投稿日 2024/08/15

サントリー金麦。”食事 (モノ) “ ではなく “食卓のお供 (コト) “ の訴求からブランド想起を強化

#マーケティング #利用シーン #ブランド想起

なぜ特定の商品が、顧客文脈やシチュエーションで選ばれるのでしょうか?

今回はサントリーの 「金麦」 を取り上げます。

金麦は、どのように消費者の心や記憶の中で存在し続けているのか、なぜ選ばれるのか、その秘訣を紐解いていきましょう。

サントリー 「金麦」 



市場縮小の中で健闘する金麦

2023年10月の酒税改正によって、ビールとの価格差が小さくなったこともあり、縮小傾向にあるのが 「新ジャンル (発泡酒②) 市場」 です。

逆風を受けている中、サントリーの 「金麦」 は売上を維持しています。新ジャンル (発泡酒②) 市場の全体が前年比 85% と減少する一方、金麦は前年比 101% の売上を堅持しました (参考記事) 。

 「食事」 ではなく 「食卓」 を彩るビールに

金麦の成功の秘密は、「食事」 という個別の料理に合わせるのではなく、「食卓」 という全体を彩るアプローチにあります。

たとえば、金麦を 「天ぷら」 と合うビール類ではなく、「天ぷらのある食卓」 に合うビール類と位置づけるというものです。たとえ買ってきたお総菜でも、上質感のあるお皿に盛りつけるとちょっと気分が高まるような、毎日の食卓が少し豊かになるようなものを金麦からも提供したいという狙いです。

CM で描く 「幸せ」 の切り取り方

金麦のマーケティングコミュニケーションでは、テレビ CM が重要な役割を果たしています。

過去には、タレントの檀れいさんを起用した CM で、明るく楽しげな妻が金麦を飲む姿を夫目線で捉えた内容でした。


はしゃぐように金麦を飲む妻役の檀れいさんを夫からの視点で捉え、明るくて愛らしい妻が金麦と一緒に家で待っているというストーリーでした。

しかし2022年からは、柳楽優弥 (やぎらゆうや) さんと黒木華 (くろきはる) さんを起用し、CM の方向性を変えました。


新しい CM では、仕事後に帰宅したり、友人との時間を楽しんだ後に、買ってきたお総菜や自分で作った料理とともに、リラックスした食卓のシーンで金麦をおいしく飲む様子が描かれています。

起用タレントのタレント性を押し出さず、日常のリアリティを重視した CM です。「帰れば、金麦」 というキャッチコピーとともに、CM を見た視聴者が 「ああわかる」 「こんなふうに金麦を飲みたいな」 と共感を生む内容です。

CM で描く金麦の世界観の変更には、「幸せな食卓の切り取り方」 を現代に合わせてアップデートする必要があるという金麦の意図を見て取れます。

学べること


では金麦のマーケティングから、学べることを掘り下げていきましょう。

お客さんの “シチュエーション” で選ばれるために

金麦の事例は、商品が市場で選ばれ続けるためには、ただその商品が存在するだけでなく、消費者の日常生活にどれだけ深く根ざしているかが重要であることを教えています。

商品が使われる 「利用シーン」 の理解とそのシチュエーションでのブランドの位置づけは、お客さんから選ばれるためには重要です。

自社商品がお客さんに選ばれるためには、カテゴリーが使われるシーンにおいて、今回の事例で言えばビール類を飲みたくなるシーンにおいて、どれだけ自社ブランドのことを思い出してもらえるかです。

コト体験に入り込む

金麦が目指したのは、「自宅で食事とアルコールを楽しむ」 というシーンにおいて金麦のことを思い出してもらえ、そして金麦が食卓の中に存在することです。

位置づけとして 「食事に合うビール類」 よりもさらにもう一歩踏み込み、「食卓に合うビール類」 としてのポジショニングを目指しています。

ここで重要なのは、「食事」 は具体的な料理 (モノ) であるのに対し、「食卓」 は食事を取り巻く雰囲気や、晩ごはんなどを食べるというシーンまでを含んでいるという点です。

食事と食卓は漢字の文字で見れば一文字しか違いはありませんが、マーケティングの観点からは注目に値します。この違いは、金麦が料理とどう合うかというモノの視点から、金麦がいかに食卓の雰囲気を豊かにするかという 「コト」 の観点へのシフトを示しています。

コンセプトを反映させたマーケティングコミュニケーション

サントリーは、金麦の 「食卓を彩る」 というコンセプトを、マーケティングコミュニケーションでも一貫して強調しています。

具体的には、テレビ CM では 「家での食卓シーン」 の中で金麦が存在することが、どのように食卓の雰囲気を彩り豊かにするかを描いています。CM を見た消費者は自宅での晩ごはんなどを食べる際に、「家で飲むなら金麦」 というシュチュエーションから金麦が想起されるというブランド連想が起こりやすくなるでしょう。

メンタルアベイラビリティの強化

マーケティングコミュニケーションの背後には 「メンタルアベイラビリティ」 を強化する、すなわち、お客さんが自社商品のことを思い出しやすいようにする狙いがあります。

見込み顧客が商品を選ぼうとする状況 (カテゴリーエントリーポイント) で、複数の頭の中の選択肢 (想起集合) から、自社商品や自社ブランドを思い出してもらえるかが、自社商品の買われやすさを左右します。

金麦はメンタルアベイラビリティを高めるために、消費者がビール類を選ぶシチュエーションとして 「自宅での食卓」 を定め、ここで金麦が思い出されるようなブランドストーリーを描いているのです。

まとめ


今回は金麦のマーケティング事例を取り上げ、学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • 金麦のマーケティングは、お客さんから選ばれるために、消費者の日常に深く根ざす重要性を示している。ビール類やアルコールを飲みたくなるシチュエーションにおいて、自社ブランドがいかに消費者に思い出されることを狙っている

  • 金麦が目指しているのは、自宅でビールを楽しむシーンで金麦の存在感を高め、金麦のことを 「食卓」 に合う存在にしたい。食事という 「モノ」 から 「コト (食卓) 」 へ捉え方を変え、消費者にとっての金麦の位置づけを再定義している

  • 金麦は 「食卓を彩る」 というコンセプトのもと、マーケティングコミュニケーションで訴求。CM などの広告では、家での食卓シーンを通じて、金麦がどのように食卓を豊かにするかを描いた

  • 「家で飲むなら金麦」 というシチュエーションからのブランド連想が消費者の中で自然と生まれ、ブランドのメンタルアベイラビリティ (思い出されやすさ) を高めることが期待できる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。