投稿日 2025/04/23

ジョブ理論で解き明かす 「未来のレモンサワー」 のヒット理由

#マーケティング #状況とジョブ #ワーカー

自社商品は何のために選ばれるのか――。あらためて考えてみると、なぜお客さんから選ばれるのでしょうか?

新しい商品を開発しても市場に定着せず消えていく一方で、特定の商品が長く愛される理由には共通点があります。それは 「お客さんがどんな "進歩" を達成したいのか」 という視点でお客さんのことを徹底的に理解していることです。

今回は、マーケティングの 「ジョブ理論」 をアサヒビールのヒット商品 「未来のレモンサワー」 に当てはめ、成功の要因を紐解きます。ぜひ一緒に学びを深めていきましょう。

マーケティングの重要概念 「ジョブ理論」 


ジョブ理論とは、クリステンセンが提唱したマーケティング理論です。

ジョブとは

ジョブの定義は 「ある状況で人が遂げたい進歩 (progress) 」 です。

ジョブ理論で特徴的なのは、商品やサービスのことをジョブを達成するために 「雇われるもの」 という視点で捉えるところにあります。

例えば、朝のコーヒーを買う場面で考えてみましょう。ある人は 「眠気を覚ましたい」 (機能的なジョブ) のためにコーヒーを雇いますが、別の人は 「カフェで一息ついて自分の時間を楽しみたい」 (感情的なジョブ) ためにコーヒーを雇用するでしょう。他には 「テイクアウトして職場の同僚と共有することで会話を増やしたい」 (社会的なジョブ) という雇われ方も考えられます。

このように同じ商品でも、お客さんが置かれた状況や求めるジョブ (進歩) によって、商品・サービスがジョブを片付ける働き手となる 「ワーカー」 として期待される役割が変わるのです。

状況・ジョブ・ワーカー

ジョブ理論では、お客さんの行動を 「状況」 「ジョブ」 「ワーカー」 の3つの要素をセットにして捉えます。

状況

まず 「状況」 とはジョブが発生する文脈や原因となるものです。状況は、お客さんが置かれている環境や心理、商品を必要とするきっかけになる背景のことです。

例えば、家でくつろぎながら映画を観ているとき、手軽に食べられるスナック菓子がワーカーとして雇われるでしょう。毎週末は時間をとって好きなだけ映画を見ることを楽しみにしているという状況が、ジョブを引き起こします。

ジョブを見出すために、お客さんの状況をしっかりと理解することが大事です。

ジョブ

 「ジョブ」 は、その状況でお客さんが達成したい進歩のことでした。

週末の自由な時間でゆっくりと家で映画を観ている状況にある人にとって、スナック菓子が担うジョブ (進歩) は 「空腹を満たすこと」 だけではありません。

 「映画をより一層楽しむ雰囲気にすること」 や 「日常から離れて映画に没入できる特別な気分を味わうこと」 といったジョブも含まれます。

ワーカー

こうしたジョブを完了させ、進歩を遂げることをサポートするのが 「ワーカー」 として雇用される商品やサービスです。商品・サービスはジョブという片付けたい用事を済ませてくれる働き手 (ワーカー) になるわけです。

映画鑑賞の例を続けると、選ばれて雇われるワーカーは、普段は食べることはあまりなくても映画のお供として定番のポップコーン、あるいは高級アイスクリームかもしれません。

映画を見る時間を充実させ特別な体験をうまく提供できれば、その人のジョブを済ませるのに最適なワーカーとしての役割を果たします。

* * *

ではここからは、ジョブ理論をあるヒット商品につなげて、さらに詳しく見ていきましょう。

未来のレモンサワー



アサヒビールの 「未来のレモンサワー」 をジョブというレンズを通して捉えることで、ヒット理由を紐解くことができます。

その前に、簡単にですが、未来のレモンサワーの概要を見ておきましょう。

世界初のレモンサワー

アサヒビールの未来のレモンサワーは、缶を開けると本物のレモンスライスが浮かび上がる、世界初のレモンサワーです。


未来のレモンサワーは、2024年6月の首都圏・関信越エリアでの数量限定発売時から大きな注目を集め、五感で楽しめるレモンサワーとして好評を博しました。

今までにない飲用体験

未来のレモンサワーは独自のフルオープン缶を使用することにより、視覚的にも楽しめる新しい飲用体験を消費者にもたらします。

未来のレモンサワーには、本物のレモンスライスが入っています。

果皮や種子をまるごと漬け込みで、レモンの果汁や香料だけでは再現できない本物のレモン由来の果実の豊かな香味を実現しています。開栓時にレモンが浮き上がる様子とともに、レモン由来の香りを楽しめます。

フレーバーは2種類で、レモン果実の味が豊かな 「オリジナルレモンサワー」 と、糖・香料不使用でレモンの自然なおいしさを味わえる 「プレーンレモンサワー」 です。

未来のレモンサワーはフルオープン缶なのでレモンスライスが見えやすく、開けた瞬間のインパクトを強め、飲む前から期待感を高めます。また、缶全体が開くことで飲みやすさが向上し、まるでグラスから飲んでいるかのような感覚になります。

特徴的なのは、製造から時間が経つほどレモンサワーの味わいが変わることです。レモンスライスからサワー液に味が染み出すためで、製造から飲むまでの期間が短ければすっきりした味わい、長ければ酸味や苦みが増し重厚な味わいになります。

ジョブ理論で紐解くヒット要因


では、未来のレモンサワーにジョブ理論を当てはめていきましょう。まずは 「状況」 からです。

置かれた状況

未来のレモンサワーが消費者に選ばれるのは、例えば次のような状況においてです。

  • 仕事や日常で忙しい日々を送っている
  • いつも同じような代わり映えしない日常を過ごしている
  • SNS 上で友人や知人が 「楽しそうな時間」 を投稿しているのをよく目にする (どこかうらやましい気持ちになる) 

成し遂げたいジョブ

こうした状況の中で、消費者が未来のレモンサワーを雇う理由、つまり達成したい進歩 (ジョブ) は何でしょうか?

  • 忙しい日常や単調な生活に変化を与えるために、気分を高揚させ盛り上げたい
  • 他者とつながり、共感を得たい。自分の体験を他者と共有したい
  • 新しい発見や体験を楽しみたい

ワーカーとして果たす役割

未来のレモンサワーは、消費者のジョブを終わらせるために雇われる 「ワーカー」 として、以下のような役割を果たしています。

気分を高めるためワーカー

未来のレモンサワーは、缶のフタを開けた瞬間に、視覚、聴覚、嗅覚を刺激する仕掛けが満載です。

開封時の 「パキッ」 という音やレモンが浮かび上がる瞬間といった五感に訴える演出によって、驚きや楽しさをもたらし、消費者に忙しい日常を忘れさせる時間を提供します。

話題性を提供するワーカー

未来のレモンサワーは、レモンが浮かび上がる映像や、開封時の様子を短いショート動画で消費者自身が発信したくなる要素も備えています。見た目の特別さや開封時の体験が映えることで、SNS 投稿の格好のネタになることでしょう。

SNS 映えする未来のレモンサワーの飲用体験は、消費者が SNS への投稿や共有を通じて他者とつながるきっかけをつくります。

探求の楽しみを提供するワーカー

熟成期間によって味が変わるという未来のレモンサワーの特徴は、消費者に新しい発見をもたらします。

製造から時間が経つほど酸味や苦味が増すので、買った後にすぐに飲んだり、1ヶ月以上後まで待ってみるなど、消費者は自分の好みの味になるタイミングを探る楽しさを得られます。探求心を満たす体験を提供する点がユニークです。

未来のレモンサワーは、何度も試したくなる気持ちになり、リピーターを育てる設計となっています。

未来のレモンサワーからの示唆


未来のレモンサワーは、消費者の 「状況」 を深く理解し、その状況で生じる 「ジョブ」 に応える最適な 「ワーカー」 となる商品です。

商品の機能的な価値が土台にあり、そのユニークな機能的特性がお客さんに驚き・楽しい・発見などの情緒的価値をもたらします。

未来のレモンサワーがマーケティングへの汎用的な学びとして示しているのは、ジョブ理論を活用し、① その状況において、お客さんの本当の望み (置かれた状況で求める進歩や便益) を的確に捉え、② 商品を 「ワーカー」 として位置づけ、③ お客さんに雇ってもらえる存在になることの重要性です。

マーケティングや商品開発に応用できる学びは、「お客さんの置かれた状況は何か」 と 「その状況下で起こっているジョブは何か」 、そして 「既存の商品では満たしきれていない未充足ニーズは何か」 を、お客さんのその状況・文脈での立場になって丁寧に紐解くことです。

まとめ


今回は、アサヒビールの 「未来のレモンサワー」 を取り上げ、ジョブ理論を当てはめて学べることを見てきました。

最後にポイントをまとめておきます。

  • ジョブは 「ある状況で人が遂げたい進歩」 。商品やサービスのことを 「ワーカー」 とみなし、ジョブを達成するために 「雇われる」 という視点で捉える

  • 状況とはジョブが発生する背景や原因となるもの。状況は、お客さんが置かれている環境や心情、商品を必要とするきっかけになる顧客文脈のこと。ジョブを見出すために、まずはお客さんの状況をしっかりと理解する

  • 同じ商品でも、お客さんが置かれた状況や求めるジョブ (進歩) によって、ワーカーとして期待される役割が変わる。状況・ジョブ・ワーカーの3つの要素をセットにして捉えることが大事

  • ジョブ理論を活用し、その状況において、お客さんの本当の望み (その状況で求める進歩や便益) を的確に捉え、商品をワーカーとして位置づけ、お客さんに雇ってもらえる存在になる


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多田 翼 (運営者)

書いている人 (多田 翼)

Aqxis 代表 (会社 HP はこちら) 。マーケティングおよびマーケティングリサーチのプロフェッショナル。ベンチャーから一部上場企業の事業戦略やマーケティングのコンサルティングに従事。

前職の Google ではシニアマネージャーとしてユーザーインサイトや広告効果測定、リサーチ開発に注力し、複数のグローバルのプロジェクトに参画。Google 以前はマーケティングリサーチ会社にて、クライアントのマーケティング支援に取り組むとともに、新規事業の立ち上げや消費者パネルの刷新をリードした。独立後も培った経験と洞察力で、クライアントにソリューションを提供している。

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名古屋出身、学生時代は京都。気分転換は朝のランニング。