#マーケティング #顧客価値 #クリティカルコア
自社の 「戦略の肝」 はどこにあるのでしょうか?
一見すると非効率に思えることでも、実は奥には深い狙いがあり、それが競合他社には気づかれない、あるいは気づいても模倣しようと思われなければ、自社の競争優位をつくりあげる源泉になります。
今回は、鍋ブランドの 「バーミキュラ」 のユニークな顧客サービスを取り上げます。バーミキュラがどのようにして業界の 「賢者の盲点」 を突き、独自の戦略を築いているのかを紐解きます。
バーミキュラのアフターサービス
バーミキュラは、無水調理ができる鍋として、有名レストランから一般家庭の台所まで、国内外で愛用される鋳物 (いもの) ホーローの鍋ブランドです。
世界的に名の知れたホーロー加工の調理器具ブランドは存在しますが、ブランド立ち上げ時からバーミキュラが他社と一線を画していたのは、「一生サポート」 をうたっている点です。
「一生サポート」 を実現するリペアプログラム
バーミキュラのホーローコーティングは丈夫にできています。日常の調理で傷つくことはまずなく、もし激しくこげ付いても、重曹を入れて煮沸を繰り返せば、大抵の場合は落とすことができます。
しかしそれでも、長年の使用や何かのトラブルによって、鍋のコーティングに傷が付いて欠けたり、剥がれたりといったことは起こり得ます。
こうした場合に備え、バーミキュラでは古いホーローをすべて剥がした上で再コーティングする 「リペアプログラム」 をお客さんに用意しています。
リペアプログラムは、バーミキュラの EC サイトから申し込むと、指定の業者が製品を引き取り、愛知ドビーでリペアされ、返送してくれるサービスです。オーブンポット、ライスポット、フライパン、スキレットと全製品で対応します。
リペアの際は、利用者はカラーを変更できる点もユーザーにとってはうれしい配慮です。
リクラフトプログラム
バーミキュラは2023年9月に、リペアプログラムをさらに進めたサービスとして 「リクラフトプログラム」 をはじめました。
それまでのリペアプログラムに比べて、リクラフトプログラムのポイントは、製品を引き取って交換するのではなく、お客さんが使っていた製品自体を再溶解して全く新しい製品として生まれ変わらせることにあります。リクラフトという作り直すわけです。
たとえば、「オーブンポット 1」 を 「オーブンポット 2」 に、あるいは 「バーミキュラ フライパン」 を 「オーブンセーフスキレット」 にアップデートしたり、カラー、サイズの変更などにも対応します。ホーローを再コーティングするのではなく、お客さんから預かった鋳物製品を再溶解し、完全に造り変えてしまうのです。
リクラフトプログラムではお客さんから料金はいただくものの、製品を買い足すよりは安い価格設定になっいます。前代未聞のサービスと言ってもいいでしょう。
お客さんから引き取った製品を個別に管理し、1つ1つ丁寧に再加工し、それを間違いなく元の持ち主に返送する管理の複雑さは想像に難くありません。相当な手間が伴う作業です。
それでもバーミキュラがリクラフトプログラムを対応する背後に込められた思いは、お客さんのライフスタイルの変化などで鍋を使う状況が変わったとしても、一生使い続けてほしいというものです。
たとえば、今までの4人家族において、子どもが独立して夫婦2人になったとすれば、もう少し小さくしたほうが鍋は使いやすいはずです。こうした変化にも対応し、自分たちが一所懸命に造った製品を買ってくれたお客さんには末永くいつまでも使ってほしいという思いを込めているのです。
抱えていたジレンマの解決
リクラフトプログラムを始めた背景には、バーミキュラが抱えていたジレンマへの解決策の意味合いも含まれています。
リクラフトプログラム開始と同じタイミングで発売された 「オーブンポット 2 」 という製品があります。これはオーブンポットのフルモデルチェンジ製品です。
オーブンポット 2 の開発に際して、バーミキュラ社内では 「技術が進み、よりいいものが造れるようになった」 という手応えと同時に、その一方で 「モデルチェンジは既存ユーザーをないがしろにすることにつながるのではないか」 という懸念がバーミキュラにはあったとのことです (参考記事) 。
このジレンマを解決するためにバーミキュラが出した答えが、リクラフトプログラムでした。
バーミキュラの戦略
一般的にメーカーが販売後の数年限定での故障などの保証期間を用意することはあっても、バーミキュラが実施する 「製品を一生サポートする」 というのは珍しいです。
注目したいのは、一生サポートするというのを口だけでなく、実際にプログラムに反映し用意していることです。購入者はいつでも自分のタイミングでバーミキュラの EC サイトから申請できる仕組みになっています。
売上を増やすという観点からすれば、メーカーにとっては自社製品を使い続けてもらうよりも、頻度を多く新しい製品を買い変えてくれた方が経済的なうまみがあります。
しかし、バーミキュラはそれはやっていません。
「リペアプログラム」 や、さらに発展させた 「リクラフトプログラム」 を作り、お客さんが使い込んだ自社製品を直して交換したり、新しい製品にアップグレードして提供するという手間や時間、お金をかけてまで 「一生サポート」 を実現しているのです。
一見すると筋の悪いことの奥にある狙い
こうしたプログラムは、バーミキュラの外部から見れば非効率で筋の悪いアプローチに映ることでしょう。
しかし、バーミキュラにとっては、購入してくれたお客さんのことを長い期間かけて一生サポートし続けるという会社の理念からすると、理に適っているわけです。
これがバーミキュラの 「クリティカルコア」 になっています。
クリティカルコア
クリティカルコアは、戦略のストーリーを他にはないユニークなものにします。
クリティカルコアは “賢者の盲点“ を突きます。というのは、クリティカルコアは、「一見すると非合理、全体では合理」 だからです。なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないことですが、戦略ストーリー全体ではカギを握ります。
クリティカルコアがあるから戦略ストーリーは成立し、競合他社はマネできず、あるいはそもそも優位性に気づかなかったり、知っていても非合理に見えるので意図的に避けようとします。
クリティカルコアは差異化の源泉です。クリティカルコアによって他から簡単にはマネされず、中長期で持続可能な戦略ができるのです。
バーミキュラのリペアプログラムとリクラフトプログラムには、「一見すると非合理だが、全体を俯瞰すれば合理的」 という状況をつくる肝になっています。戦略における "クリティカルコア" の真髄を見ることができます。
まとめ
今回はバーミキュラの顧客サービス事例を取り上げ、学べることを見てきました。
最後にポイントをまとめておきます。
- バーミキュラは一生サポートを実現するために、リペアプログラムやリクラフトプログラムを提供。購入者が使い込んだ鍋製品の修理やアップグレードをする顧客サービス
- 有料サービスとはいえ、管理や修理・製造等の手間、時間もかかり一見すると非効率に見えるが、バーミキュラの理念を体現するので全体を俯瞰すれば理に適う。バーミキュラの 「クリティカルコア」 を形成している
- クリティカルコアは 「一見すると非合理、全体では合理」 。なぜそれをやるのかが外部の人にはわからないことだが、戦略ストーリー全体のカギを握る
- クリティカルコアは 「賢者の盲点」 を突くもの。競合他社はマネできず、あるいはそもそも気づかず、わかっても非合理に見えるので避けようとする。戦略のストーリーを他にはないユニークなものにし、差異化や提供価値の源泉となる
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