投稿日 2025/09/16

日清カップヌードル 「エモい出」 。お客さんの "真実の瞬間" を捉えるマーケティング

#マーケティング #モーメント #UGC

自社の商品やサービスは、お客さんのどんな瞬間に選ばれているでしょうか?

この文脈で重要なのは、消費者や顧客企業が商品と出会い、購入し、使うという一連の 「モーメント (瞬間) 」 です。

ご紹介したい、日清食品のカップヌードルの 「エモい出」 キャンペーンは、モーメントをうまく活用した事例です。お客さんの記憶や体験に根ざしたマーケティングが、いかにしてモーメントを捉え、自社商品やブランドが選ばれるようにするかを紐解きます。

カップヌードル 「エモい出」 キャンペーン


出典: 日進

日清食品はカップヌードルの誕生53周年を記念して、2024年9月に期間限定で 「カップヌードル カプヌのエモい出パッケージ」 を発売しました。

消費者のカップヌードルへの思い出

エモい出とは、消費者のカップヌードルにまつわるエピソードを 「エモーショナルな思い出」 として募集したものです。

エモい出は、例えば次のようなものです。

  • 山登りで箸を忘れて木の枝で食べました。その時の彼女が今の妻です (49歳男性) 
  • 誕生日にプレゼントしたら、勿体ないからと賞味期限まで大事にしてくれました (17歳女性) 
  • 小学生の頃覚えたての時計の針で3分計りました。人生初めての料理の記憶です (48歳女性) 

企画の背景と狙い

この企画の背景には、カップヌードルの情緒的な価値を消費者に伝えたいという日清食品の思いがありました。

マーケティング担当者が自身の体験や SNS 上で消費者のカップヌードルへのこだわりや思い出を目にする中で、今回の企画を発案したのが企画の始まりでした。長年愛されてきたカップヌードルだからこそ、消費者がどのように食べ、おいしいと感じた瞬間には様々なエピソードがあるのではないか、それをあらためて掘り起こそうと考えたのです。

2023年12月と2024年2月に Web で実施された事前調査では、15歳から89歳の男女約1500件のカップヌードルにまつわるエピソードが集まりました (参考情報) 。

お湯を注ぐだけで調理できる手軽さから一人で食べる孤食のイメージが強かったカップヌードルですが、AI を使ってエピソードの傾向を分析したところ、実際には家族や友人など、身近な人と一緒に食べる人も多いことが明らかになりました。特に60代から80代の世代からは、発売当時の驚きや海外旅行でカップヌードルを食べた思い出など、特別な日の体験談も寄せられました。

日清食品は集まった約1500件のエピソードの中から、内容や年代のバランスを考慮して100個を選定 (詳細はこちら) 。「エモい出」 をカップヌードルのパッケージの前面に大きく記載しました。

この 「エモい出パッケージ」 は、店頭に通常商品と置き換える形で展開され、消費者の注目を集め、SNS での反響も大きかったとのことです。

* * *

では、カップヌードル 「エモい出」 キャンペーンの事例から学べることを掘り下げていきましょう。

モーメント


日清食品は、カップヌードルの 「エモい出」 として消費者から心に残っているシーンや体験を広く募り、日清が広く発信しました。

日清食品がやっていることは、カップヌードルというブランドへの 「想起モーメント」 や 「利用 (喫食) モーメント」 を消費者の中に多様につくろうというものです。

モーメントとは

モーメントとは瞬間を意味します。マーケティングの文脈では、お客さんが商品やサービスに関与する重要な瞬間や体験を指します。

お客さんが商品やサービスのことを知ったり、思い出す瞬間、買う場面、商品を使う具体的な状況やシーンがモーメントです。 この意味で、モーメントは顧客心理が生まれたり、表に出てくる、あるいは心理が変化する瞬間と言えます。

モーメントが発生した時に、自社商品やサービスが選ばれることを思い出してもらったり、購入候補の中に入る、あるいは実際に使ってもらうことを目指すのがマーケティングの役割です。

生活者は常に商品やサービスのことを四六時中で考えていることはありません (売り手はほぼいつも考えています) 。 よって、売り手が意図的に消費者やお客さんに知ってもらったり、思い出してもらう何かしらのきっかけをつくる必要があるわけです。

4つのモーメント

マーケティングにおいて、モーメントに活路を見出したのが P&G でした。

2005年に提唱した FMOT (First Moment of Truth の略で FMOT はエフモットと読みます) という店頭のマーケティング概念です。

FMOT とは「消費者は、店頭で商品を見て3秒から7秒で魅力的かどうかを判断する」 という考え方です。 P&G は、この3秒から7秒に 「真実の瞬間 (Moment of Truth) 」 があると考えたのです。

Moment of Truthは、店頭での真実の瞬間を First Moment of Truth 、つまり第一段階とします。消費者や企業が商品やサービスに対して抱く印象が形作られる重要な接点を指し 、購買行動や長期的なブランドロイヤルティに影響します。

真実の瞬間には、主に4つの段階があります。

  • ZMOT (Zero Moment of Truth) : 商品を調べるために検索したり、口コミ情報を見たとき
  • FMOT (First Moment of Truth) : 店頭で商品を見たり手に取ったとき
  • SMOT (Second Moment of Truth) : その商品を買って実際に利用したとき
  • TMOT (Third Moment of Truth) : その商品をリピート購入するなど好きになったとき


P&G は店頭での消費者行動を、消費者が商品を判断する初めての瞬間であるという FMOT 提唱しました。

ちなみにその後、検索サービスを提供するグーグルが、それよりも前に別の真実の瞬間があると言いました。真実の瞬間は、店頭で商品を手に取る前、お店に行く前の情報収集にもあり、検索プロセスで商品を魅力に思うかの瞬間があるという考え方です。

これは first より前だから zero であるとし、グーグルは Zero Moment of Truth (ZMOT) と名付けました。

日清 「エモい出」 が狙ったモーメント


日清の 「カプヌのエモい出パッケージ」 キャンペーンは、モーメントを捉えようとする施策です。

ZMOT から順番に見ていきましょう。

想起モーメントと ZMOT

カップヌードルの 「エモい出」 パッケージに掲載された多様なエピソードは、消費者が自身の過去の体験とカップヌードルを結びつけて思い出す 「想起モーメント」 を喚起します。

例えば、「山登りで箸を忘れて木の枝で食べました その時の彼女が今の妻です (49歳男性) 」 といった具体的なエピソードは、他の消費者の共感を呼び、自身の似たような経験や感情を思い出させるでしょう。

このような感情的な動きは、ZMOT (Zero Moment of Truth) の段階で消費者の行動を促すことが期待できます。

他者の 「エモい出」 に触発された消費者が、さらに他のエピソードを検索したり、SNS で感想を共有したり、商品自体の情報を調べ直したりするきっかけとなり得ます。パッケージ自体が情報探索のきっかけになるわけです。

店頭で出会うモーメントと FMOT

次に FMOT (First Moment of Truth) です。

 「カプヌのエモい出パッケージ」 は、お店での FMOT においてもインパクトを与えます。

消費者が棚に並ぶ多くの商品の中からカップヌードルを目にした際、通常とは異なる 「エモい出」 が書かれたパッケージは目立つことでしょう。足を止めて見てもらえたり、手に取ってもらう効果があります。

100種類もの異なるエピソードがデザインされたパッケージは、選ぶ楽しさや、自分に共感できるエピソードを探すという新たな体験を提供し、消費者が商品を手に取る確率を高めるわけです。

日清食品がパッケージ前面にエピソードを大きく記載し、なおかつ通常のカップヌードルのフォントと認知できるデザインを採用したことは、FMOT を意識したアプローチです。

利用モーメントと SMOT / TMOT

購入後の SMOT (Second Moment of Truth) 、つまり実際にカップヌードルを食べる 「利用 (喫食) モーメント」 においても、「エモい出パッケージ」 は顧客価値をもたらします。

パッケージに書かれたエピソードを読むことで、食事の時間がより感慨深いものになるでしょう。さらには、家族や友人との会話のきっかけになったりするかもしれません。

例えば、「誕生日にプレゼントしたら、勿体ないからと賞味期限まで大事にしてくれました (17歳女性) 」 というエピソードを見ながら食べるカップヌードルは、温かい気持ちや人との繋がりを感じさせ、カップヌードルというブランドへの好感度を高めます。このようなポジティブな体験は、TMOT (Third Moment of Truth) へとつながり、再購入の意欲を高めたり、ブランドへの愛着を深めることに貢献します。

日清食品が 「幼い頃に食べた『原体験』が、ブランドに長く愛着を持つことにもつながる」 と考えるように、エピソードを通じて情緒的な価値を訴求することは、長期的な顧客ロイヤルティの醸成を目指すものです。

* * *

以上のように、日清は家族で深夜に食べた一杯などのお客さんの 「大切な瞬間 (モーメント) 」 を集め、パッケージに大々的に表示することで、消費者が思い出したり、お店で手に取る、買ってもらう、次もまたカップヌードルを継続購入されることを狙っています。

消費者の各モーメント (ZMOT → FMOT → SMOT → TMOT) を循環的につなぎ、ブランドの認知向上、共感の醸成、購買頻度の増加を実現するマーケティングです。

まとめ


今回は、カップヌードルの 「エモい出」 キャンペーンを取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • モーメントとは、消費者が商品やブランドを思い出す、選ぶ・買う、使うといった 「重要な瞬間」 。顧客心理が生まれたり変化する具体的なタイミングを指す

  • モーメントには、① 事前の情報検索 (ZMOT) 、② 店頭での発見や判断 (FMOT) 、③ 商品使用 (SMOT) 、④ 愛着形成 (TMOT) の4つがある

  • 消費者、また顧客であっても常に商品を意識しているわけではない。これらのモーメントを的確に捉え、ブランドを思い出してもらえたり、購買のきっかけをつくることがマーケティングの役割

  • UGC や顧客の利用エピソードの共有などから、消費者・顧客の記憶や体験とブランドを結びつけることが、モーメントの発生時に選ばれる確率を高める

  • 各モーメントを循環的につなぐことによって、ブランド認知向上、共感の醸成、購買頻度増加、ブランドへの愛着の高まりを実現できる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。