われます。

ターゲットは絞ることだけが正解ではない

お客さんを絞ることは絶対的に正しいアプローチとは限りません。

狭めたほうがいい場合もあれば、逆に広げることにより可能性が生まれることもあります。

ビジネスでは 「ターゲット顧客は絞るものである」 ということを暗黙の前提にせず、状況に応じてむしろ顧客層を広げる発想になることによって、従来の狭いターゲット設定では捉えきれなかった潜在市場に光を当てられます。

企業は新たな市場機会をつかめ、持続可能な成長を遂げることができるのです。

あえて広いターゲットへ

Anker Store & Cafe の事例がまさにそうです。

アンカー・ジャパンのカフェ事業は、その常識をあえて覆し、「ターゲットを広げる」 ことで新たなビジネスチャンスを創出できる可能性を示します。

これまでアンカー・ジャパンが展開してきた 「Anker Store」 は、「アンカー製品をある程度知っていて、実物を見てみたい」 という、比較的ニーズが明確な層をターゲットとしていました 。

一方の 「Anker Store & Cafe 汐留」 が狙うのは、「今までアンカー製品の存在をあまり身近に感じていなかった層」 です。ここにはアンカーのことを知らない消費者も含まれます。

これは、従来のターゲット顧客の枠を超え、カフェを利用する可能性のある不特定多数の人々へと接点を広げるアプローチです。

なぜ注力顧客を広げる戦略が有効なのか?


なぜアンカーは注力顧客を広げるという戦略に踏み切ったのでしょうか?

従来のターゲット設定では捉えきれなかった潜在市場へのアプローチが見えてきます。

カフェでの新たな顧客接点の創出

充電器を買いに行くという目的がなくても、「コーヒーを飲みたい」 「少し休憩したい」 「打ち合わせをしたい」 といった日常的な動機で人々はカフェを訪れます。

アンカーは、カフェという日常空間を新たな顧客接点としました。これまで既存のアンカーの店舗に足を運ぶことのなかった、ガジェットに関心の薄い層や、そもそもアンカーブランドを知らなかった層とも自然に出会う機会をつくり出します。

より多くの人へのブランド体験による価値の直感的な訴求

アンカー製品のことを知らない人にとって、製品スペックを言葉で説明されても、その価値は実感しにくかったり、自分ごとにはならないでしょう。

しかし、カフェの全席に設置された充電ケーブルやワイヤレス充電機能を実際に利用し、自分のスマートフォンが速く充電できた、ケーブルがなくてもワイヤレス充電ができて便利だという体験をすれば、その価値は理屈抜きに伝わります。

ブランドへの情報や知識のない潜在顧客に対して、効果的に製品の便益を訴求する方法です。

ブランドイメージの構築

Anker Store & Cafe は、スパイスを独自に調合したカレーやオリジナルビールなど、魅力的なメニューを自社開発して用意しています。また訪れたいカフェとしてのポジションを打ち出しています。

アンカーが 「高機能な充電器メーカー」 という機能的なブランドから、消費者の生活を豊かにするライフスタイルブランドへとイメージを拡張しようとしていることの表れです。

アンカー製品が暮らしの中に自然に溶け込むという訴求によって、より広い層からの共感と好感を獲得し、アンカーへのブランドイメージを高めることを目指しています。

広げた顧客をファンにする仕組み


ターゲット顧客を広げる戦略は、一過性の出会いで終わってしまっては意味がありません。

アンカーは、新たに出会った顧客をファンへと育成する仕組みも用意しています。

1つ目は 「多様な製品体験」 です。

Anker Store & Cafe の座席では充電器、有料会議室ではヘッドホンや Web カメラなど、様々なアンカー製品に触れる機会を提供します。アンカーの充電器には興味がなかった層にも、別の製品カテゴリーからアンカーブランドの魅力を伝え、ファンになる入口を複数設けています。

2つ目は 「アプリによる継続的な関係構築」 です。

Anker Store & Cafe の利用をきっかけにアンカーの公式アプリのダウンロードを促し、モバイルオーダーの利便性やマイル付与といった特典を提供します。

自社アプリは、お客さんとの継続的なつながりをつくり、コミュニケーションを可能にします。一度きりの来店客を長期的なファンへと育てていくための重要なツールとなります。

このように、アンカーのカフェ事業は 「ターゲット顧客は絞るもの」 という固定観念にとらわれず、あえて間口を広げることで、これまでリーチできなかった潜在市場に光を当てています。

さらに、出会った新しいお客さんに対し、質の高いブランド体験を提供し、継続的な関係を築くことによって、持続可能な成長への道を切り拓いています。

アンカーの事例は、事業のフェーズや目的に応じて、ターゲットを戦略的に広げることの有効性を示すものです。

まとめ


今回は、アンカーの 「Anker Store & Cafe」 を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  •  「ターゲット顧客は絞るべき」 というマーケティングの定石を絶対視しない。事業の目的や成長フェーズに応じて、あえて 「注力顧客を広げる」 という戦略的選択肢を持つことが、新たな市場開拓につながる

  • 既存の販売チャネルや顧客層に固執しない。アンカーの事例で言うカフェのような消費者の日常生活において新たな顧客接点を設けることで、これまでリーチできなかった潜在顧客と自然に出会う機会をつくる

  • 自社の製品やサービスを知らない層には、説明よりも実際の体験を通じて価値を直感的に伝えることも効果的

  • 製品の機能的な価値だけでなく、利用者の生活を豊かにする 「ライフスタイルブランド」 としてのイメージを構築することにより、より幅広い層からの共感や支持を得られる

  • 新たに出会った顧客を一度きりで終わらせず、多様な製品体験やアプリなどを通じて継続的な関係を築き、将来のファンへと育成する仕組みを設計する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。