既存商品の売上が停滞すると、多くの企業が新商品の開発に目を向けることでしょう。しかし、本当に新しい商品ラインナップを出すことが解決策になるのでしょうか?
増え続ける商品群は、リソースの分散と既存商品の売上低下を招く “悪手” になる可能性があります。
売り手が思うほど、市場やお客さんは自社商品の本当の魅力を理解しているとは限りません。既存商品において、実はまだ伝えるべき内容は残っています。
そこで今回は、既存商品の秘めたポテンシャルに光を当てることで、売上を回復させた事例を取り上げ、マーケティングの可能性を解説します。
シートマスク 「ルルルン」
「ルルルン」 は、2011年に Dr. ルルルンから発売されているシートマスク (フェイスパックの一種) のブランドです。
シートマスク市場においてトップのシェアを誇っています。Dr. ルルルンは社員数が約40人という小規模ながら、競争の激しい市場でルルルンは独自のポジションを築いてきました。
市場シェアの急落
かつてですが、2020年頃から市場のトレンドの変化や競合の増加により、シェアが急激に落ち込む危機に直面したことがあります。
シートマスク市場では 「サボリーノ」 「毛穴撫子 (けあななでしこ) 」 「メディヒール」 など、新興ブランドがあり、レッドオーシャンになり始めていました。2019年には市場シェアで約 30% を誇っていたルルルンでしたが、2022年には約 18% まで下がってしまったのです (参考記事) 。
マーケティング方針の変更と背景
こうした状況を受けて、ルルルンはマーケティングの方針を転換しました。
真正面からルルルンの特徴である 「保湿」 を PR し直しました。当初からルルルンが打ち出してきた保湿性でしたが、「お客さんに伝えることをまだやりきれていない」 という判断からです。
保湿は毎日行うと良いとされるにもかかわらず、お客さんのルルルン使用頻度を調査すると、ルルルンを毎日使っている人はユーザー全体の 10% に満たないことがわかりました。多くのユーザーがシートマスクを 「特別なケア用」 と認識しており、毎日使うものではないという誤解とも言える状況でした。
加えて、インフルエンサーを中心に 「シートマスクは毎日使うと肌に悪い」 という噂が広まっていました。
美容液など特別な成分を浸したシートマスクは毎日使うものではないものの、一方のルルルンのシートマスクは化粧水を使用しており、毎日使っても問題ない商品です。しかしルルルンへの理解が十分ではないために、ルルルンが他の美容液を使ったシートマスクと同一視され誤認識されていたのです。
そこでルルルンはお客さんからの誤解を解くべく、マーケティング予算を増やし、それまでと異なるやり方で PR を強化しました。
PR で保湿を訴求
PR では、シートマスクに対する誤解をなくすために、シートマスクには 「化粧水タイプ」 と 「美容液タイプ」 と大きく2種類あることを伝えていきました。
その中でルルルンは前者の化粧水タイプのシートマスクであり、化粧水の代わりに毎日使えて効率的に保湿ができる商品であるという訴求を1年間かけて、愚直に伝え続けました。
インフルエンサーを活用した広告施策
また、ルルルンはインフルエンサーを活用した広告施策も強化しました。
注目したいのは、インフルエンサー向けに商品価値を丁寧に説明し、伝えたいルルルンの独自性である 「保湿」 を理解してもらうオリエンテーションを徹底したことです。
オリエンテーションとは、商品がどういった特徴なのかなど必要な情報を伝達する大切な場です。ルルルンは詳細情報が書かれたオリエンシートを作り、インフルエンサーに共有しました。
実はルルルンは、それまではインフルエンサーから商品概要の資料を求められても、「Web サイトの内容をそのまま伝えてくれれば間違いない」 などと答えていたとのことです (参考記事) 。
しかし、それではインフルエンサーはありきたりの内容でしか発信できず、人々にルルルンの魅力が伝わっていませんでした。なぜルルルンが肌の保湿に適しているのかなど細かい背景まで伝え切れていなかったため、商品の価値を知られていなかったわけです。
ここまで見てきた PR やインフルエンサー施策が功を奏し、ルルルンはその後は徐々に売上が復活していきました。
学べること
ではルルルンの事例から、学べることを掘り下げていきましょう。
既存商品をやり切らない中での新商品に広げる悪手
商品の売上が頭打ちになった場合に、よく行われがちなのは新しい商品ラインナップを増やしたりなどの新商品を出しにいこうとすることです。
商品ラインアップをむやみに広げても、各製品にかける人や予算のリソースが分散すると、売上が増えるどころか、基幹商品の売上の低下を起こしてしまいます。
もちろん新商品を開発し、新発売することの重要性を否定するわけではありませんが、既存商品の成長ポテンシャルがまだ眠っていて、実はやりようによってはこれからまだ売上が伸びる可能性があったりします。
にもかかわらず、その芽をつむいでしまって新商品に手を広げることは悪手にもなってしまうこともあるわけです。
かつてのルルルンは、まさにこうした岐路に立っていた事例です。
ルルルンへの当てはめ
当時のルルルンは、理想的な商品のマスクシートの使い方に比べて、商品の使われ方が過小評価されていた状況でした。
具体的には毎日マスクシートを使うことで肌のケアが適切にできる商品でしたが、消費者はその本来の使い方を知らないままルルルンを時々しか使っていませんでした。
その要因は、売り手側の伝え方が不足していたからでした。また、消費者はマスクシートを毎日使うのはよくないという印象を持っていたことも一因です。しかし、この認識は化粧水をベースにしたルルルンには当てはまらないことでした。
消費者の混同とも言える誤解があったことで、商品の利用頻度が低くなってしまい、結果として本来はもっと売上が伸びる商品であったのにもかかわらず、ルルルンは売上が頭打ちになっていたわけです。
既存商品の魅力を伝えきる
そこでルルルンは新しい商品を開発するよりも、既存商品の PR やマーケティングコミュニケーションをやり抜くことを徹底しました。
丁寧な PR やインフルエンサーを巻き込んだコミュニケーションを展開し、本来の適切な商品の使い方を世の中に浸透させていきました。
2020年ごろからトレンドの変化や競合の増加で、シェアが落ち込む危機に直面したものの、そこからのマーケティング方針を転換し、見事な V 字回復を果たしたのです。
「本当にやりきったか?」
この事例を汎用化して得られる学びは、既存商品のポテンシャルを本当に充分に引き出せているかをあらためて問うことの重要性です。
売り手が勝手に、自分たちでやることはすべてやったと思っていたとしても、実はそうではない場合があります。商品の魅力や顧客価値、使い方、どういった利用用途や利用シチュエーションがあるかを、お客さんにはまだ伝え切れていないかもしれません。
商品そのものを変えたり新商品に頼らなくても、マーケティングから商品の潜在的な可能性を引き出すことは充分可能なのです。その重要性をルルルンの事例は教えてくれます。
まとめ
今回はシートマスクの 「ルルルン」 を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- 新商品開発の落とし穴: 既存商品の売上が頭打ちになった際に、新商品を市場に投入するのは一般的な方法。しかし、新商品ラインナップの増加はリソースの分散を招き、既存商品の売上低下を引き起こすことがある
- 既存商品のポテンシャルの最大化: 売り手が勝手にやることはすべてやったと思っていても、実はそうではない場合もある。商品の魅力や顧客価値、使い方、利用用途や利用シチュエーションを、お客さんにはまだ伝え切れていないからなどによる
- 既存商品へのマーケティング: 既存商品の売上が停滞している時に、その商品が本当に可能性を十分に発揮しているかを再評価することが重要。商品のポテンシャルはまだ完全には引き出されていなければ、適切なマーケティング活動によってさらなる成長が期待できる
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