投稿日 2025/06/21

ヤマチクの脱 OEM の大逆転劇。存在意義を問い直してのブランド価値の再設計

#マーケティング #ブランディング #存在意義

お客さんに選ばれ続けるためには、商品の品質を磨くだけではなく、「なぜこの商品をつくるのか」 「世の中にどんな価値をもたらすのか」 といった視座の高い存在意義を明確にすることが大切です。

ご紹介したい熊本県の箸メーカー 「ヤマチク」 は、これらの問いに正面から向き合いました。社員が主体的にブランド価値を再設計し、顧客体験を高めながら、伝統産業の新たな成長余地を切り拓いたのです。

成熟市場でもやり方次第で可能性は広がる――。そのヒントを、ヤマチクの挑戦からぜひ一緒に学んでいきましょう。

ヤマチク


熊本県南関 (なんかん) 町に拠点を置くヤマチクは、1963年に竹割り箸の製造卸として創業しました。その後、OEM (相手先ブランドからの委託生産) を中心に事業を拡大し、箸の加工技術を強みとするメーカーへと成長してきました。

OEM 専業時代の課題

一般的に OEM での受注は、取引先ブランドの都合に振り回されやすく、大量発注の突然の減少や停止、十分な工賃を得にくいという問題が潜んでいます。

ヤマチクは、熊本や福岡県産の天然竹のみを使うことにこだわっていますが、その原材料調達を担う 「切子 (きりこ) 」 と呼ばれる竹切り職人の減少も問題として立ちはだかっていました。竹を買い取る価格を上げなければ、職人が生業として続けられず、とはいえ OEM 中心のビジネス構造では利益率が低く、原材料や人件費を十分に賄うのが難しい状況でした。

自社ブランド 「okaeri」 立ち上げ

この状況を打破するため、ヤマチクは2019年に自社ブランド 「okaeri」 を立ち上げました。

出典: ヤマチク

OEM ではなく自社ブランド設立で目指したのは、箸づくりの価値を正しく世に伝えることによって、付加価値を高め、利益率を上げることです。得た利益を、切子への原材料費の上乗せや社員の待遇改善へ回し、竹や人材が循環する仕組みをつくり出すという狙いがありました。

デザインと機能を両立させた箸づくり

新ブランド 「okaeri」 の箸は、丸みを帯びた持ち手から先端にかけて繊細な四角形の加工がされていることが特徴です。つまむ、ほぐす、混ぜるといった箸での様々な所作を、最小限の力で行いやすい形状を追求しました。

海外のデザイン賞への応募や、全国の展示商談会・催事への積極的な出展により、ヤマチクは高いデザイン力と技術力を併せ持つ箸メーカーとしての評価を獲得していきます。

ビームスやアーバンリサーチ、ロフトといった大手セレクトショップや書店などでヤマチクの okaeri が取り扱われるようになり、ブランドの認知度が高まりました。

ファクトリーショップ 「拝啓」 でつくる体験価値


出典: ヤマチク

2023年には、工場敷地内にファクトリーショップ 「拝啓」 をオープンしました。

300種類以上の箸が並び、来店客が実際に手に取って使い心地を確かめることができます。定期的に工場見学が行われ、生産現場を間近で見学することにより、竹箸が生まれるまでの工程やストーリーを体感できるようになっています。

併設されたカフェでは、地元の食材を使ったスイーツを楽しみながら、実際にヤマチクの箸を使って食事をしてみることもできます。ファクトリーショップでの 「学ぶ・選ぶ・食べる」 が一体化した空間づくりが、来場したお客さんへの体験価値を生み、足を運びたくなる場所となり集客力を高めています。


存在意義とブランド価値の再定義


では、ヤマチクの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

自社が果たすべき役割を問い直す

ヤマチクの事例から学べるポイントは、伝統産業や成熟産業であっても、自社の社会的な役割を問い直し、なぜ自分たちはこの商品をつくるのか、それはどのような価値を世の中にもたらすのかをあらため明確化することが、事業成長の糸口につながるということです。

ヤマチクの場合、OEM ではどうしてもどこか別のブランドの裏方という立場になりがちですが、ヤマチクはそこから抜け出して自分たちが主役になれる場をつくりました。自社の技術力や地域資源である竹を活用した箸づくりの社会的意義を再定義したわけです。

自社ブランド価値の再設計で社員も巻き込む

OEM メーカーが自社の独自ブランドを立ち上げる場合、デザインを含めたブランディング全体を外部デザイナーに任せるのが一般的です。

外部デザイナーへ全てを任せる方法はスピード感や専門性の観点ではメリットがあります。しかし、ヤマチクが選んだのは社員が主体的にブランドづくりに参加する方法でした。

勉強会や読書会、他の地方発ブランドの視察などにより、社員それぞれがビジネスモデルやマーケティングの基礎を学びました。その過程で自社商品の特徴や顧客価値を再認識し、存在意義を深く考える機会になりました (参考記事) 。

デザインや価格設定を決めるだけにとどまらず、自分たちが本当に使いたい商品をつくり、この価格にはこういう理由があるといった納得感を社内に生み出し、チーム全体の意識を統一。大切にしたいお客さんに価値を届けるという想いが醸成されました。

長年参入している市場が成熟産業になると社内のマンネリが進んでしまう可能性がありますが、ヤマチクは内発的なモチベーションを引き出す仕組みをつくっていきました。

顧客体験の拡充

商品価値を高めるためには、製造工程のお客さんへの開示、そこでしかできない体験の提供、共感されるストーリー性も重要です。

ヤマチクはファクトリーショップ 「拝啓」 や工場見学の場を用意することで、箸がどうやって作られているのか、ヤマチクがどんな想いで作っているのかを、来場者が視覚・聴覚・触覚を通じてた五感での体験から、ブランドの世界観を直接体験でき、理解しやすくしています。

今は SNS の普及もあって、映える写真スポットや体験の要素は、企業やブランドに新たなファンを呼び込むきっかけになり得ます。ヤマチクはイベントや商談会で培ったノウハウを活かし、ファクトリーショップを商品販売の場にとどめず、学ぶ・選ぶ・食べることによる複合的な楽しみをもたらしています。

成熟産業でも成長余地はある

伝統産業や成熟産業では、これ以上の市場の伸びしろがないという思い込みが強いかもしれません。しかしヤマチクのように、既存の OEM ビジネスをベースにしつつ、自社ブランド立ち上げや顧客体験を重視した拠点づくりにも挑戦することによって、新しいお客さんを増やすことは十分に可能です。

その際にカギを握るのは、自社の商品はどんな問題を解決し、どんな価値をもたらすのかを社内外で共有しながら、自分たちの存在意義を再解釈し、自社や商品の立ち位置と提供価値を再定義することです。

ヤマチクは自社ブランドの成功によって、竹切り職人の生計を支え、社員の給与も引き上げながら、売上高を伸ばしています。社会的意義と自社の従業員への恩恵を両立させている好例です。

ヤマチクの取り組みは、伝統産業や成熟産業であってもアプローチ次第で新たな成長余地をつくり出せることを示しています。

基盤となるのは、自社の真の強みや社会への提供価値を見つめ直し、それを社内外に向けてわかりやすく伝える工夫です。自社ブランドの立ち上げ、社員の主体的な参画、顧客体験の拡充、地元資源の再評価など、どの要素もまず自分たちは何者なのかを突き詰める姿勢が起点になります。

成熟産業に携わる企業であっても、自社の技術・資源・文化的背景などを丁寧に見直し、今の時代に必要とされるかたちに変えていけば、チャンスが広がります。ヤマチクは、その可能性を教えてくれます。

まとめ


今回は、竹割り箸を展開するヤマチクの事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 自社が果たすべき役割を問い直す: 自社商品の存在意義について、顧客価値だけではなく社会的価値の側面も考慮して再解釈する

  • 自社ブランド価値の再設計: ブランド設計では、社員が主体的にブランドづくりに参加するなど内部の取り組みがカギを握る。自社商品の価値や価格設定に対する納得感を醸成する

  • 顧客体験の拡充: 商品の機能面だけではなく、開発過程やストーリーを伝えることでブランド体験が充実する


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。